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アゲイン×2 《クロスツー》  作者: 紺堂 悦文
第五章 魔法の言葉
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外伝 大切な言葉を

 





 また、今日が終わった。






 あれから二週間くらい経って、母さんも俺も、少しだけみんなに慣れた。——ロックボトム。忌々しい大悪党。


 食事を済ませたあと、俺はシズねえちゃんと一緒に洗い物をした。この人たちは優しい。優しいのか優しくないのか、よく分からない人もいるけれど。



「おやすみにいちゃん」

「ふわぁ〜……また明日〜」


 ジンにいちゃんが、ひらひらと手を振って、クロウと一緒に階段を上がってゆく。俺と母さんにあてがわれた部屋は一階だから、階段の下で別れた。


 ジンにいちゃんは、頼もしくて優しい。けど、クロウの大きな背中の後ろに並んでるジンにいちゃんは、まるで『にいちゃん』じゃなくて、弟みたいだった。

 母さんは二人の姿が見えなくなるまで、ずっと頭を下げていた。


「……こら、ニコ」


 二人の姿が二階に消える。

 すると、母さんが小さな声と一緒に俺を突ついた。


「ダメでしょ。私たちは使用人なのよ。クロウ様の事も呼び捨てなんかにして」

「けど、クロウはダメだって言わないよ。初めは言われたけど、あれは冗談なんだって。ジンにいちゃんが言ってたもん。だから大丈夫なんだよ」


 母さんは小さくため息をついた。


「もう……。ジンの言う事ばっかり聞くようになって」


 アゼルねえちゃんがジークエンド様にお願いしてくれて、俺と母さんはこの家に住む事になった。

 なにがなんだか分からない母さんは、初めひどくビクビクとしていたし、混乱していた。


 ……けど、二週間前のあの日。この家の最初の夜。


 母さんは、クーロンとずっと話していた。

 俺はその内容は聞いていないけれど、クーロンは母さんの頭を胸に抱いて話をしていた。子供を落ち着かせるみたいに、頭を撫でながら。


 母さんは、『母さん』だ。

 大人だし、子供じゃない。

 けど、あの日の夜。


 母さんはクーロンの胸の中で泣いていて、俺はそれを見ないようにしたし、なんで泣いているのかも、考えないようにした。






 次の日、俺と母さんはみんなの前で挨拶をした。


「……ロココと申します。娘と一緒にこのお館でお世話になる事になりました。精一杯、皆さまに尽くさせて頂きますので、なにとぞ、」

「ほう。じゃあまず俺様に尽くしてもらおうか……」

「フンッッ!!」


「アヘンッッ!!」

「いっっっだあああぁぁいっ!! クーロン、いっだあああいっ!! やめ……、俺の事も考えてよっ!!」



 クロウは千年の大悪魔だって言うけれど、あんまり怖がられてないみたいだった。

 痛がるクロウとにいちゃんを、クーロンと大きな男の人が引きずっていった。


「全くあいつらは……」


 残っていた薄青の髪の男の人。

 とっても綺麗な顔をした眼鏡の人が、急に母さんの頬に手を当てた。


「ふん。あんた僕の部屋に来なさい。そっちのちっこいの……ニコルでしたっけ? シズと一緒に掃除しときなさい。……シズ、七十点以下だったらもやし十袋……いや、三十袋ですからね」

「ひっっ!! ……ニコ、やるです!! あの人はこわい、です!!」






 ————————————————

 ————————————————






 その部屋は、とても綺麗に整頓された部屋だった。

 コルテはついてきた女を部屋に入れると、後ろ手に扉を閉めた。


「…………………………」


 女はコルテの事を見上げてから、一度だけその目を伏せた。そして、己の着ていた粗末な服を脱ぐ。

 それを見ていたコルテは何も言わなかった。手間が省けて良かったと考えていた。


「……カーテンを、閉めてもよろしいでしょうか」

「ダメです」


 日の光が女の姿を後ろから照らす。

 その女は美しかったが、蛍の光のような儚い女だった。

 燦々(さんさん)とした日の光の下で、その女——ロココは光に包まれて消えてしまいそうにコルテには見えた。


 ……裸の女が自分の足元を見ている。

 その手で己の体を隠す事もしない。

 ただ、先ほどまで毅然と張られていた背筋が、まあるく曲線を描いていた。


「横になんなさい」


 女はベッドの上で横になり、目を閉じた。


「触りますよ」


 ロココは思う。別に自分に断る必要などない。世話になるという事は、こういう事だ。


「コルテ様……」

「はい?」

「ニコは、ニコルは、あの子は、あの子だけは、」

「……はー。はいはい。…………チッ。めんどくせえ。なんだって僕が」


 男の手が乱暴に動く。

 その手は乳房の上を這う。


「ちょっとチカラ入れますよ」

「はい。お好きなように」

「あんた、………はぁ。はいはい」






「……ここは?」


「なにが、でしょうか」


「痛くねえかって聞いてるんです」


「いえ、大丈夫です。お好きなように」


「だから……あーめんどくせえ。ここは痛くねえんですね。じゃ、こっちは?」


「なんでさっきからそんな所を」


「もーー!! いいから答えなさいって!! ここは!?」


「は、はい……。痛くはありません」













「……ん。おい、ここは?」


「……ッッ! 痛い、やめ、やめて」


「ふうん…。どんな風に?」


「痛い、やめてっ痛くしないで。……お願いですから。痛くしないで」



「……本当(ほんっとー)にイラつきますね。はぁ……もういい。服を着なさい」






 ロココが目を開けると、自分に背中を向ける男の姿が目に入った。

 元から置いてあったのか、テーブルの上から水差しを取り、その中に入っていた色のついた液体をグラスに注いだ。


「コルテ様、あの……」

「いいから。服着なさいって」


 ベッドの横、ランタンが置かれた台の上に茶色い液体が入ったグラスを置く。

 ロココは裸のまま、黙ってそれを見ていた。


「……ふぅ。クーロンからは何も聞いてないんで? 別にあんたにそんな事を求めてない。さっさと着なさい」

「ですが……」

「うるせえッッ!! ダラダラ言ってねえでさっさとしろっ ……って言いますよ他の奴だったら。僕の場合はもっとキツく言うんで、早くしなさい」

「は、はい……!!」


 ダークエルフの女、クーロンからは昨日言われていた。この家ではそれ(・・)は求められないと。しかし、ロココはその言葉を信じなかった。

 あるいは、クーロンは恵まれた亜人で、男というものをよく知らないのだと思った。しかし、それでもいい。


 ロックボトムはこの町の強者だ。

 彼らに庇護してもらえるのなら。

 ニコルさえ幸せになれるなら。


 服を着て、ロココはそのままぼんやりと座っていた。何を、どうすればいいのかがわからない。

 すると、コルテが先ほど置いたグラスを、ロココに目でうながした。


「……はい?」

「飲みなさい。……まあ、別にこれは無理強いじゃないんで。喉渇いてたらですけど」

「……いただきます」


 それは、優しい味のするお茶だった。

 ぬるくなってしまったそれは、ロココの緊張した心を少しだけ落ち着かせた。


「……この家であんたがする事は、家事だけです。まあ、時々おかしな事も言われるかもしれねえですが。僕は……、あーー、あれです。変態なんです。時々、無性に女の肌に触りたくなるんです。それには付き合いなさい」

「はい。でしたら今から……」

「だからいいんですって!!」


 ロココには、目の前の男が言っている事が支離滅裂に感じられた。

 一体、自分が何を求められてここに居るのかが分からない。


「あとね、あんた。……クーロンがあんたになんて説明したのかは知らねえですけど、あいつはそんな事をしろなんて言ってないはずです。けど、初めはクーロンの説明を信じられねえでしょ」


 ロココはそれには答えない。コルテは続ける。


「だけどあんた、……間違っても、ジークエンドとアマレロに、そんな事を言ったりやったりすんじゃねえですよ。ジークエンドはアゼルに頼まれてるから我慢すると思いますけど、アマレロは『侮辱された』って感じるかもしれません。……そしたらあんた、次の瞬間には頭が吹っ飛ばされる事もありますからね」


「コルテ様。……お聞きしたいのですが、私は何をすればいいのですか? なぜこの部屋に?」


「……もう終わった。満足したから戻りなさい。今日はシズとニコルと一緒に掃除でもしてなさい」


「はあ……」



 ロココは不安な顔で出て行った。






 一人になった部屋の中で、コルテはベッドの上に座った。ロココが座っていた場所がへこんでいる。

 そこに手を這わせると伝わる人の熱、まだ残る温もり。


「んー、わからねえ。僕は医者じゃねえですし」


 今の触診(しょくしん)も見よう見まねだ。

 体のどこにも傷は見当たらなかった。

 異状だってわからない。しかし。


「……肌が、硬くなっている部分があった。あの女の体の内部で、なにが起きてる?」


 娼婦が罹(かか)る代表的な病気——それらは末期になれば、外見が著しく変化するものもある。


 男たちはそれを熟知している。特に享楽を好む冒険者達は、女以上にそれに詳しい。色街でおかしな女の相手をしない為だ。

 コルテは特にそれを好まないが、知識としては知っている。


「粘膜の部分に異状は見られない。……女だけにある乳房にも異状はない。特有の性病じゃあねえって事か?」


 ロココは、美しい女だった。

 しかし、病的だった。

 服を着ている時には分からなかったが、痩せた体とかさかさに乾いた肌。コルテには、クロウのように死の匂いを感じ取る事など出来ない。

 それでも感じた。——あの女は長くない。


「単に栄養不足なのか? ……けど、あの硬い肌は、なんだ?」


 コルテはアゼルに、ロココの事を見てやってくれと頼まれた。

 コルテは医者ではない。アゼルだってそんな事は分かっている。それでも、アゼルは泣きながらコルテに言ってきた。


「はぁー。……ジンだけかと思ったら。うちのお姫さんも厄介事を抱えてきやがって」



 コルテは知らない。

 アゼルも知らない。

 この世界(・・・・)の医療は遅れている。魔術がある事により一部の科学が発達していないように、回復術がある事により医療が発達していない。

 回復術により治せないものは、天命として受け容れられる風潮がある。


 もちろん医者は存在する。しかし、それはほとんどが薬草の調合師だったり、迅八の元の世界で言えば、まじない師のような者が多い。



「どうにもならねえ。あの女は死ぬ。……どうすんですコレ」






 ————————————————

 ————————————————






 また、今日が終わった。




 今日は、ジークエンドさまに絵をもらった。


「……ふむ。動くな」


 居間の掃除をしていたら、廊下でイライラと歩き回っていたジークエンドさまが入ってきた。


「……ふむ。ふむふむ」


 サラサラと。

 ジークエンドさまが手元の紙に筆を走らせる。五分くらいしたあと、その紙を俺にくれた。


「ふむ。六十点」


 そこに描かれていたのは俺の顔だった。


 夜。食事をしてからシズねえちゃんにお風呂に入れてもらう。

 川でする水浴びじゃなくて、温かいお湯と良い香りの石鹸。……階段の下でにいちゃんと会う。


「おやすみにいちゃん」

「ふぁ〜。……はいよ、また明日」


 部屋に戻ると母さんとクーロンが話していた。俺の頭を撫でてから、クーロンは部屋を出て行った。

 クーロンは、とっても綺麗で、優しくて、しかも凄く強いらしい。ロックボトムの人達の中でも、一番母さんに構ってくれている。













「……………………はっっ!!」


 夜中に目が覚める。

 鼻がない男が俺の上にのしかかってきて、耳がない男の影が笑っている。

 べしゃり。顔にはどろどろとした液体が落ちてきて、垂れ下がったアゴから長い舌が伸びる。


「……は、はっ、は、はっ……!」


 叫びだしそうになるのをこらえる。

 もう何度も見ている夢。

 横で寝ている母さんを見る。

 母さんは、寝ながら泣いていた。






 ————————————————






 また、今日が終わった。




「……おいアゼル。お前もちゃんとやれよ」

「なんで俺がそんな事をしなくちゃいけないんだよ。お前がやれよ。タダ飯食らい」

「そうです。お兄ちゃんがやる、です!!」

「お前も俺と立場一緒だよねっ!?」



 今日は庭の草むしりをした。

 大変だろうと言って、にいちゃん達が手伝ってくれた。


 アゼルねえちゃんは俺の顔を見ない。

 ねえちゃんは、俺に言った。

『自分であの服を着て一人で歩いていたら、悪い奴に襲われたって言え』


 けど、クーロンが教えてくれた。

 それは、俺と母さんをこの家に住ませる為の事だったって。その事をねえちゃんは気にしてるみたいだった。ひどい事を言ったって。


「アゼルねえちゃん」


 俺が言うと、ねえちゃんは目を泳がせた。


「ねえちゃんも一緒にやろうよ」

「ん……、まあ、仕方ないか」



 みんなで作業しながら、俺はねえちゃんと二人きりになれる時を待った。

 コルテさまがシズねえちゃんを呼びにきて、にいちゃんもそれについていった。

 アゼルねえちゃんと二人きりになった俺は言う。


「ねえ、ねえちゃん。ありがとうね」

「え、」

「ありがとね。ねえちゃん」

「…………」


 ねえちゃんは、ぎゅっと俺を抱きしめて、俺はなんだかわからないけど泣いてしまった。






 シズねえちゃんとアゼルねえちゃん、三人で風呂に入る。

 階段の下でにいちゃんといつもの会話。


「にいちゃん。また明日ね」

「おーう、またな」






 ————————————————






 また、今日が終わった。




 今日はにいちゃんに町の案内をした。

 大きな男の人——アマレロも、暇だからと言って一緒に来た。


「ねえねえアマレロ。コロッケ食いたい」

「お〜? 坊主、おまえ俺にたかってやがんのか?」


 なんだかんだと買ってくれる。

 にいちゃんは頼もしくてかっこいいけど、ロックボトムの人達の中にいると幼く見えた。

……にいちゃん自身は気付いてないのかもしれないけど、なんだか、母さんに甘える俺みたいだ。


「お〜、ニコル。おまえも食えよ。もっとでかくなれよおめ〜よ〜」


 アマレロは、一番よくわからない人だった。うまく説明しずらい。

 ロックボトムはみんな優しい。少なくとも、俺には優しい。母さんにも。

 アマレロもそうなんだけど、……うまく言えない。本当に、アマレロはよくわからない人だ。


 アマレロは、俺と母さん用に部屋着を買ってくれた。柔らかな綿の服。






 風呂上がり。

 綿の服に着替えた俺は、階段の下でにいちゃんを待つ。


「……お。なんだよニコ。それ、アマレロに買ってもらったやつ? もっと可愛くなっちゃったな」


 にいちゃんが俺を抱えあげようとして、脇の下に手を入れてくる。けど、それよりも早く、俺の体は後ろに引っ張られた。


「……うふふ。耳、ですっ!!」

「ちょ、やだぁ……耳やだあっ!!」

「お、おいシズ。程々にしておけよ」

「に、にいちゃんっ。また明日ね!!」

「おう。また明日」






 ————————————————






 また、今日が終わった。




 今日は綺麗になった庭で、みんなで食事をした。にいちゃんがやろうって言い出した。


「バーベキューだよバーベキュー。……俺、こういうのに憧れてたんだよね」


 熱した鉄板の上で、じゅうじゅうと肉や野菜が焼かれる。ふわふわと漂っているいい匂い。


「おうジンパチ。シャケ焼けよ。シャケだけ焼いとけ」

「肉ッ。肉焼くっす! ……あっしは肉食系女子でやんすよ」

「HAHAHA……。キリエ、その肉は僕が狙ってたやつだぞ。僕の青眼は誤魔化せないっ。早く返せよ!!」

「ねえジン……。ほら、あーんして、あーーん……」


「お前らなんでいるんだよ。帰れよ。……あとキリエ。お前、おかしいだろ。口調が微妙におかしいだろ」



 一人は知っている。

 あの日、俺と一緒にいてくれた男の人だ。凄く可愛い顔をしていて、信じられないけど天使だっていう。

 あとの二人は知らない。

 金髪の男の人と、黒髪の女の人。


 ……バタバタ騒がしい鉄板の周りで、他の人達はお酒を飲んだりしていて、母さんは笑いながらクーロンと話していた。

 シズねえちゃんとアゼルねえちゃんも、焼かれた肉を仲良く食べていた。

 にいちゃんは焼くのに忙しくて何も食べていない。けど、なんか嬉しそうだった。


「……ヘイ、ジン。まだ国王から召喚命令は出てないのか?」

「へ? なんでお前ら知ってんの? まだだけど」

「そりゃ当事者だからな。そうか、まだか。……なんか面白い事を言われたら教えろよ。ボク達トモダチだろ? 」

「なに言ってんのおまえ。人の事を殺しかけておいて」

「おまえが暴れた後始末は誰がやったと思ってるんだっ。このモンキーがっ!!」


 その後も、騒がしく食事は進んだ。


 俺とにいちゃん、シズねえちゃんで後片付けをする。母さんは家の中でなにかしていた。

 大きな鉄板に水をかけてゴシゴシとこすっていると、食事中も一人だけ家の中に居たジークエンドさまが、外に出てきた。


 いつも通りゆっくりと歩いてきたジークエンドさまは、俺のそばまで来ると、手に持っていた一枚の紙を俺に渡してきた。


「……ふむ。八十点」


 それだけ言って、また帰ってしまった。


 手ぬぐいで綺麗に手を拭いて、渡された紙を広げる。そこには、さっきまでの光景が描かれていた。


 忙しそうに肉を焼いているにいちゃん。その周りで騒いでいる人たち。

 そして、笑いながらそれを見ている俺。






 ……風呂上がり。階段の下でにいちゃんを待つ。


「あ、にいちゃん」

「どした? ニコ」


 手に持っていた紙を見せる。


「……うわ、これジークエンドさんが描いたの? さすがプロだな」


 その絵は、なんだかとっても温かくて、幸せそうで、俺には正直言って、……自分が描かれているとは思えなかった。


「けど、ニコは実物の方がもっと可愛く笑ってるよ。あの人もまだまだだねー。はは、は……」


 にいちゃんが俺の後ろを見る。

 ひきつった顔で。


「に、ニコ。んじゃ俺寝るから!!」

「あ、にいちゃんっ」

「おう。また明日っ!!」


 逃げるように階段を上がっていくにいちゃん。後ろの気配に俺が振り返ると、ジークエンドさまが立っていた。


「ジン。言ってくれるな………む」


 俺の顔を覗き込む。


「ふむ。なるほどな。おまえはジンの前ではその顔か。百点……に、近いか」



 ——百点は存在しないからな。



 なんだか一人ごとを呟いて、一人で納得して、ジークエンドさまも自分の部屋に行ってしまった。













「…………あ」



 夜中に目を覚ます。

 母さんが隣で、寝ながら泣いている。


 そして、自分の頬も濡れているのに気がついた。怖い夢は見ていない。






 ねえ

 にいちゃん


 あたし達ね

 きっと、かわいそうなんだね

 それに気付いちゃったんだね






 ねえにいちゃん。

 ……初めてにいちゃんに会ったあの日、にいちゃんは帰る時に、「またな」って言ってくれたの。本当にそれが嬉しくて。


 毎日まいにちね。楽園で起きて王都に『仕事』にいく。時々、誰かに悪口言われたり、胸ぐらを掴まれたりする。けど、仕方ないよね。だってあたしはそういう事をしてるんだもん。悪いのはあたしだよね。それも知ってるんだ。


 にいちゃんを連れていったあのお店を、毎日まいにち遠くから見ていた。いつかあそこに母さんを連れていってあげたいなって。

 昔、本当にむかし。あそこで食べた食事が美味しかったんだって。母さんはいつも言っていたから。



 毎日宝物が増えていく。

 ジークエンドさまにもらった絵も、コルテさまがくれるんだけど、もったいなくて食べられないお菓子も。

 シズねえちゃんはいつもあたしを構ってくれて、アゼルねえちゃんもクーロンも優しくしてくれる。アマレロも服を買ってくれたり、みんなが優しくしてくれる。



 けどね、にいちゃん。

 母さんはいつも寝ながら泣いていて、あたしも気がつくと同じなの。

 なんで、あたし達は泣いちゃうんだろうね。













 ねえにいちゃん。

 ありがとうね。

「またな」って言ってくれて。

 それがね、あたしの中で、一番の宝物なの。






 あたしね、毎日まいにち、寝る前に不安になっていた。あしたは、どうなるんだろう。

 明日も、あたしはちゃんと生きていけるんだろうかって。


 世界は弱い人間に優しくなくて、あたしなんて、いつダメになってもおかしくない。

 それでも、あたし達みたいな弱い人間は、「魔法の言葉」で命を繋ぐの。


 けどね。きっと本当の魔法の言葉は、にいちゃんが言ってくれた言葉なんだね。






 ……命を繋ぐ言葉を。

 今日から明日へと繋ぐ言葉を。

 あたしが一人じゃないよって。

 教えてくれる言葉を。






「またあしたね。にいちゃん」



 それだけで、今日もあしたも、生きていけるの。


 ……ありがとうね。たいせつなことばを。




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