第三十八話
二千の騎兵をたった一人で対処できるはずもないと兵士すら当然の思考であったが、ルシウスは反乱軍から馬を強奪して包囲されながらも戦い続けていた。
その包囲は不思議なことにルシウスに対して攻撃をしておらず、見物人と化した騎馬隊に軍団兵が近づいても殺意すらなく、兵士は攻撃を躊躇した。
「何が起こってる」
トリュートのじれったさが滲み出た問いに答えられる兵士はいない。
ルシウスを包囲していた騎馬隊が総督軍に気付くまでさらに時間を要した。しかし殺意のない彼らに手を出す兵士もまた、一人もいなかった。同じ土地の人間であることが大きいのだろう。
この場において騎馬隊を刺激しない人選は限られた。子であるカーニャ、戦闘員ではないログサリッタ、そして巫女サカニカである。幕僚二人も高位の人間と分かりやすいが、近づくには殺意がある。
「巫女様が柔和でありましょう」
スユピナはログサリッタを一瞥してすぐに除外し、カーニャはそもそも視界に入っていなかった。
サカニカは馬に跨ったまま兵士の間を抜って騎馬隊に近付く。次第に激しい剣戟の音が鼓膜を振動させ、心臓をも動悸させた。何が起こっているのかではなく、何をしているのかを無意識に理解している。
騎馬隊は新しい“観客”を受け入れた。
そしてサカニカは目を疑った。
一対一、べリリウとルシウスは剣と剣で牽制と急所と狙い、何度も間一髪でそれを回避している。
彼はもはや将軍ではなく剣闘士だった。
(楽しそう)
笑っている。彼は真剣なべリリウとは対照的に笑っているのだ。
その剣が触れてしまった瞬間命の灯が消えてしまうと認めていながら、彼は愉悦を隠さずべリリウの大剣と渡り合っていた。
巨漢のべリリウからすればルシウスなど細い人間だろう。剣も体に合わせて互いに大振りと小振りで、べリリウの一撃一撃は耳をつんざくものだがルシウスは金属音が響くだけだ。
それでもルシウスはべリリウを少しづつ押し込んでいる。
体格差は圧倒的。
剣の振るう速さも負けている。
僅かに剣がズレていたら斬られていた。
べリリウが一歩後退し包囲の輪が膨らむとルシウスはその狂気染みた笑顔を開花させた。
普段の彼と違って正気ではない。
剣闘士、命を刈り続ける前線で彼は何年戦い抜いたというのか。
べリリウの重苦しい一撃が地面に刺さった。あと剣一本横に逸れていたらルシウスを一刀両断にしていただろう。
大きな隙を見逃さずルシウスの剣が彼の腕を二つに割った。
「後ろ!」
猛き男が切られたのをみて“観衆”は血相を変え、ルシウスに襲い掛かった。
しかし、彼らの剣はルシウスに届かなかった。
その代わり背中に槍と弓矢が刺さり地に堕ちる。
「一騎打ちってのは古臭いわな」
「トリュート」
「追え!手負いだ!」
結果的に奇襲された騎馬隊は歩兵にすら追いつかれるほど動揺していた。べリリウは仲間に拾われてまた遠くにいってしまっている。
「将軍様も酷い手傷だわ、はっ」
トリュートはいつもより笑顔だった。
「猛獣より厳しい相手よ。俺の人生で五本に入る」
「死にたがりめ。将の風上にもおけん」
「……今の俺にはこれしかない。目の前の敵を切ることしか」
「百人程度なら通用したことも五千を超えたら歯が立たんわ。百には百の、千には千の、万には万の戦い方がある。今そこで一と一をやってのけたなら次は万をやって将に戻ってこんか」




