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アゲイン×2 《クロスツー》  作者: 紺堂 悦文
第六章 地底墳墓のジャック
116/140

マジックワード

 



 魔剣は紅い残光を残し、大広間の『道』を切りつける。 ……線。ここより後ろに入ろうとする者を全力で押し止める。

 線より後ろに入る者が、迅八にとっての敵となる。


「もういい。もう言葉はいらねえ」

「あなた……!」


 迅八の目に映るのは、広間の三分の一を埋めそうな冒険者。……元の世界の人間。この世界の人間達とは違う、見慣れた顔立ち。毎日毎日、迅八の横を通り過ぎていた人間達。


 そいつらはみんな、スーツではなくジーンズではなく鎧を着ている。

 革の鎧を着けた剣士。

 板金鎧を身に着けた大斧使い。

 ローブを着込んだ魔術師も、槍を持った者もいる。


(……冷静に見てみると、とんでもねえ違和感だな。……なんなんだ。この世界は )


 迅八は今まで、ファンタジー世界の住人達ばかりを見ていた。これだけの人数の元の世界の人間たち——それがおかしな格好をしているのなんて、初めて見たのだ。


「ジン、やめなさい。あなたは信じてくれないかもしれないけど、あなたを心配してるの。ロックボトムに騙されてるのよ。……まさか、千年の大悪魔も、何かを狙ってあなたに」


 対峙する少女——ティーとの距離は十メートル以上。ティーは、その足を一歩前に踏み出した。


「なんで、不死族の味方なんてしてるの? あなたは何を考えてるの?」

「近寄るな」


 迅八は、魔剣の切っ先をティーに向ける。

 すると、その少女の目は悲しそうに歪んだ。


「……急いでるのよ。お願いだからどいてちょうだい。話だったら後でいくらでも」

「リーダーもういいよ。俺がどかせる。殺さなけりゃいいんだろ?」


 ティーの後ろから出てきた男。

 頬に傷跡を刻み付け、ロングソードを握る男。

 軽装のその男はリーダー(ティー)の言葉を待たず、自身の足に力を込めた。


「ソニックレイドッ!!」


 解き放たれたバネのように、その体が前に跳ぶ。

 特注の片刃のロングソードは刃のない面を前に向けている。転生者達が好んで使う仕様。

 戦う前の心構えに言い訳(・・・)がしやすくなる。当たった結果、死んだら仕方がない。


 迅八の体は目の前にある。

 突然現れた黒いコートの少年は、なんの反応も出来ずに立っていた。


「大人しく寝てろこのガ……、」


 ——みきゃ。

 骨の軋(きし)む音が、自分の中から。

 目の前に拳が。

 巨大な拳が。

 真っ赤な拳が。


「ぶっっ……!」


 推進力がそのまま痛みに変わる。

 自分の体が宙を飛んでいるのが分かる。

 ゆっくりと流れる視界。

 目を見開いている周りの仲間。

 仲間たちは自分ではなく、青い光に包まれた少年——迅八を見ている。

 ほんの僅かな時間のあと、床に叩きつけられる体。体中に走る痛み。立ち上がれない。


 一人目はこうして倒された。






「……隊列を組みなさい!」


 ティーの行動は素早かった。

 その言葉を皮切りに、重装の冒険者達が前に出る。

 軽装の前衛は両脇に、後ろでは魔術師達が詠唱を開始した。


「なんだあの『腕』は……。魔術か!?」


 重装の前衛達が、横一列に並び、前に出る。

 全身鎧を着込んだ彼らは、攻撃には向いていない。魔力でスピードは出せても体の可動域は狭められるからだ。

 しかし、彼らには大きな利点があった。魔術無効。


 魔術は生者にしか効かない。

 魔石を埋め込まれていない全身鎧は、それだけで仲間を守る盾となる。


 ——あの巨大な拳がオリジナルの変わった魔術だとしても、自分達にはそれは効かない!!


 すると、その音は鳴った。


「え?」


 ——スパアアアアァァン!! 重装戦士の一人が巨大な拳に殴りつけられて、宙を飛んだ。

 その鮮血の腕は折りたたまれ、すぐに交互に襲いかかる。叩きつける音を残してその場から一人、また一人と消えてゆく。


「……おいコレ!! 魔術じゃねえっ、」


 ズバンッ!! ——魔術じゃない。その言葉を出そうとした男の体に拳は叩きつけられた。質量を持った痛み。


(コレ、物理(・・)じゃねえかっっ!!)



 重装の戦士達が呆気なく飛んでゆく。

 巨大な拳に殴りつけられて。

 冒険者達の一人がぼそりと言う。


「……なにコレ」


 呟いた男の横に、仲間の体がドサリと落ちた。ピクリとも動かないその体から呻き声が聞こえる。死んではいない。


 ……松明に照らされた広間は、光と影がゆらゆらと揺れる。その中で暗黒の太陽の体もゆっくりと揺れた。

 背中から伸びた鮮血の腕は、真っ直ぐ上に掲げられる。その腕が、割れてゆく。


 ぞぶん。

 二本だった腕が四本となり、更に増えて六本となる。……その腕は流動する。びしゃりびしゃりと撒き散らしながら、形を変えて翼となる。


 翼を生やした迅八が進む。

 ゆっくりとゆっくりと、その右手に握る刀に力を込めて。

 冒険者たちは声を出す。


「……ティー」

「こいつ……まさか」


 知っている。

 冒険者達は知っている。

 物理的におかしな体を持つ種族。


 何度か見た事もある、世界中を飛び回っている十二人に代表されるその種族。マコトのそばにいるティーは、その内の何人かに会った事もある。

 ティーは震える声で言った。


「まさか、十三番目……」






 翼を生やした少年は進む。

 その瞳に意思を湛(たた)える。

 その意思は黒線を通り、体中に行き渡る。……みなぎる。意思により沸き起こる力が。


 迅八は見すえる。

 敵はまだ四十人以上。

 そいつらに向かって言い放つ。


「……恐怖はねえって言ってたな。気に入らねえよお前ら」


 迅八は自分の体の芯にある震えをこらえた。——これから、自分は元の世界の人間達を敵に回す。


「……俺は怖い事ばっかりだ。あっちでも、こっちでも」


 それでも決めた。

 やらなくてはいけない。

 揺るぎない(・・・・・)。


「……テメエらにも恐怖を刻み込んでやるよ。通ってみろよ怖いもんなし。この道には俺がいるぞ……!!」


 掲げるは魔剣迅九郎。

 主人公の戦いは始まる。






 ————————————————






「これが……」

「そうだ。これが原発巣。異世界癌(キャンサー)だ」


 アゼルの目の前で鳴動(めいどう)する薄紫の物体。おぞましい脈動。不定期に動き続けるその物体を。


 そいつは触手を伸ばす。

 うぞうぞと蠢(うごめ)きながら、近くの太い動脈に貼りつく。丸い吸盤に形を変えて、そこから血をすすりあげると同時に、ロココの体に何かを流し込む。


「イッ、ひっ、いたああああいいいイイッ!」


 じわりと滲む血が。

 薄紫の物体はその色を濃くしてゆく。

 深い深い紫。その表面に走る葉脈のような血管が、不規則に拍を刻んでいる。


 開腹された腹——術野の赤と白と紫。

 皆はそこを覗き込む。痛みに苦しむ母親の娘ですら。

 ……部屋の隅で腕を組む、千年の大悪魔以外は。



「まずい……! 」


 本来、医者が言うべきではない言葉がジャックの口からこぼれ出た。

 しかしジャックもこんな経験は初めてだった。患者の身内に見られながら手術を進める経験など、今までなかったのだ。


「まずいってなんだよ……。どういう事だ!!」


 アゼルの口からその言葉は出た。

 目の前の医者の額に汗が浮く。

 それと同時にアゼルの胸に湧き上がるもの。……不安が。


「……はあ、はっ。……隠しても仕方がないから言う。いいか? お前さんらには理解できないかもしれん」


 ジャックは紫色を触る。

 蠢(うごめ)く触手がその手に伸びる。


「……ここは、肝臓と呼ばれる器官だ。解毒、分解、貯蔵……、まあそれはいい。いいか、重要な事だけだ。こいつは、一個しかない」

「だから、なんなんだよ……」


 触手がジャックの手に吸い付くと、かすかな音と共にその部分が溶ける。痛みを気にせずジャックは話し続けた。


「肝心要(かんじんかなめ)。人体の中でも重要なこいつは、なければ生きていけない。……だが、実はある程度の切除にも耐えうる器官で、極端に言えば半分が残ってれば大丈夫だ。……しかし、」


 ジャックがその触手を引っ張ると、肝臓との接合部が見えた。それは、がっちりと中に入り込んでいる。

 一体化している。


「……全部だ。全部やられてる」


「だから、なんなんだよ!!」


「もう、たす……」













 ジャックの膝を掴む、ニコルの小さな手。……その手に気付いたジャックの体が、ぶるりと一度震えた。


「……ふっざっ、けるな」


 誰に言った言葉かは分からない。

 だが、ヴァンパイアロードの口から熱は出る。


「クソッ。……クソッ!! ……ふざけるなよ。この日の為にやってきたんだ。もう二度と負けてたまるか!!」

《主。代替臓器はどうでしょうか》


 血のプール。そこに浮かび上がる幾つもの臓器。


「あれはまだ実用段階じゃない。……それ以前に、亜人の体の抗体がわからん。血液型だってわからん。亜人の体は臓器も含め、表面はヒトに酷似しているが、中身の働きまで同じかどうかはわからん。……死体の腹しか開けた事がないんだ!!」


《生きていればいいのですか? ……主。再び私に『九泉神農返者』を。私の肝臓を使って下さい》


「そういう問題じゃない。第一、それは成功しないっ。……何よりおまえさんが保たない。こんな短時間で蘇生を二回もやったら、……壊れるぞ!!」


《なんの問題もありません。戦う時です》


「そういう話じゃないんだよ……。医療は気持ちじゃないんだ!!」


《気持ちです。救うのです》













「駄目だ。……移植は出来ないんだよ。患者が耐え切れないっ!!」



 ロココの口から、紫色の液体が溢れ出る。

 ……嗅いだ事のない臭気。金属製の寝台の上でシュワシュワと音を立てる。わずかに散った飛沫が近くの布に穴を開けた。


「……部分的な切除なら、無理をすればいけると思った。だが、肝臓を全部切り取る!? 意識があるのに!? ……そんな事、人間に耐え切れるはずがない!!」


《彼女は耐えます。やりましょう》


「……人体の痛みの上位にアキレス腱の断裂がある。だが、目玉を潰されるのとそれを選べるとしたら、たとえ後で元に戻るとしても、誰でもアキレス腱を選ぶ。……人体の痛みというのはそういうものだ。いま、患者は確かに痛みに強くなっている。だが、精神が恐怖に耐えられん!! ……他の方法を探すぞ!!」


 ヴァンパイアロードと骨。

 刻一刻と過ぎる貴重な時間を使い、医者と助手の間で応酬は続く。

 その脇を通る小さな影。

 母を想う影が。


「おかあさん……」

「ニコ……」













「……『——————(・・・・・・)』」


「……ニコ?」






「あのお店にいこ。 ……コルテさま達から貰ったお小遣い貯めてるから……。ねえ、いこうよっ……!」


「ニコっ、……はっ! はっっ!」


「またあしたね。……があざんっっ!!」













「……やって」


 その声は、死にかけの女の口から聞こえた。


「おねがい……。あそこにあるのを、わたしのおなかに……!!」


 血のプール。腐りかけの臓物を。


「……違う。やめろ。そうじゃないんだ。そういう話じゃないんだよ!!」


「私は、死なないッッ!!!!」













(……駄目だ)


 ……絶望は襲う。

 ジャックは分かっていた。

 この場にいる者たちで、正確に事態を把握できているのは転生者である自分だけだ。

 病気を治すのは、手段と技術だ。

 気持ちではどうにもならない。


(考えろ。考えろ……!!)


 絶望の底で医者は戦う。

 この世界で目が覚めたら闇の中にいた。しかし自分は、元の世界でもずっとそこに居たのだ。

 命を懸けた戦いの場。

 医療という名の光と闇、冥府魔道で戦い続けていたのだ。


(どうすればいい……。どうすればいいんだ!!)


 医療に必要なのは手段と技術。

 技術はある。意地でもやる。

 たとえ設備が不十分でも、手段があれば必ずやってみせる。……だが、手段がない!!


(肝臓が必要だ……)


 母親の手を握る娘。

 ジャックは、その腹を見る。


(……無理だ。あんな子供が耐え切れるはずがないっ)


 しかし、それしか手段はない。


 生きたまま

 あの幼子(おさなご)の腹を開け

 血飛沫をぶちまけ

 肝臓を切り取る。



 ……光が満ちる部屋の中、医者は冥府魔道の中にいる。患者を傷付ける武器を、己を傷付ける武器を、それを振るって救うのだ。生命を明日に繋げるのだ。


(……出来ない。二人とも死ぬ可能性の方が高いっ!)













 そこに、嘲笑は響いた。

 その場にいる者たち全てを嘲笑う、悪魔の笑い声が。


「く、く、く……」

「……クロウ?」

「……く、く、く、……くかかかかかかか。くきききききくくくくくかかかかか……」


 アゼルはそちらを見る。

 腕を組み、ずっと地獄を眺めていた悪魔の姿を。


「黙って見てりゃ……。どいつもこいつも、アホらしい」

「なんだと? ……おまえ」


 嘲笑う悪魔は進む。


「……きったねえカオしてゲロ撒き散らしやがって。おいロココ、テメエには女の恥じらいがねえのか? ……ま、元から小汚ねえ亜人だと思ってたが」

「おまえ、なにを……」

「どけ。邪魔なんだよ」


 クロウはアゼルの体を素通りし、ニコルの体を乱暴に押し退ける。小さな体は呆気なく横に倒れた。

異状を感じ取ったメスカルが、クロウの前に立ちはだかった。


《……なにを考えているのです。下がりなさい》

「……ハァ。テメエ、あの姿のままでいられねえのか? テメエが下がれ」

《…………っ》


 大悪魔の本気の目。

 メスカルはそれに竦(すく)んだ。

 いや、竦んだのではない。

 メスカルはなぜか、邪魔をしてはいけないと感じた。


《あなたは、なにを……》

「おうロココ」

「ひ、ひ、ひっ……お、おぶっっ!」


 腕を組み見下ろす大悪魔に反吐がかかる。紫色のそれは、大悪魔の腕をじゅうじゅうと焼き付けた。


「……お前、ほんとにいいのか? 内蔵ぶった切られても生きてられんのか?」

「いっ、ひっ、いぎっ!」

「答えろよ小汚ねえ亜人。ゲロまみれの汚物女が」

「い、ひ、いぎる……、このごを、のごじでっっ、じねないっっ!!」

「あっそ。……んじゃ対価を貰うぜ」


 その悪魔は、吐瀉物でまみれた女の口に、乱暴に唇を押し付けた。


「……ん、んんっ!」

「黙れ」


 湯気があがる。

 大悪魔の口から。

 肌を焼き、舌を溶かし、その吐瀉物はクロウの口に入り込む。


「……おまえ、なにを」


 アゼルは呆然とした。

 しかし、その気持ちの奥底からなんとか言葉を出した。その場の者たち全てを代表して、その言葉をなんとか口に出した。


「おまえ、な、なにを、してるんだ……?」

「……ううるせえええ。対価だ対価」

「あっ、ひっ、やめ……」


 亜人の女の言葉など彼は聞かない。

 舌をねじ込む。口をまさぐる。溢れ出してくる汚物、吐瀉物を物ともせず。


「……ふん。汚ねえ女だ」


 二人の唇が離れる時、その場には場違いな音が響いた。大悪魔は無言で己の口を手の甲で拭う。……じりじりと。残った吐瀉物が、その手の甲を傷付けた。


「だがまあ、……美しいもんも持ってる。亜人の割りにはな」

「おまえ……、おまえ!! 今が、どんな時だか分かってるのか!?」

「うるっせえんだよ。ビービービービーてめえらは……俺は、辛気臭いのが嫌えなんだよ」


 その悪魔は享楽的で楽天家だった。

 ウジウジとした空気を好まない。


「……はーーーん? 肝臓がー、おかあさーん。……バッッカじゃねえのか? つまらねえ事で騒ぎやがって」

「……おまえさん。排除されたいようだな」

「ニコル(・・・)」


 殺気を放ち始める吸血鬼を相手にせずに、クロウは幼子の前で腕を組んだ。


「なにがあのお店に行こうねだ。そんな事が特別か? ……はっ。安っちい」

「排除する」

《……主。待ってください》


 骨が。

 主人の手を強く握る。


「またあしたね?

 ……明日が来るのはあたりめえだよ。なんの特別でもありゃしねえ。店? あーあー行け行け。明日も明後日も何回でも行け。……そんなもんは、あたりめえなんだよ」


 腕を組む大悪魔は部屋を見渡す。

 下らない事で悩む吸血鬼と狐人、人と不死族。大悪魔の彼からしてみれば、全く彼らは小さな存在だった。


「……てめえらチンケな人間共とは違うんだよ俺は。……やると決めたらやる。あんまりやりたくねえけどな」


 ジャックは感じた。

 メスカルの、骨の手から伝わる熱を。

 そして自分は、なぜ、この悪魔に好き勝手に言わせておくのか。


「おうニコル」

「え、え……」

「おまえから対価を貰うのは十年後だ。……まあ、そんなのすぐだよ。俺様は千年の大悪魔だからな」


 大悪魔は己の体で動き続ける刺青を消すと、彫り込まれた腹筋を指でなぞった。


「あん? この辺か?」



 ——たった今、あの女の事は読んだ(・・・)。


 クロウは耐えられる。

 今まで何度でもこんな事はあった。

 死にそうになる事なんて何回でもあった。気になるのは、あの子供の事だけだ。


 あいつは、いま戦っているはずだ。

 死地の中にいる。

 そのあいつに、この傷が伝わる。



「……信じたぞ。クソガキが」


 あいつは死なない(・・・・・・・・)。













 ぞぶりと。


「く、く……くくっ」


 尖った爪が、腹を割る。


「くかかかかかか……」


 右手が中に入る。

 強靭な腹筋を越えて、手に硬い物が当たる。——骨。


「……邪魔だなコレ」


 ぼぎん。

 その音は部屋に響いた。

 それを引き抜く。乱暴に折られたその骨を。がらん。放り投げる。用済みのゴミを。


「う、おおおおおおおおお……」


 触った。デカイ。

 やったら絶対に痛い。


(……なんで俺は、こんな事をしてんだ!?)



 クロウが見渡してみれば、驚愕の目が幾つも自分を見ていた。

 アゼルの顔。さっきまで泣いていた少女は、ストールの上からでも分かる位に口を開けている。


「……ガアアアアアアアアアッッ!!」


 ぶつん。

 致命的な音が。


(イヒッッ!!)


 クロウは思った。

 ——やばい。やっちゃった。


(なんでェっ、俺さまがああああああっっ!!)


 開いた腹から溢れそうになる腸、それを必死で抑えて右手を引き抜く。

 そこにはまだ、ビクビクと波打つ致命的な物があった。


(……いいいいいでえええてええええ!! コレ、やばいんじゃねえのか? 魂の再生で生えてくるまで、俺は生きてられるのか!?)


 周りを見る。

 驚愕どころではない。

 ジャックに至っては意識が飛んだ顔をしていた。


 そして、千年の大悪魔は湧き上がる悲鳴を抑え、ニヒルにこう言った。


「……ほれ。手段(・・)。

 さっさとやれやチンケなバカ共が。くかかかかかか……。くきききかかかききかか!!くききききかかきかかか……あ痛(イッ)!」



 大悪魔の色々な声が、地底墳墓 最下層に響いた。






 ————————————————






 信じられない事が起こった。

 戦闘中だというのに、冒険者達は動きを止めた。

 鬼神の如く暴れ狂う、赤い翼を生やした少年が、突然、血を吐きぶっ倒れた。


「な、……誰かの攻撃が当たったか!?」

「待て。誘ってるのかもしれないぞ」


 ティーは恐る恐る迅八を見る。

 優しそうな顔をした少年は、突然、悪鬼の如くなった。しかし、本当なら彼を救いたいのだ。そして、調べたい。


 ——本当に、天使なのか?

 仲間にしたい。


「ちょ、ちょっと……、あなた。どうしたの? なんでいきなり……」


 主人公は立ち上がる。

 震える足で、顔を青くして。


「……なんの問題もねえ。戦う時、おぶっお、おうううぉぉぉぉぉゔぉっ……!!」


 そして、濁流のように血を吐いた。




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