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アゲイン×2 《クロスツー》  作者: 紺堂 悦文
第六章 地底墳墓のジャック
121/140

叫び

 



「……出にくい。あんのクソガキが」


 第三階層大広間。

 そこから響いてくる大声に、クロウはげんなりした。ウンザリした。


「だあ〜れが相棒だ。……おちょくってやがんのか。この俺様を」


 千年の時を越えた大悪魔。対等な者など存在しない自分に。


「あ痛っ! ……クソッタレ。なんでこの俺様がっっ!!」


 熱い。寒い。

 千年の長い時の中で、クロウにとって『記憶』は忘れている事柄の方が多い。ただ、それでも断言できる。こんな状態になった事はない。

 心臓を貫かれた事はある。内臓が傷付いた事もある。だが、臓器が丸々一つ無くなった事など一度もない。


「……どうやら、ねえからといってすぐに死ぬようなもんでもねえらしい。だが……」


 不調。絶不調。

 魂の再生で肝臓が生えてくるまでこの状態。

 おまけに大広間の中では迅八が敵に向かい吠えている。命を賭けた戦闘中。


「…………クソッ。厄介なガキが」




 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




「燃おおおおおえ尽きろオオッッ!!」


 迅八に向かってまっすぐ走り出した男に火球を投げつける。男は一瞬で炎に包まれた。


「くかかかかかかッッ!! だあ〜れが相棒だと!? こんのクソガキが!! 見ぃろオッ、みなぎる超・俺様ッッ! ……くぉの俺様がチンケで哀れなガキに、ちっとだけ手を貸してや、」


 ……魔界の炎は燃える。

 ごうごうと唸りをあげる炎の柱。

 それが、クロウの方を向いた。



「……クロウ? おまえが、千年の、……大悪魔」



 ずり。

 その炎は進む。

 ぶすぶすと煙をあげ、肉の焦げる匂いが。だが、何故か炎はすぐ消えた。



「……………あ、あ、あ、あ、あああああっ! クロウ、待ってた……探してたんだ……!! 会いたかったんだ!! クロウウゥ……ッッ!」



 涙を流しながら笑い続ける男。

 その瞳に浮かぶ。……ドス黒い歓喜が。













「……おいジンパチ、相棒(・・)。おめえさっき、なんかカッコイイ事言ってたな。確かこの道にはおめえが居るんだろ? いやいや、俺はおめえを信じてるから帰るぜ」


「…………やだ。帰っちゃやだ。俺一人であんな奴の相手すんのやだよ!! 助けてよ!!」


 いつの間にか迅八から離れ、革鎧の少女を抱きしめているティーが叫ぶ。


「ちょっとあなた達!! イーストが来るわよ!!」


「 ……クロウ、あいつやばいぞっ!!」

「てめえに言われねえでもわかるわっ。来るぞ!!」


 双剣を両手に下げて、形を持った地獄が動き出す。振るわれる漆黒と無垢、——叫びのような剣。


「『ブレイクビーツ。……ベイビーソング』」

「『ワルギリア』ッ!」

「『迅九郎』!」


 ぎゃんっ! 鋼の撃ち合う音が響く。

 壁から落ちた松明が、床を転がりその男の顔を映し出す。デッドエンドイースト。攻略組最凶、——地獄の中から来た男。


「……見せてくれ。見せろクロウ。……おまえの力を全部見せろ。持ってるんだろ? ……持ってるんだよ。持ってる。持ってるぞっ!!」


 押される。闇に輝くワルギリアが。クロウが両手で撃ちかかった剣が、片手の白剣に押されている。


「なんだてめえ……。なぜ、俺様を!!」

「あ、あ、あ、あ、あああああ。クロウ……、はやく、早く見せろ……!!」


 ワルギリアが自分の肩に食い込む。

 ぎりぎりと押される。押され続ける。


(……クソッ! 調子が出ねえ!)


 だが、それとは関係なく。

 押し返そうと力を込めたワルギリア。その向こうに年齢不詳の男の圧力。ヒゲだらけの顔。


 爛々(らんらん)と。

 ぶしゅぶしゅと。

 口からよだれを垂れ流し、涙を流し、笑っているその男。誰もがこう言う。


「……なんなんだてめえはっ!? オオオオオッッ!! カウザルクロウ!!」


 振るわれる赤い右手。

 クロウの拳がイーストに直撃し、その体を吹き飛ばす。今まで吹き飛ばされるだけだったイーストが、初めて受け身を取った。近くの柱に足をつき、魔獣のしなやかさでそのまま床に降りる。


「……今のは、違う。……もっと見せろ」

「なんで効かねえッッ!?」


 クロウは自分の横に立つ迅八を見る。


(迅八と同じ……!? いや、何かが違うっ!!)


 魂の気配を探ると、やはりどこか違う。イーストの体にまとわりついている力。


「……おめえ、邪神と契約でも結んでやがるのか? なんだ、その訳の分からん力は!! 忌々しい(・・・・)力は……!!」


 迅八には、完璧に効かない。

 イーストの場合、途中でかき消されるような感触。


「……俺にも分からない。元の世界にいる時からこうだったんだ。……死ねない。死ねないんだよ。車は俺を避ける。ロープが切れる。他にも、他にも……」


 再びイーストが剣を握る。

 イーストが走り出そうとする寸前に、迅八の呟きのような疑問が出た。


「おまえ、死ねないって。 ……自殺してこの世界に来たんじゃねえのかっ!?」

「……息を止めた」

「なに、どういう、」

「…………何をしても死ねない。だから、呼吸するのをやめた。……苦しかった。けど、それしか方法がなかったんだ。……それでも目を覚ました。この世界で」



 戦いは再開される。

 少年と大悪魔に迫り来る、形を持った地獄。——デッドエンドイースト。


 第三階層大広間。

 無音の叫びに支配される静寂の空間で、長い夜の戦いは佳境に入る。






 ————————————————






「フゥッ! ……フッ、フッ! は、はっ……」


 地底墳墓最下層。——処置室の戦いも、佳境に入ろうとしていた。患者は覚悟を決めた。ならば医師も覚悟を決める。


(……この患者は死なないっ!!)


 更に骨を切る。

 ざり、ざり。ごり、ごり、ぼぎん。

 ……更に。

 ざり、ざりと。


 術式の成功率を上げる為に、幾らでも患者に負担をかける。その間にも触手はジャックに対し攻撃する。

 腕にえぐりこみ、内部に潜り込もうとする触手。吸盤から放たれる粘液。痛みが走る。激痛が襲う。ジャックの体が溶けてゆく。


「……なんの問題も無いッ!!」


 患者にこれだけの苦しみを与えている。医者がこの痛みに負ける訳にはいかない。



 部屋の中は、やかましい静けさに支配されていた。

 先程まで部屋に響いていた苦悶の叫びは鳴り止んだ。蓄音機のような女はその言葉を止めた。


 部屋の隅、『発電機』から聞こえる唸り。ブウンブウンと音をたてるそれが静寂に拍車をかける。ときおり聞こえるその場の人間達の息遣いも。


 ——はあ、はあ

 ——ふう、ふう


 緊張に支配された空間で、アゼルは狐人の少女を抱きしめる。しかし、すがりついているのは、立っていられないのは、アゼルとニコルのどちらか。


「……おかあさんっ。おかあさんっ!!」


 ニコルの足は揺るぎない。

 母親のそばからは離れない。目を背けたくなる酸鼻から、決して目を背けない。


 その間もジャックのメスは動き続ける。……ぞぶ、ざぶ。

 肋骨を更に切り取り、完全に腹を開かれたロココの標本のような姿。

 溢れる結腸が、姿を見せた膵臓(すいぞう)が。ブルブルと震える横隔膜の下に見える……異世界癌(キャンサー)。


「かあさんっ、だいじょうぶ!? だいじょうぶ!?」


 大丈夫な事など一つもない。

 ロココの顔は全体がドス黒く変色していた。

 歯を食いしばりすぎて、コメカミと口の周りの毛細血管が破裂している。何本か歯が砕けた。吐瀉物を、よだれを、小便を垂れ流した女は汚穢(おわい)と血にまみれてその手をゆっくりと動かす。


 ……娘の頭の上で、ゆっくりとゆっくりと。



《……可愛い子。あなたの母親は凄い。美しい》


「たいしたものだ。……メスカル、我々も負けてはいられんぞ」



 医師のメスは進む。

 キャンサーはロココの肝臓と一体化していて、それを全て切り落とさなくては手術の成功はない。

 前人未到の、肉体的、精神的苦痛。


「切除を開始する……!」


「あっ………」



 ざばりっ。表面が硬質化した肝臓に、ジャックはメスを差し込んだ。器官の大きさは手のひらよりも少し大きい位。それほどの大きさの物が、体から失われる。


 ステーキにナイフを滑らせるように医者のメスは進む。指揮者が振る棒(タクト)のもと酸鼻の宴は踊る。

 紫色の反撃が医師と助手を攻撃する。

 しかし、彼らも揺るぎない。

 己の肌を溶かし、体に食い込むその攻撃に目もくれず、ひたすら求める。……生命を。明日に繋げる事を。


 十二使徒も戦っている。彼の結界の制動がなければ手術は全く進められない。

 人間の体には、意識とは関係なく、体が動く『反射』がある。

 ロココが不屈の精神で痛みに立ち向かっても、どうにもならない体の動きがある。イエリアは結界による不可視の拘束で、その全てを抑えていた。



 一人だけ。この場で倒れそうな人間は、一人だけ。



(……はっ。はっ!! ああっ……はっ!!)


 赤毛の少女はしがみつく。

 幼い少女にしがみつく。

 逃げ出したい(・・・・・・)


 自分はこの場に居てはいけない。

 自分はこの場に居る理由がない。

 命を懸けて、立ち向かう人間達の中に居る資格がない。



「……ロココ。その調子だ。負けるなよ。 一緒に戦うんだ。……『運命』だと!? そんなものに、負けるなよ!!」



 医師が命を懸けている。

 涙を流して武器を振るう吸血鬼。


 アゼルはそれを見て震えてしまう。

 自分の涙と彼の涙は価値が違う。

 ……だって、自分がその気になれば、この手術を、全部茶番に出来る。













「……半分終わった。頑張れ。頑張れよッ! 負けるな、大丈夫だ。もうすぐ終わる……。どんな所も行けるさ。娘と一緒に行くんだっ!!」



 光で満ちる部屋の中で、絶望に立ち向かう希望がある。この場に自分はふさわしくない。

 逃げ続けるだけの自分達(ロックボトム)には似つかわしくない。


 自分がその気になれば。

 一瞬で、ロココの事を救える。


 異世界癌に侵される前に、戻せる(・・・)。



(……だめ。条件(・・)が、合わないッ……!)






 紫と赤の霧が手術台の上に舞う。

 混じり合った細かな液体はジャックの肌を灼きつける。

 ……切除が完了する!!


「十二使徒。……おまえさんイエリアって言ったか? それなりに出来るんだろう? おまえさんに仕事をやろう」

「これ以上なんかやらせる気!? おい、おまえあんまり調子に……」

「コイツを、……殺せえええッッ!!」


 ばずんっ!! ……ひときわ硬い筋(スジ)を切り取ると、滝のように血が溢れた。ここから先が、本当の時間との勝負。

——殺す戦いは終わった。ここからが本当の勝負……!!



「……移植を開始するッ!!」

「アッ…………!!」



 抑えていた声がロココの口から漏れる。その叫びを消そうとしたロココに医師は言う。



「……ロココ!! 生きているなら叫べ!! ここからは、俺とお前の戦いだ……!!」


「アッ……アアッ!」


「叫べ!! 生きているなら叫べよッ!! 負けるんじゃない!! 運命に負けるな!! 痛かったら叫べ!! ……それでも、おまえは死なないッ!! そうだろうっ!?」


「……わたしは、……負けないッッ!!」


「そうだよ、そうだ!! ……その言葉があれば生きていけるぞ!! やせ我慢してやっていけるぞ!! 」



 ——闇の中、ずっと牙を研いでいた自分のように!!



「叫べああああああああああッッ!!」






 医師は最後の戦いを開始した。

 準備不十分で始めた戦いは、すぐそこに決着が迫っている。イエリアはそれをチラリと見てから視線を戻す。……もう、この戦いの結末は見えた。


「やるじゃないかよ人間(・・)。

 ……ジンよりこいつの方が強いんじゃないのォ? 不安になるんだけど……」


 イエリアは宙に浮く紫色を見る。

 うぞうぞと蠢く正体不明の物体。

 異世界癌。


 結界に囚われたそいつは紫色の粘液を撒き散らす。


「……まあ、ジンはいずれだ。あいつは一番強くなる……。ははは、クロウ。ワルギリア。……運命」


 導かれるように、あの少年の周りに物事が集中している。目の前に浮いている訳の分らない物体。こんなものを、イエリアは見たことがない。


「ま、とりあえず、今日のオレの役目はこれで終わりかなア? ……潰れろ。肉塊」


 ばぢゅんっ! 空中に浮かんだ肉塊は、見えない壁に押しつぶされる。手のひらよりも大きかったそれが、丸めた紙くずのように小さくなる。


「……よっと」


 そのままそれは、しゅんしゅんと湯気をあげる竈(かまど)の下、燃え盛る炎の中に投げ込まれた。



 手術台の周りでは決死の戦いが続く。

 イエリアはそこから視線を外した。

 もうあそこに興味はない。


「アゼルゥ……」


 赤毛の少女のもとへ。


「……どおおうしちゃったのかなァ? なんか悩み事オ? ……相談乗ろうかァ? はは、ははははは。……あはははははははは……!!」


 運命が交差する、地底墳墓最下層。

 それぞれの戦いを突き進む人間達の中で、一人だけ膝を抱える少女もいる。


(……たすけて。ジークエンド、フォルテ(・・・・)ッッ……!!)






 ————————————————






「ガアアアアアアッッ!!」


 迅八は、イーストが振るった漆黒の剣を背中で受け止める。

 それの標的になった少女達を守る為に。


「ジンッッ! あなた、なんで!?」

「……あっ」

「ぐっ! ……邪魔なんだよお前らは!! もっと下がってろ!!」

「……西方より来たれエエエエエッッ!!」


 追撃を仕掛けるイーストが、素早く離脱する。

 クロウが出した炎の玉は、イーストを捉(とら)える事なく通り過ぎた。


「くぉらクソガキ!! 俺にまで伝わるから余計な事をするんじゃねえっ!!」

「俺に出来るのは、これだけだ……」


 クロウの背中に灼けた痛みが走る。

 冷静にその傷を測る。


(深い……! ジンパチは大丈夫なのか!?)



「結局、俺はなんにも出来ない。……だったら俺は血を流す。大切な人を守る為だったら、俺が代わりに血を流す。 ……おれは死なねえッ!!」


「ちょっと待て。……てめえは、今までそいつらと戦ってたんじゃねえのか!? そんな奴らは大切じゃねえだろがっ、ふざっけんな小僧!!」


「それでもだ。……だって、仕方ないじゃないか。それが人間だ」


 殺したくなる激情に身を灼かれ、意味もなく他人を助けたい。揺れ動く矛盾の中で戦い続けるのが人間だ。






「俺は人間代表だよ。……付き合ってもらうぞクロウ!!」

「ふざっっけ……畜生ッッ!! あのまま常夜で寝てればこんな事にはあああああッッ!!」


 この技はやりたくない。

 気が進まない(・・・・・・)。

 伝説の元となった己だけの技、千年の大悪魔、究極の絶技。


「もう終わらせるッッ!! 根こそぎいけい『魂喰らい』ッッ!!」


 獣の波動がクロウを包み込み、それは右腕から放たれる。——がおん! 空気を震わせ標的に迫るその顔が、デッドエンドイーストに喰らいつく。


「なっ……」


 イーストの口から初めての感情が。

 驚き。

 身動きも取れず、その体は獣の波動に飲み込まれた。













 静寂が。


 大広間の中心で棒立ちになった男。

 その体が。


「……なんだ今のは。……だが、これも違う」



(……お?)


 カタカタと。

 クロウの足が鳴る。


(こいつ……)


 迅八に似ている。






「死ねないんだ。……死ねないんだよ俺は。あいつらが許してくれないんだ。俺が楽になるのを許してくれない。……生きて地獄を味わえって言っている。耳元でずっと言ってるんだ」


「てめえは、なにを、」


 その時、クロウの視界の中で、イーストの周りに何かが見えた。

 イーストの背中から、全身を包み込むような影が。その影がずっと言っている。何かを言っている。



《……死なないで》



(なんだ、あの影は!? )






「もっと見せろ。クロウッッ!!」



 イーストは疾駆する。

 突き出した二本の剣。クロウは己の体に突き刺さるそれを無視して、イーストの体を押さえつけた。


「ぐかっ!! ……ジンパチ、ソードオブハートをやれええい!! こいつを殺せッッ!!」


 自分達の心臓を穿つ諸刃(もろは)の剣を。

 ——このままでは負ける!


 黒髪の少年は跳ぶ。

 このままでは守れない。大切な人を守れない。

 離れた場所で戦っている仲間達を。


「……オオオオオオオオオッッ!!」


 背中から噴出した翼で宙に浮く。

 左肩のナイフを躊躇わずに抜く。

 少しの迷いもなく、その武器を己の心臓に突き立てた。


「ガッ! ……カッ、かかっ!!」


 血を吐き出し、涙を流し、それでもやるのだ。離れた場所で戦っている仲間がいる。守らなくてはいけない仲間がいる。


「『ゾォド』……!」


 淀んだ水のような毎日は終わりを告げた。

 全力でやるのだ。そう決めた筈だ。



「『ソードオブハアアアアトオオオオオ』!!」



 抜き出したナイフは長大な青い剣となる。

 噴出する血に構わずその剣を構える。

 己の全身全霊を。目の前の敵に叩きつける……!!



「俺は死なねえ!! 俺は絶対に負けねえ!! ……生きているから叫ぶ!! そうだろジャックッ!!」


「……迅八、死ねないんだ。……負けないんだよ。そんなのお前だけじゃないんだよ……!! 絶望の底で叫ぶのは、お前だけじゃないんだよ……!!」



 大広間に炸裂する青い光が。

 長大な剣が振り下ろされる先には、長い夜の最凶の敵が。

 夜の幕を下ろす心臓剣は放たれた。

 迫り来る青い光を見つめるイーストの顔は、やはり、涙を流しながら笑っていた。




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