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アゲイン×2 《クロスツー》  作者: 紺堂 悦文
第六章 地底墳墓のジャック
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地底墳墓のジャック

 



 まるで行楽に出掛けるように冒険者達は進む。

 のんきに喋っている仲間たちを眺めていた『ソードマスター』リョウマは、それを諌(いさ)めたい気持ちもあったが、理解も出来るので放っておいた。


「……おいティー。マコトは? あいつ、こういうの好きだろ?」

「マコトは忙しいの。今はロンダルシアに来れないって」


 ティーに話しかけたのは、今回の討伐の副リーダーを務める青年だった。

『ソードマスター』リョウマ。


 ソードマスターという大仰(おおぎょう)な呼び名は、彼が自分で言い出したものだ。

 元の世界で憧れていたのだという『二刀流』。

ゲームや漫画の中で猛威を振るうそれに憧れて、この世界で真似をしだした。


 剣は、一本の方が強い。

 あるいは、盾を持った方がいい。


 しかし、魔術によって強化された肉体は、武器から重量を置き去りにする。

 それでも武器を二本扱うのは難しい。敵が両手で叩きつけてくる武器を、片手であしらうのは難しいのだ。

 リョウマは努力した。

 なら魔力を鍛える。

 体を鍛える。——力を手に入れる。


 転生者には向いていないと言われる魔力の鍛錬を、研究し、研鑽(けんさん)し、目的の為には遠回りをする事を惜しまない。

元は進学校に通っていたリョウマは、彼らしい努力の末、二刀流を我が物にした。


 ゲーム好きだった少年は、この世界に熱中した。

 いつしか少年は青年となり、いつの間にか周りの人間達も、彼の事をソードマスターと呼ぶようになった。——彼には人望もあったのだ。


 転生者ギルド幹部。

 冒険者ランクダブルA。

『ソードマスター』リョウマ。






「……ねえリョウマ。みんな、気を抜きすぎじゃない? 」

「うーん。……まあ、今回は久しぶりのレイドだから思ったよりも人が集まった。ていうか、これじゃ完璧にオーバーキルだろ」


 近隣の各地から集まった冒険者は、百人以上。

しかも強力なヴァンパイアロードが相手なので、冒険者ランクB以上の人材しか参加できない討伐になっている。


「……えーと、フォスピトン地底墳墓は、」


 ティーが長襦袢の襟(えり)——丸く膨らむ胸元から羊皮紙を取り出す。


(……なんでそんなとこから出すんだよ。コイツは)


 月に照らされたティーの白い肌。

 リョウマの心の呟きを知らず、ティーは続けた。


「ちょっとリョウマ。ランタンこっちにやって。……えーっと、全部で地下五階まである遺跡みたいね。さすがに全員で入れないし、選抜したメンバーだけでボスルームに入るわ。……うーん、絶対に狭いよね。何人くらいがいいかな?」

「だって、病院だろ? 通路がそんなに広くもないだろうし、百人もいたら邪魔になる。ボスルームに入れる数十人で……」

「……リョウマっ」



 闇の中で、ランタンの光と術師が出した光球の光だけが、荒野を照らしている。

 仲間たちの背中は遠い。その背中を見ながらリョウマは続けた。


「大丈夫だって。聞こえないよ。……気ィ使いすぎなんだよティーは。ハゲるぞ」

「あなたね……。もういいけどその単語は言わないで。……その施設だったかどうかなんて分からないわ。『かもしれない』って言われてるだけよ」


 転生者ギルド——幹部たちだけが知っている秘密。この世界の謎の一角。『遺跡』の謎。



「地底墳墓に行くのは初めてだな。ティーは行った事あるか?」


「ないわよ。遺跡っていってもなにも残ってない場所らしいわ。ただ、様式が現代の作りだって」


「……遺跡には、科学文明の跡が見える。現地人には全くわからないし、俺たちみたいなのでも一般人には分からない。この世界にはそぐわないもの。……そういうのは『演出』なんじゃないかってさ。動かない夜空や、それなのに夜空を流れる流星。そういうのは全て演出なんじゃないか。……みんな、色々と考えるもんだな」


「もう。本当にやめてよ」



 フォスピトン地底墳墓はまだ遠い。

 リョウマは、嫌がるティーに構わず話を続けた。



「動かない夜空。謎の遺跡。

 世界のどこからでも見えるほどに巨大な『南の木』。……だけど、世界のどこからでも見えるなんてあるはずがない。この世界は丸くないのか?

 何人もの冒険者が外洋の果てに船を出した。転生者や現地人はどんどん世界地図を塗り替える。……それでも、外洋を横断し、世界一周に成功した奴は、いまだに一人もいない」



 闇を見上げれば満天の星が。

 夜の中で輝くそれは、キラキラとキラキラと。……両端が欠けた月が、地を這う冒険者達を照らす。



「夢か、死後か、異世界か?

 みんなが一緒に見る夢? みんなで仲良く死後の世界? …ライトノベルみたいに異世界(ファンタジー)か? ……あるいは、どれでもないのか?」


「やめなさい。リョウマ」



 凛とした少女の声が、続きを阻む。



「私達の目的は、攻略する事よ。謎を解き明かす事。……けど、みんなは真実を受け入れられないかもしれない。混乱を与えてはいけないわ」


「分かってるよ。そんな事は」


 吹く風が頬を触る。

 地底墳墓はまだ遠い。

 しかし、空気に何かが混ざり始める。

 ——死者達の匂いが。


「けど、暇なんだから話くらいはいいだろ? ……ティー、お前はこの世界をどう思っているんだ? 」


「……ゲーム、みたい(・・・)。実際にそうかどうかはわからないけど、その言葉を追うようにみんなが動いてるわ。……ランク。クエスト。ボス。イベント。魔術。モンスター。勇者。魔王。——使うのに便利な言葉が、その考え方に拍車をかけている。心の底からゲームの世界の中に入ってきたと思ってる子達もいるけど……」


「俺はずっとそう思ってたぜ」


「あと、私は死んでないわ。気が付いたらこの世界にいたのよ。だから死後の世界のはずなんてない。 ……リョウマ、あなたはどうだったの? なぜこの世界に? 今でもここがゲームの中だと思ってるの?」


「俺か? 」


 月の下でソードマスターは己の剣に手をかける。この世界で手に入れた力。






 ……ずっとずっと思っていた。

 なんで、毎日はこんなに退屈なんだろう?


 勉強をして就職して、結婚していつかは死ぬ。ささやかな幸せに満足してみんな死ぬ。

 元の世界は、自分の生活は、物語ではなかった。


 リョウマもティーと同じだ。死んでこの世界に来たのではない。気がついたら目を覚ました(・・・・・・)のだ。


 ただ。

 時々思う。

 ————自分は、生きていたのかな?

 本当は、気付かないうちに、自分は死んでいたんじゃないだろうか。



元の世界——代わり映えのない毎日の中で、いつも昨日と同じ今日を過ごしていた。


子供の頃に想像した未来に、自分は辿り着けないと知ったのはいつだったか。

幼かった頃、十年後の自分は想像出来なかった。けれど、学校に通い勉強して、社会を少しずつ知るにつれ、想像できるようになってしまった。十年後どころではない。自分の人生の最後まで見えてしまった。


普通(フツー)。その最後を。


 ……目を覚ました。

 憧れた世界で。

 ここには全てがある。

 本当に望んでいた現実(リアル)だ。



「俺は、なんでもいい。

 ……ゲームみたい(・・・)に楽しむ。それだけだ」






 ————————————————






「……おかあさんっ、おかあさんっ!!」


 慟哭(どうこく)が。

 聞く者の胸をかきむしる声が。


「おがあざんっ! ……おがあざんっ!!」


 ニコルの目の前で自分の母親が、ゆっくりとゆっくりと、一ミリずつ死んでゆく。


 ——ごぽり。

 母親の口から溢れる黄色い汁。

 もう何日も食事なんてしていない。

 さらさらとしたそれは、ロココの体の内部から、止む事なく溢れ出す。


「……ひっ、は……、ニコ。だいじょうぶ。だいじょうぶだから……。すぐに、……だいじょうぶだから……、ウッ!」


「おかあさんっっ!! おがあざんっ!! ……にいちゃん、にいちゃんっっ!!」



 迅八はその光景を、視界の中心ではなく端で捉えていた。直視出来ない。


『おまえ、最後まで見てられるのか?』


 ジークエンドは迅八にそう言った。

 その言葉の意味は理解していた。

 だが、想像と現実は違う。


 吐瀉物にまみれた母親。

 その髪の毛は自分の汁に濡れてぐしゃぐしゃになり、顔に貼り付いている。

 その隙間からもどろどろと、どろどろと、後から後から溢れ出す。


 汚いはずのその汁に構う事なく、娘は母親を抱きしめる。その小さな体で、まるで抜け出していこうとする生命を繋ぎ止めるように。


「ジンッ!!」


 赤毛の少女が迅八を見ている。

 口の悪い少女が涙を流しながら、母子をいたわるように抱きしめている。

 握りしめる手と、そこに浮かぶ血管に。……生命の脈動がそこにある。その少女が抱きしめる、狐人の母親から失われつつあるものが。


「にいちゃん……、にいちゃんっ!! かあさんが、かあさんがっ!!」


 自分を見ている狐の女の子。

 自分を呼ぶ声の中にある響き。



『なんとかしてくれる』


『にいちゃんだったらなんとかしてくれる』




「……にいちゃん、だずげで……!」













「クロウッッ!! もうやめろっっ!!」


 対峙する悪魔と吸血鬼。

 人外の化け物たちに向け、迅八は声を振り絞った。


「あん? 邪魔するんじゃねえ小僧ッ! おめえも消し炭にされてえかっ!!」

「いい加減にしろテメエ……! なに考えてんだ。なにしに来たんだよ! ……話をしに来たんだっ。時間がないんだ!!」

「はァ? ……違うだろ。おめえは国王に消せ(・・)って言われたんじゃねえのか? チンケでひ弱なガキの代わりに俺様がやってやってんだ。テメエは引っ込んでろ」

「馬鹿言ってんじゃねえぞテメエッ! ……見ろよ。ロココさんが、ニコがッ!」


 目の前の悪魔が言う。


「……へー。で?」

「な……」

「だからなんだ? テメエ、俺をなんだと思ってんだ。何回も言ったはずだぞ。俺は悪魔だ。……結魂がなかったらテメエの事なんぞどうでもいい。ましてや狐人の薄汚い母子の事なんぞ興味もねえ。なんで、俺が。……テメエらの言う事を聞かなくちゃいけねえんだ?」

「……やめ」

「勘違いしてんじゃねえ。これも何回も言ったはずだ。……俺はテメエの便利な道具じゃねえんだよ。テメエの言う事に俺が絶対服従するとでも思ってんのか? テメエにはさんざん与えてるはずだ。これ以上を俺に望むのか? ……死ぬ寸前までやられてえのか小僧」


 ……角のように渦を巻き、突き立つ二束の金色の髪。吸血鬼に向けていた注意を、目の前に立つ迅八にもクロウは向ける。



(…こいつは、恐らくキレて向かってくる)



 激怒していた大悪魔はそれもいいと思った。

 元から思っていた事だ。

 この子供は自分の事を勘違いしている。

 もう面倒臭い。

 もうウンザリだ。

 人間から、人形まで落とす。

 この子供を支配する。


 体内の魔力を練り上げる。

 こんな子供に本気になるまでもない。

 むしろ結魂で繋がれている自分にとって、跳ね返ってくるダメージの方が厄介だ。

 殺さないように、殺さないように。

 最大の苦痛を与える。

 自分は我慢出来る。


 今まで、何回も死にそうになった。

 殺されかけた事なんて何度もある。

 それでもいつでも、最終的には自分一人が生き抜いた。誰の力も借りずに。


 ……ほんとに、そうだったっけ?



 ざり。

 目の前の迅八が動く。

 自然とクロウは、腰の剣を触っていた。

 迅八は、顔を下に向けたまま口を開いた。


「……そうだね。ごめん」


 ——ひゅん。

 悪魔の胸の奥。

 人間だったら心がある場所。

 そこに冷たい何かが。


(……あ? なにコレ)


 ひゅん。


(はあ? ……なにコレ)





迅八は、クロウに背中を向けて、吸血鬼に話しかけた。


「……ジャック。ジャックでいいのか? あんたに話を聞きたいんだ。俺の仲間を、助けて欲しいんだっ」


 壁に並ぶ松明。灯された炎はその広間の闇を映しだす。

 打ち付けられた、いくつもの死体。

 特別な処理でもされているのか、それには腐敗の様子がない。綺麗に腹を割られて壁に縫い付けられた死体が、虚ろな目で闇に浮かぶ。


「……助けて欲しい? ふざけてるのか? おまえらは人に頼み事をする時はいつもこうなのか?」


 迅八の頭の中にら亜人の里での記憶が蘇った。そういえば、あそこでもそんな事を言われた。


「ごめん……。ごめんなさい。許してください」


 迅八は膝を折り、その場で床に頭をつけた。


「コラ小僧。テメエ、なにやってやがる……」


 大悪魔の口から平坦な声が出ると、頭を床にこすりつける迅八の後方——そこにいるはずの十二使徒の周りから、危険な気配が広がった。


「ジャック。……あんたは、ヴァンパイアなんだろ? 人を死ななくする事が出来るんだろ? 俺の仲間が死にそうなんだ!」

「……メスカル。こいつは何を言っている」

《わかりません》


 顔を上げた迅八の目に、再び広間の闇が映る。まるで大きな風呂のような血のプールから、時おりぽこりと泡が爆(は)ぜる。その度に揺れる幾つもの臓物。……酸鼻の跡。


 至る所に標本のように飾られた死体の中には、あらゆる種族が見える。その中には狐人も豚人もいた。

 つんと上を向いた鼻。その死体は、迅八の方を向いているように見えた。


「ロココさんを、俺の仲間を、死ななくしてくれ。……助けて。お願いします」

「……おまえ、不死族(アンデッド)を誤解しているのか? 死ななくする? ……そんな都合のいい事があると思うのか? その対価を分かっているのか?」

「けど、メスカルはそうなんだろ? 骨なのに生きてる。喋ってるじゃないか!」

「……ああなりたいのか? おまえ、どういう精神構造してるんだ? 後ろの母親もそれを望んでいるのか?」


 言葉を交わす二人の後ろには、今にも消えつつある命がある。広間の深い闇に呑まれ、蛍の光は少しずつ。

 一ミリずつ、一ミリずつ。

 ゆっくりと消えてゆく。


「……大人しくなったな。千年の大悪魔。……少し話がややこしいようだ。そのままでいろ」

「キサマ……」


 吸血鬼は悪魔を素通りして迅八の元へ歩く。長いローブを引きずり足音もなく。


「……討伐に来たんじゃないのか? 助けてくれ? おまえは何を考えている。私は吸血鬼だぞ」

「それでも、あんたしかいないんだっ。ヴァンパイアって珍しいんだろっ? もう時間がないんだ!!」

「不死族になりに来たのか? そんな事はしない。私になんの得がある。……誰が得をする」


《主(あるじ)》



 象牙のような骨——メスカルは、抱きしめ合うニコル達母子から少し離れた場所にいた。


 かしゃり。

 かしゃり。


 足音を鳴らしながら、ニコル達にそっと近づき、狐人の少女に向けて骨の手が伸びる。


「あっ……!」


びくりと。ニコルは体を緊張させた。

スケルトンが手を伸ばしてきた理由が分からない。

その様子を見た骨の手は、ニコルに触れる事なくゆっくりと下げられた。


《可愛い子。……主、母親が病気のようです。彼女を救ってあげて下さい》


「なにを言っているメスカル。……不死族になどするはずがない」


《いいえ主。あなたなら救えます。ついにこの日が来たのです》













 なにを。

 骨の声に温度が。

 熱が。


「おがあさんっ。……おがあさんっ。やだ、やだあああああああっ!」


 泣きじゃくる狐人の少女は、場の温度が変わった事に気付かなかった。母親の目は混濁している。もう、自分の娘が映っているのかどうかも分からない。

 泣き叫ぶ少女をいたわるように、ゆっくりと、ゆっくりと、再び骨の手は伸びる。

 それでも、やはりその手は、少女の頭に触れる前に下げられた。


《可愛い子……。大丈夫、大丈夫よ》

「メスカル、おまえ待て。何を勝手に……」

《主。今日です。今です。……ついに、私たちに運命は訪れました》

「……気に入らない言葉を」


 迅八は、何が起きようとしているのかが分からなかった。ただ、確実に。何かが起きようとしている。


「おい、おまえさん(・・・・・)。……ジンといったか」

「え? ……う、うん」

「ニィ タオティ シーシェイ?」

「え? な、なに?」

「你 好(ニィ ハオ)」

「……は? え? なに?」

「ふん。顔を見て久しぶりに同郷の人間かと思ったら。……小日本人か。ほんとにおまえさんらはろくでもない。面倒を……」


 ジャックは進む。

 大悪魔の横を通り過ぎ、土下座する少年に一瞥(いちべつ)もくれず。


「ちょっとちょっと。……よくわかんないけど、まだジンがいいって言ってないからさあ。近寄らないでくれるー?」


 立ち塞がる十二使徒。

 ジャックの体はその目前で霧となり、十二使徒の後ろで再び実体化した。


「なっ……」

「邪魔だよおまえさん」


 アゼルは混乱していた。何が起きようとしているのかが分からない。

 自分は、ニコル達を守る為に吸血鬼に攻撃を開始するべきなのか。そもそも、吸血鬼は何をしようとしているのか。

その様子を確かめた吸血鬼は、眉をしかめて骨に言った。


「全く……。どうすればいい。メスカル。おまえが言い出したんだ。どうにかしろ」

《はい。主》


 メスカルは、アゼルとニコルに近寄ると、再びその手を二人に伸ばした。


《触っても……いい?》

「え……、うん」


 その声に。何故かアゼルは頷いた。


《二人とも、可愛い子……。大丈夫。こっちに来なさい》






 横たわる狐人の母親。

 その前に立つ吸血鬼。

 なぜか誰も動けない。

 千年の大悪魔ですら。


「……おまえさんら、耳を塞いでいろ」


 再びあの『音』が。

 耳をつんざく無音。

 反響し跳ね返り、空間を往復する波紋が広がる。


「……これは、おそらく……。腹部から異常な反響がある。場所が……ヤバいぞっ!!」


 吸血鬼がその右手を伸ばすと手の甲から伸びる刃。細く細く。あまりにも鋭利な銀。

 その刃物を使い、ジャックはロココの服を、腹から真っ二つに引き裂いた。


「おまえ、何をッッ!!」

《信じなさい少年。……すでに処置は始まっています》

「……これはっ! おいまさか、いきなりかっ。……メスカル、処置室に運ぶ。開けろっ!!」

《はい》


「おがあさんっ!」



 ロココをその胸に抱いて吸血鬼は立ち上がった。ロココの体を揺らさないように、その生命が揺れないように。


「……おい小日本人。おまえさんの仕事は仲間を大人しくさせる事だ。これから入る部屋で暴れたら、本当におまえさんらを排除する。……喋るな。呼吸もするなよ」

「呼吸するなって、そんなの無理だよ。……ていうか、あんたは……」


 メスカルは先導する。

 半身になった体を引きずりながら。

 培養液のプールを抜け、標本達の横を通り、産まれてこれなかった哀れな子ども達を見る事なく今はその場所に向かう。

 

《ついに来た……。この日が来た……!!》


 ——主と二人で長い時を越え、闇の中でずっとこの日の為に準備をしていた。


 戦う日を。

 心待ちにしていたのだ。

 運命を打ち破るという運命が訪れるのを、ずっとずっと待っていた……!






 広間の奥——そこに掛けられていた闇色の布。

 それをメスカルは剥ぎ取った。

 象牙のような骨は、更に深い闇へと消える。

 するとそこから。

 ……光が。


 まだこの世界の人間はほとんどが知らない光。……太陽のような。真っ白な光が。

 広間の闇を切り裂いたそれは、渦巻く瘴気を駆逐する。

 文明の光が。人類の叡智が。

 闇を貫き、影を追い払い、その場の者達を照らし出す。



「コレ……、まさか、電気かっ!?」

「小日本人。騒ぐな」



 その部屋——処置室の中央には、人が横になれそうな台が置いてあった。

 そこに吸血鬼はゆっくりと横たえる。

 助けを必要としている『患者』を。


「……ま、まてよ。な、なんだこれ。ジン、おまえには分かるのか? ……この光はなんなんだっ!?」


 アゼルの言葉すら迅八の耳に届かない。

十二使徒も、千年の大悪魔ですら驚愕のあまり身動き一つ取れはしない。

 その中でただ一人動く影。

 小さなちいさな影。母を想う影が。


「おがあさんっ!! ……おかあさんになにするのっ。やめてっ、やめてよおっ!」

「おい。どうにかしろメスカル」

《ごめんなさい。あなたは動かないで。……ジン、あなたになら分かるはずです。これから何が起こるのか。……この子達を落ち着かせなさい。あなたにしか出来ないんです》


 メスカルは常に動いている。

 失った半身をものともせずに、部屋の隅の大きな水瓶から水をすくう。横に置かれたかまどからは、大量の蒸気が。


「……クソッ。まだ準備は充分じゃなかった。 こんなに突然この日が来るとはっ!」

《主。それでもやるのです》

「おい、おまえさん。……ロココ!! 聞こえるか!?」


 ロココの混濁としていた目が動く。あまりの眩しい光にロココは意識を引き戻される。腹の中の激痛は、どんどんどんどん増してゆく。

 ————もう、死にたい。


「ロココ。……これから始まるのは地獄だ。生きたままで腹を裂かれる。おまえの体が千切り取られる。意識があるままに、子宮をえぐり取られるような痛みがおまえの事を襲うだろう。……本当に、それでも生き続けたいのか?」


 なにを言っているのか全くわからない。

 千々(ちぢ)に乱れた意識。

 ハッキリとしない視界。

 死にたい。

 ……ロココの右手に、暖かいものが。


「おかあさんっ、おかあさんっ!!」













「答えろ。患者の同意が必要だ」


「……たい」













「もう一度だ」


「生きたい。……この子を残して、死ねない!!」


「よく言ったっ!」






 ざばん。

 吸血鬼の右手から伸びた刃物は母親の腹を裂く。

 血が。

 天井を舐める。噴水のように出る血が。

 腹部に溜まっていた血液が、圧により爆発的に外に出る。しかしそれは一瞬。そこから先は、じわじわと血が溢れ出した。


 迅八は、何も言えずにその光景を見ていた。

 テレビで何回か見たことがある。

 けど、こんなものを実際に見る日が。

 しかも、この世界で。


「……ちょっと、ジン。なんなのさコレ。止めないでいいのおっ!?」


 十二使徒、気狂いイエリアが気圧(けお)されている。

 その空気に。

 その戦いに。


 千年の大悪魔は、自分の体が一歩うしろに退いたのを感じた。——なぜ? 理解出来ない。


 いつの間にか、迅八の手を握る暖かいもの。


「アゼル……」

「ジン、なんだよ……。これ、なに? いいの? 本当に、いいのっ?」


 しかし誰も動けない。

 迅八以外、歴戦の彼らは感じていた。

 害を与える人間の顔ではない。

 目の前でロココの腹を切り裂いた吸血鬼の顔。

 自分の命を懸けて戦う男の顔。

 ——救おう(・・・)としている男の顔。


 象牙の骨は動き回る。

 いつから用意してあったのか、清潔な布を熱湯の中に突っ込み、己の手をその中に入れる。

 大量に作られた煮沸消毒された布。その布でひたすらロココの血液を拭く。



「……おい、ところでおまえさん」



 吸血鬼——ジャックは、ニコルに声をかけた。



「もしも、私がおまえさんの母親を救ったら、お前さんは私になにをくれるんだ? まさか、タダ働きじゃないだろうな」


「……なんでも、なんでもっ!」


「じゃあ五千万。一生かかってでも払えるか?」






 狐人の少女は貧しい育ちだった。

 そんな金額を聞いた事もない。






「……はらうっ!! ぜっだいに、はらうっ!!」


「その言葉が聞きたかった」






 ————————————————

 ————————————————




 VS 異世界癌(キャンサー) ステージ3



『切り裂き(ヴラッド)』ジャック

 ヴァンパイアロード

 転生者

 外科医




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