プラチナム
「生きているなら叫べッッ!!
……そうだろジャックッッ!!」
「迅八ィィ……。おまえだけじゃないんだよ。負けないのも死なないのも、おまえだけじゃないんだよ……!!」
松明の炎がかすむ。
揺らめきに映された影絵の世界、大広間に青い光が明滅する。
「う、お、おおおおおおッッ!! ……ガハァッ!」
少年の胸に穿たれたちっぽけなナイフは長大な剣となる。己の胸を食い千切る傷みが。食いしばる歯から漏れる血が。
「ゾォド……!!」
その剣が振り上げられる。
長大な剣、大広間を灼き尽くす青と白の閃光。
イーストは涙を零し笑い続ける。クロウの体に伝わる感覚、……厭な感覚。
(……ブチ切れた時のジンパチの野郎と、どこか似てやがる!)
クロウがイーストから離れ後退すると、指の先から蜘蛛の糸が飛び出した。
それがイーストの肩に貼り付き、足を押さえ、その身から自由を奪い拘束する。
「やれええええええええいッッ! ジンパチッ!」
「ソードオブハアアアアトオオオオオッッ!!」
圧されるような熱が。
肌を切るような風が。
クロウの髪が逆立ち、尻尾の蛇が身を竦ませる。迅八が己の心臓から抜き出した長大な青い剣。十二使徒カザリアを両断した青い閃光の剣。
(やはりこの力は……! なんだこれは!?)
力。
力の塊だ。
属性魔術の波動を感じない。かと言って物理とも違う気がする。説明出来ない。クロウが理解出来ない力。……それでも分かる事がある。
「くかかかかかかかかッッ!!
こおおおれで、幕だッッ!! ぶった切れ小僧!!」
「イーストオオオオオオオッッ!!」
振るわれた剣は大広間に立つ人間の網膜を灼く。
ざんっ!! 凄まじい加速で進む剣は、弧を描き床を切りつける。そこから遅れるようにして、追いかけてくる力、——青い光が。
クロウの目の前で、光の中心にいる二人 ——迅八とイーストの影だけが、青い光の中で浮かび上がる。
振るわれた剣を追いかける、ひときわ輝く閃光。力の塊がイーストに届く。
「くかかかかかかかかッッ!! 真っ二つになりやがれえええいッッ!!」
その時、クロウの目の前に、もうひとつの影が映った。
その影はイーストの体を包み込む。閃光から身を守るように。
「な………!!」
何かが聞こえる。
《……死なないで。…………ま……》
千年の大悪魔の前で、地獄と地獄はぶつかり合う。全てを呑み込む青い光の中、クロウの目には、『三体』の影が見えた。
————————————————
地上に出てきた冒険者達は、目の前で繰り広げられていた戦いに息を呑んだ。
「……針地獄っ!!」
「西方より来れええええっっ!!」
闇色のドレスを着た少女が両手を掲げると、地面から無数の棘が突き立った。
「あははははっ。ほらほら、楽しいね」
「きもちわるい、ですっ!!」
「ひどい。傷つく……」
闇色は両手を前に出す。すると、突き立つ棘は触手を伸ばし、相対する桃色のコートを着た少女に向かって四方から襲いかかった。
「ちぎれとべっっ、ですっ!!」
斬っ!
風の刃は、迫り来る棘を切り刻む。
桃色のコートを着た少女が手を振り抜くと、その延長線上に見えない斜線が走る。全てを切り刻む死の線が。
大地から次々に棘は突き立つ。
地面から伸びる棘を遠ざけるように手を振り続けている桃色の少女。すると、その横に立っていた白いコートの男が動いた。
「ジークエンド!? ……戦ってるのは、デッドエンドウエストか……?」
ぶおんっ! 冒険者達の耳にまで届く剣風。凄まじい斬撃が空気を切り裂く。
しかし、ウエストが踵を踏み鳴らすと、大地から身を守る盾がせり上がる。息を呑む冒険者達の前で、地面から作りあげられた巨大な盾に向かい、ジークエンドの斬撃は走った。
「……な、なんで、なんでこいつらが戦ってるんだ?」
先頭に立っていた冒険者が呟いたのと同時、あるいは、それよりもほんの少しだけ早く、すぐさまその場を離脱した者がいた。
「ま、まて。どこに行く!!」
「逃げるに決まってるだろ。早くしろ!!」
冒険者の中でも一流と呼ばれていた幾人か。それらがすぐに闇の中に跳びたつ。
何回もこの世界で死線をくぐり、人の生き死にをみてきていた人間。彼らは学び取っていた。人の生死を最後に分ける線は、思考の素早さ。
やるならやる。
逃げるなら逃げる。
もうこの集団は、一つの目的を皆で共有する事は出来なくなった。ヴァンパイアロードを討伐しにきた『遊び』は、もうその目的があやふやとなった。倒すべき敵の姿も。
翼を持つ転生者。
ロックボトム。
そして、デッドエンドイースト&ウエスト。
誰を倒せばいいのかも、誰を倒していいのかも分からない。
「なんで、こいつらは戦ってるんだっ!?」
デッドエンドイーストの出現により、ウエストもいる事は予想できた。だが、ロックボトムとデッドエンドがなぜ揉めているのか。そして、辺りに充満する血の匂い。
篝火が照らす夜の闇の奥で、ちりちりとその光景はくすぶっている。小さな小さな火が、その光景を見る者の心に火をつける。
『恐怖』という名の嵐の種火を。
「みんな……! なんでっ!?」
離れた場所にある体。
すぐそこに転がる足。
キラリと光を反射する剣、それを掴んでいる腕。腕だけ。
ボスの討伐隊として遺跡に入った冒険者達は、歴戦の戦士だった。その光景だけで身動きも取れなくなる程に未熟ではない。
だが、そんな彼らの目の前で、驚愕するべき事が起こった。この世界に慣れた彼らだからこそ、信じられない光景。
「し、死体が……!!」
ジークエンドとウエストの他に、戦いの場にはもう一人いた。桃色のコートを着た少女。
その少女が両手を前に突き出し叫ぶと、突風が吹いた。ここまではおかしくない。しかしその後。
「死体が、飛ばされてる。……なんでっ!?」
その魔術の範囲にあったのか、射程内の死体が吹き飛んだ。
「なんで、死んでるもんに、魔術が効いてるんだっ!?」
「おい、俺たちも早く逃げるぞ!! ギルドに戻って仲間を呼ぶぞ!!」
先頭に立っていた冒険者は、間近でその戦いを見ていた為、目を奪われた。思考よりも目の前の戦いに釘付けになった。
次々に仲間達は離脱してゆく。
彼らは分かっている。
この場にいたら巻き込まれるかもしれない。それが分かっているからこそ、意思表示をしている。
……もう既に、冒険者達の存在に気付いているだろうジークエンドとウエストに向かい、『俺たちは関わらない』という意思表示をしている。
先頭に立っていた冒険者、板金鎧を着込んだ剣士は『意思表示』が遅れた。その場に、ただ立っていた。
そんな彼と、ウエストの目が合った。
「……ねーむれ。ねーむれー」
ウエストが手を掲げると、地面から棘は突き立った。そして、それを見ていた剣士を目がけて棘は伸びる。
「あ……」
「……邪魔っ、ですっ!!」
突然の突風。それが剣士の体を襲った。横殴りに叩きつけられた強烈な力が、板金鎧を着込んだ男をたやすく吹き飛ばす。
「う、おおおっ!?」
浮遊感。自分が、飛んでいる。
魔術では、生者にさえも出来ない現象。
「はやくにげる、ですっ!」
「す、済まない。た、助かった」
板金鎧の剣士は、離れた場所から自分に向かい叫ぶ少女を見た。
桃色のコート。
腰まで伸びた美しい髪。
澄んだ瞳と泣きぼくろ、あまりにも可憐な美貌。
(可愛い……)
ざがんっ!
他の事に気を取られていた剣士の目の前に、再び棘は突き立った。桃色の少女が棘に向かい手を振ると、その棘は分断され、バラバラと地に落ちた。
「はやくっ!! にげるっっ!!」
「シズ。放っておけっ!!」
ジークエンドがその少女に向かい叫ぶ。
(シズ? 名前? ……シズっていうのか?)
……とくん。冒険者の剣士の胸の中で、何かが拍を刻む。
(お? )
「もーー!! 邪魔っ、ですっっ!!」
再び迫り来る大地の棘が、剣士に迫る。
シズに目を奪われている剣士に向かい、シズは強く両手を突き出した。
・・・・・・・・・・・・・・・
「おわあああああああああーーーーっっ!!」
途轍もない速度で自分の体が後ろに流れている。空を、飛んでいる。視界を遮るものが何もない。
「マアアアアアジイイかああああっ!?」
一瞬で、美しい少女は見えなくなった。
地上の篝火は豆粒のように煌めいている。板金鎧の剣士がいるのは空。その只中。
「俺を、助ける為に……?」
どんどん胸の鼓動は早くなる。
身体中に熱が湧き上がる。
「ま、待てよ。俺、まさか……。あんな年下っぽい女の子に……」
恋。
しかし、彼はその直後に、高まり唸りをあげる鼓動の、もう一つの理由にも気付く。
「……これ、俺、どうなんの?」
夜の空に浮かぶ彼には、地上を視認する事も出来ない。おそらく、地上数十メートル以上。
体を強化して着地したとしても、無事に済むかはわからない高度。
「まさか、……やりっぱなし?」
その言葉と同時に、彼の体は墜落を始めた。
「おっ、お、ああああああっっ!?」
「静かにしろ」
パチリと。
指を鳴らす音が聞こえた。
ざきんっ! ざきんっ!
剣士のすぐそばから聞こえた硬質な音。
「えっ!?」
「静かにしろ」
ふわりと。
柔らかいものが剣士の体を包み込む。後ろから、誰かに抱かれている。空の上で。
剣士がゆっくりと顔を後ろに巡らすと、そこには天上の美があった。
白銀の髪が星の光を受けてさらさらと流れている。その下の瞳、何も乗せていない瞳。
すると、そこだけは可憐な桜色の唇が、そっと開いた。
「……十二使徒第三位、白銀のアグリアが貴様に問う。……アレは、魔術だと思うか?」
「お……!! 天っ」
「そうだ天使だ。別にそれはどうでもいい」
アグリアの背後で展開された白銀の翼。ゆっくりと動き続けるそれが、二人を地上へと運んだ。
「あ、あ、アグ……白銀の、アグリアっっ!! ……なんで、こんなところにっ」
「だからそうだと言っているし、私がここにいる理由はどうでもいい。 ……それよりも答えろ。アレは、魔術だとおもうか?」
——ざざっ。地上に降りたアグリアは、剣士の体を離した。へたりと力が抜けた剣士は、その場で膝をつく。
「なん、なに? なにが、なにが起こって……」
「……ふう。話にならんな。まあ無理もないか」
既にギリギリだった剣士の思考力は、アグリアの出現により、前に進む事をやめた。
「……まあいい。お前に分かるはずもないしな。……向こうに馬を止めてある。それに乗ってロンダルシアに帰れ。ギルドの人間に知らせに行け」
「えっ? な、」
「おそらくこの問題は大きくなる。天使が……他の者が調査に乗り出す前に処理をしろ」
「アグリア……様。一体、何を」
転生者ギルド、——教会直轄のギルドに所属する剣士にとって、その発言の意味が分からなかった。
「いいから早く行け」
パチリ。
その女が指を鳴らすと再び広がる翼。
ざきんっ!
肉の翼をはためかせる音とは全く違う音を鳴らし、白銀の女天使は空へと戻った。
……ヒヒィーーン
夜の空に星とは違う白銀が煌き、やがてそれも見えなくなった頃、離れた木の下から馬のいななきが聞こえた。
「……なに? なに、今の」
翼を持つ転生者。
デッドエンドイースト。
デッドエンドウエスト。
ジークエンド。
アグリア。
「なんで、なにが」
ヴァンパイアロードの討伐の為に来たのだ。それなのに、ヴァンパイアには出会えず、この世界の有名人達にこんなに短時間に何人も。
そして、剣士の胸に、強烈に焼き付いている顔。
「シズ……」
あの少女、可憐な少女。
「助けないと……!!」
彼女は今もウエストと戦っているはずだ。もしも、あそこにイーストまで加わったら。
そして、自分の事を救ってくれたシズだけではなく、まだあの場所には助けなくてはいけない人間達がいる。生き残りがいるかもしれないし、ティーもまだいるはずだ。
剣士は馬に近寄ると、一気にその背中にまたがった。一瞬考える。どっちに行くか。
ロンダルシアか。
戦場か。
「…………っ!!」
少しずつ思考力を取り戻した剣士は、ロンダルシア方面に馬を走らせる。あの戦場は、既に自分が戦える場所ではない。
自分に出来る事をする為に、彼はロンダルシアへと向かった。
・・・・・・・・・・・・・・・
白銀の翼は夜を飛ぶ。
そんな彼女の視界の中で、流星が流れた。
「……運命」
世界には、おかしな動きが出始めている。
まだそれを知る者は少ない。
しかし、アグリアを含め一部の者は気付いている。この世界におかしな流れが出来上がりつつあるのを。
数十年前から、この世界は転生者達の手により急激に発展を遂げた。しかし、それによる歪みが生まれている気がする。
天使達の『決まり』は、繁栄を助ける事だ。
その為、基本的に転生者と敵対する事は少ない。彼らは最も繁栄に近い者たちだからだ。しかし、世界の歪み。
変わる世界は歪んでゆく。
それは仕方がない。
だが、その歪み方に、意思を感じる。
——個人の意思を。邪悪な心を。
転生者達が、天使に隠れてコソコソとやっている『電力開発』。ここ数年で、転生者達の間に広がり出したおかしな思想。それが、誰かの意思によるものなのだとしたら。
「……考えすぎか?」
しかし、感じてしまうのだ。
世界に侵食を続ける悪意と、そんな中で現れた、『集まる力』を。
最近、目覚めた千年の大悪魔。
それと結ばれた転生者。
彼らに倒されたカザリアは、アグリアにとっては同胞とも呼んでいい間柄だった。成長してからは疎遠となっていた、家族がいない自分にとっては弟のような存在。
「…………」
しかし、彼には問題が多かった。
いつか誰かに殺されるとは思っていたが、どうせ復活する。出来の悪い弟にお灸を据えたのはどんな奴かと思い、千年の大悪魔達を探し当てた。
「運命……」
謎の転生者の奇妙な力と異形。それと結ばれた千年の大悪魔。そして、転生者の妹が見せた力。彼らと共にいる現地人の悪党。
彼らの出会いには、どんな意味がある?
「……かあさん」
『弟』は、その翼だけは『母』に一番近かった。
しかし、その『純白』の重みに彼は耐え切れず、それを隠すように漆黒の鎧でその身を包んだ。
彼が大悪魔達に負けた事さえ、それすらもどこかに繋がる運命だとするのなら。
その先には何があるのか。
「……悪意。邪悪。貴様らがそうなのか? あるいは……、『対する力』なのか? 」
白銀の女天使は何も乗せない目で観察を続ける。
「……考えすぎかもしれんな」
女天使が見下ろす先では、あの転生者の妹がおかしな力を振るっている。魔術とはどこか違う力。
伝説に語られる『真魔』のような。
地平線の遥か向こうに、煌めく朝の粒が見えた。
夜の終わりは近い。




