第三十話
真昼間に特別に焚かれた火の前に二人はいた。
巫女と巫女見習い、二人で炎の前に座っているのはナーラムント家の屋敷を除けば神殿から連れ出される以来の事だった。
「ねぇねぇ、ルシウス隊長。あれいつから?」
「俺がマリウス将軍に呼ばれたときには……ログサリッタ嬢、体はもう大丈夫か」
暫く前、ホロラムの艦隊と追撃に回っていたフィレネの艦隊が帰還した。サカニカは港で回収された死体を燃やす焚火の前で祈りの形をとっていたため、カーニャは無言で真横に座った。
「麻痺はもうちょっとかかりそう。でもみこの手に比べたら凄いマシだよ」
「比べられるものでもないぞ。美しいサカニカは特にな」
「そう言われたら……そうだけど」
火にくべられている死体はほとんど燃え尽きており、二人で祈り始めてからさらにその速度は上がっているようにも思われた。
「戦争をして仲間を失うのは常にある。俺たちは割り切る方法を知っているが、サカニカは知らん。お嬢とは切っても切れんだろうしな」
「そっくりそのまま返せそうだね。ルシウス隊長、あたしこれでも長生きしてるから目の色が変わってるのよく分かるよ?」
「……む」
「お堅そうなのにねぇ」
「婆臭いことを」
「それ気にしてるから止めてえ」
火が消えるとサカニカとカーニャの周りに灰が積もった。かなりの量で見る見るうちに姿が埋もれていく。気付いたルシウスが二人を救出に向かった。
「完全に火葬だし、まぁ衛生的かな」
ルシウスが灰の山から二人を引っ張り出すと、サカニカの包帯が剝けてしまっていた。腕は黒く炭化した大部分と僅かに白い肌色を取り戻している箇所がある。
「二人とも無事か?」
「大丈夫、ルシウス」
サカニカは彼の頬をもう一方の手のひらでなぞった。
「ありがとうございます、ルシウス様」
表情は感謝と真逆であり、彼はゆっくりとログサリッタの位置まで下がる。学者は微笑まし気に眺めていた。
「若いねぇ」
「レイも若いよ」
「でしょ?」
ログサリッタにも軽く睨まれてルシウスは苦笑いするしかなかった。
「サカニカ様、その手は……」
カーニャの透けるような手が炭化している腕に触れる。ぽろぽろと表面が崩れ落ち、咄嗟に離した。
「まぁ、色々と」
サカニカはカーニャに経緯を説明することになった。
目の変色した日から腕が炭化した日のことまで多くの事を端的に、つまり大部分を省略して説明していく。その間、ルシウスはログサリッタに頼まれて水や貴重な蜂蜜水を手に入れた。
ログサリッタは同じ量の蜂蜜水を望んだが、彼の人望だけでは追加の一杯を入手するのは困難だ。
「危険です」
「腕とか目が暫く使えなくなるだけでみんなが助けられるなら、私は何度だって神にお願いする。それが今の私に出来ることだから」
「……ボロボロになって消えてしまいませんか」
サカニカはカーニャを片腕で抱きしめた。
「カーニャが立派な巫女になるまで私はいなくならないよ」
小さな巫女見習いはその一言に沈黙する。
焚火の残り火がプスリと消えるまでその状態だった。
「執政官のところにいてどうだった?」
次はカーニャの番だと言い、ルシウスから蜂蜜水を受け取った。二人でそれを分け合い飲み干すと、口をすぼめながらカーニャが話し始める。
「ホロラム様には神託を何度も行いました。艦隊の進む道、敵の戦力、全部小出しでそれが小さな火のせいなのか、私には分かりませんでした」
目を触った。
「神託を得ようとする度に火が白くなって、弟と妹が見えるんです」
サカニカがカーニャを膝の上に乗せると、ルシウスとログサリッタも二人の近くに座る。真剣な眼差しだ。
「あの女は……私のすぐ横に」
あの女と聞いて百人隊長と学者は疑問を一瞬表情に浮かべたが、サカニカの険悪な顔に聞いてはならない最悪のものだと理解する。
「いたんです。サカニカ様、あの女がここにいたんです。すぐ横に……白い火が燃やしてくれるまでずっと私を触ろうとしてくるんです」
カーニャは尋常ではないほど震え始め、呼吸も大いに乱れた。声を掛けても耳に届かず、言葉になっていない音を肺から押し出している。サカニカの暖かみも冷たい体に対した意味を持たなかった。
一人を抱えた三人が駆け込んだのはフィレネと密談した小屋だった。先日の奇襲で多くの小屋が失われ、まだ再建の途中だ。しかし、港の外側に近かった彼の小屋は全くの無傷、三人が駆け込む先はそこしかない。
「ごめん!」
「なんだ貴様ら!」
扉は鍵がかかっていたがルシウスがこじ開けた。ログサリッタが椅子を繋げて布を敷くことで簡易的な台を仕上げ、優しくカーニャを置いたあとに蜂蜜水を勝手に組み上げた。
「ちっ集中できん。そいつはあのときの巫女見習いだな?」
彼は怪我人であろうと書類に囲まれており、カーニャを覗くのに一度立ち上がらねばならない。
「俺は医官を探してくる」
壊れて半分になってしまった扉からルシウスは消えた。
「顔色が悪いな、急病か」
「酷い人を思い出したみたい」
「呼吸をまずは整えろ。それでは息をしていないのも同然だ」
フィレネの指示に従ってサカニカはカーニャに深呼吸を促した。少しづつであるものの浅い呼吸が深くなっていく。
「手を握れば多少解される」
言葉通りにすると暫くしてカーニャは眠り始めた。
「……ありがとうございます。フィレネ執政官」
「お前には助けてもらった恩がある。この程度で返せるなら安い」
痛む箇所を労わりつつ彼は椅子に座りなおす。
ルシウスが医官を背負ってやってきたが、眠りについているカーニャを確認し医官を降ろした。彼は医官に感謝の言葉を何度も口にしながら見送った。
「その巫女見習いは……報告書に五歳とあったな」
「カーニャ」
「そうだった、ごほん。五歳で今の様子は相当な過去がなければならん。父母はただの奴隷、余暇はないだろうが散財しなければ平民と変わらんはずだ」
「……私は今のカーニャのことは良く知らない。父親がお金のためにカーニャを売ったのは知ってるけど、それ以外は何も聞いてない」
ルシウスが壊れた扉を応急処置で穴を塞いだ。
「“今の”」
ログサリッタがサカニカの言い回しに怪訝に反応した。サカニカは辛い表情で眠るカーニャを見つめ、言葉にするべきか迷っているのは明白だ。
「カーニャちゃんから聞くのは危ないこと?」
「多分、そう」
サカニカは決心してログサリッタに体の向きを揃えた。しかしその間もカーニャから手を離さない。
「カーニャはね。ザライ ユノっていうゼンセがあるって聞いた」
「……なるほどねえ」
「ずっと昔、帝国よりも発展したところで暮らしてたらしい。妹と弟がいて、あの女、多分母親のことだと思うんだけど酷い生活をさせられてたみたい」
一瞬で理解したのはログサリッタだけだった。
「移民系の奴隷ではない。まさか不正入国」
「違う。フィレネ執政官」
ログサリッタが彼の言葉を遮った。
ルシウスは勝手に組んだ蜂蜜水を我が物顔で配っている。
「続けて、サカニカ」
「……神様に救われて家族を殺した。家も追い出されてたって言ってた。自殺すれば神の国にいけるらしくって、自殺したって」
ルシウスは話の内容に美味しく飲んでいた蜂蜜水を不味かったのかむせ返っている。
「レイ・ログサリッタ」
「怖い顔をしなくても分かってる。カーニャは生まれ変わり、あたしもね」
「面倒ごとを持ち込むな。黙っておけ」
ログサリッタは驚きのあまり声すら出なかった。
「過去が長くて今が変わることは無い。この話で貴様は変人から聖人に変わるのか?今まで隠していた事を詰めて脅すのも考えたが無くても操れるのに脅す過程が無駄だ」
「……うっわぁ」
ログサリッタはサカニカに抱き着く。
「みこぉこわいよこの人」
「よしよし」
サカニカは頭を撫でようとしたが腕が使えないことを失念しており、言葉だけになる。
「……そこのカーニャに起きたら言ってやれ、過去は過去だと。大事なのは今であって未来なのだからな」
フィレネは書類に視線を落として作業を再開した。羽ペンで何かを書いて朱印で何かを追記し、その集中力によって書類は右から左へと高速で流れていく。
「起きたら出て行け」
寝ている間は小屋に居ても怒られないと彼は言った。




