第二十六話
“反逆する者、吾の知るところに有らず。汝らの暗雲が道を妨ぎ歩むこと吾の炎の一助となりななむ。弱く小さき炎はくべる捧物によってのみ強く導かん。汝らが運命、未だ月桂冠が示すこと変わりなし”
ログサリッタは受け取った神託を見つめて手放さず、サカニカは少し離れた位置で遅い夕食を摂っている。コルを探すついでに貰ったものだが、肝心のコルは何処にもいなかった。
(どこいったんだろう)
赤く濁った眼の治ったサカニカは両目で不味いパンを凝視し、小さくちぎって口に詰めていく。水で硬い夕食を流し終わったのとほぼ同時に彼女も紙面から顔を上げた。
「ふぅ。読みづらいし核心は避けてるし、ほとんど意味ないと思う」
二人は落胆した。
「そうなのか」
「反乱は事前に知らなかった。炎で助けられるけど捧げもの欲しい。月桂冠って何」
「あぁそれは……まぁ、レイなら」
神殿でローバを通して元二の妃、ユーリリアから金の冠を渡され今はカーニャの頭髪で髪留めの役割をしていることを話した。
「月桂冠って何」
「……うん?」
ログサリッタはそもそも月桂冠という単語を知らなかった。
「皇帝が皇帝たる所以で、紛失は選定の始まり。だから、えっと、皇帝が強制的に代替わりする。要は綺麗な被り物だ」
「アカデミーで教授がそんなこと言ってた気がする」
「私でさえ知ってるのに」
神殿の巫女は現世から隔絶した場所に閉じこもっているため知っていることがほとんどない。本で得ていた知識も父たる皇帝クディオールが亡くなった時点で止まったままだ。
「今も昔も選挙には疎いんだよねえ。お父さんが大抵勝つから興味も湧かなかったのが原因かな」
「名家だな」
「恐喝、賄賂なんでもやってそれだから、強いとは言えないんだよね。こう、お父さんには人を魅了する力がない」
サカニカは周囲に小さな焚火の周りに誰かいないかを確かめた。もしログサリッタ家に繋がる人間がいた場合、何が起こるか分からないのだ。
「事実。魅力だったらホロラムおじいちゃんの方がまだあるよ!」
「……」
髭や顔、表情を思い出してもサカニカには理解できなかった。
「誰もいないときはすんごい笑顔で褒めてくれるんだよ。ちょっと可愛いところあるでしょ」
「そ、そうか」
「それにね」
かなりの時間をログサリッタはフェルザリン・ホロラムに対する誉め言葉に使った。元老院の議場では敵と相対しても全く下がることのない頭も家の中では家族に頭が上がらず、新兵器や孫への玩具を作ると金銭と共に笑顔を振りまくのだと。
特に議員の部下が元老院で成功したときは裏で一人祝杯を挙げているらしいが、なぜ知っているのかサカニカは理解を拒む。
他の点もログサリッタはホロラムを褒めちぎった。
「あれ、なんの話だっけ」
「……神託だ」
サカニカは疲れきっていた。
「そうそう。神託、初めて見たけど血だらけなんだね」
血を垂らすことで文字が浮かびあがる、炭や焦げ目が移動するため血で汚れるのは必然である。
「今回は少し多かったな」
「貧血には気を付けてね。あと、神に愛されてるっぽい」
(これが?)
「短い文章だけどみこを大事にしたいのは伝わってくるよ。疑問にちゃんと答えようとしてるし、汝らってところで巫女見習いのカーニャちゃんも入ってる感じがする」
「弄ぶ神だ……嘘はつかないが」
「でもネカグリロって名乗ってるよね」
サカニカはどう説明していいのか逡巡した。
「神託で名乗れと言われた。一族の名を捨てた私には……確かに名がないが父の家名を忘れたわけではない。できることなら、そう名乗りたいとも」
ログサリッタは落ち込んだサカニカの銀髪を優しく撫でた。
「いい子いい子。みこはいい子だよー」
「よ、よせ」
「満更でもないでしょ」
サカニカは静かになった。
そこへ二人の気付かない角度から声をかける人物がいた。周りに聞こえない程度の声量であり、勝手に焚火へ砂をかけて小さくする。
「クディオール・シャアントニの子」
「……誰だ」
「執政官フィレネ」
二人が見上げると線の細い男がいた。筋肉と背の高さを失ったカルメーロのような男で、目が人を射抜いている。
「何の用だ」
「レイ・ログサリッタ。お前に用がある」
「あたしに?」
フィレネは焚火に砂をかけ、足で踏んで完全に火を消した。今日は月の明かりが弱い日で星雲の輝きでは人の形までしか分からない。
「人が多い。ついてこい」
「人にお願いするときはなんて言うの」
「鉄を持ってきた」
「ついていきますフィレネ様」
「レイ、それでいいのか」
闇夜の中を歩くと方向感覚が失われていくが、フィレネは来た道を暗記しているようで足の踏み場まで指定するほどだった。加えて神経質で物音を立てるのを極端に嫌い、笑い声が聞こえる宿営の傍ではブツブツと何かを口にした。
「クディオールの子、眼帯をしていると聞いていたが今はしていないな」
巫女を見たことのある兵士ならば誰でも知っている事実だ。
「治ったから外した」
「昼まではしていた筈だがそう簡単に目の傷が治るとは思えない」
「治った。だから外した」
「遺体を燃やしたとも聞いた。その時だな?」
サカニカが否定の言葉を口にする寸前でフィレネは言葉を重ねた。
「今も手に持っているだろうがあれは神託。本来、指揮官か執政官、ここにはいない皇帝の許可がなければしてはならない」
「……神の気分次第だ」
「ならばその神託、こちらにも見る権利がある。提出の義務があると言い換えても大差ない」
サカニカは押し黙った。
「知らないとは言わせない。だがな神殿の巫女、こちらが黙っている代わりに協力してもらおうか」
クルツゴ港に出来た数多くの小屋の一つに辿り着くと、フィレネは二度木戸を叩いた。
扉が開くと二本の松明に照らされて覚えのない人間が数人いる。身なりからして一人は軍人、一人は政治家、一人は祈祷師であった。
「レイ・ログサリッタを見つけた。オマケつきだ」
「鉄があるってついてきました、レイでーす。ホロラムおじいちゃんにもよろしくね」
ホロラムと敵対しているフィレネ本人がこの場にはいる。サカニカでも小屋の中の空気が肌寒い領域まで下がったのを感じられた。しかし、ログサリッタは気にせず開いている椅子に座って笑顔を振りまく。
「鉄はあっても溶かす場所がないけど?」
「ログサリッタ卿から変わり者だとは聞いていたが、ここまでとは」
政治家の身なりが言った。
「ログサリッタ嬢。溶鉱炉は反乱軍から奪い盗るのが一番早い。あのマリウス将軍ですらそこを第一目標に選んだのだから案ずるな」
「じゃあ目的は鉄製品だよね。持ってきた設計図は木材のやつばっかりだけど一応鉄もあるよ」
巻き込まれた形になったサカニカは小屋の隅で五人の会話を聞いくしかなくなった。
蜂蜜と柑橘の果汁を絞ったものがあったため、混ぜて飲み始める。戦地では高級品だが気にしない。
「ホロラムが使っていた“大砲”を量産したい」
軍人が言った。
「……それは出来ると思うけど、火薬がないから使いものにならないと思うよ」
「カヤク?」
「火をつけたらドンって大きな音のする粉」
「それがなければ?」
「ただの重たい筒」
場の空気は重くなった。
「鉄も海に沈んだ。クレーンで引き上げれば良いがそれだけでは駄目だったか」
フィレネの艦隊で遅れていた船がいた理由である。あの数隻は大砲のための鉄を満載していたのだろう。
「バリスタとかカタパルトの土台とかにも使えるから大丈夫」
「今ある鉄で事足りる」
「ですよねー」
今まで黙っていた祈祷師が前のめりになった。
「カヤクがあれば、何が作れますか?」
「……大砲、鉄砲、爆弾、芸術作品」
逡巡。
「花火も作れるよ」




