第四十話
軍団はあらゆる場所で戦っていた。街の中も要塞化されているようで帝国軍は苦戦しており、未だ中心部への突破は出来ていない。
「どうする。ルシウス将軍?」
トリュートの顔は笑っていなかったが目は笑っている。少しだけルシウスを剣闘士以外で認めたのかもしれなかった。
「街の包囲はもう終わってるな」
「既に」
「じゃあ分からん」
「……」
トリュートはあからさまに顔を逸らした。逸らすしかなかったのだろう。ルシウスは将軍としての学などなく、ましてや百人隊長として働いた年数も僅か数年に過ぎないのだ。
「あたしだったらあの大砲もらうかな」
「壁の上のでしょうか?」
スユピナがログサリッタの提案に興味を示し、備え付けられている大砲を目視した。敵兵は降りて放棄しているようで使っている様子はない。
「ホロラム様の少ない配下しか操作が分からないでしょう。私は使い方をしりませんし、マリウス将軍ですら同じです」
彼はすらすらと問題点を指摘した。
「便利屋の神髄だね。ボルト固定?」
「ボルト?」
「見にいこ。みんな待ってて」
スユピナはログサリッタに連れられて城壁に向かって行った。
道中で兵士を労働要員として使い始め、まだ無傷で残っている大砲を舐め回すように見ている。剣で叩かせ材木で移動を試みてる様子だが、もう暫くかかりそうだ。
「詳しいな。アカデミーでさぞ優秀だったなあれは」
ルシウスは前線に視線を戻した。
そのとき、カーニャがサカニカの袖を引っ張ってルシウスとトリュートから離れて欲しいと伝えてきた。難しい注文だったが、ルシウスの槍投擲が届く範囲までなら問題なかった。
「どうしたの?」
「スユピナ様は何者ですか」
(目が怖い)
サカニカはカーニャの問いに明確な回答を返せなかった。
サカニカには彼が何者かと言うよりも警戒すべき人物であり、そしてルシウスを勝手に支えるかもしれない危険人物だった。
「嘘をついてます。そんな感じがするんです」
「……信じるよ。カーニャの感じたこと」
カーニャは言い淀み、ログサリッタの歓声が聞こえると同時に言葉を紡いだ。
「あの女の匂いがしました」
壁の方角から轟雷の音が響き、街中の建物に大穴が開いた。
「注意してください、サカニカ様。スユピナ様は大事なものを隠してます」
大砲が続々と撃ち込まれていく街は崩壊に歯止めが掛からなくなっている。月に照らされていた美しい街並みは見るも無残な戦場へ変わり、麗しい人間たちが行き交っていたであろう大通りもバリゲートとバリスタの防衛線で姿が変わってしまった。
「今はまだ、味方」
「はい」
サカニカはルシウスの近くへと戻った。
「あぁサカニカ、神殿の構造って覚えてるか?」
ルシウスはサカニカを一瞥し、声の音色を変えて街の奥を指差す。巨大な石造りの建物があり、月で照らしきれない暗黒だった。
「もちろん。同じとは限らないけど」
「ユーリリアが逃げてないとしたらあの建物しかない。一番頑丈で安全な部屋がどんな場所にあるとしたら」
「……私のいた神殿だったら、広間。神の炎があるところ」
「トリュート、聞いたな。あの障害物が吹き飛んだら突撃だ」
「全部捕虜でいいわな」
ルシウスが頷いたことでトリュートからホロラムの幕僚、そして徐々に兵士たちにその旨が伝えられる。殺されかけるまで殺してはならない、と。
バリゲートが爆発で粉々になったのは命令が伝わりきったあとだった。
月の光も届かぬ神殿の中、サカニカはまるで過去に戻ったかのように錯覚した。だが、そこに燈明もなければ巨大な熱と光を発する炎もない。ただ暗いだけの神殿だ。
サカニカとカーニャは神殿の案内役だった。
造りが似ていることからかつては同じ神を祀っていたのかもしれないが、今は違うらしい。護衛のルシウスと兵士たちがそれぞれ松明を持って後ろについてきているものの、不気味な雰囲気に立ち止まってしまう兵士も多くいる。
広間があるとすればそこは松明の明かりだけで照らせるような空間ではない。巨大な炎があって初めて薄暗いと認識できるような場所だ。
「熱い」
ルシウスや兵士は戦っていたため汗ばむのは必至である。しかし、巫女二人が汗を掻くときは気温自体が上がっている証だ。
「熱すぎる」
まるですぐそばに炎があるかのような熱量だった。兵士の中には気分が悪くなるものもいる。サカニカとカーニャはまだ慣れているとはいえ、長く続けば危険だった。
広間の入り口、固く閉ざされた扉は記憶通りの場所にある。
ここはかつて、古の神を祀っていた神殿であったようだ。
「開けるぞ」
端的に、そして性急に。
ルシウスの力でようやく開いた扉の先にはやはりというべき炎があった。
されども、普通の炎ではなかった。
根元のない紫色の炎、それが熱の正体だった。
その炎のように見える何かの前で踊っている人物、その人物を座りながら眺めている人を含めて二人、広間にいる。踊っているのは誰であろうとサカニカとカーニャの同類だ。
もう一人は鎧を着ているルシウスと同じ将校だ。
「ユーリリアであるか!」
二人は反応しなかった。
「ルシウス・マルキネスが命の保証をしよう!再度問う、ユーリリアであるか!」
踊りは中断されることなく続いている。
ルシウスが一歩踏み込んだときにようやく鎧を着た人物が動いた。
「待って、ユーリリアが踊ってるんだ。終わるまではどうか」
「誰だ貴様」
「クキニウス、帝国からしたら反乱の首謀者、ただのクルツゴ人だが」
「……今は急いでいる。暑くてたまらん」
「それは残念な。僕が暫く相手になろう」
クキニウスは汗一滴すら垂れていない。しかしながら力量差は歴然だった。べリリウと異なり彼は簡単に押し負けてしまい、剣が弾かれカラコロと地面を転がる。
剣を失った彼は薄ら笑いを浮かべた。
「やっぱり、べリリウがいないと木偶の坊だな僕は」
「知略の人とお見受けする」
「お前の言う通り僕は戦略を立てた。簡単に破られてしまったけど、あと少しで兵士の育成が終わったのに」
「殺されかけた。間違いなく」
「自信満々に反乱した割にこのざまだ。港で奇襲してきたのはお前かい」
「俺だ」
「……二回も阻まれるなんてツイてない」
クキニウスはサカニカのところに視線を曲げた。
「あの子が巫女だね。カーニャって子だ」
彼が見ていたのはサカニカの隣にいるカーニャだった。心なしか目線が下に向いている。
「カーニャ?むっ……何故その名を」
「ユーリリアから聞いたよ。憎たらしい子供だって」
カーニャ以外は疑問を抱かざるを得なかった。巫女見習いが決まったことは興味を持つ人がいれば知る人もいるだろう。しかし、その名は広まってはいない。
「ルシウス様、あの踊りを止めるべきです」
「同じく」
剣を抜いたままだ。
殺すことも考えていたのかもしれない。
だがその必要はなく突如、踊りを止めた。
「ありがとうクキニウス。祈りは届いたわ。神は私たち救済してくださるの」
紫焔が大きくなる。
「私たちのためだけに」
何もない炎の根元から液体のようなものが流れ出し、地面に流れていく。ルシウスは触れるのを拒み後ずさった。
「兵士を用意してくれると神は仰ったのよ。クキニウス、少し遅かったわね」
「早くに僕も祈るべきだった」
「だから言ったでしょう。救いを求めなさい」
神殿の壁の一部が崩れさり、腐った死体が流れる。
ルシウスは崩落した壁の傍にいたクキニウスの首根っこを掴んでサカニカの居場所まで退いた。
「返してちょうだい。大事な信者なの」
「それは出来ん。首謀者は皆捕らえて元老院の裁判に――」
「――うるさい!裁判なんて聞きたくない!」
液体がまるで意思を持っているかのように動き、集まり、そして死体に触れた。溶け込むように消えていき、死体が動き出した。
生きている人間とサカニカは疑ったが、目は朽ち果て腐臭が漂っている人間が数十体同時に保管されてはいないだろう。
「ユノ!あんたがいなければ!」
踊っていた女の目は紫色だった。神託を受け取ったあとのカーニャのようにあの濁った眼で現実が見えている。
死体が扉の前にいるカーニャに向かって走り出した。もしくは走り出そうとした。足が使えない死体や不自由な死体があるようで、まともに走ったのは二体だけだ。
「ユノを殺して!」
ルシウスは動きが鈍いため難なく死体の頭と胴体を分断した。
「……まだ動くぞ」
腕を切り、脚を切り、指の一本まで切ってもぴくぴくと動いている。
「燃やしてください。それで消えます」
カーニャの身体は震えていたが、過呼吸には陥っていない。
サカニカが兵士から松明を受け取り、カーニャの言葉に従って火をつけたものの火は中々死体を燃やさなかった。
「燃えて」
そう言葉にすると火が異常に大きくなり松明が灰となるのと同時に死体は燃え尽きた。
「なんで上手くいかないの!」
「ユーリリア……」
未だルシウスに首を掴まれたままのクキニウスが嘆く。
「もっと!動いてよ!」
彼女の願いに応えるように死体が唐突に走り出した。どうやって走っているのか理解できなかったが、そもそも死体が動いていること自体がおかしかった。
ルシウスだけでは死体を抑えきれず、兵士も加わって切り刻んでいくが数が違う。切る動作一つに動く死体が二体重なるのだ。
「そのまま潰して!」
ユーリリアの目が光ったのをサカニカは見過ごさなかった。
(ビックリ玉手箱って確か)
「ルシウス逃げよっ」
「ぐぬっ、仕方ない」
サカニカは服と肌の間から筒を取り出した。
「逃すわけないでしょうが!」
紐を引き、投げ込んだ。
効果はすぐに現れる。閃光と爆音がユーリリアの眼前で巻き起こった。
「ぎゃっ」
筒の放物線を見ていたサカニカも目が見えなくなってしまったが、カーニャの手に引かれて広間を後にした。死体はサカニカの予想通り追いかけては来ていないようで、兵士たちが涼しさと恐怖からの解放で安堵していた。
徐々に目の視力が回復していく。
「……あの女です」
カーニャの握る力が強くなった。
「ちゃんと殺したのに!」
一本の松明の炎が白く燃え上がり、一瞬で灰となった。




