第三十三話
期せずして軍団長となったルシウスは限定的な人事権が付随する。副指揮マリウス、総指揮クラデンスの許可さえあればトリュートとスユピナだけでなく、ナーラムント家の人材も引き抜くことが出来た。
しかし、ルシウスはトリュートとスユピナを信頼することにしたようで幕僚の要員は増えなかった。代わりに巫女二人と学者が同行することになり、クラデンスから馬が数頭与えられる。
「なんで」
「サカニカ様を危険なところに連れて行かないでください、ルシウス様。私が身代わりになります」
「……すまん。サカニカもなんだが両方頼まれた」
「おじいちゃんから?」
「おう。旅をさせよ……ってな」
「どういう意味」
ログサリッタに詰め寄られて彼はサカニカの下へ逃げ来る。
「あの方の考えてることなんて知らん。俺はただの百人隊長だぞ、あの方は執政官だぞ」
「あはは……レイはほら、ホロラム執政官は後見人だから」
ルシウスはさらに待ちくたびれている馬に逃げて行った。
納得していないログサリッタであったが、すでに馬が用意されていることからクラデンスには伝わっているのだろう。酒瓶が首にかかっている馬がそれであるが、ルシウスでも抑えきれていない気性の荒い馬が用意されている。
「向こうについたらもっとお酒要求するから!」
ログサリッタの大声にルシウスが抑えていた馬が急に大人しくなった。
「何があったの、カーニャ」
「夜を徹して図面を起こしていました。ホロラム様とフィレネ様からの要望で。私も手伝いましたが終わったのはついさっきです」
「あぁ、偉いね。カーニャも偉いよ」
軽く頬を撫でた。
ログサリッタは寝不足で機嫌が悪く、逃げたルシウスは別の馬に跨る。そこへ幕僚の二人が従順な馬を引き連れて戻って来た。
「巫女様、これにのってください」
「私は馬を操れない」
「跨るだけ良いわな」
徒歩では到底戦いに間に合わないため、彼らは馬を使う必要がある。貴重な馬が五頭も用意されているのは急げという命令であった。カーニャはログサリッタに便乗するようで馬がほとんど怯えたような声を出している。
「どうしてでしょうか」
「さぁ?」
サカニカが乗る馬は勝手に歩むようで、ルシウスと馬が隣に来ると同じ速度で進み始めた。
「振り落とされなければいけそう」
「足に力を込めて、手は軽く」
サカニカが慣れるまで一行はゆっくりとした歩みだったが、ルシウスの懸命な教育により振り落とされない程度にはなっている。
人工林が過ぎたあたりで走り始め、馬の為の休憩を何度か繰り返しながら夕方過ぎには一つの街に辿り着いたのだった。その町はクラデンス家の支配が行き届いており、スユピナが書類をみせると建物が用意された。
六人は大部屋に集まり話し合いの時間をようやく作り、床に粗い地図を広げる。
「あの速度なら攻城戦の初日に間に合いそうです」
「よし、寝よう」
「待て待て」
ルシウスが立ち上がろうとするのをトリュートが止めた。
「今のうちに軍の進む場所と日程の計算を」
「二人の方が知っている」
「ルシウス様にも凡そ出来ていただかねばなりません。軍団の居場所から溶鉱炉の街まで距離が七十としましょう。軍団の歩みは一日二十とすると何日で着きますか?」
ルシウスは難しい顔になった。それはサカニカも同様で、彼の後ろで何をどう組み立てたら日付が出てくるのか考えている。
「四日」
「三日」
答えたのはログサリッタとカーニャだった。
「学者様は早い。それに見習いも」
「……分からない」
サカニカが計算を扱ったのはいつなのかもはや思い出せなかった。帝王学には含まれている気がしたものの、内実は記憶の霧中だ。
「残り十を残した時点で三日目を迎えるので四日となります。分かりましたかルシウス様」
「さっぱりだ」
「あとで計算を教えますね」
明らかに嫌な表情をするルシウスであったが、必要なことであるため諦めて受け入れた。
「わたくしとトリュートの見立てでは総督軍の規律は乱れています」
「そこで巫女の出番だわ。巨大な焚火で神託をして心を鷲掴みにしてな」
「軍律はどうした」
リャクサの義理息子カルメーロの顔が思い浮かんだ。彼は兵士から恐れられ、見回りをするだけで癖の悪い兵士からログサリッタとサカニカを守っていた。
「あれば御の字、なければ巫女」
あっけからんな様子に呆れることも出来ずルシウスの背を叩く。
「軍に馴染めなかったって言ったろう。それは総督軍だ」
一方で、見定められたときの軍は本土の軍団に配属されたとルシウスは言った。
「飯なし無給労働、定数をいれるためだけに犯罪者の更生名目で……あぁ思い出したくもない」
「……ごめん」
軍に馴染めなかったよりも我慢ならなかったと表現すべき惨事であり、ルシウス以外が憐みの目で彼を見つめている。
「私が神託を得れば本当に規律が戻るのか?」
「宗教が違っても奇跡をみたら誰だって畏怖する」
トリュートは自らを指さした。
「あの炎、あれは奇蹟だったわ」
燈明の明かりが目に反射する。怪しい光のようで、サカニカとカーニャは無意識に体を近づけた。しかしカーニャはほとんど瞼が閉じかかっている。
(まだ怖いのかな)
「巫女」
気配を察知しルシウスが微動した。
「ここにいる一人は確実に魅了してるんだわ」
トリュートはそれ以上巫女を凝視することはなかった。スユピナの腕に遮られたのもあるだろう。
「これ以外に短期的な方法はルシウス様が財力を示すことですが」
「ないな」
彼の家は語らずとも貧乏だった。
「はい。ですので金の掛からない信仰に頼りましょう」
「ふぁ……」
我慢できなかったログサリッタの欠伸が聞こえ、この日の話し合いはお開きになった。耐えていたカーニャが一瞬で眠り、身体を寄せ合っていたためサカニカは動けなくなる。
「私共は離れて寝ますわ」
「確か上も使っていいはずです、そちらに」
スユピナは忘れず地図を服に仕舞い込んだ。
「俺も上に」
「待って」
二人についていこうとする彼をサカニカは止めた。
「一緒に寝よう。護衛ってことで」
「護衛か」
納得したルシウスは壁にもたれて目を瞑る。三人から一歩離れた位置で、剣を抜けば即座に届く。
「そうじゃないんだけど」
「すぐに気付く」
「……また今度」
「もう寝ろ。明日も早い」
馬に乗るという慣れない行為にサカニカも疲れが溜まっていたのか、目を閉じると意識は彼方へ消えていった。




