第九話
兵士としての義務を果たさなければならない帝国人は数え切れないほどいる。男女の境が消えた兵役の義務において例外項目は何十にも及ぶが、そこに当てはまらない人間はやはり装備を整えて一日分の食事を用意しなければならない。
果たして義務を持つ全員が軍隊に向かうことができるのか。答えはリャクサ・ナーラムントの呼びかけに応じる平民が屋敷の庭に収まりきらず外の道を占領してしまうほどに多いことが示す。
高い装備、一日分つまり二食もしくは三食分を用意するのは非常に難しい。借財をしても家族に負担がかかり、軍隊からの褒賞金は多額だが問屋が待ってくれるとは限らない。
サカニカは地面に胡坐で座り、人の多さを感じていた。
「装備と食料はナーラムント家が出そう!代わりに、君たちの基本給を一部我らの家に納め、我らの兵士として出陣する!」
兵役の義務が重くなる資産家は軍師や指揮官を雇い、義務を持て余す平民に武器と飯を与えて兵士として戦地に送りだす。元老院は“兵役の消化”を認めており、推奨している。
「父上、ザっと数えましたが五百人はおりますよ。基本給から取る量を増やさないと赤字に……」
「ナーラムント家の出征で五百人は上々だと思うけどね」
「知り合いの鍛冶屋が足元見てくるから嫌でして」
リャクサを父上と敬う男の声は義理の息子で間違いなかった。装備や食料の調達を任されているようで金勘定に敏く、何より予算が決まっていることにサカニカは驚いていた。
(リシスよりしっかりしてる)
「在庫がないならそもそも作れないと言うさ、言い値で払ってきなさい。あと自分より先に巫女様にご挨拶を」
「失礼しました。俺はカルメーロ、義理の息子です。元は同じナーラムント一族、色々と……まぁそんなところで」
顔は見えないがリシスよりも反骨精神のようなものが無いのは肌で感じ取った。リャクサは父親としてある程度囲範されているらしい。
「よろしく頼む。カルメーロ。私はサカニカ、今ここにいるか分からないが、巫女見習いとしてカーニャもいる」
「よろしくお願いいたします。食べれないものはありましょうか。膨疹がでるものは除かないといけないので」
「無い。カーニャのは知らん」
「分かりました。ではまた後程」
カルメ―ロの足音は他の音に掻き消されていった。
すでに夜になっている時間帯だが、奴隷が兵士になる人の名前を確認して回っているようでナーラムントの家は多忙を極めていた。
ここで名前が漏れると兵役を行った事の記録が残されず、国庫からの褒賞金が減ってしまうため平民もナーラムント家も必死である。
サカニカはカーニャを傍に置きたかったが、家の中で静かに寝ていることも考えてリャクサに居場所を聞いていない。彼の隣に立って巫女という存在を受け入れてもらうのみだった。
「今更なのだが、元二の妃が反乱を起こしたのはどこの属州になる?」
「海を挟んで穀倉地帯の島、よりももっと先の属州。確か……エラアンラプタだったかな。総督が変わって本格的に帝国化政策を始めたのが駄目だったみたい」
風土に合わせた習慣に帝国の風習を合わせることを強制することは時として多大な出血を強いる。反抗的な親世代ではなく、教育を受けた子世代からが本番になる政策であり当然帝国でも世代交代が起きる長い政策である。
「アカデミーの建設から頓挫してから雲行きが怪しかったけど、権利と義務の付与が決めてだった」
「……悪いことなのか?」
「自分たちは受け入れている義務は他の国“だった”人達からすると凄い窮屈なのさ。兵役、隷属、納税、あと教育。釣り合っていないと反対する議員もいるくらいだからね」
「帝国も歴史上動乱があったが、そういうものなのか」
帝王学を思い出してサカニカは納得した。歴史から考えても起こるべくして起きた反乱だ。
「集会でも同じ話は合ったけど皇帝の意向と元老院の思惑が一致したから懐柔策はなくなった。歴史を繰り返させるってことだね」
軍事に対して権利を持つ皇帝ですら元老院の反対を押し切って軍団を動かすのは困難を極める。逆に、二者が賛成すると無謀であっても軍団は動く。
「明日もクラデンスとフィレネが争うだろうけど、二人とも反乱鎮圧自体には賛成しているからこうやって準備しないといけない」
「“いつ”出陣するかが決まってないのか?」
「それだけだね」
ガヤガヤとした喧騒が少しづつ収まり始めている。
「旦那様、皆が白い火の前で巫女の舞をみたいと」
近からずも遠からず、薪を持ってこいやら供物やらと出征前の祝いが始まろうとしているらしい。
「白い火は出来るか分からない」
舞を披露することに忌避感はなかった。それしか出来ない、と言うべきだがサカニカの得意分野である。
「酒を入れた時に白くなったよね。持ってこさせよう」
リャクサの指示で二度目の焚火と供物、神の炎に見立てた一式が用意される。
その準備の間、サカニカは金の月桂冠を頭髪の中に隠すのに手間取っていた。何も知らない奴隷に手伝わせることも出来たが、可能ならば誰にも知られたくなかった。
数枚の金の葉を隠し、それを繋いでいた金糸で落ちないように括る。
苦労に苦労を重ねてようやくすべての葉を隠せたが、見た目が不自然になったか誰かに聞きたかった。
「リャクサ。私の髪はどうだ?」
「ここにリャクサはおりませんよ。代わりにわたくしエルナがおります。ええ、巫女様の銀の髪に金が見事に調和してますよ……ですが少々お手を入れるのをお許しください」
「……銀?」
本来もっと黒や茶色に近い色のはずであった。
「式を執り行ってらっしゃるときに変わっておりましたね。素晴らしい手品にございます」
サカニカは二人の幸せを祈っていただけである。
「お手をお出しくださいませ。こちらが我が家でも良い酒になります」
焚火で燃える様に手触りが木のコップだ。
「皆さんにも供物を入れて貰いますから、しばらくお待ちください」
エルナの手に引かれて段々と身体が熱くなっていく。
誰かの身体にぶつかり謝罪されたり、感嘆の声があちこちから聞こえてくる。元老院の大臣たちの前で踊った時と違って人の熱気がそこにはあった。
エルナの先導が終わると神殿で身を捧げているときと何も違いはなく、片手に持っていた酒を何の迷いも無く投げ込んだ。
白い火にはならなかったようで失望する声が聞こえた。
サカニカに舞はゆっくりと始まる。身体全体を火に浴びせる様に回るのが特徴で、神殿と異なり焚火を巡った。
焚火が弾ける音がする。
(こんな舞をしてって?あぁはいはい)
華麗な足捌きをすると人々が驚嘆した。
(次はこう。それから……それは無理)
次第に激しい踊りが組み合わさって体の内から熱が籠っていく。関節が捩れ、肩が脱臼する。
右足から血が流れ出し、左手からも血が噴き出る。誰かに血が降り注ぎ心配されてもサカニカは止まらない。
服が汗と血で重くなると踊りづらくなるが関係ない。筋肉が悲鳴を上げて骨が疲労で折れても火の前で舞を中断してはならないのだ。バランスを崩して火に手が触れ、掴まれたように力が掛かるが軸を上手く使って抜け出した。
「皆が、生きて帰れますように」
瞼を開けても白く濁って何も見えない。しかし、赤と白の炎だけはハッキリとそこにある。
二つの火が傾き、一瞬だけサカニカを覆い消えた。
静寂。
リャクサの口上に合わせて爆発するように歓声が響く。
「……これ以上は身体が持たな、い」
二つの笑い声、二通りの拍手、二種類の熱。内側から染め上げていく炎に耐えきれるほどサカニカは丈夫ではなかった。




