戦いの前
「……メスカル。まずおまえさんの体を治すぞ。覚悟はいいかっ」
《覚悟はとうの昔に終わっています。……全てはこの日の為に》
光が溢れる部屋の中には、ロココが寝かされた台の他にも清潔なベッドがあり、幾つもの調度品があった。
無数の本が収められた棚、書きかけの紙が置いてある机、竈、大甕。
それら、この世界にあっても納得出来る物とは違う、明らかに異質な物も。
「それ、ひょっとして、発電機……!?」
闇色の布で隠されていた空間——迅八達が入ったその部屋は、かなりの大きさだった。
そして、その部屋の奥で唸りをあげる『機械』。そこから流れる『電力』。
人類の叡智——文明の光が。
暗い暗い、地底墳墓の闇を切り裂き、冷たい墓場に熱をもたらす。
「……『九泉神農返者』!」
人類から夜を無くした、史上最大の発明——『電力』。
その眩い光が降り注ぐ中、『骨』は輝きに包まれた。
「うおっ……!」
誰の声だったかはわからない。
しかし恐らく、訪問者達は全員が同じ言葉を漏らした。——驚き。そして、千年の大悪魔と十二使徒は、なぜかその体に震えを感じた。
「……おまえさんら、本物の上位不死族とは違う。これが下位不死族の復活だ」
きらきらと、象牙の骨が輝いている。
そして、そこにまとわりつく光る闇。きらきらと、きらきらと、その闇はゆっくりと形を為す。
足元から蛇が絡みつくようにその体を登り、失った半身を復元させる。しかし、まだ終わらない。
闇はぐずぐずと形を為す。象牙の骨の上に線が走る。その線が動き出す。——どくん。
神経が作られ血管が伸び、その上にピンク色の筋肉がまとわりつく。闇は胸部で形を為す。小さな気泡のように、弾け、くっつき、それは二つの肺になる。
そして、ぶるぶると動き出す内蔵——鼓動を刻み出す心臓。
《ガハッ!! ……か、は、かっ、カカッ!!》
何年ぶりなのか。空気を肺に取り込んだ胸にも闇はまとわりつく。そしてまた形を為す。……二つの膨らみを。母の愛を象徴するものを。
柔らかな胸の線——そこを登る闇は、やがて頭蓋骨を包みこむ。そこに、また線が。
ヒビが入るように線は伸びる。伸びた線は更にひび割れる。——どくん。細い細い毛細血管と絡み合う神経……薄桃の肉の上に黄色い脂肪が。
赤い真皮が。
青い瞳が。
白い髪が伸び茶色い眉が。長く尖る黒いまつ毛が。
青白い肌が煌めきながら、その全身を包み込み、そして闇は振り払われる。
「ハッ、ガハッ!……ハッ、はぁ……!!」
「……メスカル。大丈夫か?」
「なんの問題もありません。……戦う時です」
————なんだ、これは。
ジャックとメスカルを除いたその場の全員が同じ思いを抱いていた。
そして、場違いな感情。それすらも皆が抱いたのだ。母親が死の淵にいるニコルですら。
千年の大悪魔の口から、その呟きは漏れた。
「美しい……。なんだこりゃ」
青い肌。白い髪。生命力を全く感じさせない女。さっきまで骨だったあまりにも美しい女。クロウの呟きを聞いた迅八も、同じ事を思った。
迅八が今まで見た女の中で、一番、顔が整っていたのはアグリアだった。
天上の美を体現したアグリア。どこかでそれを見た地獄の彫刻師が、対抗して作り上げたような女。
下位不死族メスカル。
「……メスカル。これを着ろ」
「いりません。主、早く。……もう、戦いは始まっています」
ジャックが脱いだ真紅のローブを受け取らず、メスカルは動き回る。棚の中から何枚もの布を取り出し、それらをベッドの上に置く。
それを見たジャックもローブを後ろに放り投げた。——どうせ血で濡れる。
「おい、おまえさん。……ロココッ、聞こえるか!?」
「ひっ、ひっ! は、ヒッ……!!」
「患者の同意が必要だ。生きたいか? 言葉で言え!!」
「……………生きたい」
「もう一度だっ。生きるか!? 戦えるか!!」
「生きたい。……この子を残して死ねない!!」
「その言葉が聞きたかったッ!!」
ざばんっ!
腹を裂く銀の光が。
『切り裂き』と呼ばれる吸血鬼の手の甲から伸びる武器。
この男の本当の武器。
自分の戦いをする為の武器。
救う為に切り裂く。助ける為に傷付けるのだ。
痛みを与え地獄に突き落とし、自分も傷付くその武器を。
「ジンッ! ……止めないでいいのか!? ロココさんが死ぬぞ!!」
迅八の手を包む生命——アゼルの温もり。そして、そこに確かにある震え。
迅八の視界の端で、イエリアが汗を流している。
いつでも自分のペースでしか動かない気狂いイエリアが、その額に汗を浮かべ、その空気に圧されている。
そしてもう一人。
千年の大悪魔。この世界の強者。
その顔は迅八から見えない。
しかし、その体が一歩後ろに退いた。
「千年の大悪魔。……『クロウ』か? おまえさん、今まで何人を殺した? そっちの天使もか」
その男の顔。
命を懸けて戦う男の顔。
「……私は、おまえさんらみたいなのが大嫌いなんだよ。だから、これが終わったらすぐに出て行け。さもなくば排除する」
汗を浮かべたイエリアは何も言えなかった。そしてハッキリと感じた。
(ヤバい……殺され、)
気狂いイエリアは自分を世界最強だと思っている。根拠もある。しかし、ジャックの目に気圧された。
「絶対に騒ぐなよ。埃をたてるな。……クソッ。まだ準備は万全じゃないっ。まさか、いきなりこの日が来るとは……」
「主。いつでもそうです。準備は戦いながらするのです。 ……ジン。あなたにしか出来ない事があります。仲間を落ち着かせなさい。……これから始まる光景に、怯えないように」
メスカルは、己の手を沸騰した湯に突っ込んだ。
そこから取り出した布を固く絞り、ロココの腹から出る血液を拭く。青白い肌は、一瞬で真っ赤にただれ、それでもそれを繰り返す。
「ちょ、ちょっとメスカル。手が!!」
「問題ありません。私は不死族です」
「……熱いし、痛いがな」
驚愕する迅八たちの前で、事態は進んでゆく。
時おり鳴る耳。ジャックが口を開き『音』を出すと、両手でロココの腹部を丹念に触る。
内部を圧迫し続けていた血液が外に出た事により、ロココの顔は先程よりも楽に見えた。
「……やはり、これは。いきなり異世界癌か。しかもステージ3までいってるぞ!」
「幸運だったと思いましょう」
「ジャック。……あんたのしようとしてる事はわかる。けど、血が!! 大丈夫なのか!?」
「これは腹部に溜まった血を外に出しているだけだ。臓器を傷付けた訳じゃない。……まずは、術野を鮮明にする」
丹念に血液を拭き取るメスカル。
ジャックは額に汗を浮かべて、それをじっくりと観察する。
「ジン……。大丈夫なのっ? やらせていいのかっ」
アゼルの手が。
迅八はそれを強く握り締める。
同じように、母の手を握るニコルと、その肩に手を置くメスカル。
「可愛い子……。けど、少し離れて」
「いや、メスカル。そのままでいさせろ」
————ぴちゅん。
ロココの腹から血が吹き出す。その血が顔を濡らしても、ジャックが目を閉じる事はない。
「……これから始まるのは地獄だ。
こっちの人類で初めての被験者だ。その精神にも肉体にも、耐え切れない衝撃がくる。……なんせ、麻酔なんかないからなっ!」
「おかあさんっ……おがあさんっ!!」
「おまえさん。……しっかり母親の手を握っておけ。魂を離すな」
迅八の足に震えが。
聞こえた。
確かに聞こえた。
麻酔がない。
(待て、ちょっと待てよ……!! これから始まるのは、アレじゃねえのか!?)
「ジャック!! 本当に……本当に大丈夫なのか!? あんたに任せていいのか!?」
「黙れと言ったはずだぞ小日本人。……おまえさんらの国が、私は嫌いなんだよ」
そう言ったジャックは文明の光が降り注いでくる天井を見上げた。
————光。
かつて、その男の人生は、光に包まれていた。
「……だが、おまえさんの国には素晴らしい本がある。あれは私の聖書だ」
吸血鬼は手の甲を外側に向けて両手を上げる。
————ざきんっ。
手の甲を突き破り、中から飛び出す何本もの銀色。それを自分の顔の横に持ってくると、『切り裂き』ジャックは静かに言った。
「……始めるぞ。
これより手術を開始する……!!」
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「……おいおい。どんどん人が増えてるじゃねえか……。ティー、収拾つかないぞ」
「だって、勝手に合流してくるんだもん!」
月に照らされ地を進む冒険者達。
行楽のようだった討伐の道のりは、もはや完璧に行楽になっている。
「……もう二百人くらい居るんじゃねえのか? オーバーキルどころじゃないだろ。このまま魔都ジューダスに行って魔王でも倒すか?」
「別に今の魔王は暴れてないでしょ……」
ゲーム感覚で行われるクエスト。
一度動き出してしまえば、ルールなんてあってないようなものだ。
道のそこかしこで見かける獣を屠り、魔物を殺し、冒険者達は遊びながら進む。
「ちょっと……。あなた達、倒したら素材を取りなさい! 意味のない事はしないで!!」
——えへへへへ。
顔を血で濡らした少年が、学校で教師に怒られた後のように仲間達のもとに戻る。
——ははは。怒られちゃったよー。
そんな声が聞こえた。
「もーう! 生態系の事とか考えられないの!?」
「考えるはずないだろ。お前、ゲームやってて考えた事あんのか?」
ティーはため息を抑え、月を見上げる。
両端の欠けた月。動かない夜空。
そして、ティーが見上げる空に、流星が流れた。
「流星……」
「だいたい、そんな事を言い出したらヴァンパイアロードだって倒せないじゃねえか。どうする? 帰るか? 別にそれでもいいよ」
長襦袢と緋色の袴。
その少女は美しい。
月の光をあびた端正な鼻の形に、リョウマは目を奪われた。
「……帰る訳ないでしょ。困ってる人たちがいるのよ。……自分の父の死体を、母の死体を、切り刻まれて泣いている人たちがいるの。ヴァンパイアロード『ヴラッド』には死んでもらう。塵も残さずにね」
「おっかねえなお前。 ……そういうとこがなければもっと可愛いのに」
「ん? なに? なんか言った」
「……いいや。なにも」
月の光が照らす道を、やかましく歩いてゆく。すでに列は崩れてしまってそこかしこに集団が出来ていた。
そして、それぞれが好き勝手にやり始めるのだ。『ゲーム』を。
(……ま、俺は楽しむだけだ。あと、コイツの事を守る)
ティーは稀有な才能を持っている。
今回の討伐リーダーに選ばれたのも、その才能からだ。頭も良いし、人に好かれる容姿をしている。転生者の王——マコトが信頼する幹部だ。死なせる訳にはいかない。
(……それに、な)
月の光がその少女を照らしている。
ティーは、美しい。
「……どうしたの? リョウマ」
「なんでもないよ。……さ、行こうぜリーダー」
自分は、ソードマスターリョウマだ。
他のものを手に入れたい気持ちもあるけれど、それは望みすぎている。
それに、ティーにはマコトがいる。
「……さて、さっさと殺してさっさと帰ろう。そんでマコトに会いに行こうぜ。多分、あいつは悔しがるぜ。俺も行きたかったってな」
「……そうね。そうしましょう。マコトが待ってるわ」
「……けど、大丈夫かねえ? なんせ、地底墳墓は不死族の巣窟だ。凄い量の魔物がいるかもしれないぞ」
「全員、殺せばいいだけじゃない」
「……ははは。そりゃそうだ。なんせ、こっちに集まってるのは全員がB以上の冒険者だ。よっぽど強いのがいない限り、ソロでも余裕だな」
「なに言ってるの。一体一なんかでやらせないわ。物量で押し込むわよ。こっちは怪我も負わないで勝ってみせるわ」
「ひでえな。戦いを楽しもうぜ」
「なに言ってるの。殺戮に行くのに」
「……そうだな。全員殺そう。誰がいようが関係ないな」
「そうよ、当たり前じゃない。正義はこっちにあるんだから」
「「あははははははははははははははは……」」




