第三十一話
日が傾いてもカーニャは目覚めなかった。
ルシウスが告知されている軍議の時間が迫っていると焦り始め、サカニカはログサリッタにカーニャを任せて軍議に向かうことになった。
「書類に触るな」
「はーい」
フィレネはルシウスを供回りとして活用するらしく、荷物を持たせて小屋を後にした。
「ルシウス百人隊長、正直に言おう。お前が来なければあの場で全員死んでいた」
フィレネからの感謝であり評価だ。剣闘士から成り上がった男がいなければフィレネとログサリッタは死に、手勢としてた千人ほどの兵士も生き残りが一人もいなかったと確信している。
「当然のことをしたまで」
ルシウスはそう言って仏頂面になったが、フィレネとは反対方向にいるサカニカへ満面の笑みを浮かべた。彼女も微笑みで返して共に喜んだ。
それから新しく張られた陣幕に辿り着くまで三人は無言を貫き、フィレネとルシウスが陣幕に入っていった。
サカニカも入ろうとしたところ、声を掛けられて振り返る。
「巫女様も軍議に参加されるのですか?」
分かりやすい疑問符を浮かべたスユピナであった。
「場違いかもしれないがどこが私を扱うかの話もある」
「理解いたしました。巫女様は大変な職業でございますね」
「否定はしない」
サカニカはさらに何かを発しようとした彼を無視して幕を潜る。
中には円形に椅子が並べられ、机の上に大きな地図が置かれている。先に切り取られた半円の長い棒、椅子の高級感、控えている人間の圧力、全てが今までの軍議と別格であった。
しかし、軍事知識に欠ける彼女に用意された席はない。
「サカニカ、ここで待とう」
先に入っていたルシウスの立ち位置はフィレネの後ろだった。
「そうする」
次々と陣幕に入ってくるのは身分が異なると一目見てわかる人々で、クラデンスがその後尾にいた。さらに入ってきたのはマリウス将軍を先頭にする職業軍人たちで鋭い眼光を飛ばしている。ホロラムとその幕僚たちは最後に訪れた。
(なんかお腹痛い)
参加者全員が揃った陣幕に事前に篝火や燈明がつけられ僅か熱さを感じたが、それ以上に人からの重圧に熱を感じるほどだ。
「お集まりいただき誠に感謝する。皇帝陛下から賜わりし——」
「——思ってもないことを語るな、クラデンス。さっさと本題に入れ」
クラデンスの口上はマリウス将軍によって中断された。
「失礼した。これより先遣軍の最終戦略を決める。各々方、この属州反乱の首謀者はユーリリア元二の妃、そう認識しておられるかな」
「そのユーリリアに関して一つ、言いたいことがある」
フィレネが注目を集める。
「レイ・ログサリッタ女史の発言からユーリリアは帝国の禁書を読み解いた可能性が高い。よって、我々が相対する敵はクルツゴ人と協力部族だけではない。先祖が封印した知識体系が敵となった」
「ほう。禁書、言語学の進展を待つものではなかったかな」
「一部は解読済みだ」
ついに騒めいた。
「アカデミーにいる妃には監視がつく」
ホロラムの言葉に当然だと誰かが便乗した。
「誰かの協力によるものか、それともクルツゴ人のスパイか。まだクルツゴ人の同化は進んでいない」
「協力者だと、反乱軍に組する者がこの中にいるとでも」
フィレネと密談していた政治家が言った。彼を起点にして話が膨らみ始める。
「皆の衆、その話は終わりだ。これは我らに亀裂が入りかねん」
クラデンスが話を区切り、マリウスを一瞥した。
「反乱軍に敗れる前に仲違いをして離散すればこそ、ユーリリアの思う壺ではないか。あの腹黒蛇女に帝国の威信を貶してなるものか!」
(腹黒に蛇がついてる……)
「なんぞ団結をみせるとき!」
クラデンスの傍に居る人々が団結を、と声を上げた。
「黙れ!実務の話だ」
ホロラムの一喝により再び静かになる。
「貴様らはいちいち叫ばねば話せぬ生き物なのか?さっさと話しを進めよ。儂の艦隊とログサリッタの大砲で反乱軍の船は粗方沈めた。皇帝陛下並びに補給船団は安全に港へ到着するだろう。飢えの心配はないと心得よ」
「制海権にお礼申し上げる」
マリウスが立ち上がり、軍人たち机の地図に駒を配置する。
「諸君らは聞いての通り反乱軍は最大十万の兵力だと思われていた。それは部族を含めての数値、しかし、海軍がいたことでこの数値は修正せねばならん」
軍人が駒を大雑把に地図の脇、海の上に置いた。
「十三万、これは最大値だ。どれほど足掻こうともな」
「海運でどこからか食料を運び込んだというなら、ユーリリアだけでは不可能だ」
「フィレネ殿、その通り。この反乱の首謀者はユーリリアだけではない。破壊した街、人工林、道の繋がり、全てにおいて帝国にはないものがあった。これはユーリリア元妃がアカデミーにいた時代よりも遙かに昔から用意さえていたものだ」
マリウスは着席した。
「要約するとつまり、反乱軍には天才がいると」
「軍事、経済、外交においてな。複数人にいると考えておくべきだ」
二人の言葉にルシウスも含めて場の空気が重くなった。港を奇襲された日か漂っていた疑念がマリウスの言葉で真なるものと解読されたためである。
サカニカは机の上で敵を表す赤系統の駒に巨大な陰が掛かったように錯覚した。
「第二次クルツゴ戦争」
その言葉は人々の間をするりと抜け落ち、沈着する。こびり付いた“固有名詞”は全員の共通認識となるまで時間は必要ない。
「“第一次”とは異なる点がある。クラデンス、貴様の管理する都市は問題なかろうな」
ホロラムが棒と駒で都市を示し、視線をそこへ集めていく。
「ここは属州経済を握る中心地、おそらく商工業の集約地だろう。溶鉱炉の街のような例外を狙えるのはクラデンス家の支配を前提にしている。そうだな?」
彼はマリウスに確認を取り、頷いてから話を続ける。
「反乱軍にも物資を供給して敵対されないようにし“中立化”しているこのクラデンス家の拠点、元老院でもさして議題には上らなかった」
「前提が崩れても溶鉱炉の街の攻撃は副司令官権限として必ず行う」
マリウスは釘を刺した。
「ここは敵の弱点だ。兵器に頼るならば必ず決戦となる」
「全ての兵士でか?」
「港の防備に五千、残りは溶鉱炉の街へ」
軍人が駒を整理して港に一つ、残り三つが件の街に配置された。
「……急いている。まず敵の動員数が分からん」
「港の奇襲で大方判明した。四万、誤差含めて四万五千だ。まだ敵に余力がある限り、時間が掛かれば不利になるのは我らだ」
赤い駒が六つ用意されて配置される。駒は三つ対四つ。戦いで数の減っている帝国軍が見た目以上に人数差が大きかった。
首を労わってホロラムが着席する。ギシギシと椅子の音が耳に残るほど再び静かになり、皆が思考に耽っていた。ある者は顔を隠して、ある者は地図を凝視して、ある者はブツブツと言いながら考えていたがフィレネに睨まれ黙った。
「もう不利じゃない?」
サカニカは極静かにルシウスへ話しかけたつもりだったが、思いのほか響いてしまった。
「おう。不利だな」
ルシウスはそもそも隠しもしない。
「駒が一緒じゃ……な、いし」
逡巡。
「巫女様。わたくしの席をお譲りしましょう」
「ひ、必要ない」
「そう言わずに、巫女様は特別なのですから」
スユピナの言葉に多くの人が賛同し、サカニカは彼の席に座ることになった。スユピナの席の隣にはマリウス、トリュートがいる。向かい側にはフィレネとホロラム、横を向けばクラデンス。
そして全員が巫女に意識を向けていた。
(お腹痛い)
「ルシウス」
「……すまん」
彼もまたマリウス将軍に呼ばれている立場であり、この場にいるような人物ではなかった。




