六章本編 召喚命令
俺の生まれた場所は、町とも呼べない小さな村だった。他国との国境にあるその村は、当時にしては珍しい、ちゃんとした学校があった。
……いくつもの民族が住む国。
その中でも外れに位置する俺の村は、ほとんどが主流民族の奴らで占められていた。
もっと大きな村や町なら、人口の比率も変わる。だが、その小さな村では俺の民族は少ない。いじめられた。
それでも、学校の先生は良い人だった。
俺の人生に啓示をくれた。
『暴力ではなくて、ちゃんと見返してやりなさい』
俺は勉強をした。頑張った。
いじめっ子達は、心底から嫌な奴らではなかった。——他民族の奴にも凄いやつはいる。そう認めてくれた。
俺の人生は光に包まれていた。
村一番の天才。俺は良い学校に進学した。
先生は泣いて喜んでくれた。
かつて俺をいじめていた友達。
付き合ってみるとすぐに仲良くなれたそいつらと、固い握手をして別れた。
俺は、人の役に立つ事がしたいと思うようになった。人に褒められたかった。尊敬される仕事につきたかった。けれど、俺は色んなハンデを背負っていた。
人種、経済面、誰もが諦める『運命』。
————運命を。
俺はそれを乗り越えた。
俺は、夢を叶えた。
大人になり。
幾つもの失敗が俺を切り刻む。
その頃に出会った、隣の国の一冊の本。
俺はその国が好きじゃない。
それでも、他民族にだって凄い奴はいる。
その本は俺の人生の聖書になった。
俺も、この本の主人公のようになりたい。
失敗はする。泣くこともある。
しかし、主人公は負けない。
そして、大抵誰かを助けるんだ。
俺の人生は、光に包まれていた。
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第六章 地底墳墓のジャック
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「……ふん。アホらしい宮殿だ」
熱砂の国。王区の中でも奥に位置するその宮殿の中で、千年の大悪魔はアクビをしていた。
「おうジンパチ。さっさと終わらせて帰んぞ。……チッ、サジタリアの野郎」
ロンダルシア王、アルトリウス・ロンダルシア。
迅八とクロウに興味を持った、『愚王』からの召喚命令。
クロウは気に入らない。
命令。その響きが。
「チッ。……くだらねえ話だったら殺す」
サジタリアは、死人通りのロックボトムの拠点までやってきて、直接その頭を下げて乞うた。
『魂食さま、どうか、なにとぞお願いいたします』
しかしその時、迅八達の間では新しい問題が起きていた。気が進まない迅八に、ジークエンドは言った。
『行ってこい。アルトリウスを敵に回す事は出来ん』
ジークエンド達は家にいる。
その問題に対処している。
「……ジン。おまえ、酷い顔してるぞ。大丈夫か?」
赤毛の少女がストールの奥から声を出す。アゼルだけが二人についてきた。
サジタリアと話したい事があったからだ。問題を、どうにかしたかったからだ。
宮殿に案内され、通された部屋は華美な装飾で埋め尽くされていた。あるいは、過美な装飾で。
調度品の一つ一つに金が掛かっているのが分かる。川を隔てた楽園には、粗末な物しか食べられない人間がいっぱいいるのに。
迅八達の前に置いてある三つの茶。良い匂いのする茶。ニコルが淹れる茶の、数百倍の価値を持つ液体。
その液体は、一度も口をつけられないまま、ぬるくなり下げられた。
「……失礼いたします。ロンダルシア王、アルトリウス・ロンダルシア陛下がお会いになられます。特別に、帯刀許可も下りました。皆様はそのまま……」
「はあ? ……お会いに、なられます? 特別に、許可ア〜? ……挽肉になりてえのか小僧」
部屋に入ってきた幼い少年は、クロウの声の温度だけで顔から色を失くした。
輝くような金髪。深い青の瞳。桜色の唇。……この宮殿に相応しい『調度品』のような少年。
「小僧……。誰に向かって言ったんだ? 俺様に言いやがったのか? まさか、まさか。……俺に言ったのか?」
「やめろよクロウ」
千年の大悪魔。
見た目だけではただの美しい人間。
しかし、その表情。
直視する事も出来ないその表情。
金髪の小姓は、大悪魔の横にいる少年を見た。千年の大悪魔に『やめろよ』と言える少年。救いを求めるように、彼の事を見た。
「え……」
美しい色付きガラスから入り込む光は、少年の姿を青く照らしていた。しかし、その青。
その光が、体中にまとわりついているように見える。その髪の毛が逆立って見える。
小姓が見ているその前で、黒髪の少年の目から下に、真っ直ぐ黒線が引かれてゆく。
「……ごめんな怯えさせて。さ、王サマの所に案内してくれ。ところで」
その黒髪の少年は、優しい笑顔で小姓の頭を撫でてから、こう続けた。
「……下らない用なんかじゃ、ないよな?」
ぞくりと。
小姓はなぜか、自分の背中に走る寒気を、暖かい部屋の中で感じた。
この世の贅。その全てを。
謁見の間はそんな場所だった。
赤い絨毯と金の刺繍。
天井の全てはガラスで作られており、まぶしい日の光が降り注ぐ。迅八の元の世界でも作れるかどうか分からない、ちぐはぐな世界の最先端技術。
謁見の間の両側には室内だというのに川が流れている。そこから昇る涼気を、美しい女たちが大きな団扇で部屋に送る。それだけで数十人。
天井をガラスにしなければいいだけの話だ。注いでくる熱気を遮ればいいだけの話だ。
しかし、彼女たちもやはり必要な調度品だった。『権力』。……その力を見せつける為の美しい調度品。
赤い絨毯はまっすぐに伸びる。
その脇には練度の高い兵士たちがずらりと。
——甘く見られてはいけない。
——自分達の王を甘く見させてはいけない。
謁見の間に入ってきた三人の事を、彼らは厳しい目で睨みつける。熱気のこもる広間の中で、自分たちはだらしない姿を見せるわけにはいかない。
しかし、彼らは知らない。
召喚された三人の中の一人は我慢しているだけで、その男の堪忍袋の緒が切れた時には、自分達が挽肉になることを。
絨毯は段差を上がる。
その上にある金の玉座。
誰も座っていない玉座。
「……ほう。人を呼びつけておいて後から登場か。くかかかかかか……」
「やめろよクロウ」
迅八は部屋をぐるりと見渡し、その中の一つに強く目を引かれた。
それは、玉座の後ろに浮かんでいた。
まるで、水晶で出来た玉のような。
そして、その大きさ。
直径二メートル程はあるその球体。
見ているだけでその重さも分かるし、余りにも美しい。しかし、なぜあんなものが宙に浮いているのか。
「……アゼル、あれなんだと思う」
「よく来て下さいました。魂食さま」
迅八の言葉は遮られた。
執事のような老人、冒険者ギルド大盟主——救国のサジタリア。
彼は、絨毯の上で立っている三人に向かい、迷う事なく跪いた。
兵士たちの間にざわざわと困惑が広がる。
救国のサジタリアが。
伝説の英雄が。
「……じい。行こう。陛下がお出でになる」
金髪の小姓は促すと、再び立ち上がったサジタリアと二人で、玉座の横についた。
「……ロンダルシア国王にして七つ国評議会第三議長、南の国の明けの明星、賢王アルトリウス・ロンダルシア陛下のおなーりー!!」
少年の高い声が響く。
その声と同時に、兵士たちは一斉に跪いた。
アゼルも同じように跪くと、自分の横で立ち続けている二人に気付いた。
「……おい、ジンっ。お前らも……」
謁見の間には、立っている人間が三人いた。
救国のサジタリア。彼は良い。
しかし、黒髪の転生者と、その連れの美しい男。
「貴様ら、膝を折れいっ!!」
兵士たちの一人が怒声をあげる。
抜剣する一歩手前の声。
その時、その男は玉座の奥から現れた。
「………良い。控えろ」
「陛下!! ……はっ!」
玉座の奥から現れたその男は、豪華な杖を突いていた。ふんだんに散りばめられた魔石がきらきらと光をこぼす。
片足を引きずりながら、急ぐ事なく玉座の前まで行き、ゆっくりと腰を下ろしたその男。
壮年と老境の中間、なのに、一本の白髪も混じっていない黒々とした長い髭。それを撫でつけながら男は言った。
「……済まんな。儂は足が悪いから座らせてもらう。貴君たちは立っているといい。……ところで、ボーッと突っ立ってるのは疲れないか?」
そう言って、『愚王』アルトリウス・ロンダルシアは、上段から迅八達を見下ろした。
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(……ヤバいなこれ。こいつキレる寸前だろ)
迅八の目の前の愚王は、傲慢極まりない男だった。自分達に直接声をかけない。その全ての発言を小姓の耳元でコソコソと呟き、その言葉を目の前で伝えられる。
迅八の心にも静かな苛立ちが生まれていたが、横に立っている大悪魔を見るだけで冷静になる事が出来た。
自分以外の他人が激怒しているだけで、迅八は心理的に『止める側』に回っていた。
迅八がアゼルの方を見ると、アゼルの額にも汗が浮かんでいる。
もしも、ここでクロウが暴れ出しでもしたら、この少女を危険に巻き込む事になる。そんな事は絶対に許されない。
「……おいクロウ。やめろよ。マジでやめろよ」
「あん? そりゃあれか? 前にてめえが言ってたお前の世界のお約束か? ダチョウ的なやつか?」
「ちげえよっ。マジで我慢しろって。あとでシャケフライ買ってやるから」
「ざっけんじゃねえわっ! それだって俺の金だろうが!」
「……王の御前です。控えなさい!」
小姓の言葉にクロウの顔色が変わる。
悪魔の哄笑が溢れ出る寸前、その場に厳しい声が飛んだ。
「控えるのは貴様だ。……我が友人達を愚弄するか」
王の左に立つ男、サジタリアが小姓を睨みつける。
「……じい。けど、」
「黙れ。それ以上口を開くのを許さん。……王よ。もうよいでしょう」
アルトリウス・ロンダルシアは、サジタリアを睨めつける。そして、黙って腰をあげて、迅八達を一瞥もせずに玉座の後ろに戻っていった。
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「こ、こここここ、魂食さまああああっ。……申し訳ありませぬっ。申し訳え、あぁりぃまあせえぬううううぅぅッッ!!」
救国のサジタリアが土下座している。
この世界の人間達が見たら、失神するほどの光景。それは、宮殿の庭で行われていた。さすがに辺りに人はいない。
「……このうえはああああ!! くぉの腹をカっ捌いてお詫びをををををっっ!!」
「やれ」
「え」
サジタリアの手はグランソシエに掛けられている。しかし、そこで止まった。
「やれ。梅干し……。お前の血を見せろ。そうすれば、俺様の今の気持ちが一ミリくらいは晴れるかもしれねえ……」
「なななな、なんとぉオオオ!? そんな、ご無体なっ、悪魔のようなっっ!!」
「言わねえぞ。悪魔なんだよとか言わねえ。そんなのいいから早くやれ。ギャグじゃねえぞ。……早くやれ」
「ご無体なああああああああっ!?」
すっかり毒気を抜かれた迅八は、クロウの肩に手を置いた。
「まあまあ……。もういいじゃんかよ。ほらほら、爺さんも立って立って……」
「おうコラ小僧。度量がデカいのと臆病なのは違うんだよ。俺様は、今すぐこの国を滅ぼしてもいい気持ちになってんぞ……」
「相手見て喧嘩しろって。前にお前が俺に言ったんじゃねえかよ」
「おめえは勝てねえからだ。俺は勝てる。……おめえらチンケな人間と一緒にしてんじゃねえぞコラ……」
(やだー。……こいつ凄えこえーんだけど)
迅八は忘れていた。
そういえば、この悪魔は怒ると怖い奴だった。迅八は、目の前の悪魔の形相に内心震えあがった。
「こおおおのオ……、俺様にぃィィイイ……!!」
「……やばっ、アゼル!!」
「きゃっ…」
迅八は、とっさにアゼルの事を抱きしめた。彼女を庇おうとしての行動であり、他意はなかった。
しかし、迅八は忘れていたのだ。
この場には、もう一人化け物級の男が居た事を。
————ざきんっ
聖剣は、太陽の下で光り輝いていた。その鋭い切っ先を迅八に向けて。
「……なあにしてんじゃヒヨコォ。おまえ、おまえワシの目の前で、アーゼルフィアになにしてくれてんじゃコラ……」
「え、ちょ」
————ヒュンッ
気が付いたら聖剣は迅八の真上にあった。真上というより、その頭蓋に一センチほど入り込んでいた。額から流れる血で、迅八の視界が赤く染まる。
「……動くな。一ミリでも動いたら殺す。……あと五十分」
「ご、五十分!? な、長くない!? 死んだっっ!!」
「ちょ、ちょっと待てサジタリア。そいつと俺は結ばれてる。てめえ、そいつに剣を向けるって事は、この俺様に」
「申し訳ありませぬ。致し方ありませぬ。……しかし、その際はワシも本当に腹をカっ捌きます。……地獄で詫びましょうぞ」
「た、助けてっ。クロウ助けてっ!!」
「や、やめろサジタリアっ。もう分かったからっ。もういいから!!」
「お、おじいちゃんやめてっ!! 」
「アゼルッ。その調子っ、その調子!!」
「……さっっさとアーゼルフィアから手ぇ離さんか。こォのヒヨコがあああああッッ!!」
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「しかし酷いね。さすが『愚王』。……王様って、みんなあんなもんなのかね」
「ん……。俺、……わたしも、アルトリウス陛下には初めて会ったから分からない」
アゼルが『俺』などと言う度に、サジタリアが嫌な顔をする。アゼルは面倒臭いので言葉遣いを直した。
「けど、ジークエンド達の話だと、『気に入らないけど面白い奴』みたいな感じだったけどな……」
「あーん? 王族なんてあんなもんだろ。……だが、この俺様にぃ……」
「もういいから。やめろって……」
日の光の眩しい庭園のテラス、そこで四人は座っていた。
陽光の下、花は咲き乱れ、ふんだんな水量を誇る噴水がしぶきを撒き散らす。
アゼルはサジタリアに相談したかった事を口に出した。
「……ねえおじいちゃん。お医者さまはいないかな」
「ほ? 医者? ……なんでそんなもんを。いるにはいるが、そんなもん町にでもいるじゃろ」
迅八が、その話を継ぐ。
「違うんだよ爺さん。それじゃダメなんだ。まじない師とかじゃない。ちゃんとした医者だよ」
「なんじゃ。『ちゃんとした医者』って」
「内科とか外科とか……。ああもう、なんて言えばいいんだろう。傷口を縫ったりさぁ」
「む……。戦場医の事か?」
「いるの!?」
「そりゃいるわ。そんなもんワシでも出来るぞ。そのあと回復術を掛けりゃいいだけじゃろ」
「だからそうじゃないんだよ……。病気の診断とかさあ」
「それは薬草師が出来るじゃろ」
「町にいる位の人じゃなくて、王宮付きの凄い人みたいなさあ」
「ヒヨコ。王宮付きの高位回復術師はいる。じゃが、薬草師なんて大して変わらんぞ」
「それじゃ困るんだ。診てもらいたい人がいるんだよ」
……数日前からロココの容体は急変した。
腹を押さえて苦しがった。夜は一時間おきに目を覚ました。ほんの少し容体がよくなると食事をするが、一時間後にそれを全て吐き出す。ニコルは泣きながらその看病を続けていた。
迅八はそれを見ていた。
……地獄だった。
楽園や王都の薬草師やまじない師には、すでに見せた。彼らには手の施しようがなかった。
『肌が硬くなっている部分がある。体の内部で何かが起きている』
そして、その後に彼らはこう続けた。
運命だ。天命だと。
彼女の寿命が来たのだと。
「……そんな事あるかよ。死なせねえ。死なせねえんだ」
「ヒヨコ。ワシは見てないからよく分からんが、治せない病はあるぞ。人は確かにそれを運命と呼ぶ。……しかしな、そうしないと、誰かが誰かを責める事になるぞ」
「天命とか運命とか……。決まってるみたいに言うんじゃねえっ!」
「……そうじゃない。そうじゃないんじゃ。人間は、自分を責める。他人を責める。どこかでなにかが出来たんじゃないか。そう思うんじゃ。現におまえはそうなりかけとるぞ。……その、ロココが死ねばお前は自分を責める。だがな、お前は悪くないじゃろ。そういう時に言うんじゃ。運命と言っていいんじゃ」
迅八の事を毛嫌いしているはずの伝説の勇者は、なぜか、辛抱強く諭すように言葉を続けた。
クロウは腕を組んで体を揺らしていた。
アゼルは下を向いていた。
迅八は。
「ふざっけんな……。そんな事が許せるか」
納得しなかった。
「……みなさん。こんな所にいらっしゃったんですか」
人を魅了するような高い声。
迅八たちがそちらを向くと、金髪の小姓がいつの間にか立っていた。
クロウとサジタリアは気付いていたのだろう。特に反応はしなかった。
「アルトリウス陛下からのご伝言を。……よろしいでしょうか」
「おい小僧、今は気に障る事を言うなよ。多分、誰も止めてくれねえぞ」
「……お伝えします。オズワルドの転生者、ジン。……ロンダルシア国王——アルトリウス・ロンダルシア陛下より、あなたにフォスピトン地下墳墓に生息する魔物の討伐命令が下されました。この命令は、今あなたが抱えている全ての案件より優先されます。すぐに支度を整えて、可及的速やかに、本任務に当たって下さい」
「……よく言った小僧。死ね」
「討伐対象は不死者達の王、ヴァンパイアロードとなります。生と死を司る者——死んでいるのに生きている者たちの王。生命を超えた存在です」
ピタリと。
クロウの手から伸びた爪が止まる。
「……ヴァンパイアが近くにいるのか? これは……」
「どうした? なんだよクロウ」
小姓は続ける。
「なお、この依頼は転生者ギルドの案件を王族特権で介入しています。しかし、基本的に早い者勝ちです。敵は大規模討伐対象となる程の種族ですが、転生者ギルドはすぐに人数を揃えるでしょう。
……もう一度お伝えします。オズワルドの転生者、ジンに告ぐ。
フォスピトン地下墳墓の『切り裂き』と呼ばれるヴァンパイアロードを消せ。手段は問わず。本案件は全てに優先される。急げ。……以上です」
日の光の下で、サラサラと金髪が。
小姓の瞳は、まっすぐにクロウを見ていた。
(こいつ………)
「いいですか。消すんです。頼みましたよ」
そして、小姓は去っていった。
「ヴァンパイアロードが……。おいサジタリア、本当か?」
「……ええ。だいぶ前から近隣住民達の訴えが出ております。埋葬したはずの母の墓が暴かれた。死んだはずの父を見かけた。……ヴァンパイアロードが強力なのと、激しい実害が出ていない事からクエストにはなっていなかったのですが。最近、転生者ギルドのリストに載ったようですな」
「……爺さん、リストってなに? クエストとは違うの?」
「バウンティリストじゃ。訴えがなくとも一定以上の強さを持つ魔物にはランクが付けられる。狩ってくれば賞金が出る、腕試しの格好の的じゃよ」
「ゲームみたいだな……」
そう言った迅八の頭の中に、サグラダやティーの顔が浮かんだ。
(攻略、とか言ってたな。あいつら……)
「おう梅干し。おめえは冒険者ギルド大盟主じゃねえのか? 転生者ギルドのリストってなんだ? 冒険者ギルドにはねえのか?」
「ありませぬ。……バウンティリストは転生者達が始めたものです。報酬の財源も彼らから出ております」
「おめえ、自分の家の管理ができてねえんじゃねえのか?」
「…………」
「しかし、ヴァンパイアロードか。……どうするか」
「ん、どうしたんだよクロウ」
「チッ。……めんどくせえ」
ヴァンパイアロード。
その名前を聞いた時からクロウの様子がおかしい。怒りはいつの間にか消えているようだった。
しかし、その代わりに浮かんできたもの。明らかな、思案顔。
「……ジンパチ。どうする。道は出てきたぞ」
「だからなにが? なんの話だよ」
「クロウ。正気か? 」
アゼルが口を挟む。
その声も困惑に溢れていた。
「なんだよお前まで。どうしたんだよ二人とも」
「いいかジン。ヴァンパイアロードは、不死族の仲間を作る事が出来る。下位のヴァンパイアや、ゾンビと言われる動く死体だ。生命と死を超えた存在だ」
「だからなんなんだよ。なんとなくは知ってるよ。俺の世界の話とは違うのかもしれないけど」
「……確かに、昔からそれを試す奴らはいる。けど、どうなるかなんて分からない! 許されるのか? 本気かクロウ!?」
「決めるのはジンパチだ」
「だからなに言ってんだよお前ら。説明しろ説明を!!」
「……ロココを不死族にする。あいつを助けるには、おそらくそれ以外に道はねえ」
……涼やかな風が。
背中に入りじっとりと。
「おまえ、ちょっと待て。……ゾンビって」
「待て。まだ分からねえ。なにも分からねえんだ。いいか? 俺様もイエリアも、不死族だが自分の仲間を増やす能力なんてねえ。ヴァンパイアは別物だ。……あいつらは数が少ない。俺様だって、ヴァンパイアロードなんざ数える位しか見たことねえ」
「ヴァンパイアって、有名なんじゃねえのかよ……」
「有名だぜ。……仲間を無尽蔵に増やすんだ。危険度は折り紙付きだが、その分、奴らは数が少ない。あいつらが大量にいたら、世界なんてすぐに征服されてるわ」
伝説の勇者は一人で目を閉じていた。しばらくの静寂のあと、豊かな髭を撫でつけて口を開く。
「……不死族にするかしないかはともかくとして、不死者たちの王。……そいつに会ってみれば、なにかがあるかもしれませんな」
————————————————
ロンダルシア——楽園側の西方には枯れた大地が広がる。砂漠ではない。水が枯れたひび割れた大地だ。
フォスピトン地底墳墓。
その『遺跡』はそこに存在していた。
「……ねえねえジンー。やっぱりオレが強いから? 頼りになるからあ?」
「そうだよ。お前の事を頼りにしてるぞ。頼んだ」
金紗の髪を揺らす少年。
その服装は、黄色いコートに変わっていた。
「ねえねえ。黄色と黒ってさあ。並ぶと映えるよねえ」
「イエリア。結界を途切れさせるなよ」
「はーーーい!!」
「ニコ、イエリアから離れるな。俺からもな」
「……にいちゃん」
そっと。
迅八の左手を掴む力。
「運命だと? ……ふざけやがって」
その手を。
「アゼル。ニコルは頼む」
「待てよ。おまえ大丈夫か?」
その言葉には返さずに、そっとニコルの手をアゼルに渡す。
「大丈夫だよ俺は。お前もニコルも。必ず俺が守る」
千年の大悪魔はそのたくましい背中に女を背負っていた。蛍の光のような女を。
しかし、その光はもう消えかけている。
「クロウさま……。申し訳ありません」
「黙ってろ。舌噛むぞ」
目の前には遺跡の入り口が見える。
フォスピトン地底墳墓。
黒髪の少年は振り返る事なくその足を進める。
十二使徒
千年の大悪魔
ロックボトム
オズワルドの転生者
そして、亜人の親子。
彼らは深い闇へと降りる。
日の光の届かない世界へと。
————どくん
誰かの心音か。
その音は、まだ誰の耳にも聞こえない。
その音は、クロウが背負う女の体の中で、深く静かに鳴っていた。




