第二十七話
「カヤクがあれば、それらが作れるのですね」
祈祷師は言った。
「難しいけどね。あたしの職人がいないと無理なものもあるけど、大砲ならみんなでやればいけるかも」
武具を直す職人ではログサリッタの知識を形出来ないようだ。しかし鉄を用意したフィレネであっても、流石にログサリッタ専属の職人を戦地に持ち込むことは出来なかったらしい。
「ならカヤクの問題は解決してみせましょう」
「行けるのか?」
軍人の問いに祈祷師は自信ありげに答えた。
「ええ、物売りに伝手があります。大きな音を立てる粉は聞いたことがありまから、クラデンス家と繋がりのある商人なら取り扱っているでしょう」
「ここエラアンラプタはクラデンス家の所領のようなものか。属州総督も骨抜きにされていたろうし」
「ならばクラデンスの屋敷に軍を割くか。三千ならばマリウスも文句はいうまい」
フィレネが思考を巡らし始めた三人に口を挟んだ。
「クラデンス家が恨まれていとしたら最悪の事態を想定しなければならない」
「フィレネ様、クラデンスは少なくともやり手の男。属州民の恨みはすべて前総督と今総督にあるものでございます」
「ユーリリアだ。あの皇帝に取り入っていた女はクラデンスを恨んでいる可能性がある。堂々元老院でユーリリアの危険性を指摘したのはあの男ただ一人……欲望の観察眼だけは認めなくてはならない」
サカニカは元二の妃がどのような人物なのか掴めていなかったが、空想の上では外面の美と内面の醜さが同居していた。
「大貴族であることを忘れてはなりません。総督の兵は奴の私兵です。二万に届かずとも街を護るだけの数はありますでしょう」
ホロラムの先遣隊だけでも一万、元々は二万の規模であったことを考えると私兵の規模を超えていた。
(多くない?)
「マリウスの報告書には目を通されましたかな。前線ではようやく一万の兵で外線の砦を攻略し始めたところ、それも撃退されておりますが。クラデンスの街を攻め落とすには少ない」
「今までクラデンスの“城”を落とすに兵力を使っていたとしたら?」
「……否定できませんが」
「ここだけの話、マリウスは溶鉱炉の街を叩くのには半分の兵力も使う気が無いらしい。クラデンス家の街と合流する気がないと」
祈祷師と政治家は驚いた様子をみせた。
軍人だけは唸る。
「あり得ますなフィレネ様。前線がまだ一万の規模しかないのなら四万、少し減じて三万五千でも半分にすれば一万七千の兵力。策源地《本拠地》を叩くには充分な数です」
「策源地は危険でしょう。兵糧を得るためにホロラム様が破壊している港を陸側から占領するつもりでは」
「海軍は厄介だが陸に揚がれば大したことは無い。本土からの補給が途絶える問題がある程度だ。それも戦って兵が減れば時間を稼ぎ船数で押しつぶしてしまえばよろしい」
フィレネを含めて四人は軍事知識を有しているようで話は膨らんでいった。
「あ、あのぉ。火薬は?」
四人は顔を見合わせ、種類の異なる咳払いが四回続いた。
三人は椅子に座りなおし、フィレネも扉の隙間を気にしながら五つ目の椅子に座った。サカニカは立ちっぱなしである。
「レイ・ログサリッタ、火薬の作り方は分かるか?」
「もちろん。アカデミーでみつけたからね!」
「声が大きい」
彼女の雰囲気が小さくなった。
「昔の人が書き残してたものを写してホロラムおじいちゃんの伝手で量産してもらってるよ」
「ホロラム……ちっ。変な学者だが風習に囚われない学者を見つけよって。大方、先人の分別した禁書を覗いたのだろう」
さらに雰囲気が小さくなった。
「掟破りめ」
フィレネは何かに気付いたようで突然静かになった。三人も声を掛けるのが憚られるようでログサリッタが縮こまったまま顔色を伺っている。
「掟破り……」
机をトントンと一定間隔で指で叩く音が場を支配する。
「例に洩れずユーリリアもアカデミーにいたことがある。属州人であろうと帝国は権利と義務の国だ。兵役、隷属、納税、そして……“教育”。レイ・ログサリッタ。あの火炎を出す装置に覚えはないか」
「火炎放射器のこと?どっかに油田でもあるのかな」
ログサリッタの言葉にフィレネと軍人が顔を歪ませた。
「マリウスが溶鉱炉の街を優先目標にした理由がようやくわかった。そもそもなぜ属州で溶鉱炉の街があるかと思っていたが、繋がった」
「……しかしマリウスはほぼ平民」
「何か見たのだろう。街を徹底的に破壊する過程で何かを、そうでなければ歴戦といえど勘が鋭すぎる」
「失礼、フィレネ様。ユーリリアも禁書を覗いたと」
「見張りがいるはずだが、最悪を想定、いや現実のものとしている」
フィレネの言葉にサカニカを除く全員が気付いた。
刹那、異様な静けさが訪れる。
誰も気付いたことを明瞭たる言葉にしないためだ。
フィレネに至っては座っていた椅子を蹴飛ばすほどの勢いがあったにも関わらず歪な顔のまま、軍人は深刻に、政治家は驚愕に、祈祷師は怒りの様相で固まっている。
学者は机に突っ伏していた。
「すまない。私だけ何も理解できてないのだが誰か、教えてくれないか」
「……クディオールの子」
三人を抑えてフィレネが答えた。
「上陸した軍団が脆弱なのは、上陸した直後でもあるが当然警戒している……しかし、陸からは何もなかった。海は警戒していても、陸はもっとも警戒の緩い時間だ」
「それとユーリリアの学識がどう繋がる?」
「マリウスは前線に砦を築いて我々を待っていたが、敵も同じだった。こちらが豚のように肥えるのを待っていた!」
サカニカの問いに答える前にフィレネは激高し机が激しく叩かれる。突っ伏していたログサリッタは飛び起きた。
「もっと小出しで軍を上陸させるべきだったか!」
フィレネには後悔が滲んでいた。
「……執政官、つまりその、ユーリリアはあなたが三万の兵士を率いてくるのを待っていたと?マリウス将軍に手加減して?」
「悔しいが」
軍人が部屋に掛けてあった松明を握り締めて外へ飛び出した。政治家もその後に続き、祈祷師は別方向へ向かう。
まだ部屋に松明が一本残されていた。
「ユーリリアはそこの変人と同じように知識がある可能性が高い。興味があることではなく、帝国から独立するためだけの知識を持っているとしたら」
サカニカの問いにフィレネが今度こそ答えた。
轟雷の音が響く。
「脅威だ。あまりに脅威だ」
何度も轟雷の音が鳴り響き、そして大地が揺れる。ログサリッタとフィレネがほぼ同時に部屋を飛び出し、サカニカが松明をもってそれを追いかけた。
海とは真逆の遠方、閃光がいくつも光っている。




