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アゲイン×2 《クロスツー》  作者: 紺堂 悦文
第六章 地底墳墓のジャック
114/140

東から響く叫び声

 



「さてさて……。どうしたもんでしょね。もう始めちまっていいのかどうか」


 灰色のコートを着込んだ魔術師は、眼鏡をそっと押し上げる。長身痩躯のその男の、腹の辺りにもう一つの頭が見えた。


「さむい、です……!! ぶるっちまう、ですっ」

「……寒くないでしょうよ。ちょっと、動き辛いから出なさいって」

「雰囲気が、さむいです。……こわい、ですっ」


 灰色のコートの腹から顔が出ている。

 美しい少女……シズの顔が。

すると、それを見ていたジークエンドが呟いた。


「……ふむ。仲が良い事だ。ところでコルテ、新作を思いついたぞ。

教会(がっこう)帰りの子供を狙う、変質者の純愛モノだ。ドロドロなのに美しい……。矛盾する世界を描きたいと思っている」

「あんた、そんなもん描いたら殺しますからね。……もー、シズ!! ほんと出なさいって。ほらほら!!」

「うー! ですっ!」


 コルテには容赦がない。蹴り出すようにシズを追い払う。中からは、桃色のコートを着た美しい少女がまろびでた。


「……ふむ。そのコートの色はお前の趣味か? いやはや、さすが……やはり……。だが、いいと思うぞ。我が道を進め。……ところで、ニコルには何色を着せるつもりだ?」

「あんたさん、本当に一回白黒つけます? そういやまだ、どっちが強いか決まってなかったですもんね……」

「ししょーっ!」


 かなり本気の殺気を放ち始めた師匠の手を弟子が握る。——あたたかい手。シズのすべすべとした美しい手。

そして、それを見ていたジークエンドがやはり言った。



「『……その時、俺は決めた。こんなのダメだ。許されない。……けど、誰に? 誰に許されないって言うんだ?

 確かに俺は、世間から見れば変態だろう。眼鏡がギラついて見えるだろう。それでも、俺は、俺を許す。俺は……この気持ちに胸を張る。そう決めたんだ』

……こんな感じで進めたいと思うぞ。どうだ? 心理描写は合ってるか?」

「上等です。やってやろうじゃねえか…」

「もー! ししょーっ!」



 高台に居る三人は、地底墳墓を見下ろしていた。

地底墳墓の周りには、冒険者達が設置した篝火(かがりび)が点々と置かれている。

 炎のゆらめきに照らされて、何十人もの冒険者の姿が見えた。


「どうする、です? やっちまう、です?」

「……嘆かわしいぞ。恋人(おまえ)の乱暴な口調が移っているようだな。いやはや……やはり……」

「もうあんた、本当に黙ってくれません……?」


 ジークエンドはポケットに手を突っ込み悠然と立つ。燃える髪をなびかせて、そこにも一つのかがり火があるかのように。



「……ふむ。どうするか。ジンはジャックに接触出来たのか……」

「ま、僕たちが言われたのは『ジンのサポート』です。しかしねえ。数が多いでしょ。……有象無象が集まりやがって」


 目視できるだけで数十人。

 正確な数は分かりはしない。

 しかも彼らは全員がBランク以上の冒険者で、中にはAやその上もいるという。


「この件で冒険者を殺すのはマズいらしいし……。けどねえ、皆殺しにしちまえば、誰も僕たちだなんて思わないんじゃねえです?」

「いや、地底墳墓近辺で人を殺すな。……それが第一条件らしいぞ。理由は知らんがな」

「アルトリウスは、なんか隠してません? 伏せてる情報があるような……」

「ジンを確かめたいんだろうな。——消せ(・・)だ。殺せではなく、消せ。……何かを求められているのだろう。なんにしても、アルトリウスに気に入られてもろくな結果にはならん。成功しようが失敗しようが、ジンはどっちにしても地獄だな」

「他人事みたい、です!」

「ふむ。まさに他人事だからな」



 その時、コルテの視界に赤い影が見えた。……クーロン。


「始めてますね。……あいつらが下で暴れて、人を引き付けた所で大魔術ってのが一番楽なんですけど。ハァ、めんどくせえ……」

「楽をするな。殺すのはご法度(はっと)だぞ。拳を使え」

「体を使うんだったら、あんたこそ剣士なんだから働いて下さいよ!」

「……こんな物は飾りだ。これ位だったらお前らだけで大丈夫だろう」


 コルテの心の中で、その言葉に対して湧き上がる怒り。


(こんの……!!)


 こいつは本当にダメだ。

 自分達(ロックボトム)はダメだ。それは知っている。それでも、こいつは一番ダメだ。


 腰に下げた剣士の誇りを飾りだと言い放ちながら、それを捨てる事も出来ない男。


「……ジークエンド。あんたね、」

「ししょー! 人が集まってきてる、です!」

「……ふぅ。もういい。始めましょ」


 コルテは己の体に魔力を通す。

 ……体の末端からゆっくりと束ね、それを体の中心へ。

集まった魔力をそのままの濃度で、ゆっくりと全身に広げてゆく。


「……ジークエンド。シズの事を頼みましたよ。さすがにそのくらいは出来るでしょうよ」

「ふむ。お前の恋人は俺に任せろ」

「……これが終わったら白黒つけましょ」


 灰色のコートは闇夜に跳び、その場にはジークエンドとシズが残された。


「……行ったな。さて、どうするか。馬車に戻って寝るか……」

「うー、さむい……です」


 とことことこ。

 シズがジークエンドのコートの中に潜り込む。

もぞもぞとジークエンドのコートが膨らむと、その腹から顔が出た。


「む。浮気か? 嘆かわしい。……師匠の活躍を見ないでいいのか?」

「……こわい、です」


 眼下に見える地底墳墓。

そこは、不死者達の巣窟だ。


「なんだ。不死者が怖いのか?」

「うー、わかんない、です。……けど、なんか、こわいのがくる、です」

「……ほう」



 風の匂いは変わらない。

 月の光も、星の明かりも。

 ただ。

 ……暗い(・・)気がする。


「……もう少しここに居るか」


 シズは連れて来ない方が良かったかもしれない。

 ジークエンドは、なぜかそんな事を思った。






 ————————————————






「……おいリョウマ。 誰かが襲撃を掛けてきている。どうする?」

「はあ? なに言ってんだ?」

「さっき正確な人数を数えようとして、各パーティリーダーに点呼を取らせた。仲間が消えてる奴らがいるらしい」

「おいおい……。小便だろ?」

「そう思って探してみたら、岩陰で倒れてる奴らを見つけた。死んではいない。 ……どうする? 」

「……マジか?」



 転生者ギルドの大規模討伐(レイドクエスト)にちょっかいを掛けてくる奴がいる。


「……誰だ? そんな馬鹿がいるか? 現地人はそんな事をしない」

「PVP(対人戦)好きのアホかもしれないぞ」

「あいつらだって空気は読める。クエストの最中にそんな事はしないだろ。本当に死人が出るぞ」


 そしてリョウマは思い出した。

 そう言えば、今、ロンダルシア地方にはあいつらが居るという噂を。


「……おい。デッドエンドじゃないだろうな」

「まさか。あいつらは、目的以外の事には目もくれないよ。完璧な狂人だ」


 リョウマの脇の下に、じっとりと汗が。

 ——すでに、ティーは地底墳墓に入ってしまった。

挙動がおかしくなったリョウマを見て、副官が声を出した。


「……どうした? 『ソードマスター』リョウマ。ビビってんのか? もしもあいつらがちょっかい出してきてるんだとしても、こっちは二百人いるんだ。……デッドエンドなんて、どうせ賞金首(ブラック)リストに載ってる奴らだ。討伐したっていいだろ」

「……逃げるぞ。デッドエンドイーストがここに来てるんだったら逃げる」






「……ヤバい。もうティーは中に入っちまった。どうする、どうする……」

「おい、リョウマ。……お前、なに言ってんだ?」

「クソッ、考えてなかった。まさか……けどそんな事あるか? あいつらが……」


 自分の口元を押さえて、リョウマぶつぶつと呟いている。それを見た補佐官は、リョウマの呟きが滑稽に聞こえた。その顔色が滑稽に見えた。


(どうしたんだこいつ……)

 


 自分が今まで見た中では最強の人間。

ソードマスターリョウマが。



「おいおい……。おまえ、なに言ってんだ? だから、デッドエンドのはずがないだろ」

「けど、あいつらだったら、わざわざ気絶させて岩陰に置くか……? あの能力(・・・・)がこの世界に本当にあるとしても、こんなとこは関係ねえだろ……?」


困惑する補佐官の前で、リョウマはひたすら自問した。

デッドエンドだとしたら、どうすればいいのか。

ティーに知らせなくてはいけない。



「……いや、あいつらは、目的に関係なければ俺たちの事は素通りするはずだ。……おい、すぐに撤収するぞ。ティーを呼び戻す」


 立ち上がるリョウマを見て、補佐官は慌てて声を掛けた。


「ちょ、ちょいちょいっ! ……お前、本当になにを言ってんだ!? デッドエンドのはずがないだろう!」

「可能性があるだけでも逃げる」


 補佐官は自分の耳を疑った。

 ——リョウマは、『ソードマスター』リョウマは何を言っている?


「何言ってんだよ。 二百人も居るんだぞ!? 何もしないで帰れる訳ないだろ!!」

「ゼロ人になる前に帰る。……ティーを死なせる訳にはいかない」

「リョウマ。今はお前がリーダーだ。……いいか? デッドエンドのはずなんてない。デッドエンドだとしても、お前はソードマスターリョウマだ。仲間は二百人いるんだぞ!?」

「お前は見た事ないからだっ!!」



 その時、遠くから叫び声が聞こえた。


「いっ……!」


 その叫びを聞いたリョウマの喉から、小さな悲鳴が出た。その足は震えている。


「……おいおまえ、本当にどうしたんだよ!?」


 補佐官の耳に、少し離れた場所から戦闘の音が聞こえた。闇の中から届く、くぐもった悲鳴。痛みの声が。


「ちっ……!! 誰だか知らねえが表に出て来やがったか。リョウマ、行くぞ!! 」


 リョウマの顔色は青くなっている。

 補佐官はリョウマの手を引き、声が聞こえた方向に向かった。


(……こいつ、本当にどうしたんだ!?)



 篝火(かがりび)が闇の荒野を照らす。

 叫び声が響くと共に、仲間達は戦闘態勢に入った。続々と浮かぶ光の球、小さな範囲を照らす光球はそれぞれの集団を浮かびあがらせる。

 ……明るい。そして、もうここは戦場になっているのだと補佐官は知った。


 一番近くの『戦場』。

 そこから離れ戦場はもう一つある。

 今、地上に居る冒険者達は約百五十人。

 それぞれが近くの戦場に向かっている。


 地底墳墓入り口近くの戦場に向かった補佐官は、仲間達の背中を掻き分け怒号を乗り越え中心に進む。

 突然襲ってきた戦い。その災禍(さいか)の中心へ。


「どけっ! 通せ!!」


 詠唱している術師を押し退け、剣士が組んでいる隊列を割る。

 そして災禍の中心に辿り着いた補佐官は、目を見開いた。













「『虐殺』コルテ……!!」


 その場には、仲間達が何人も倒れていた。補佐官の見ている前で、呻いている仲間の背中に足をかけて靴を拭う男。

 現地人の中でも生え抜きの有名人——大悪党ロックボトムの一人。その男は眼鏡を押し上げると苦い顔をした。


「……あー。なんか強そうなの出てきましたね。もうちょい数減らしときたかったんですけど」


 眼鏡の奥から補佐官を見る目。

 美しいのに、蛇のような切れ長の瞳。


(……やっっべえ。現地人の中でも飛びっきりヤバいのが、なんでここにっ!?)


 ロックボトムは、全て壊して全て奪う。

 なんでこいつがここに居るのかは分からない。ただ、戦場はもう一つある。

 ひょっとしたら、ロックボトムの他の奴らも居るのかもしれない。


(デッドエンドどころじゃねえ。最悪だ。なんでこいつらが……!!)


 補佐官は思う。……噂だと、ロックボトムは冒険者ギルドと繋がりがある。救国のサジタリアと繋がりを持っているという、迂闊に手を出せない奴らだ。

 デッドエンドはなんだかんだ言っても元の世界から来た転生者だ。ブラックリストに載ってるとしても、同じ世界の人間だ。自分は会った事がないが、仲間(・・)だ。話は出来るだろうが、ロックボトムに話は通じない。


 なぜかリョウマは恐怖に呑まれている。

 自分がしっかりしなくてはいけない。仲間達をまとめ上げ、ロックボトムを撃退しなくてはいけない。

 補佐官が心を決めた時に、その声は響いた。


「は、……は」

「……あ?」

「は、はは、……ははは」

「リョウマ? ……どうした?」

「は、は、は、ははははははっ。……はははははははははははははは!!」


 補佐官が自分の隣を見てみれば、リョウマが弛緩した顔で笑っている。顔に流れる汗を拭いながら。


「ははははははははっっ!! ……ふっざけやがって。ビビらせんじゃねえよ。ロックボトムじゃねえか!!」

「おい……、ちょっと待ておまえ。何言ってんだ。虐殺コルテだぞ!?」

「……やるぞ。すぐに終わらせる。こいつが逃げられないように壁を作れ。……俺がやる」


リョウマの言葉を聞いたコルテは、不愉快そうに眉をひそめた。


「……はい? あんたさん、今なんて言いました? 聞き間違えですかね」

「すぐに終わらせる」






 ————きんっ、きんっ。

 リョウマは己の腰の双剣を抜く。

 この世界で手に入れた力。二刀流。


「魔剣グラム。……アンサラー!!」


 リョウマは己の愛剣の名前を呼ぶ。

 元の世界——死んだような日常の中で、ゲームの世界に居る時だけは、本当に楽しかった。

 平坦な毎日とは違う、冒険に満ちた日々。その中で憧れた二本の剣。


「あんたさん二刀流ですか? ……はあ、これだから素人は…」


 リョウマは、コルテのその言葉を継がせない。


「じゃあな。ロックボトム」

「……うぉっ!?」


 コルテの口から漏れる無意識の声。

 リョウマの、魔剣グラムとアンサラー。

 二本の剣は、流れるように闇を舞い、コルテめがけて襲いかかる。


「ちょ、待ち……」


 ビュンッ!! その剣閃は、想像の数段上の鋭さで振るわれる。コルテは、自分の腰に下げた道具を取り出そうとした。


(こいつっ、二本の剣を完璧に操ってやがるっ!)



「……ほれ。おしまいっ!」


 腹を襲うアンサラーを辛うじて避ける。コルテが身を逸らした先にはグラムが迫っていた。


「ちょ、ちょちょっ!!」


腰の道具に魔力を通し、すんでの所でグラムを止める。

——がきんっ!! 鋼が打ち合う音が鳴ると、リョウマが楽しそうに言った。


「……ほう。なんだそれ。魔道具か?」


 灰色の魔術師の手に握られている『棒』。それが一瞬で伸びて槍となる。


「はぁ……。こんなもん頼る日が来るとは。めんどくせえ。大魔術ブッ放してえ……」


 補佐官はコルテが逃げられないように、周囲の冒険者達に壁を作らせた。

 場の空気は『一騎打ち』になっている。それの邪魔をするのは褒められた事ではない。

人間の壁が作った円の中で、リョウマがコルテに向かい口を開いた。



「おい、虐殺コルテ。お前は魔術師じゃないのか? 付け焼き刃の槍が、俺に通用すると思うのか?」

「いやいや、一応ですけど武器は全部使えるんですよ。子供の頃にやらされました。……の嗜(たしな)みってね。槍が一番好きです」


 途中、聞こえない単語があった。

 それに構わずリョウマは話しかける。

 体内に魔力を集めながら。


「なんで槍が良いんだ? 」

「剣よりも血で汚れないでしょうよ」

「なら弓にすればいい」

「……それだと感触が分からねえだろ? 叫び声も聞こえない」



 ————ドンッ!

 リョウマは己の足の魔力を爆発させる。

 瞬発力だけを特化——跳ね上がる体の下で、先程までリョウマが居た場所を、コルテが繰り出した槍の石突(いしづき)が貫いた。


「『ダブルエッジ』!!」


 リョウマが叫ぶと、空中からコルテに襲いかかる二本の剣。十字の軌跡を夜に描き、その刃は疾駆する。

 敵を求め、血を求め、魔剣は灰色の魔術師の首を狙う。


(……しょせん転生者。普通、そんなとこ狙わねえでしょ)


 コルテが苦もなくその剣を払う。そして槍を構えようとした時、寒気が襲った。


「……や」

「ダブルエッジ(・・・・・・)だ。二回あるぞっ!!」


 二本の剣の四連撃。

 すんでの所で後ろに逸らしたコルテの体を二本の剣が削ぐ。その顔と、その胸を。


「ぐっ!」


 かしゃん。

 眼鏡が飛ぶ。眉間を斜めに横切るように、傷口が走る。

 一拍置いてから流れ出す血。赤い血がコルテの目に入り込む。


「……むぅ。あんたさん、ちょっと殺したくなってきましたね」

「綺麗なカオを傷付けられてか?」

「違えよ。……よくもお気に入りの眼鏡を」


 つい先程まで眼鏡があった場所。

 そこをコルテは手で確かめる。『敵』に傷付けられた場所を。


「く、く、クハハハハハハ……。テメエ死んだぞ。もうサジタリアも関係ねえ……!!」


 高まり、唸りをあげる魔力。

 リョウマの目の前で灰色の魔術師は己の指を舐める。……口から出てくる蛇のような細い舌。その舌が、チロチロと赤い血を舐める。


「西方より来れェ……!!」


 コルテの詠唱開始と共に、リョウマは後ろに跳んだ。

……魔術師が単体で大魔術を使いだした時の対処法は、すぐに殺すか逃げるかのどちらかだ。

 リョウマの今までの経験上、意識が逸れる行為を一人で居る時にやる奴は、よっぽどの阿呆か絶対の反撃方法を持っている奴だけだった。

 リョウマは、虐殺コルテは後者であると判断した。すぐに周りの人間を避難させなくてはならない。


「まずいっ!! ……おまえら、逃げ、」


 そして、その言葉は遮られた。






 ————————————————






 もう一つの戦場ではクーロンとアマレロが戦いを繰り広げていた。


「……あっちでコルテが始めたみて〜だな」

「一人で? あらあら、かわいそーに」


 クーロンは光の中に影を残す。

 その赤い影に触れられた者はバタバタと倒れてゆく。……むせ返るような反吐の臭い。


「あ〜。もう腹殴るんじゃね〜よ。おめ〜はよ〜」

「だって、顔を殴ったら死ぬかもしれないだろ」


 クーロンが見たところ、時おり強い奴がいる。こちらと普通に戦えるレベルの奴もちらほら居るのだ。

しかし混戦となるこの場では、人数が多すぎてそいつらがどれか分からない。

 本気で意識を刈り取る一撃を加えたら、死んでしまいそうな人間も居るのだ。


「囲めっ。囲めーーーーー!!」


 冒険者達は隊列を組む。

 怪我をした人間を後ろに運び、新しい者たちが前に出る。

クーロンとアマレロを囲み、仲間が入り乱れるこの戦場では、魔術師達は真価を発揮できない。ほとんどの人間が攻撃魔術を行使せずに、傷付いた者たちの回復にあたっていた。


「負ける気はしね〜が……。このままだと時間かかりそうだな〜。……俺達が暴れて引きつけたとこで、コルテが大魔術を撃ってくれるかと思ったんだけどよ〜。失敗したか?」

「いや。もう五十人くらい中に入った。そいつらが坊や達と交戦すれば、地上の残りが中に入るはずだ。それをやられちゃ困るからこれでいいんじゃないかい? けど……、ああもうっ!」


 ズドンッ!

 殺しかける程の力を乗せて、クーロンは己の足を後ろに貫く。


「こっちに来るんじゃないよっ!!」

「カッ……!? はっ、はあああぁぁ……!!」


 後ろから迫っていた冒険者の腹に、ダークエルフの美しい足が突き刺さる。


「あ、ああぁぁ……!!」


 その足にまとわりつくように、冒険者の手が伸びた。


「もうやめとくれって!! ……なんなんだい転生者は!? なんかこいつら気持ち悪いんだよっ!!」

「……おい。おめ〜よ〜。腹でも死んじまうぞ〜。そんなん入れたら……」



 時おり居るのだ。

 戦闘の雰囲気ではなく、変に顔が紅潮している奴らが。



 ——ダークエルフだ

 ——本物だ

 ——ビ、ビッチなんだろ? ダークエルフって



「もうっ、こいつらは一体なんなんだい!?」

「……ビッチなのは当たって、うぐっ!?」


 アマレロの腹にクーロンが拳を埋めたその時、戦場に寒気が走った。



「な……」

「腹、いでっえ」


 ……暗くなった(・・・・・)。

 月の光が。

 星の明かりが。

 それらの輝きは変わる事なく降り注ぐ。なのに、暗くなった。


「……アマレロ。なんだいコレ?」

「いっで……。なんだ〜? 大物か〜?」


 クロウの魔人形態を間近で見た時に感じた震え。それに近いものがクーロンの身に走る。

 ただ、魔力ではない。

 この寒気は。


「……気持ち悪い。なんだいコレ」


 クーロン達を囲む壁にも変化が起きた。壁の後ろの方が慌ただしくなっている。



 ——おいっ。リョウマ達の方が!!



 そんな声が聞こえた。



「……なんだ? コルテの方になんかあったか〜?」

「ヤバそうだね。……とりあえず、こいつらを片付けなくちゃ話にならない。急ぐよ」


 クーロンは知らない。

 アマレロも知らない。


 戦場に立つ人間には理由がある。

 己の立場で意思を貫き、守りたいものがある。

 肉体の強さではなく、それの多寡(たか)が勝敗を分ける事がある。

 そこまでは知っている。


 ただ、敵にもそういう奴が居るのだ。

 絶対に負けない(・・・・・・・)敵が。






 ————————————————






 リョウマは大魔術の脅威から逃れるため、仲間を逃げさせる為に後ろに跳ぶ。

 すでに『壁』の内部の直径は無意識レベルで刻まれている。戦闘において、自分達が戦う舞台の把握は初めに求められる。

 ——見なくても分かる。どこに仲間達がいるのか。


 そして、それはコルテも同じ事だった。

 敵の壁はどこにあって、自分はどこまで自由に動けるのか。見なくても分かる。見なくても分からなくては話にならない。戦闘中に見るべきものは、お互いだけだからだ。


 だから、二人は、二人だけは、それに気付かなかった。






「おい、壁を壊せ。みんなを逃げさせろ!!」


 視界の中心にはコルテを入れたまま、リョウマは壁の間際まで後退する。仲間たちを後ろに押そうとして、その手が空振った。


「……あ?」


 リョウマが振り返ると、そこには、闇色のドレスを着た少女が一人で立っていた。胸に何かを抱いている。


「お……!」


 その少女の後ろで、壁が崩れている。

 そこでは仲間たちが折り重なっていた。人間が、元の世界の人間が。——人間だったものが。


「デッ……!!」


 血の海。

 臓物の山。

 湯気が立つ残骸。

 その中心に立つ少女は、空っぽの目で胸に抱いたものを撫でている。それから滴り落ちる血が、闇色のドレスに吸い込まれた。



「……ねーむれ。ねーむれー」



 優しくやさしく、胸に抱えた頭を。

 愛おしむように、闇色のドレスを着た少女が、子守唄をうたっている。

 子供の胸に抱かれた補佐官の頭は、まるで小さな胎児のように見えた。

 ……子供の胸の中で。

 こどもが、子守唄を聴いている。



それを見たリョウマが、漏れるように呟いた。


「デ、デッドエンド、ウエスト……!!」



(……近くにイーストが居る!!)



 立っていられない程の震え。


(……いつ? いつやられた? B以上の冒険者達が音を立てる事もなく、いつやられた!?)


 混乱する頭の中でリョウマはティーを思う。

 逃げなくてはならない。

 ティーを逃げさせなくてはならない。

 ——自分の命に代えても、守らなくてはいけない!


 しかし、彼は忘れていた事を思い出す。

 リョウマは、大魔術の標的になっている。しかし、いつまで経っても大魔術は発動されない。


 歯の根の震えを抑え前を向く。

 ゆっくりと、ゆっくりと。

 リョウマが前を向くと、詠唱を始めていた灰色の魔術師のコートは、真紅に変わっていた。


「……カッ、かかっ、……ごっ!」


 コルテの胸を貫いている、二本の剣。

 知っている。リョウマはあの剣を知っている。


「デ、デデ、デ……!」


 灰色の魔術師の胸から生える二本の剣。完璧に肺を貫通している。

 あれは、死ぬ。


 しかし、リョウマはそんな事は気にならなかった。このままでは、自分もそうなる。

 少し離れた場所、——胸を貫かれたコルテの後ろから、その声は響いた。


「……ウエスト。その歌をやめろ。……頭が痛い」


「デッドエンド、イーストッ!!」



 どさり。

 その剣が抜かれると、コルテの体は膝から崩れ落ちた。その顔に浮かぶもの。——なぜ? 理解出来ていない顔。

すると、イーストと呼ばれた男がリョウマに向けて口を開いた。


「……おまえ。どこかで会った事があるな。俺の邪魔をするつもりか?」

「そ、そんなつもりはないっ!!」


 リョウマは、頭に浮かび上がった記憶を振り払う。

 ——昔、自分以外にも双剣使いが居ると聞いて、デッドエンドイーストの戦いを見に行った事がある。

まだデッドエンドが真っ当な冒険者としての一面を持っていた頃。クエストでの討伐などを頻繁にこなしていた頃。


……ある地方を騒がせていた盗賊団を、デッドエンドが殲滅した。その戦いをリョウマは見ていた。

デッドエンドイーストは、その集団の中でもそこまでは強くなかった。リョウマは自分の方が強いと思った。

だが、イーストは無頓着すぎた。


自分の命も敵の命も、どうでもよく扱った。振るわれる剣を気にせず敵の首を刈り取る。血まみれの体で防御する事もなくそのまま進む。

嬉しそうでもなく悲しそうでもなく、ただただ、その時の目的に立ちはだかる敵を殺す。

そして、なぜか死なない(・・・・)。


数十の敵に囲まれ、切り刻まれたイーストは、なぜか死なない。

致命傷を、なぜか受けない。敵の方が強いはずなのに、なぜかイーストが相手を殺す。


その戦いを見た時に思った事が、再びリョウマの頭に浮かぶ。


(気持ち悪い……! 絶対に戦いたくない!!)






「……おまえ、邪魔するのか。お前も、俺があいつに会いに行くのを、邪魔するのか」

「な、なに言ってんだ。誰もあんたの邪魔なんて、」


 仲間を殺された。

 リョウマは思った。——自分は何を言っている?


「な、なあ。違うんだ。俺たちは、すぐに帰るっ。仲間を、呼びに行かせてくれ!」


 ——自分は、何を言っている?

すると、今まで地面を見ていたイーストが、顔を上げて星空を見た。



「……星屑のカケラがぱらぱらと、開いた窓の外から入り込むんだ」

「……あ?」



言葉を失ったリョウマの視界で、死体の中から影が起き上がった。

生き残った冒険者の一人が、イーストの後ろから剣を振るう。——ざんっ。イーストの背中にその刃は食いこむ。


「……あ」

「よくも仲間を……。死ねっ!!」


その冒険者が再び剣を振るう。

イーストはそれをよけずに受けた。

よけずに受けて、その冒険者の首を刈り取った。

ざんっ。首が飛ぶ。


「……それは俺たちの体にまとわりついて、あたたかいあたたかいものが」


リョウマの目の前で、また一人、仲間が殺された。

目の前の男——イーストは、その死体に見向きもしないで星空を見上げていた。


「……まだ遠い。それでも、絶対に、会いに行くよ」



リョウマは思う。


(……なんなんだ。コイツは)






 イーストの手が動く。


「……ブレイクビーツ 」

 ——右剣。漆黒の剣が。


「…… ベイビーソング 」

 ——左剣。無垢な白剣が。

その輝きは、暗い夜の中でまたたく。


「……絶対にお前に会いにいく。絶対に、お前らを助けにいく。何人殺しても、何十人殺しても、何百、何千、何万、何億……全員」


 星空の下で、イーストは意味不明の涙を流しながら笑っている。

リョウマの体は何かを考えるよりも先に動き出した。本能——逃げたい。しかし逃げられない。……ならば前に出るっ!!


「……おおおおおあああああっっ!! グラムッ! アンサラーッッ!!」


怯えを振り払い、リョウマは前に飛び出した。目の前の敵は意味不明すぎる。こいつに話は通じない。


「くたばれっ!!」


左手のアンサラーによる刺突——それがイーストの肩を突き刺す。右手、グラムによる斬撃——それがイーストの首を狙う。


「殺《と》ったっ!!」


確実にイーストの命を刈り取る軌道で振るわれたグラムは、なぜか外れた。——ひゅん。浅い切り傷だけを残して。


「あ!? ……なっ!」


ざんっ。

イーストは無造作に漆黒の剣を振るう。それがリョウマの体を襲った。


「ぐあっ!! な、なんでっ」

「……ベイビーソング」


さすっ。

もう片方、無垢な白剣が振るわれる。

その剣がリョウマの体に傷跡を残すと、リョウマの体を異常が襲った。戦闘中にあり得ない現象——『眠気』。


「な、なに、なん……!!」

「……やっぱり、おまえは邪魔するんだな」


足元から力が抜けていく。

膝から地面に崩れ落ちる。

リョウマの暗くなってゆく視界の中で、イーストはゆっくりと近付いてくる。


「……邪魔する奴は、全員だ」

「あっ……? あ、あっ、ティー!!」


リョウマの耳にゆっくりと近付いてくる足音、抗えない眠気に落ちようとする意識のその淵(ふち)で。


星空の下で笑う男、デッドエンドイーストは、静かに涙を流し続ける。






 ————————————————

 ————————————————




 デッドエンドイースト


 攻略組最凶——『死にたがり東』。双剣士。


 右剣 『東から響く叫び声(ブレイクビーツ)』

 左剣 『南から届く子守唄(ベイビーソング)』


 装備品

 ネックレス

 ガラス玉の指輪




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