外伝 大切な言葉を
また、今日が終わった。
あれから二週間くらい経って、母さんも俺も、少しだけみんなに慣れた。——ロックボトム。忌々しい大悪党。
食事を済ませたあと、俺はシズねえちゃんと一緒に洗い物をした。この人たちは優しい。優しいのか優しくないのか、よく分からない人もいるけれど。
「おやすみにいちゃん」
「ふわぁ〜……また明日〜」
ジンにいちゃんが、ひらひらと手を振って、クロウと一緒に階段を上がってゆく。俺と母さんにあてがわれた部屋は一階だから、階段の下で別れた。
ジンにいちゃんは、頼もしくて優しい。けど、クロウの大きな背中の後ろに並んでるジンにいちゃんは、まるで『にいちゃん』じゃなくて、弟みたいだった。
母さんは二人の姿が見えなくなるまで、ずっと頭を下げていた。
「……こら、ニコ」
二人の姿が二階に消える。
すると、母さんが小さな声と一緒に俺を突ついた。
「ダメでしょ。私たちは使用人なのよ。クロウ様の事も呼び捨てなんかにして」
「けど、クロウはダメだって言わないよ。初めは言われたけど、あれは冗談なんだって。ジンにいちゃんが言ってたもん。だから大丈夫なんだよ」
母さんは小さくため息をついた。
「もう……。ジンの言う事ばっかり聞くようになって」
アゼルねえちゃんがジークエンド様にお願いしてくれて、俺と母さんはこの家に住む事になった。
なにがなんだか分からない母さんは、初めひどくビクビクとしていたし、混乱していた。
……けど、二週間前のあの日。この家の最初の夜。
母さんは、クーロンとずっと話していた。
俺はその内容は聞いていないけれど、クーロンは母さんの頭を胸に抱いて話をしていた。子供を落ち着かせるみたいに、頭を撫でながら。
母さんは、『母さん』だ。
大人だし、子供じゃない。
けど、あの日の夜。
母さんはクーロンの胸の中で泣いていて、俺はそれを見ないようにしたし、なんで泣いているのかも、考えないようにした。
次の日、俺と母さんはみんなの前で挨拶をした。
「……ロココと申します。娘と一緒にこのお館でお世話になる事になりました。精一杯、皆さまに尽くさせて頂きますので、なにとぞ、」
「ほう。じゃあまず俺様に尽くしてもらおうか……」
「フンッッ!!」
「アヘンッッ!!」
「いっっっだあああぁぁいっ!! クーロン、いっだあああいっ!! やめ……、俺の事も考えてよっ!!」
クロウは千年の大悪魔だって言うけれど、あんまり怖がられてないみたいだった。
痛がるクロウとにいちゃんを、クーロンと大きな男の人が引きずっていった。
「全くあいつらは……」
残っていた薄青の髪の男の人。
とっても綺麗な顔をした眼鏡の人が、急に母さんの頬に手を当てた。
「ふん。あんた僕の部屋に来なさい。そっちのちっこいの……ニコルでしたっけ? シズと一緒に掃除しときなさい。……シズ、七十点以下だったらもやし十袋……いや、三十袋ですからね」
「ひっっ!! ……ニコ、やるです!! あの人はこわい、です!!」
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その部屋は、とても綺麗に整頓された部屋だった。
コルテはついてきた女を部屋に入れると、後ろ手に扉を閉めた。
「…………………………」
女はコルテの事を見上げてから、一度だけその目を伏せた。そして、己の着ていた粗末な服を脱ぐ。
それを見ていたコルテは何も言わなかった。手間が省けて良かったと考えていた。
「……カーテンを、閉めてもよろしいでしょうか」
「ダメです」
日の光が女の姿を後ろから照らす。
その女は美しかったが、蛍の光のような儚い女だった。
燦々とした日の光の下で、その女——ロココは光に包まれて消えてしまいそうにコルテには見えた。
……裸の女が自分の足元を見ている。
その手で己の体を隠す事もしない。
ただ、先ほどまで毅然と張られていた背筋が、まあるく曲線を描いていた。
「横になんなさい」
女はベッドの上で横になり、目を閉じた。
「触りますよ」
ロココは思う。別に自分に断る必要などない。世話になるという事は、こういう事だ。
「コルテ様……」
「はい?」
「ニコは、ニコルは、あの子は、あの子だけは、」
「……はー。はいはい。…………チッ。めんどくせえ。なんだって僕が」
男の手が乱暴に動く。
その手は乳房の上を這う。
「ちょっとチカラ入れますよ」
「はい。お好きなように」
「あんた、………はぁ。はいはい」
「……ここは?」
「なにが、でしょうか」
「痛くねえかって聞いてるんです」
「いえ、大丈夫です。お好きなように」
「だから……あーめんどくせえ。ここは痛くねえんですね。じゃ、こっちは?」
「なんでさっきからそんな所を」
「もーー!! いいから答えなさいって!! ここは!?」
「は、はい……。痛くはありません」
「……ん。おい、ここは?」
「……ッッ! 痛い、やめ、やめて」
「ふうん…。どんな風に?」
「痛い、やめてっ痛くしないで。……お願いですから。痛くしないで」
「……本当にイラつきますね。はぁ……もういい。服を着なさい」
ロココが目を開けると、自分に背中を向ける男の姿が目に入った。
元から置いてあったのか、テーブルの上から水差しを取り、その中に入っていた色のついた液体をグラスに注いだ。
「コルテ様、あの……」
「いいから。服着なさいって」
ベッドの横、ランタンが置かれた台の上に茶色い液体が入ったグラスを置く。
ロココは裸のまま、黙ってそれを見ていた。
「……ふぅ。クーロンからは何も聞いてないんで? 別にあんたにそんな事を求めてない。さっさと着なさい」
「ですが……」
「うるせえッッ!! ダラダラ言ってねえでさっさとしろっ ……って言いますよ他の奴だったら。僕の場合はもっとキツく言うんで、早くしなさい」
「は、はい……!!」
ダークエルフの女、クーロンからは昨日言われていた。この家ではそれは求められないと。しかし、ロココはその言葉を信じなかった。
あるいは、クーロンは恵まれた亜人で、男というものをよく知らないのだと思った。しかし、それでもいい。
ロックボトムはこの町の強者だ。
彼らに庇護してもらえるのなら。
ニコルさえ幸せになれるなら。
服を着て、ロココはそのままぼんやりと座っていた。何を、どうすればいいのかがわからない。
すると、コルテが先ほど置いたグラスを、ロココに目でうながした。
「……はい?」
「飲みなさい。……まあ、別にこれは無理強いじゃないんで。喉渇いてたらですけど」
「……いただきます」
それは、優しい味のするお茶だった。
ぬるくなってしまったそれは、ロココの緊張した心を少しだけ落ち着かせた。
「……この家であんたがする事は、家事だけです。まあ、時々おかしな事も言われるかもしれねえですが。僕は……、あーー、あれです。変態なんです。時々、無性に女の肌に触りたくなるんです。それには付き合いなさい」
「はい。でしたら今から……」
「だからいいんですって!!」
ロココには、目の前の男が言っている事が支離滅裂に感じられた。
一体、自分が何を求められてここに居るのかが分からない。
「あとね、あんた。……クーロンがあんたになんて説明したのかは知らねえですけど、あいつはそんな事をしろなんて言ってないはずです。けど、初めはクーロンの説明を信じられねえでしょ」
ロココはそれには答えない。コルテは続ける。
「だけどあんた、……間違っても、ジークエンドとアマレロに、そんな事を言ったりやったりすんじゃねえですよ。ジークエンドはアゼルに頼まれてるから我慢すると思いますけど、アマレロは『侮辱された』って感じるかもしれません。……そしたらあんた、次の瞬間には頭が吹っ飛ばされる事もありますからね」
「コルテ様。……お聞きしたいのですが、私は何をすればいいのですか? なぜこの部屋に?」
「……もう終わった。満足したから戻りなさい。今日はシズとニコルと一緒に掃除でもしてなさい」
「はあ……」
ロココは不安な顔で出て行った。
一人になった部屋の中で、コルテはベッドの上に座った。ロココが座っていた場所がへこんでいる。
そこに手を這わせると伝わる人の熱、まだ残る温もり。
「んー、わからねえ。僕は医者じゃねえですし」
今の触診も見よう見まねだ。
体のどこにも傷は見当たらなかった。
異状だってわからない。しかし。
「……肌が、硬くなっている部分があった。あの女の体の内部で、なにが起きてる?」
娼婦が罹る代表的な病気——それらは末期になれば、外見が著しく変化するものもある。
男たちはそれを熟知している。特に享楽を好む冒険者達は、女以上にそれに詳しい。色街でおかしな女の相手をしない為だ。
コルテは特にそれを好まないが、知識としては知っている。
「粘膜の部分に異状は見られない。……女だけにある乳房にも異状はない。特有の性病じゃあねえって事か?」
ロココは、美しい女だった。
しかし、病的だった。
服を着ている時には分からなかったが、痩せた体とかさかさに乾いた肌。コルテには、クロウのように死の匂いを感じ取る事など出来ない。
それでも感じた。——あの女は長くない。
「単に栄養不足なのか? ……けど、あの硬い肌は、なんだ?」
コルテはアゼルに、ロココの事を見てやってくれと頼まれた。
コルテは医者ではない。アゼルだってそんな事は分かっている。それでも、アゼルは泣きながらコルテに言ってきた。
「はぁー。……ジンだけかと思ったら。うちのお姫さんも厄介事を抱えてきやがって」
コルテは知らない。
アゼルも知らない。
この世界の医療は遅れている。魔術がある事により一部の科学が発達していないように、回復術がある事により医療が発達していない。
回復術により治せないものは、天命として受け容れられる風潮がある。
もちろん医者は存在する。しかし、それはほとんどが薬草の調合師だったり、迅八の元の世界で言えば、まじない師のような者が多い。
「どうにもならねえ。あの女は死ぬ。……どうすんですコレ」
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また、今日が終わった。
今日は、ジークエンドさまに絵をもらった。
「……ふむ。動くな」
居間の掃除をしていたら、廊下でイライラと歩き回っていたジークエンドさまが入ってきた。
「……ふむ。ふむふむ」
サラサラと。
ジークエンドさまが手元の紙に筆を走らせる。五分くらいしたあと、その紙を俺にくれた。
「ふむ。六十点」
そこに描かれていたのは俺の顔だった。
夜。食事をしてからシズねえちゃんにお風呂に入れてもらう。
川でする水浴びじゃなくて、温かいお湯と良い香りの石鹸。……階段の下でにいちゃんと会う。
「おやすみにいちゃん」
「ふぁ〜。……はいよ、また明日」
部屋に戻ると母さんとクーロンが話していた。俺の頭を撫でてから、クーロンは部屋を出て行った。
クーロンは、とっても綺麗で、優しくて、しかも凄く強いらしい。ロックボトムの人達の中でも、一番母さんに構ってくれている。
「……………………はっっ!!」
夜中に目が覚める。
鼻がない男が俺の上にのしかかってきて、耳がない男の影が笑っている。
べしゃり。顔にはどろどろとした液体が落ちてきて、垂れ下がったアゴから長い舌が伸びる。
「……は、はっ、は、はっ……!」
叫びだしそうになるのをこらえる。
もう何度も見ている夢。
横で寝ている母さんを見る。
母さんは、寝ながら泣いていた。
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また、今日が終わった。
「……おいアゼル。お前もちゃんとやれよ」
「なんで俺がそんな事をしなくちゃいけないんだよ。お前がやれよ。タダ飯食らい」
「そうです。お兄ちゃんがやる、です!!」
「お前も俺と立場一緒だよねっ!?」
今日は庭の草むしりをした。
大変だろうと言って、にいちゃん達が手伝ってくれた。
アゼルねえちゃんは俺の顔を見ない。
ねえちゃんは、俺に言った。
『自分であの服を着て一人で歩いていたら、悪い奴に襲われたって言え』
けど、クーロンが教えてくれた。
それは、俺と母さんをこの家に住ませる為の事だったって。その事をねえちゃんは気にしてるみたいだった。ひどい事を言ったって。
「アゼルねえちゃん」
俺が言うと、ねえちゃんは目を泳がせた。
「ねえちゃんも一緒にやろうよ」
「ん……、まあ、仕方ないか」
みんなで作業しながら、俺はねえちゃんと二人きりになれる時を待った。
コルテさまがシズねえちゃんを呼びにきて、にいちゃんもそれについていった。
アゼルねえちゃんと二人きりになった俺は言う。
「ねえ、ねえちゃん。ありがとうね」
「え、」
「ありがとね。ねえちゃん」
「…………」
ねえちゃんは、ぎゅっと俺を抱きしめて、俺はなんだかわからないけど泣いてしまった。
シズねえちゃんとアゼルねえちゃん、三人で風呂に入る。
階段の下でにいちゃんといつもの会話。
「にいちゃん。また明日ね」
「おーう、またな」
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また、今日が終わった。
今日はにいちゃんに町の案内をした。
大きな男の人——アマレロも、暇だからと言って一緒に来た。
「ねえねえアマレロ。コロッケ食いたい」
「お〜? 坊主、おまえ俺にたかってやがんのか?」
なんだかんだと買ってくれる。
にいちゃんは頼もしくてかっこいいけど、ロックボトムの人達の中にいると幼く見えた。
……にいちゃん自身は気付いてないのかもしれないけど、なんだか、母さんに甘える俺みたいだ。
「お〜、ニコル。おまえも食えよ。もっとでかくなれよおめ〜よ〜」
アマレロは、一番よくわからない人だった。うまく説明しずらい。
ロックボトムはみんな優しい。少なくとも、俺には優しい。母さんにも。
アマレロもそうなんだけど、……うまく言えない。本当に、アマレロはよくわからない人だ。
アマレロは、俺と母さん用に部屋着を買ってくれた。柔らかな綿の服。
風呂上がり。
綿の服に着替えた俺は、階段の下でにいちゃんを待つ。
「……お。なんだよニコ。それ、アマレロに買ってもらったやつ? もっと可愛くなっちゃったな」
にいちゃんが俺を抱えあげようとして、脇の下に手を入れてくる。けど、それよりも早く、俺の体は後ろに引っ張られた。
「……うふふ。耳、ですっ!!」
「ちょ、やだぁ……耳やだあっ!!」
「お、おいシズ。程々にしておけよ」
「に、にいちゃんっ。また明日ね!!」
「おう。また明日」
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また、今日が終わった。
今日は綺麗になった庭で、みんなで食事をした。にいちゃんがやろうって言い出した。
「バーベキューだよバーベキュー。……俺、こういうのに憧れてたんだよね」
熱した鉄板の上で、じゅうじゅうと肉や野菜が焼かれる。ふわふわと漂っているいい匂い。
「おうジンパチ。シャケ焼けよ。シャケだけ焼いとけ」
「肉ッ。肉焼くっす! ……あっしは肉食系女子でやんすよ」
「HAHAHA……。キリエ、その肉は僕が狙ってたやつだぞ。僕の青眼は誤魔化せないっ。早く返せよ!!」
「ねえジン……。ほら、あーんして、あーーん……」
「お前らなんでいるんだよ。帰れよ。……あとキリエ。お前、おかしいだろ。口調が微妙におかしいだろ」
一人は知っている。
あの日、俺と一緒にいてくれた男の人だ。凄く可愛い顔をしていて、信じられないけど天使だっていう。
あとの二人は知らない。
金髪の男の人と、黒髪の女の人。
……バタバタ騒がしい鉄板の周りで、他の人達はお酒を飲んだりしていて、母さんは笑いながらクーロンと話していた。
シズねえちゃんとアゼルねえちゃんも、焼かれた肉を仲良く食べていた。
にいちゃんは焼くのに忙しくて何も食べていない。けど、なんか嬉しそうだった。
「……ヘイ、ジン。まだ国王から召喚命令は出てないのか?」
「へ? なんでお前ら知ってんの? まだだけど」
「そりゃ当事者だからな。そうか、まだか。……なんか面白い事を言われたら教えろよ。ボク達トモダチだろ? 」
「なに言ってんのおまえ。人の事を殺しかけておいて」
「おまえが暴れた後始末は誰がやったと思ってるんだっ。このモンキーがっ!!」
その後も、騒がしく食事は進んだ。
俺とにいちゃん、シズねえちゃんで後片付けをする。母さんは家の中でなにかしていた。
大きな鉄板に水をかけてゴシゴシとこすっていると、食事中も一人だけ家の中に居たジークエンドさまが、外に出てきた。
いつも通りゆっくりと歩いてきたジークエンドさまは、俺のそばまで来ると、手に持っていた一枚の紙を俺に渡してきた。
「……ふむ。八十点」
それだけ言って、また帰ってしまった。
手ぬぐいで綺麗に手を拭いて、渡された紙を広げる。そこには、さっきまでの光景が描かれていた。
忙しそうに肉を焼いているにいちゃん。その周りで騒いでいる人たち。
そして、笑いながらそれを見ている俺。
……風呂上がり。階段の下でにいちゃんを待つ。
「あ、にいちゃん」
「どした? ニコ」
手に持っていた紙を見せる。
「……うわ、これジークエンドさんが描いたの? さすがプロだな」
その絵は、なんだかとっても温かくて、幸せそうで、俺には正直言って、……自分が描かれているとは思えなかった。
「けど、ニコは実物の方がもっと可愛く笑ってるよ。あの人もまだまだだねー。はは、は……」
にいちゃんが俺の後ろを見る。
ひきつった顔で。
「に、ニコ。んじゃ俺寝るから!!」
「あ、にいちゃんっ」
「おう。また明日っ!!」
逃げるように階段を上がっていくにいちゃん。後ろの気配に俺が振り返ると、ジークエンドさまが立っていた。
「ジン。言ってくれるな………む」
俺の顔を覗き込む。
「ふむ。なるほどな。おまえはジンの前ではその顔か。百点……に、近いか」
——百点は存在しないからな。
なんだか一人ごとを呟いて、一人で納得して、ジークエンドさまも自分の部屋に行ってしまった。
「…………あ」
夜中に目を覚ます。
母さんが隣で、寝ながら泣いている。
そして、自分の頬も濡れているのに気がついた。怖い夢は見ていない。
ねえ
にいちゃん
あたし達ね
きっと、かわいそうなんだね
それに気付いちゃったんだね
ねえにいちゃん。
……初めてにいちゃんに会ったあの日、にいちゃんは帰る時に、「またな」って言ってくれたの。本当にそれが嬉しくて。
毎日まいにちね。楽園で起きて王都に『仕事』にいく。時々、誰かに悪口言われたり、胸ぐらを掴まれたりする。けど、仕方ないよね。だってあたしはそういう事をしてるんだもん。悪いのはあたしだよね。それも知ってるんだ。
にいちゃんを連れていったあのお店を、毎日まいにち遠くから見ていた。いつかあそこに母さんを連れていってあげたいなって。
昔、本当にむかし。あそこで食べた食事が美味しかったんだって。母さんはいつも言っていたから。
毎日宝物が増えていく。
ジークエンドさまにもらった絵も、コルテさまがくれるんだけど、もったいなくて食べられないお菓子も。
シズねえちゃんはいつもあたしを構ってくれて、アゼルねえちゃんもクーロンも優しくしてくれる。アマレロも服を買ってくれたり、みんなが優しくしてくれる。
けどね、にいちゃん。
母さんはいつも寝ながら泣いていて、あたしも気がつくと同じなの。
なんで、あたし達は泣いちゃうんだろうね。
ねえにいちゃん。
ありがとうね。
「またな」って言ってくれて。
それがね、あたしの中で、一番の宝物なの。
あたしね、毎日まいにち、寝る前に不安になっていた。あしたは、どうなるんだろう。
明日も、あたしはちゃんと生きていけるんだろうかって。
世界は弱い人間に優しくなくて、あたしなんて、いつダメになってもおかしくない。
それでも、あたし達みたいな弱い人間は、「魔法の言葉」で命を繋ぐの。
けどね。きっと本当の魔法の言葉は、にいちゃんが言ってくれた言葉なんだね。
……命を繋ぐ言葉を。
今日から明日へと繋ぐ言葉を。
あたしが一人じゃないよって。
教えてくれる言葉を。
「またあしたね。にいちゃん」
それだけで、今日もあしたも、生きていけるの。
……ありがとうね。たいせつなことばを。




