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アゲイン×2 《クロスツー》  作者: 紺堂 悦文
第六章 地底墳墓のジャック
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長い夜

 



「……う〜っ。心配だねえ。やっぱ、あたしがついてった方が良かったんじゃないかい?」

「うるっせ〜な〜。おめーはよ〜。済んだ事をウジウジと」

「ふむ。死んだら死んだ、それだけだ。 ……何かを決めて、動いて死ぬ。そいつだけの責任だ」

「ジークエンド。……あんたねえ、アゼルだって居るんだよ!!」

「だからなんだ。あいつはもう子供じゃない。誰かに守られる『お姫さま』でもない」



 朧げなガス灯に照らされて、彼らは酒を飲んでいた。

軽い食事と美味い酒。それをゆっくりと口に運んでいる。

 カウンターの奥で、同じように酒を飲みながらパンを齧(かじ)っていたコルテが、ジークエンドの方を向いた。


「……ジークエンド。あんた、確かヴァンパイアロードと戦った事あるでしょ? 」

「ある。あの時、お前はいなかったか」

「居ませんでしたねえ。……憶えてます? どんな奴だったか」

「一言で言うと、強い」


 その乱暴すぎる説明に、クーロンの口が歪む。ジークエンドが『強い』と評する程の敵の元に、迅八達が向かっているからだ。


「……まず、攻撃が効かん。ほとんど効かん。奴らは体を変形させる事が出来る。無数のコウモリになったり、霧のようになったりする。普通の人間なら魔剣を持ってないと太刀打ち出来ん。……魔剣を持っていたとしても、そこでやっと、ダメージを与えられる『かもしれない』くらいだ。攻撃方法も多彩だ。 ……『音』が厄介だったな」


「あんたはその時どうしたんだい? どうやって戦ったんだい」


「すぐに逃げた。別に討伐目的で出会った訳ではなかったからな。……他の目的で行った場所が、たまたまそいつの根城だった」



 その会話を聞いていたシズは驚いた。

 ジークエンドは、確かに面倒事からはすぐに逃げ出す男だが、敵から逃げ出す男には見えなかったからだ。



「逃げた、です?」

「お〜? そりゃそうだろ。別に『敵』って訳じゃねえし、明らかに敵だとしても、場合によっちゃ逃げるが勝ちだ。あたりめ〜だろ〜が」

「そう、です?」

「そうです。……千年の大悪魔がなんで強いのかって言ったら、そりゃ単純に生き残ってるからでしょうよ。どれだけの強敵に囲まれても、逃げる事に成功して生き続けてる。それ以上の強さなんてねえでしょ」


 からりと。

 クーロンが人差し指をグラスの中に入れる。その指は氷の上を撫でるように、所在なく動いた。


「……う〜。不安だねえ」

「クーロン、考えすぎですよ。クロウが一緒にいるんですよ? ヴァンパイアロード如きに遅れは取らねえでしょ」

「だって、ヴァンパイアロードは強いんだろ? 危ないかもしれないじゃないか」

「……クーロン。あんたも千年の大悪魔の『本気』見たでしょ? あんなん無理。絶対に勝てねえ。僕が本気でやったとしても、すぐ終わりますよ」

「本当に、あんた達はクロウが強いと思うかい?」



 からん。

 氷の音が静寂の中で響き、琥珀色の光を反射させる。褐色の肌を持つダークエルフは、憂いを顔に乗せても美しい。

 コルテは、目の前のクーロンが、『千年の大悪魔』と一緒にいる迅八たちを、なぜ心配しているのかが理解できなかった。


「……いいですか? 確かにあんたは、魔術を使えても『魔術師』って訳じゃない。クロウの正確な魔力は分からないのかもしれませんけど、ありゃあとんでもないですよ」

「わかってるよそんな事は……。ただ、そうじゃない。そういう話じゃなくてさあ」

「お〜。分かるぜ。あいつは弱え〜よ」


口を挟んできたアマレロに、コルテは返した。


「……アマレロ。あんたまで何言ってんです? あんた達も見たでしょうよ。クロウの魔人形態——本当の姿を」

「伝説と違え(・・・・・)。……悪魔ってのは、ああいうモンなのか〜?」


 シズは、黙ってその話を聞いていた。

 咀嚼(そしゃく)していたパンをゆっくりと飲み込む。音を立てないように。

すると、ジークエンドもその会話に加わった。


「この間の……、サグラダと戦った時か? その時も逃げられたしな。商人ギルドの絶対強者にも負けてるぞ。……確かにクロウは強いが、伝説に伝わる千年の大悪魔は、あんなものなのか?」

「お〜。悪魔らしくね〜んだよ。生ぬるいぜあいつは。けどよ、悪魔の強さなんて、そこなんじゃね〜のか〜?」

「……コルテ。さっきあんたが言ったみたいに、あんたは魔術師だ。だから『結果』が見えてない。魔力で強さを測ってる。……クロウは、実際、そんなに強かったかい?」


 コルテが、その端正な上唇に手をやる。

 シズはそこに目が引き寄せられた。ひんやりとしていそうな、滑らかな唇。——なぜかそれを自分が見ていることに気付いて、すぐに目を逸らした。



「……なんとなくあんた達が言いたい事が分かってきました。それでもねぇ……」

「ジャックの情報を集めたんだ。……相当イカれてる奴だよ。地底墳墓の近くに住んでる奴らは、今じゃ必ず死体を燃やすらしい。埋葬すると必ず掘り起こされる。そして、いつの間にか死体は元に戻ってるんだ。……全身を切り刻まれてね」

「生者には手を出さないのも不気味だな……」

「お〜? 変態なんじゃね〜のか〜?」


 亜人であるクーロンは知っている。

 気狂いが持つ欲望の歪みを。その深さを。……異常とも呼べる癖(へき)を持つ奴は、周囲の全てを汚染する。そして、大抵そいつらは強い。


「……不死者達の王と呼ばれるヴァンパイアロードが、なんで死体にそんな事をするんだ?なんで生者に手を出さない? なにを企んでる奴なんだ? ……坊やとクロウは、本当にそんな奴に勝てるのかい?」


 息をついて、コルテは手元の酒を飲み込んだ。

 ——シンクの隅の汚れが気になる。シズに、ちゃんと洗っておけと言ったのに。


「……それとな。クロウの魔人形態には期待出来んぞ。あいつは周りに人が居たらあの姿にはなれない。全力を出せば、必ず何かを巻き込むからだ」

「なに言ってんですジークエンド。あいつは悪魔でしょうよ」


クーロンが言う。


「だから。それをしないじゃないかい。あの大悪魔は」






「——んっぐっ、んっんっ!」


 音を出してはいけないと、水を飲むのもためらっていたシズが、パンを喉に詰まらせる。

その顔は赤くなり、次第に青くなった。


「ふむ。コルテ、水をやれ。弟子が死ぬぞ」

「……はあ。はいはい」

「けどねえ。……あたし、あの悪魔のそういうとこ、好きだけどねえ……」

「はっ。ま、話はこんくれ〜だ。メシを食お〜ぜ。今の内に腹に入れておかね〜とな」

「……そうだな、夜は長そうだ。転生者ギルドも慌ただしそうだしな」



 窓から差し込む日は赤い。

 これから、夜が来る。


 不死者達の時間。

 虚ろなる精神を持つ、夜の住人達が歩き回る時間。


 死人通りの『死にかけ(ロックボトム)』達も、その長い夜への備えを始めた。


 しかし彼らは知らない。

 その長い夜にはうろん(・・・)な客が来る。


 自分から、死地へと飛び込む『死にたがり(デッドエンド)』が。






 ————————————————






「……ウオオオオオオオオオッッ!!

 西方より来たれええええええええいッッ!!」


 広間の空気が震えている。

 そのあまりの大声と怒りに。

 地底墳墓最下層——腐った瘴気は、淀みながら渦を巻く。


「其が名は飄謳(ひょうおう)ッ!! 焔獄の饗者よオオオオオオオオオッッ!!」


 腐った空気を炎が焼く。

 炎の竜巻はその大きさをどんどん増し、部屋中を舐め尽くそうとする。その場に居る人間達を巻き込んで。



「……クロウッ!! なに考えてんだおまえっ!? ……イエリアッッ!!」

「はーいはい。もうやってるよー」


 あたたかな光が。

 宙に浮くイエリアを中心に黄色い力が広がる。 足元に集まっているアゼル達をゆっくりと包み込むように。


「メスカルっ!!」


 骨。

 半身を失ったその骨は、今にも炎に飲み込まれようとしていた。


「腕エエエエエエエエエッッ!!」


 迅八の背中を突き破り、噴出する鮮血の腕。それはまっすぐスケルトンの元に伸び、その体を引き寄せた。


《なぜ? ……ありがとうございます》

「いいからっ! 結界の中に入ってるんだ!!」



 迅八は一人、結界から飛び出す。

 魔界の炎が渦巻く地獄の中へ。

 魔術を無効化する迅八には、クロウの魔術が効かない。それでも荒れ狂う炎は錯覚を感じさせる。あるいは錯覚ではないもの。

 ——熱い。

 荒れ狂う大悪魔の感情を。


 広間の中は、炎が荒れ狂っているのになにも燃える事はない。魔術の炎は生者以外に牙を剥く事はない。


 広間はこの世の邪悪——その全てを溜め込んだような場所だった。

 標本のように壁に打ち付けられた幾つもの死体。訳の分からない液体に浸された奇形の胎児。……あらゆる種類の臓物が、血で満たされたプールの中に浮かんでいる。


(……こんな奴に、話が通じるのか!?)


 人間とヴァンパイアは違うだろう。

 その思想も理念も、何もかもが違うだろう。しかし、違すぎる。

 こんな広間で生活する事は、人間だったら一日も耐えられない。






「……千年の大悪魔。なにをそんなにいきり立つ。やめろ。ここで暴れるな」


「死にッッやがれえええいッ!!」



 魔人形態。

 実体化した刺青——尻尾の蛇が波を打つ。

 角のように突き立った二束の金色の髪——その間にバチバチと火花が爆ぜると、そこから真っ直ぐに雷が伸びた。


 雷が伸びた先には、真紅のローブを羽織る男がいた。

 伸びた長髪を綺麗に分けて、それは腰まで伸びている。真紅のローブはまるでガウンのようにその胸を開けていて、覗く肌は死者の色を——青白いその肌が、炎の中で揺らめいていた。


 クロウの角から伸びる雷は、神速の速さでその男に迫る。

 青白い肌。

 それが突然ひび割れた。

 ミチミチと、ギチギチと音を鳴らし、微かな血を流したかと思うと、雷が到達する前にその体は爆散した。


「ぬううううっっ!! ……変化かっ!?」


 無数のコウモリが部屋を飛び回る。

 標本の間を縫い、奇形児達を倒し、血のプールで口を濡らす。

 すると、再びあの『音』が。


「アッ!! あああああああっっ!! ……クロウ、もうやめろ!! ……アゼル、耳を塞げっ!!」


 音は鳴り止まない。

 可聴音域から外れた、しかし途轍もない大音量が、部屋の中に谺(こだま)している。

 ビリビリと。

 部屋を揺らし血を揺らし、鳴らされ続けるその音は、いつ止むとも知れぬ拷問のように。


「……くぅぅうおの、吸血鬼風情がああッッ!!」


 怒りのままに、闇雲に放たれる雷の乱打。嘲笑うかのように、その全てをコウモリは躱す。

 やがて無数のコウモリが部屋中に舞うようになると、突然、その小さな体を爆散させた。


「なんっ……!!」


 ……霧が。

 暗黒の霧が部屋を覆う。

 その霧は、広間を舐め尽くす炎を覆い、その勢いを弱まらせる。

 やがて業火は全てが消えて、広間に再び静寂が戻った。


 ……ざり。ざりざり。

『霧』が床を這う。

 細かな細かなその粒子は、部屋の中央に集まり始める。やがてそれがうぞうぞと蠢いたあと、そこには真紅のローブを身に纏う男がいた。


「……もう一度言う。やめろ。ここで暴れるな。話を聞きたいと言っていなかったか?」

「テメエッ……!!」



 迅八は、その戦いに加わる事も出来なかった。

 超次元の戦い。

 自分が元の世界で読んだり見たりした、物語の戦い。


(なんだ……マジかこいつら。化け物じゃねえか……!!)


 本気になったクロウも、目の前のヴァンパイアも、化け物すぎる。


「……なにをそんなに怒っている。そんなに気に入らなかったか? 『ワルギリア』の事を聞かれたのが」

「黙れキサマ……!!」



 ワルギリア。

 クロウの剣。

 人によっては聖剣と呼ぶ程に美しい剣。



「私も長く生きている……。と言っても、お前と比べたら子供のようなものだ。昔、ほんの少し聞いた事がある。千年の大悪魔。……それがお前か」

「黙れテメエ」


 迅八は、なぜクロウが激怒したのかが理解出来なかった。この広間に入った時、目の前のヴァンパイアはまず迅八の方を向き口を開いた。


『……ニーシーシェン』


 なにかの呪文かと思った。

 迅八が、不安を秘めて睨みつけると、ジャックはつまらなそうに目を逸らした。

 そして、クロウの事を見つめ、彼は言った。


『お前が千年の大悪魔か。……ワルギリアはどうした?』






 クロウの怒りは凄まじく、一瞬で魔人形態に変わった。そして、彼らの戦いを間近で見た迅八は、また不安になった。


 ——こいつらは、人間とは違う。

 この遺跡に入った時も感じた事が、再び心に浮かび上がった。

 いつもふざけているクロウは、面倒臭がりのクロウは、なんだかんだと助けてくれる。

 悪魔のくせに、良い所がある。


 しかし、今の彼は人間の事なんて全く考えていなかった。恐らく、ニコルやロココの事など一ミリも気にしていなかった。


 ————パン、パン。


 ジャックが手を叩くと、広間の壁に下げられていた、幾つもの松明に火が点いた。

 炎は揺らす。今の戦いで辺りに散らばった『調度品』を。

 床に落ちた奇形児を、ジャックは手で掴むと血のプールの中に落とした。

 ちゃぽん……。

 深く深く、沈む音が。


「……まだ続けるつもりか? それとも話をするのか? 選べ。場合によっては排除する」

「排除だぁ……? く、く、く、くかかかかかか……!!」

「やめろクロウ!!いい加減に……」


「ジン!! …ロココさんがっ!!」



 後ろから響いた声に迅八は振り返り、広間に浮かぶ光の結界を見た。

 その中で苦しそうに身を丸める女。泣きながらそれにすがりつくニコル。

 そして、笑顔の形に目を歪めて、クロウの腰の『ワルギリア』を見ている天使の顔を。


「ジン!! もうダメだ!! ……保たない!!」


 アゼル。

 ……迅八は、泣きながらロココの背中をさすっている少女の顔を見た。






 ————————————————






「……祭りか?」

「違うよイーストっ。ロンダルシアはいつもこうだよっ」

「…………そうだったか」


 王都ロンダルシアは、これから始まる夜の為に、熱気と喧騒で溢れていた。

 光の渦——ガス灯のぼんやりとした明かりと、魔光石の光が揺れる。


 人は光の中に何かを重ねる。

 実際の光景ではなく、その時の感情を焼き付ける。——美しい光。思い出した時に、そう思う。



「……どうしたの? イーストひどい顔してるよ」

「いつもだろう」

「あはははは……。そういえばそうかもね。私たちは、いつもそうだね……」


 ウエストはずっとイーストのマントを握っていた。手は掴まない。イーストが嫌がるからだ。


「ねえイースト。……千年の大悪魔が、あのチカラを持ってるといいね」

「……可能性は高い。そうならば、お前も救われるはずだ」

「ううん……。私はね。いいんだ。もう、あの世界に帰りたくないの」



「イーストは、やる事あるでしょ? 私ね、なんもないから……」




「だからね、私はね。……イーストの為に死ぬね」



「イースト、あなたは、誤ちを取り返して。……幸せになるの」













「……違う」



「俺は地獄に落ちる。それでいい。

 ……だが、助けなくちゃいけない奴らがいる。必ずだ。俺は必ず果たす」



「この世界にならあるはずだ。この世界なら、あるはずだ……!!」






 行き交う人々の流れの中で、いつの間にか、イーストとウエストの周りだけ、空白が出来ていた。

 年齢不詳の男。マントから顔だけを出した男が、ずっと光を見つめている。


 泣いている。男が光を見つめて涙を流している。その傍らに寄り添う美しい少女は、空っぽの目で光を見ていた。



「……気持ちわるうーい」



 誰かが言う。

 誰も、その二人のそばには近寄らなかった。






 ————————————————






「……おいティー。揃ったぜ」


 転生者ギルドの中は人でごった返していた。久しぶりの大規模討伐(レイドクエスト)に興奮し、そこかしこで気勢が上がっている。


「おいティー! マコトは来ねえのかー?」

「来たがってたけどね。今回は私がリーダーだから、言う事きいてね」


 教会と一緒になっている冒険者ギルド——転生者ギルドと呼ばれるそこの庭で、冒険者達が整列を始める。


「みんな、聞いて!! ……敵はAランクのヴァンパイアロードよ。近隣住民も被害にあっている。クエスト依頼を出せない貧しい人達が悲しんでいるの。……私たちで、地底墳墓に安息を取り戻しましょう!!」



 その光景を見ている者が二人いた。


 一人は教会の二階から。

 白銀の髪を持つ美しい天使は、その様子を静かに見ていた。


 もう一人は木の上から。

 和装の男は、治ったばかりの腕の握りを確かめるように刀を触り、薄く嗤(わら)った。



 集う舞台は西の枯れ地の地底墳墓。

 長い夜が始まる。




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