第三十九話
笛の音が大きくなっていく。
正面にいるべリリウともう一人も気付いたのか音の出所を探しているのが見えた。
「溶鉱炉の街を攻めるって……」
サカニカは三方から悠々と行軍する帝国軍だと一時信じられなかった。
帝国旗が風にゆらいで月に照らされている様が幻想を思わせ、反響する笛の和音が戦場で重なっている。
「将軍にあとで聞くしかないな」
ルシウスは冷静を取り繕っていたものの、剣を持ち手を握りカタカタを震わせていた。
包囲されている総督軍を見つけてから三つある帝国軍の塊の内一つは小走りで向かってくる。反乱軍の一部が移動し将だと目星をつけている人物も後方へ回り込む。
各面で少しづつ薄くなり後背を気にしているのか内部への圧力が弱まった。その隙を埋めるためにべリリウが再び前線で暴れ出し、兵士を軽く吹き飛ばされていた。
「動くべきか……」
未だ膠着する前線でルシウスは迷っていた。
残り二つの帝国軍が反乱軍の本拠地に近付きつつあり、大砲の閃光が城壁から眩く光る。
集団で歩いていた彼らは大勢が爆ぜる前に広く散開し、攻城戦が始まった。
「対処はバリスタと同じと」
「射程は段違いだけどねえ」
ログサリッタは砲門を数え上げていた。
合わせて七門、帝国が二門しか持たないことを考えると反乱軍は先進的と言えるだろう。港で爆発し失った数を含めると二十は優に超すため、ログサリッタはため息交じりに金銭の心配をしていた。
「大量生産できるようにしないと、あぁまたお金が」
「レイの自腹なのか?」
「ホロラムおじいちゃんの財布」
給料は全て酒につぎ込まれているようだった。
「大砲は射程が長くて威力があるのはいいんだけど、まだ改良中だから負けるんだよね」
ログサリッタは地図を広げ、城壁と森に指を立てる。
「バリスタよりも長くて、カタパルトに負ける。それが今の大砲」
城壁に何かがぶつかり轟音が響く。
木の塊だと判明するまでサカニカは数発の塊を見過ごした。
「徹夜で書かされたし……ねぇカーニャちゃん」
「私は線を引くのを手伝っただけです」
少し誇らしげな声色だった。
そして徐々に城壁の上の大砲に塊が狙いを定めていくと、塊そのものに火がついたものが投げ込まれる。いつかの再現をしようとしていた。
落ち着いて戦場を俯瞰すると反乱軍の動揺が波のように広がっている。
後方ではすでに帝国軍と包囲から抽出された敵が交戦しており、有利とも不利とも言えないが援護にはなっている。城壁から爆発音が轟き、ガラガラとぶ厚い壁が崩れ去った。
細かい人の黒い影が石材と同化して落ちていく様は不思議なほど鮮明に目に映る。あの高さから落ちて助かる人間はいないとも、自然と思考の淵に登った。
「……動くぞ」
再び爆発が起こり街に本拠の街に火が付き始めた。住民が残っているのかサカニカの位置からでは見えないが、まだ燃やしてしまった街の記憶は新しい。
笛を取り出した。
「二人なら分かってくれる」
ルシウスが笛に息を吹き込むと絶叫が飛び出した。綺麗な音色ではないが、強烈な音は周囲の兵士全員の耳に届く。
「鳴らしながら前に行ったら?」
「あぁ、そうしよう」
ルシウスは剣を抜き取り手綱を握る。笛は口にくわえたまま走り出し、サカニカとログサリッタは出遅れて追いかけた。
絶叫の音を鳴らしながら走ると前方の兵士は自然と道を開け、後方にいる兵士は馬の背を驚きながらも追う。後方から前方へ、ルシウスを中心に半欠けの渦を巻いている。
途中、スユピナが必死に指揮している姿が見えたが声を掛けることなく突き進んだ。
正面で暴れている片腕のべリリウはすでに血が止まっていた。
万全ではないのにも関わらず無双の凶刃である。片腕で剣を振るえば盾が吹き飛び、槍で刺そうとしても軽く躱される。見た目に寄らず身のこなしが軽い。
「仇ルシウス!腕の一本寄こせ!」
べリリウの怒号と共に奪われた槍が飛び、ルシウスはそれを剣で弾いた。しかし、大きく姿勢を崩して笛を落としてしまう。
「流石だ!」
ルシウスは手綱から手を放して両手で剣を持つ。
馬が加速し、サカニカからは彼の表情が見えなくなった。
(笑ってるね、きっと)
「化け物よ!俺が勝つ!」
べリリウではなく化け物とルシウスは叫んだ。
二人の剣が交わるとき、互いの馬が衝撃に耐えきれず人間を地に落とした。
「我がユーリリアのために!」
落馬した二人は剣を握る手を緩めず、怖ろしい速さで剣戟を繰り出した。二人の戦いは一対一の闘技だが、周囲の兵士が手を止めてしまう威力も持ち合わせている。
戦場に波及していく一騎打ちは物珍しいでは説明できなかった。
「俺は皇帝となるのだ!」
トリュートの戦陣が包囲を抜け出した。
「愛しきサカニカのために!」
もはや何度目か分からない剣の応酬の果てに、触れ合った一本の鉄は根元から真っ二つに折れてしまった。
「ぐっ」
折れたのはべリリウの剣だ。
彼は膝をつくしかない。
「帝国にもまだ戦士がいたとはな」
「もう戦士ではない」
ルシウスは帰って来た馬に飛び乗り、大声を張り上げた。
「道は開けた!前進だ!」
べリリウが抑えていた戦力が解放され包囲は瓦解する。後方で戦っている反乱軍にも伝わることになったようで、反乱軍は左へ進路変えた。
軍の流れを見ていたサカニカは付かれ切っているスユピナが目に入った。
「ルシウス様、逆包囲は難しいでしょう。敵はまだ士気を維持しています」
「……どうする」
ルシウスが剣を収める。
「一度体勢を立て直して城攻め、もしくはマリウス将軍に指示を乞いましょう。あの端の部隊がそうかと」
「待機しそう。疲れた」
彼は馬の背と背を合わせて目を瞑る。夕方から死闘を繰り返したために馬の手綱すら握れないほどに両手の握力が減退していた。
「ルシウス将軍!」
トリュートの声だ。
「ホロラム執政官がお呼びで!」
「……サカニカ、代わりに頼む」
「だいぶ無理かな」
ルシウスが動けない問題はホロラムの側から訪れることで解決した。馬に跨っているホロラムはその歳を感じさせないほど勇壮な姿だ。元々、多くの戦場を巡っているおかげなのか、周りにいる幕僚たちに細かな指示は委任せてあった。
「ログサリッタ、巫女見習い。良き経験は出来たか」
欠伸をするルシウスを見て見ぬふりをした。
「旅って、そういうこと」
「はい。ホロラム様」
表情は厳ついものの、言葉の節々に優しさが滲み出ている。
「まさか包囲されているとは思わなんだが、ルシウスだったか?なし崩しの将としてはやるではないか」
「お褒めに預かり光栄の極み」
「死んでいった兵を忘れるな」
「ははっ!」
敵も味方も関係ない言葉だった。たった一言で無数の兵士が死んでいくのが将軍であり幕僚の仕事だ。一人の価値は小さいものかもしれないが、小さな力が無くては大きな力も発揮できない。サカニカの気付きはルシウスも同様だった。
「これからどう動く、ルシウス」
「はっ。街に入りユーリリアを捕えんと欲すところ」
「よかろう、五千預ける。謝意には及ばん」
「……では」
五千を率いるために幕僚も含まれていたため、ルシウスは兵を把握する必要はなく幕僚に指示を送るだけで済む。
水を飲み干し、最後の一仕上げと気合を入れ直した。
「その前に、スユピナ」
月は頂点に達してはいないが、すでに戦い始めてかなりの時間が経っている。夕方から戦っていた兵士の疲労は伝わっておりルシウスは彼らを休ませようとした。
「一番疲れているだろ。砦に帰って休め」
スユピナのいつもの笑顔が顔の下からじんわりと現れた。
「幕僚に休みはありません。兵は休めましょう」
笛が鳴って攻城戦は次の段階に進んでいる。破壊された城壁から大量の兵士が侵入し、先に撤退した反乱軍と戦っている怒号が聞こえた。
「ホロラム執政官、べリリウと名乗った将を捕らえました。お任せしてもよろしいでしょうか」
「“期待している”」
スユピナは礼節を持ってしてホロラムに背を向けた。
「ルシウス、背中には気を付けよ」
「ははっ。街の戦は確かに不慣れで――」
「――全てにおいてだ。ルシウス」
ホロラムは残った五千を率いて攻城戦に参加しに移動を始め、ルシウスたちは取り残された。
そして間も置くことなく休息を要求した兵士はスユピナの命令で砦に纏まって戻ることになったものの、果たして総督軍の大半がルシウスと共に壁に囲まれた街へ攻め入ることを望んだ。
「恥ずかしいな、これは」
「行こうルシウス将軍」
「……サカニカはやめてくれ」
ログサリッタとカーニャが同じ言葉を口にしても彼は微笑むだけだった。




