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アゲイン×2 《クロスツー》  作者: 紺堂 悦文
第六章 地底墳墓のジャック
118/140

イースト&ウエスト

 



「……頭が痛い」


 その男はブツブツと呟く。

 意味不明の言葉の羅列。誰にも分からない独り言を。


(コイツはなんだ!?)


 迅八が撃ち込んだ刀。

 その男、デッドエンドイーストは己の左肩に入り込んだそれを、無造作に握り引き抜いた。その手からも流れる血。


「……痛くないんだ。痛みを感じなくなった」


 イーストはぼんやりと刀を見ている。己の鎖骨を叩き割り、身体を抉ったその刀を。


「……だから、わからない。おまえの痛みもわからない。……痛いか?」


 とすっ。

 もう片方の手。まっすぐに伸びる白剣が、迅八の身体の真ん中をぐりぐりと穿つ。


「………頭が、……」


 イーストは迅九郎を離すと、右手で己の胸を押さえた。左手の白剣は変わらず迅八の腹に伸びている。

 ぐりぐりと、ぐりぐりと。深く抉(えぐ)り、刻みつける。


「会いにいく。絶対に、おまえに会いにいく。……待っててね。かならず、必ず会いに行くから…」

「おっ……、おまえ、なにを」


 迅八の体に走る震え。

 意味不明の男。

『痛みを感じない』

『頭が痛い』

『胸を押さえながら』

 意味不明の男。



「……ウッ、オオオオオオオオアアアアッッ!!」


 迅八はイーストの腹を蹴りつけ距離を取ったが、その時もイーストは表情を変えなかった。

内心の怯えを悟られぬよう、強い言葉で威嚇(いかく)する。


「誰だテメエは!!」


 その時、イーストの後ろに冒険者の一人が迫っていた。イーストは迅八の言葉に答えずゆらりと動く。

 迅八の目の前で、イーストと冒険者の体が重なるように見えた後、短い言葉を残して冒険者は倒れた。

切り裂かれた頸動脈。どくどくと流れてゆく生命。


「……邪魔をする奴は、全員(・・)だ」



 他の冒険者たちもすぐに動き出した。

 突然の乱入者、イーストを標的として隊列が組み直される。


「ジン、下がりなさいっ。そいつと話しちゃいけない。汚染されるわ!!」


 近寄ってきたティーに肩を掴まれる。その振動だけで、迅八の体を痛みが貫いた。


(痛ッッ!)


 迅八が吐く荒い息と同期して、規則正しく腹から流れる血。ついさっきまで、感触を確かめるように己の腹に敵の剣が刺さっていた。傷跡から広がる痛みを初めて意識する。


「……痛ってえ。なんなんだよ。コイツは!?」

「ジン、 話は後よ。下がりなさい!!」


 イーストが動く。

 両手に下げた二本の剣をまっすぐ前に突き出すと、マントの男はそのまま走り出した。無造作に走り、隊列を組んだ冒険者達の真ん中にただ突っ込む。


「うおっ、コイツ……ッッ!!」


 最前列に居た重装鎧の冒険者。

 分厚い鉄板で覆われた腹の真ん中に、イーストの剣は突き刺さった。

突き刺さり、抉りこみ、体を貫く二本の剣をそのままに、後ろにいる冒険者を巻き込みイーストは走り続ける。


「あ……っ!? うお、いだ、いだああああっ!!」


 漆黒の剣で二人。

 無垢な白剣で二人。

 ————バガンッ!

 広間の壁が揺れるような炸裂音が響いた後、鎧を着込んだ人間四人は壁に縫い付けられた。

イーストは、冒険者たちを壁に縫いつけた自分の双剣から手を離し、冒険者の腰の剣を抜いた。


「あっ、やめ……!!」


 ざんっ。

その剣もやはり無造作に振るわれる。重なるように壁に縫いつけられた四人——その首を目掛けて剣が走る。


 ばずんっ。

綺麗に二つの放物線。

松明の明かりに照らされて、丸い物体が宙に飛ぶ。


「……や」


 壁に縫い付けられた四人の内、二人は首を飛ばされた。残る二人の内の一人は、すでに心臓を貫かれて絶命していた。


「や、やめて……。たすけてっ!!」


 若い女の声。

 革鎧の女。

 日本人の女。

 黒髪の、ショートヘアの女。

 イーストはそこで動きを止めた。


「お願い、やめてっ!!」

「…………あ」


「迅九郎オッッ!!」


 翼を広げた迅八が、宙を滑りイーストの元へ。

 迅九郎を一閃し、イーストが振り上げた剣を叩き落とす。

 武器を落とされたイーストは、四人の人間を縫いつけていた己の双剣を引き抜いた。


「迅八……」

「テメエ、俺が相手してやるぞ……!!」

「……ダメだ。お前は後だ」


 迅八は震えそうになる足を踏み込む。心の中で声がする。——目の前のこの男は、相手にしない方がいい。


(……それでも、逃げる訳にはいかねえっ!)



「うおおおおっ、らああああッッ!!」


 迅八は足に力を込め、再びイーストを蹴りつけた。吹き飛んだイーストに向けて、大上段から真っ直ぐに迅九郎を打ち込む。


 殺す。そんな事を考えてもいない。

 とにかく恐怖に負けない為、なにも考えずに撃ちかかる。

 その迅八の全力の一撃を、イーストは双剣で受け止めた。


「……言ったぞ。おまえは後だ」


 迅九郎を受け止めるため、交差するようにイーストが掲げた双剣から片方が消える。

イーストが振り上げた白剣は、迅八の体を袈裟懸(けさが)けに切りつけた。


「がっ!?」

「……ベイビーソング」


 白剣は、迅八の皮膚の表面を、なぞるように軽く走った。迅八の体から血が流れると、それと同時に力が抜けてゆく。


「あ、かっ……、なん、なにしやがったッ!?」

「……寝てろ(・・・)」




 膝をつく迅八から目を外し、イーストはティー達に向き直る。


「……まず、お前らだな。おまえが『ティー』か? 出来ればおまえを殺したくない。……どうするんだ? どかないのか?」


 イーストはゆっくりと、無造作に歩く。

 残る冒険者はそれでも四十人以上。

 そこに向かいまっすぐに歩く。

 冒険者の一人が震える声を出した。


「……ティー、なんだコイツ。なんなんだコイツは!? どうするんだっ!!」

「ちょ、ちょっと待ってッ!」


 冒険者たちは、この時、二種類の人間に分かれていた。

デッドエンドイーストを知っている人間と、噂しか知らない人間。


 知らない人間達の中、一つのグループがすぐさま行動を開始した。

 ——頼りにならないリーダーの指示を待ってはいられない!!


「行くぞ。……援護を頼む!!」


 長い槍を構えた男が走る。

 威嚇するように大きく構えた槍——その切っ先は、下を向く。


「『ディレイ リゾルブ』!!」


 流れるように槍が繰り出されると、残像を残して槍使いの体が消えた。

 イーストはその槍を撃ち落そうと漆黒の剣を振るう。しかしそこから一拍遅れ、残像の後ろから衝撃が襲った。


「『ダブルドミナント』!!」


 槍使いの後ろにいた細剣使い。握る美しいレイピアが残像を貫く。

 槍使いの本体は宙に飛んでいた。

 空中から落ちてくる槍使いの一閃。

 真っ正面からイーストを貫こうとする細剣使いの一撃。


「好き放題暴れやがって。……死ねッッ!」


 空中と地上、両方から襲う突きがイーストの体に迫る。それでもイーストは、ぼんやりとそれを見ていた。


 ざすっ……ざすっ!

 イーストの肩を貫通し、地面に突き刺さる槍。機動力を削ぐ為に、足に放たれた細剣。

 確かな手応えを感じた二人がすぐにその場を離れると、広間が明るい光に包まれた。


 巨大な火球。

 魔術師の上に浮かんだそれは、放物線を描きイーストに迫る。そして、その火球の中心にある、『丸い玉』。魔術で作られた水の玉は、火球の熱で爆発した。


「吹っ飛べ……『スプリット ポリリズマ』!!」


 爆発した火球は炎を撒き散らし、イーストの全身に絡みつく。迅八が切り裂いたマントの隙間から、槍とレイピアが貫いた穴から——マントに覆われていない顔を、その全てに炎は襲いかかる。


 揺れる炎の中で、槍に体を貫かれたイーストは何度か身動きしたが、それもすぐに終わった。

 炎に包まれて、宙をさまようように浮いていた手。

 それがゆっくりと下げられると、ぶすぶすと、ぶすぶすと。……こげ臭い匂いが辺りに立ち込めた。


「……なんだよ。弱いじゃねえか。ビビらせやがって」


 弛緩した空気がその場に流れる。

 しかし、本当に一瞬でそれは終わった。


「……え?」


 炎が、消えた。


「な、なんで……」


 槍に縫い付けられたイーストの体から、煙が上がる。ぶすぶすと肌を焼いていた炎が消えると、その体がゆっくりと動き出した。

 触れるだけで痛みを伝えるはずの、肩を貫き地面に突き刺さった槍。それをイーストは途中から叩き折った。

 ぎざぎざとした断面、その欠片が体内に残る事など恐れず、無造作に槍を引き抜く。


 次の瞬間。

 槍使いの目の前に、イーストの白い剣があった。


「おッ……!」

「ベイビーソング」


 力を入れずにその剣を。

 サスッ……撫でるように触れるだけの優しい剣。それに触れられた槍使いの体は膝から崩れ落ちた。


「寝てろ」


 無防備な背中に向かい、漆黒の剣が振り上げられると、それもまた大した力を入れずに下ろされた。

 ガッ……槍使いの背中を貫通した漆黒の剣が地面に当たると、イーストは息絶(いきた)えた槍使いを見もせずに動き出した。

 呆然とそれを見ていた細剣使い。その首に漆黒の剣が振るわれる。——ざん。また、首が飛ぶ。






「ティー、逃げるぞ……!!」


 仲間の一人がティーに声を掛けた。

 デッドエンドイーストは、無頓着すぎる。元の世界の仲間を、こんなに簡単に殺す奴が。


 イーストの噂は聞いていた。自分の目的以外にはなんの価値も見出さない。

 そしてその目的は、『時を遡る』。


「……なに考えてんだ? そんな事を考えてる奴に付き合ってられるかっ!! ティー、早く逃げよう!!」


 自殺してからこの世界に来たという人間。ありもしない、出来もしない事をこの世界で求めている。その邪魔をすれば、無意味に死ぬ。


 ティーは仲間の声を聞きながら、二つの事を考えていた。一つは意味のある思考。

『ベイビーソング』。

 切りつけただけで相手を眠らせる魔剣。


(なによそれ。……そんなの)


 商人ギルドが魔弾で『睡眠』を開発したという事は知っている。

 ただ、魔弾は高価だ。しかも超希少な『睡眠』の魔術。一発撃つだけで幾らかかるのか、想像もつかない。


(戦闘中に『寝る』って、死ぬって事じゃない……)


そしてもう一つの、今は意味のない思考。

跪(ひざまず)き、顔をうなだれている迅八を見る。


(……『睡眠』が、効いてる!? 魔術無効じゃないの!? )


 しかしティーは思い出す。自分の友人である『絶対強者』の片割れ、キリエから聞いた大草原での戦いを。


(その時も確か、魔弾で一回眠らせたって……。ジンには、効く魔術もあるの?)





 

 ティーが意味のない思考に気を取られていると、うなだれた迅八の顔が起き上がり、咆哮をあげた。


「……うっっっ、がああああああ!!」


 黒いコートの左肩に下げられたナイフケース、そこからちっぽけなナイフを抜く。

 迅八は迷う事なく、そのナイフを己の太ももに突き刺した。


「クソッタレ……。おおおおおあああ!! ……いっっ、だああああああっっ!!」


 迅八は飛び跳ねる。

 地面に降り立った時に太ももから血が噴出した。


「いってえええええ!! ……ふっざけやがって。なんだその剣。そんなのアリか!?」

「……同じ事を思ってる。おまえ、なんだそのデタラメな回復は」


 イーストが突き刺した迅八の腹。そこからの血は、すでに止まっていた。


「サグラダに聞いていたが、想像の斜め上だ。 ……痛めつけてもすぐには死なないって事か」

「やってみろ……!! いつまでもビビってると思ってんじゃねえぞ。気持ち悪いんだよテメエは!!」


 迅八は再び魔剣を握ると、ゆっくりと立ち上がった。


「ティー、お前らはどうすんだ!! この場から先には誰も通さねえ……!!」


 迅八は叫ぶ。

 守らなくてはいけない。

 この道の先にあるものを、守らなくてはいけない。


「ティー。早く決めろ。巻き添え食らっても泣くんじゃねえぞっ!!」

「……おまえ、凄いな。少しだけ遊ぼうか。千年の大悪魔が来るまで……」


 イーストの言葉が終わる前に、迅八の体は飛ぶ。宙から撃ち下ろす斬撃、イーストはその全てを双剣でさばく。


「……おまえ、こっちに来たばっかりか? ……ひどいもんだな。千年の大悪魔が来る前に殺してしまう」

「おおあああっ、らああああッッ!」


 迅八が力任せに叩きつける刀をイーストは無造作に払う。払った剣は、返す刃で迅八に迫る。——白い剣。


(……ヤバい、これに当たるとッッ!!)


 迅八の意識が白剣に逸れた時、反対側から迫った漆黒の剣が、迅八の腕を削ぐように切りつけた。

 漆黒の剣の上に乗る肉片。イーストはそれをチラリと見てから振り払った。……びたり。床に貼りつく肉。


「痛ゥッ!!」

「死ぬなよ。……おまえが死んだら千年の大悪魔も死ぬんだろう?」

「俺は死なねえ(・・・・・・)!!」

「……俺と似ている。俺は、死ねない(・・・・)」



 大広間では戦いが続く。

 いつの間にか傍観者となっている冒険者達。その中の一人がティーの肩を掴む。


「ティー、どうするんだ……?『切り裂き』は? イーストは? オズワルドの転生者は!? ……誰を倒せばいいんだ!! 」

「待って。……リョウマは、地上に残ってるみんなは。イーストがここにいるって事は……!!」


『死にたがり(デッドエンド)』の片割れは。


「デッドエンドウエストは、どこにいるの……!!」






 ————————————————






「……ふむ。コイツは強い。シズ、コルテを運べるか」

「ししょーっ。ししょー!!」


 シズの目から涙がぽたりと。

 コルテの薄いくちびる。ひんやりとしていそうなそれに。色を失い始めたそれに、涙は吸い込まれるように消える。


「……あれえ。その人あなたの恋人? ごめんね。……けどね、イーストの邪魔したらダメなんだよ」


 ポケットに手を突っ込んだまま、ジークエンドは少女と向かい合う。

……目の前に立つその女は、幼さを残す少女だった。金色の髪を二つに束ね、それをリボンで留めている。

全身を包む闇色のドレスは夜に溶け込み、顔だけが浮かび上がって見えた。

そして、そこからジークエンドの事を見ている空っぽの瞳。……その瞳には、光が無い。


「……これは、全部おまえがやったのか」

「ほとんど。……おまえって呼ばれるの嫌いなの。ウエストって呼んでね。ジークエンド」


 死にかけているコルテの周りには、十を超える数の無残な死体がある。

 そして、この場とは違うもう一つの戦場。——クーロン達が居るだろうそこからも、ざわめきと怒号が聞こえた。


「……サグラダは向こうに行ったんだね。放っておいていいの? 多分、あなたの仲間じゃサグラダには勝てないよ」

「ふむ。見くびられたものだ。まあいい。ところで……」

「……なあに?」


 闇色のドレスから浮かび上がる顔。ウエストの細い顎が横に傾く。


「好きか? 突然死」


 ————ボッ!!

 目にも止まらぬジークエンドの蹴りが真っ直ぐに飛ぶ。

 周囲の術師は、みな息絶えた。光球がなくなったここでは篝火(かがりび)だけが夜を照らす。

 ジークエンドの体は宙を滑る。前に突き出した蹴り足が、地面から突然現れた物に遮(さえぎ)られた。


「……なんだコレは」


 巨大なカミソリ(・・・・)。

 ウエストの目の前で、地面から突然伸びたそれが、ジークエンドの蹴りを遮った。


「……突然死、嫌だなあ。遺書とかね、書きたいでしょ? 言いたい事っていっぱいあるじゃない。……恨み、ねたみ、そねみ、告白……。どろどろしたの、いっぱいあるでしょ? ……だって、人間だもん」

「ふむ。業が深い」


 地面から伸びたカミソリを見て、ジークエンドは内心では驚いていた。——土魔術。

 生きている大地に働きかける、超高等魔術。しかも変性させている。


「おまえ、ずいぶんとその刃物の形に思い入れがあるみたいだな。大地から錬成して武器を作れるのか」

「『おまえ』ってやめて。……思い入れ? あはははは……。思い入れ。……そうなのかなあ」


 ウエストが、地面から生えたカミソリを握る。


「そうかもしれないね。……なんだって良かったのにこれを選んだの。……流れてる最中は、安心したの」


 意味不明の女。

 闇色のドレスを着た美しい少女は、リボンで二つに分けられた髪の先を笑いながらいじった。


「けどね、一番怖かったのはね。怖くなかったの。……最後の最後は、後悔するって思ってたんだ。本当の最後の最後、死にたくないって。……けどね。……安心しかなかった……」

「耳が腐る。飛べ」


 ジークエンドは、ウエストの腹をめがけて踵を突き上げた。

ウエストの足元。——地面から新しく伸びたカミソリがそれを遮る。しかし、そのカミソリを突破したジークエンドの蹴りは、ウエストの体を宙に飛ばした。


「あ…………」


 ウエストの薄い体が枯葉のように飛んでゆく。

 しかしその目。

 宙を飛びながらジークエンドの事を見ている、ウエストの空っぽの目。


「……まずい。嫌な奴(・・・)だな 。……負けるとは思わんが、コルテが」


「ししょー……。もうっ! ししょーっ!」


 ジークエンドが後ろを見やると、シズがコルテの体を揺さぶっていた。


(やばいぞ。あの傷は……)


どうみても片肺、もしかしたら両方貫通している。

血を吐き出すコルテの顔は、どす黒く変色している。酸素を取り込めていない。


「……まずい。どうする……」


 ジークエンドは回復術が得意ではない。そして、術で傷口が塞がるとしても、肺の中に溜まる血がある。


ジークエンドの額に珍しいもの——汗が流れたその時、視界の端でそれは起こった。


「ししょう……。コルテッッ!」


 桃色のコートを着たシズが、コルテの唇に自分の唇を重ねた。涙を流しながら血まみれの接吻(くちづけ)を交わす。


「……ふっ、ふっ! ……べっ!!」


 シズは、コルテの内部に溜まる血を何度も何度も吸い出した。すると、吸い出す代わりのように、重なる唇から光が流れ込む。

 ジークエンドはそれを視界の中心に収めた。


「……傷が」


 コルテの傷が塞がってゆく。

 回復術のスピードを超えて、胸の出血が収まってゆく。シズは何度も繰り返す。唇から血を吸い出し、吐き出し、生命を注ぎ込むように吐息を吹き込む。

 ぽたりぽたりとシズの瞳から涙が落ち、それの何回目、何十回目かに。


「……ヒッ、ガッ、……ガハッ!」

「ししょーっ!」


 大きく地を吐き出してから、コルテのまぶたが動いた。






(……真魔。コレか)


 コルテから聞いていた。

 瀕死のクロウを救った回復。

 自分の家を壊した現象。


(……アゼルの力に似ている)






「やっぱり恋人なの? ごめんね……」

「『太陽剣(サンフラウ)』」


 ジークエンドは己の背後に立つ影に向かい、振り向きざまに剣を抜く。

 灼熱の剣。オレンジ色の光を放つそれは闇を切り裂く。受け止めようとした巨大カミソリは、それに当たるとじりじりと溶け出した。


「……凄い。『太陽』のジークエンドのサンフラウ。凄いなあ……。あなた、この世界で一番強いって言われた剣士だったんでしょ?」

「一番強い? そんなはずないだろう」

「そうだよねえ。堕ちた騎士なんてそんなものだよね。……けどね、わかるよ。人間って、そんなに強くはいられないの。……可哀想にねジークエンド。お姫さまを守れず愛する人も守れず。……怯えながら生きてるのね。ずっと逃げ続けてるのね。……大丈夫。みんなそうなの……」

「死ね」


 爆発するような光が。

 ジークエンドが掲げた太陽の剣から光は迸(ほとばし)る。渾身。全霊。

全ての力を乗せたその剣は、闇色の少女のカミソリに迎撃された。


「……こんなもん(・・・・・)なんだね。護衛騎士ジークエンド。……知ってるよ、全部知ってるの。私とイーストはこの世界の事をなんでも調べてるから。……辿り着く為にはなんでもしてる。あなたとは、違うの」

「黙れッッ!!」


 その男の顔に浮かんだ激情が夜を震わせる。本気の剣。


「……あはははは。ダメダメ。飾りの剣じゃ私に届かないの。だってあなた、自分の命を選んだんでしょ? ……私は捨てられるよ。イーストの為なら」


 大地を変性させて作られたカミソリは篝火のゆらぎの中で光る。撃ちかかるオレンジ——灼熱の太陽剣が乱れ飛ぶ。その斬撃を、ウエストは全て弾き返した。


「あははははっ。……やっぱり、こんなもんなんだね」

「……この俺に、よくもそこまで。覚悟は出来てるだろうな……!!」

「覚悟(・・)? ……ふふ。ふふふっ。……あははははははっ!! …… か く ご ? 自分に言ってね」

「……てぇえめええええっ!!」

「あははははっ!! ……ジークエンド、吠えてる方が似合ってるねっ。似合ってる……吠えるのが。……かわいそう、かわいそうにね」

「ブチ殺してやるぞキサマッッ…… 好きかッ。八つ裂きッッ!!」


 星空の下で激情が吠える。

 向かい合う太陽と形を持った地獄。

 篝火に照らされたそこでも戦いは始まった。




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