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アゲイン×2 《クロスツー》  作者: 紺堂 悦文
第六章 地底墳墓のジャック
115/140

交差

 



「アマレロ、なんかヤバいよっ。早くコルテの所に……!」

「……ッ」


 怒号は夜に響き渡る。

 静寂は鳴りを潜め、圧力を持って言葉と叫びは襲いかかる。



 ——おい、殺すのか!? 大丈夫なのか!?

 ——どうすんだ!? やっていいのか!!



 敵の叫びを耳の端でとどめ、青い大剣使いは口を開かずに考え込んだ。

 ハッキリと感じた。——コルテの方に、相当なヤツが行った。


(……ちっとだけ本気出すか? けどな〜)


 アマレロがそれをやれば、皆殺しになる。

 アマレロは魔力の制御が得意ではない。

 それに、本気(・・)はやりたくない。ならば。


「クーロン。おめ〜だけ行ってこい。おまえ一人なら、跳べば壁を越えられるだろ〜」

「けど、そしたらあんたがっ!」


 アマレロの口の端が上がる。——自分が、心配されている。

 あの小さなダークエルフもいつの間にか偉くなった。大人の女になった。


「大丈夫だろ。こんな奴ら相手によ〜。 ……行け、クーロン。何度も言わせるな」


 アマレロは思う。——数十人の冒険者に自分達は囲まれている。その中で一人だけ、心配そうに自分を見ている女。


 もしもコルテが窮地にいるとしても、クーロンが加勢すればほとんどの敵は倒せる。

 自分は一人でも大丈夫だ。

 周りに誰もいないのなら、本気を出してもいい。ただそうすれば、やはり皆殺しになる。


 ……思考を続けながらもアマレロの体は動く。

 戦いの世界に身を置いてから、長い時間が経っている。頭に刻まれた経験は自動的に体を動かす。

 殺さないよう剣を叩きつける。迫った敵を殴り飛ばす。アマレロの視界の端ではクーロンが、自分を見つめて逡巡している。


「クーロン。早く行けって言ってるぞ」

「でも……、だって……!」


「うほほ。……呑気だなお前ら。狩っちまうぞ」


 ざわり。

 アマレロはクーロンを見た。

 そして、そのすぐ近くに立っている和装の男を。


「……散り菊」

「七星(ベネトナーシュ)!!」


 七色の光がクーロンのすぐ横を通る。

 分厚い鋼が巻き起こす風がダークエルフの髪を揺らす。しかし、その鋼は空中で止められた。

 ————ぎゃりんっ!

 それを止めたのは大剣に比べて余りにも頼りない細い刀。バチバチと爆ぜる白光の花が、闇の中に散る。


「……お〜? おめえあれか? なんだっけ、サグラダか?」

「重っ! うほほ……お前、よくそんなバカみたいな剣を振れるな。そのデカさになんの意味があんだ?」

「重い時点で意味あんだろ〜」


 クーロンが振り向きざまに拳を放つ。

 すでに魔道具は装着している。当たれば相手に電撃を与え、体の自由を奪う。


「けど当たらないんだわそんなの。……うほほ」


 和装の男は闇に溶ける。

 クーロンは、空振る拳をすぐに引き寄せ、アマレロと背中を合わせる。……すると、光の範囲の外——闇の中から声が聞こえた。


「……ちょっとだけ聞いてくれねえか? 俺の愚痴を」






 その言葉に戸惑ったのは、アマレロ達だけではなかった。周りを囲む冒険者達の顔にも困惑が広がる。


 アマレロには分かる。この場で味方はクーロンだけだ。他の敵を全員倒せばいい。

 冒険者達は分からない。和装の男——サグラダをどう扱えばいいのか。



「……いや〜。こんな事になるとは思わなかったんだよ。いやいや、マジで」



 闇の中から音が響く。

 声だけではない。

 何か、それと同時に動く音が。



「俺は言ったんだよ。——あいつらを戦わせてオイシイ所だけ持っていこうぜ。そう言ったんだよ」



 ——ぎゃりん。 ざばん。

 ——がはっ!! ひっ、ひっ……



「だってお前……。俺は確かにお尋ね者だよ? けどよ、こんな事になっちまったら……まずいだろ。本気で俺を狙う奴らが出てくる。『黒のマリア』なんかが出てきたらどうすんだ?」



 冒険者達の一人が声をあげると、周りの者が隊列を組む。闇から響く声に向かって。



「楽しくやれりゃいいと思ってたんだよ。……けどよう。思い出したぜ。この世界に来た時に思ってた事を」



 冒険者の一人とクーロンの間で、何かを測るような目線が交わされた。——誰が敵で誰が味方で、誰から排除すればいい? 結果、自分達以外は倒す。ただ、優先順位がわからない。



「……俺は、人間(おまえら)の敵だ」






 闇の中から姿を現す和装の男。

 痩せぎすの男はその頬に嘲(あざけ)りを浮かべ、血で濡れた刀を拭わずに光の中へ。

 左手に下げているのは人間の髪の毛。——そして、それが生えている丸い物体。

 ……ぼたぼたと、ぼたぼたと。

 それは黒い血を流し続ける。



「汚ねえ奴らが寄り集まりやがって。……もういい。イーストの好きにさせる。……うほ、うほほほははははっ。お前ら全員殺して首をギルドに送りつけてやるぞ。そしたら、お前らの仲間はどんなカオするんだ? ……うははははははっ!! ついでに、ロックボトムの懸賞金は俺でも貰えるのかアアアアッッ!?」



 そして、その場で倒されるべき敵の優先順位は決められた。






 ————————————————






 地底墳墓 最下層でも戦いは続く。

 誇りを懸けた戦い。——かつて屈した敵に立ち向かう男の、魂を懸けた戦いが。


「いっっ……、ぎィィいっっ!!」

「……叫べロココ。生きているなら叫べッッ!!」


 狐人の女の口から、血が混じった泡が出る。ぶくぶくと気泡を含む血が、じりじりと流れ出る。

体の内部から出たものではない。食いしばりすぎた歯が。あまりの痛みを抑える為に、その隙間から血は溢れ出す。


「……主。二本目の切除が完了しました。左側はどうしますか?」

「いや、右だけでいいだろう。患者が耐え切れない」


 ——からん。

 銀で作られた大きな皿。

 その上には血にまみれた骨が。

 食べ残した肉のような、まとわりつく筋肉が震える。


「おかあさんっ……ねえっ、おかあさんっ!」


 返事はない。

 ロココは叫びをあげるだけの物体になった。意思の疎通など図れない。壊れかけた蓄音機のような母親に、それでも娘は語りかけ、母親の手を握る。

 生命が。魂が、離れていかないように。


 その光景を、迅八はずっと視界の端で見ていた。直視しないように。

自分の心が(・・・・・)傷付かないように。


「……は、はっ……、はっ!」


 迅八の手を握るアゼルの手。

 爪が食い込み血が滲む。

 それでも、迅八はその手を離す気になれない。

 気が付けば自分も、強く強く握り返している。


「はぁ……はあ……っ!!」


 その少女は、ずっと下を向いていた。赤毛の女の子。


「アゼル」


 ぎゅっと。

 その手を。


 アゼルは空いている手で自分の胸を掴んでいる。吐く息は荒い。迅八以上に荒い息を抑え、ぼたぼたと流れ床に落ちる涙。鼻水混じりの涙を飲み込む音が、迅八の耳に届く。


「……ジン。ねえっ、本当に、本当にいいの? 大丈夫なの? ねえっ、コレが、本当に、助けようとしてるのか!?」






 気狂いイエリアは、ずっと一人で戦いを続けていた。

 結界の制動はイエリアの最も得意とする所だが、範囲が狭い、狭すぎる。そして多重結界。……いくつもの不可視のリングが、ロココの体を押さえつける。


 一つの半円のドームを作り、その中で身を守る。あるいは誰かを閉じ込める。これが普通の結界だ。

 イエリアは結界の形を自在に操る事が出来る。そして、いくつも作れる。だがその作業の複雑さが上がっていけば、イエリアへの負担も大きく増えてゆく。


(……ほんっとにキツイんだけどォ。あと、コレが何時間続くんだよ!!)


 手術を開始してから一時間以上。ゆっくりとゆっくりとその作業は進む。……実際にはゆっくりとではなく恐るべきスピードで手術は進んでいる。

 原始的な、設備とも呼べない設備。

 唯一あるのは術野を照らし出す光だけ。


 細菌が飛び回り、感染症の危険がある中で、ほとんど人族と変わらないとは言っても、亜人の腹の中という知らない舞台でジャックは戦っている。


(同時にそれなりのデカさの結界も張らなくちゃいけないし……。ああもおっ!)


 今、『処置室』には結界が張られている。

 ジャックに指示されたそれの意味がイエリアには理解できない。

 結界は、何者をも通さない。——ジャックは擬似的な無菌室を作ろうとしている。

 意味が分からないそれらの指示に、なぜかイエリアは逆らう事が出来なかった。……ジャックの目。


(……こっわ。こいつこっっわ!! けど)



 アゼルの呟きはイエリアの耳にも届いた。そして、イエリアも同じ事を思った。


(これが、本当に、救おうとしているのか? ……治療ってのは、助けるものなんじゃないのかア!?)


 回復術をかけられて叫ぶ人間なんて見た事がない。薬草を処方されて苦痛にのたうち回る事なんてある訳がない。ジャックは、地底墳墓のジャックは何をしている?


 繰り広げられる戦い。

 剣と魔術の戦いではなく、今まで見た事のない戦い。

 ……千年の大悪魔は、腕を組みながら無表情にその様子を眺めていた。













「……出たぞ。原発巣だ」


 ジャックの言葉に皆は息を呑む。

 その言葉の意味を知る者はいない。

 ただ、病の根元に辿り着いた。

 それは理解出来た。


 ……ぶるぶると震え、寝台の上に広がる腸。後から後から尽きる事なく溢れ出る赤い血が。

 その赤い血の湧き出る生命の奥にそいつはいる。……ずっとそいつは動いていた。表に出る日を待って。


 自然と迅八の足が前に出た。


「あっ……」


 手を引かれるアゼルが感じる震え。

 迅八の震える手。そこに、強い力が。


(俺は、見なくちゃいけない……)


 泣いているニコルを。

 もがき苦しむロココを。


(逃げる訳にはいかねえ……!!)


 淀んだ水のような元の世界の毎日は終わりを告げ、この世界で目を覚ました。

 決めたのだ。強くなると。


 この世界で力を手に入れて、結果、なんの力も持っていない少年は歩く。

 己の足で歩く。己の意思で進む。

 震える手を、少女に握ってもらいながら。


 辿り着いた迅八は、ニコルの肩に手をやった。


「にいちゃん……」


 自分を見つめるニコルの歪んだ瞳。その下には乾いた跡が何本も。それでも涙は尽きる事なく新しい跡を作る。


「にいちゃんっ!」


 しがみついてくる力を。

 自分は、今まで、ずっと、この少女を放っておいたのだ。目の前にいたのに。

 ギリギリと歯が。


「ごめんなニコ。俺は…、」


迅八がその言葉を続ける前に、メスカルの緊迫した声が飛んだ。


「……主。 侵入者がいます。しかも大量に」

「何を……、メスカル。確かか?」

「第一階層が突破されたようです。 仲間達が消えてゆきます。……申し訳ありません。集中していた為、気付くのが遅れました」

「……迅八(シュン バー)。貴様ら」

「違うっ。俺たちは知らないっ!!」

「おいジン、転生者ギルドのクエストじゃないのか!?」


 ジャックの目に苛立ちが浮かぶ。


「……チッ! 元の世界の奴らか。ふざけやがって……私を討伐に来たのか!?」

「主。私が出ます」


 下位不死族メスカル。

 全裸だったその肌に白い羽毛が。


 肩から生えたその滑らかな毛はゆっくりとその範囲を広げてゆく。胸を包む。腰に回る。股間を通り丸い線を越え、可憐な足の小指——その爪先まで包み込む。

 ほんの僅かな時間の後、その女は体の要所要所を毛皮で包む姿となった。


「待てメスカル! おそらくおまえさんじゃ勝てん!」

「主。仲間が殺されるのです。私達の領域で仲間が殺されるのです。断じて許せません。……私達の戦いを邪魔する奴らを、許せはしません」

「ちょ、ちょっと待てよ。不死族って、死なないんじゃないの?」


 迅八の問いかけに不死族の女は答える。


「違います。何度でも死にます。そして、何度でも蘇れるだけです。……不完全に」


 手袋をつけたような白い毛皮。その毛皮が尖りだし、爪の先がぐんぐんと伸びる。

 メスカルの顔が変わる。美しさはそのままに獰猛なものに。眉間の間に深いシワが。吸血鬼の眷族としての鋭い牙が伸びる。

 

(どこが、不完全なんだよ……!!)


 あまりにも美しい青の虹彩を持つ女。猫のように細くなる瞳孔。

 そして、突然に変化は起こった。


「……お、おぶっ!!」

「どうした!?」


 歩き出そうとしたメスカルが、突然くずおれる。助け起こそうとした迅八の体は、強く後ろに突き飛ばされた。


「な……」

「寄ら、ないでっ……!!」


 膝をつき、両手で床を押すように。

 メスカルの背中がうねうねと蠕動(ぜんどう)する。


「おぶっ、ぶ、おっ……!!」


 ——びたびたと。

 それは床に広がった。

 美しい女の口から滝のように、内臓(・・)がこぼれる。


「お、おいっ!! ジャック、これはなんだ!?」

「……時間切れだ」



 粘り気をもつ茶色い糸が、床と口とを繋ぐ。

瘤(こぶ)のような肉塊が、女の口からこぼれ落ちる。

メスカルの声は掻き消える。反吐となり流れる内臓——その濁流の音に呑まれて消える。


「ッッ! ある、じィ……!!」


 ジャックは床に投げた真紅のローブをそっとメスカルの体にかぶせる。その間際に迅八の目に見えたもの。


 ……美しかった青い肌が、まだらの緑色に。毛皮と髪は抜け落ち透明な汁を出すぷつぷつとした毛穴。……涙の代わりに黄色い膿(うみ)を垂れ流し、ぐずぐずに腐ってゆく女。


「……あるぅ、じぃ」

「…………目をつむれ」


 優しくジャックの手は伸びる。


「あるぅぅぅじぃィ……見なあああ、いいいい」

「見ないよ」


 光が満ちる部屋の中に再び瘴気が湧き出す。

ぐずぐずと崩れる体は、地の底の部屋で匂い立つ。ツンとした酸鼻。部屋に光と闇が満ちる。


 崩れる体はぶちゅりぶちゅりと音を鳴らす。

 ——パチン。

 弾けた体がサラサラと、輝く闇に戻ってゆく。

 サラサラとサラサラと。その女の体が消えてゆく。


 《みぃぃいいいい、なあああああ……》


「……大丈夫だメスカル。見ていない」






(……なんだこりゃ)


 千年の大悪魔はその言葉をまた思う。

 なんだコレは(・・・・・・)。


「復活……? これが復活だとっ!?」

「……おまえさんら本物の上位不死族とは違う。これが下位不死族だ。……アンデッド? 違う。永遠を掴む事に失敗した種族だ。私達は『この世界の神』が作った失敗作だ」

「てめえ……、ヴァンパイアロードは上位不死族のはずじゃ」

「おまえさんら本物(・・)とは違う。魂の力が尽きるまではなんのリスクもなしに復活する化け物達とは違う。……リスクはある。何度も苦しむ。少しずつ精神が削られる。人格を失ってゆく!!」


 ぼたり。

 真紅のローブの下で何かが落ちる音がした。粘性を伴う茶色い音。それに混じりあの声が響く。頭に直接響くような声、不思議なすすり泣きが。


《い、ひっ、ひ、ひぃ……、みな、ひ、ひっ》


「落ち着けメスカル。落ち着くんだ」






《あるじ、見ないで、やめてェェ……!》


「……いつまで泣いているつもりだ。おまえさん、ここから放り出されたいのか?」


《……い、ひ》


「……助手がいなくては医者は戦えん。おまえさんやる気ないのか? 戦えないのか?」


《…………な、》













 かしゃん。


《……なんの問題もありません。戦う時です》


「よく言った」


 ————ばさり。

 真紅のローブの中から骨が起き上がる。象牙のような美しい骨。性別すら分からないスケルトンが。


《主。申し訳ありません。……取り乱しました》


「気を付けろ。今はそんな場合じゃない。戦いを再開するぞ」






 何事もなかったかのように、医者と助手は戦いに戻る。圧倒されるその場の者達を放って。

汗を噴き出したイエリアが問う。


「……ちょ、ちょっとちょっとおっ! 普通なの!? コレ、普通なのおまえら!!」


「なんの問題もない」


《なんの問題もありません》


「冒険者は!? ここに攻めてくるんじゃないのお!?」


「今、地底墳墓の全ての不死族を迎撃に向かわせている。それで時間が稼げる。……その間に、私達は原発巣を駆除する」


「だから待ちなって。……痛いの!? あの動いてる死体も、少しは意識あるの!? お前らはあいつらを保護してるんじゃないのかあ!?」


《なんの問題もありません。私を含め同胞達は、主(あるじ)に命を捧げています。……主の使命は、救う事です。ならば私達は何度でも死にます》


 かしゃん。


《……何度でも、蘇れますし 》













「……俺が行く」


 光に包まれた部屋の中、狐人の少女はその声を見上げた。……見た事がある。この少年の、この姿を。


 その目から下には黒線が引かれ、体は青い光に包まれる。部屋に満ちる未知の光——神々しい程の白い光に透かされる髪の毛は、うねり、逆立ち、燃え上がる黒い太陽のように。


「俺がそいつらを止めにいく。ジャック、頼んだ」

「ま、待てよジン!」


 赤毛の少女は問いかける。


「お前、分かってるのか? 転生者ギルドのクエストだぞ!? お前の、元の世界の仲間だぞ!?」

「……そうだな」

「敵対する事になるぞ。元の世界の仲間に追われる事になるんだ!!」

「そうだな」

「仲間を敵に回していいのかっ!!」

「俺の仲間はお前らだ」



 少年は進む。



「ジャック、メスカル、本当にごめん。俺、なんも出来ないから。ロココさんの事を頼むよ」

「……本気か小日本人。敵は五十以上いるぞ。手練れの冒険者が」

「あんたら言ってたじゃねえか。なんの問題もない」

「ふ、ふふ。……は、迅八(シュン バー)、なるべく殺すな。その行為は好かん」



 少年は進む。



「ニコ。母ちゃんの手を握っててやれ。絶対に離すな」

「にいちゃん……どこいくの? 大丈夫なの!?」

「大丈夫だ」


 少年は進む。



「アゼル。ニコの事を頼んだぞ」

「おまえ……!」

「俺の仲間は、おまえだ。絶対に守ってみせるよ」



 少年は進む。



「イエリア」

「ジン、俺もいこっか?」

「おまえはジャックの言う事をきいてくれ。……もしかしたら、……なんでもない。結界を頼んだぞ」



 少年は進む。

 大悪魔の元に。



「クロウ」

「なに考えてんだテメエは。アホなのか? 危険な場所に飛び込めば俺が助けるとでも思ってんのか? ……甘いんじゃねえのか小僧。イラつくぞ」

「みんなの事、頼んだ」

「はあ?」

「みんなを頼んだ。おまえしか頼れないんだ」

「……おめえは本当に、何回言ってもわかんねえんだな。俺は」

「悪魔だろ。知ってる」


 黒い太陽は下を向く。


「けど、おまえの事、頼っちゃダメかな……」

「な……!」

「俺、この世界で、おまえしか頼れる奴がいないんだ。信じちゃダメかな……」

「くぉのッ……!!」






『………私はあなたを信じているわ』


 腰の剣。ワルギリア。






「ふっっっっ、ざっっ、けんじゃ…………!!」

「……主。第二階層が突破されました。全不死族を三階層に向けています。……第三階層大広間が決戦の地となります」

「迅八、急げ!!」

「クロウ、任せた」

「うおいコラ小僧!!」


 少年は進む。






 ————————————————






 討伐隊の進行速度は、第三階層に入り緩やかになった。——感じる。闇の中から自分達を見ている禍々しい存在を。


「……ティー。とんでもない量が集まってきてる。そろそろ強い奴らが出てくるかもしれないよ」

「蹴散らすわよ」


 討伐隊リーダーに選ばれた少女は特殊な力を持っていた。今回の討伐に最適な能力を。

 元の世界に居た時から持ってた才能。——この世界で加速され、開花した才能を。


「かしこみかしこみ申す……」


 少女が手を上げると通路の曲がり角に光が差した。その陰に隠れていた存在は、蒸発するように溶けて消えた。

それを見ていた冒険者の一人がティーに話し掛けた。


「『絶対退魔』。……何回見てもメチャクチャだね」

「そーお? 結構いるわよ。私のお師匠さまなんてほんとに凄いわ」


 不死族を問答無用で駆逐するその力。


「……彼らは可哀想な魂なの。救って欲しくて生者の近くに寄ってくるわ。そして私達の熱を欲しがる。生命をすすりたいのよ」

「けど、要するに、……殺してるんだよね?」

「救ってるのよ。可哀想な魂を。……許せないわ『切り裂き』」


 正義が進む。

 闇の中を突き進む。

 光で照らして突き進む。

 間違いのない問答無用の意味不明の正義が。



 そして、討伐隊はその場所に辿り着いた。

 第三階層大広間。


 ——ここに来るまでに、数え切れない死者を『救った』。ティーの心は恍惚(こうこつ)としていた。

 正しい光の中にいる。

 疑いようがない。

 マコトが示す道が。


「ティー、そろそろ第四階層への階段につくよ」

「ここは、大食堂……」


 地図を見て位置を確認する。

 幹部だけに支給される『裏地図』。

 思わず漏らした一言を、ティーは己の心の内で諌(いさ)めた。


 そして、すぐに戦闘を開始する為の心を決める。


「行きましょう。救うわよ」




・・・・・・・・・・・・




 呆気ない戦いはすぐに終わった。

 広間に集っていた不死族達は、ただの動き回る死体だった。討伐隊として中に送り込まれたのは全員がAランク以上の冒険者。救済はすぐに終わった。


「……ティー、絶対退魔にやられた奴はどうなるの?」

「もう蘇れないわ」

「それ、上位不死族にも効くの?」


 天使。そして悪魔。


「……さあ。試す機会があれば試そうかしら」


 突き進む正義は大広間の中心に差し掛かる。すると、異変が起きた。



 ————ポッ



 大広間の壁にかけられた松明、それの一つに火がついた。


 ————ポッ


 ————ポッ



 ティー達が入ってきた入り口から奥に向かい、その炎は進んでゆく。

それを見た冒険者達の間に緊張が走った。


「……おいおい。『演出』か? ボスが出るんじゃねえのか?」

「『切り裂き』ジャック……!」

「隊列を組め。出てくるぞ!!」


 その精神すらも強者の域に入った歴戦の冒険者達が隊列を組む。

 これだけの人数が集まれば、ドラゴンとも戦える。並の冒険者ではない。それぞれが一騎当千の兵(つわもの)達が。


 術師は詠唱を開始する。

 前衛達は己の剣の名前を呼ぶ。

 緊張する場に、ティーの凛とした声が響き渡った。


「……近隣住民の、父を母を幼子を、その健やかなる眠りを妨げる大罪人!! 転生者ギルドの命によりあなたを成敗します!! 姿を現しなさい!!」


 しかし、闇の奥からはなんの音も返らない。ティーの横にいた冒険者が、静寂の中で口を開いた。


「ティー。どうするの?」

「相手は変化で体の形を変えるわ。同士討ちだけには注意しなさい!! ……行くわよっ!!」


 鉄火場の空気が破裂するその時、闇の中にその姿が浮かんだ。 ……揺れる炎の中で浮かぶ、暗黒の太陽。


「ティー。……お前かよ」


 ティーの目の前に現れたのは、オズワルドの転生者、寺田 迅八。


「……あなた、何してるのこんなところで!? ……ここは危ないわ。あなたも隊列に加わって」


 ティーと向かい合う迅八は、何を思ったのか、右手に握る魔剣に力を込めた。


「ティー」

「……ジン? あなた、どうしたの?」

「ティー、このまま帰るんだ」

「あなた、なに言ってるの!? ここにはヴァンパイアロードが、」

「そいつは悪い奴じゃないんだ。本当なんだよ! …俺達と同じ転、」

「……黙りなさい」


ティーは迅八の姿を見る。友人であるキリエから聞いてはいた異形化。どこか、その姿は禍々しい。


(……恐れていた事が起きてしまった)




「……だから言ったのに。ロックボトムとは離れなさいって言ったはずよ。……あなたは、洗脳されてるわ」

「違う!! ジークエンドさん達は関係ない。ジャックは……」

「黙りなさい(・・・・・)。あなたの遊びには付き合ってられないわ。私達は命を賭けて来ているの。どきなさい」


 仲間達の精神は疲弊してきている。

 こんな所で下らない時間を使う訳にはいかない。


「もう一度言うわ。どきなさい。……あなたの遊びに付き合っていられないの」


「遊びだと? テメエらの方こそ遊びだろうが」


「……なんですって?」


「クエスト? ふざけてんのかお前ら。ゲームの中だとでも思ってんのか? ……ティー、テメエは俺に言ったぞ。あなたの道は血で濡れる。そりゃテメエの事なんじゃねえのかっ」


「血で洗ってるの。この不浄な場所の汚れた道を」


「……おまえ、怖くねえのか? この訳の分からない世界で、自分が間違ってたらって考えねえのか? だって、俺達は何も分からないじゃねえかっ!」


「恐怖や畏(おそ)れは不明から生じるものよ。私は自分の正しさを分かっている。……マコトが導いてくれるこの道に、曇りはないわ」



 迅八は分かっていないのだ。

 自分が闇の中にいるのが。

 彼を救わなくてはいけない。



「ねえ、ジン」


「もういい」



 ——ざぎんっ!

 迅八の右手から伸びる刀。

 千年の大悪魔より賜(たまわ)った、禍々しい邪剣迅九郎。……その刀で迅八は、ティーの前に伸びる道を切りつけた。



「あなた……!」


「『道』ねえ……。もういい。もう言葉はいらねえ。ところで、本当にこの道を進むのか? 通ってみろよ。この道には俺がいる」



 少年は進む。




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