第二十五話
「海で戦えない奴はさっさと降りろ!」
「水を用意しておけ!」
「盾はまだか!」
現れた二つの船団の内、一つはホロラムの艦隊でありフィレネの艦隊の一部が混ざっている。そしてもう一方が兵士たちの恐れている反乱軍の艦隊だ。
港の端に立ってサカニカはその攻防を眺めるしかなかった。陸からは何もできず、生きてここに辿り着くことを願うしかない。
「敵は新兵器を使っているらしいぞ」
轟雷の音はログサリッタの開発した大砲の音で間違いなかったが、いくつかの船が火達磨になっているのは別の理由だ。
反乱軍の船の先端に伸びる何かから火炎が噴き出し、船を丸ごと燃やしているのである。火炎を出した船は大砲によって撃沈されたが、燃えた船は消化の範囲が広すぎて追いついていなかった。
「ガァ」
「……カーニャは無事?」
「ガガァ」
「多分無事って意味だよね」
「ガァ」
烏の言葉は理解の範疇ではなかった。
「ガァガァ」
烏のコルは眼帯を軽く突いた。
「気になる?これはね、まだ目が濁ってて歩き辛いから」
サカニカが眼帯を外すと赤く濁った眼が露わになった。目が塗りつぶされたように赤かったものは白目の部分が確認できるほどに薄くなっていたが、まだ完全に視野が回復したわけではなかった。
大砲の音が響く。
「火の傍なら早く治るっぽいんだけど、ここは神殿じゃないから。夜にしか焚火はないし火の前にずっといても寝る時間になったら消されちゃって全然治らない」
「ガァ」
火炎を出せる装備のついた船が退いていき、逆にフィレネの艦隊が反撃を行う。帆船と櫂の船が入り混じった反乱軍は帝国の帆船に追い付かれる船もあった。
帝国軍船が近づくと矢の雨、槍の投擲とルシウスの話していた接舷用の装備で叩きつけていた。軍船が燃えだすこともあったが、火炎の攻撃に比べると範囲が狭くすぐに鎮火している。
「黒い球をね。そう、レイが言ってたんだけど黒い球には二種類あって投げつけたあとに混ざると火がつくみたい」
鎮火の間に逃げ出した反乱軍の船はすでに他の船と合流しており、クラデンスの乗って来た船が猛追している。その後ろからホロラムの艦隊が随行し、水平線の向こうに消えていった。
出撃に間に合わなかった船は海上の残骸を集め始めた。
「怪我人に包帯でも巻いてこよっか。それとコルのご飯探してあげる。そこで待ってて」
「ガァ」
海には燃えている船が何隻もあり、海に飛び込む兵士たちも多かった。彼らはすぐに救出されるが、物資までは守れない。装備、食料、日用雑貨など軍を潤わすのに大事な品々だ。
ある意味、物資は命よりも重い。その事実からサカニカは目を逸らした。
怪我人に焼き鏝を入れるための炎の前にサカニカはいた。ログサリッタの強い直談判により焼き鏝の止血法から圧迫と縫合による止血に変わっていたが、器具を消毒するための酒と炎は禁止されていない。
臨時に出来た救護所はそれなりに人が集まり、そこでサカニカは一人の兵士の腕に刺さっている矢を抜かず、その周りを布や加工した木材で括る。
「巫女様、これとってくれよ」
「矢はそのままだ。医官に鏃を抜いてもらうまで触るな」
「やっぱな。昔はさっさと抜いて焼いてたんだがよ」
「焼いたら危険だとレイが……ログサリッタが言ってた」
「あの酒癖のわりぃ女がなあ学者なんて」
「人は完璧足り得ない。さぁ、順番だ」
「巫女様にいわれちゃ何も言えんね。あんがとよ」
骨に突き刺さった矢の対処は海を渡って来た医官であっても難しいだろう。痛みを感じていない彼の腕はすでに使い物にならないのかもしれなかったが、巫女に出来ることはない。
そこから大小様々な怪我に布を巻いていったが、重度の火傷は医官やログサリッタですらお手上げだった。その兵士の周りにはログサリッタが気に入っている美酒の一杯が置かれている。
「あれが水になんだろうな」
敵船に上陸して軽い切り傷を負った兵士が言う。その言葉には憐みのような含蓄のある言葉だった。
「いや、そもそも酒が嫌いだな」
「知り合いか」
「同じ村の出だよ。親の帝国語の訛りが酷くって、あいつも同じだった。アカデミーでよ、直そうとしてたんだがどうにも」
彼は包帯を巻き終えて貰うとその兵士の枕元へ向かった。
辛うじて顔であった部分に口が残っているため、酒を注ぐことは出来るだろう。しかし意識のない兵士に酒を注ぎはしない。
治癒する人もいないため、サカニカもその兵士の傍に近寄った。
「綺麗な顔だろ?」
爛れてしまった顔から以前の姿を想像するのは至難だったが、応えは決まっている。
「ああ、綺麗だ」
「だってよ……ブス」
彼の言葉は震えている。
「お前の方がブスだって、言ってくれ」
(スユピナの言った通り、神様が教えてくれてたら)
「まだチビたちが小さいんだろ」
徴兵であるため遺族には金銭的な援助がある。充分であるかは家庭によるが、後腐れ無きよう死んだ事実は金が教えてくれるだろう。
「……すまねぇ。もう、楽になってる」
「それは良い酒だ」
小さな杯の美酒を見つめる。
無言で彼は優しく持ち上げると、半分、僅かな量を飲んだ。
「うめぇな、うめぇよ」
もう半分を死体の唇に載せた。
「ああ安酒じゃねぇな。俺たちなんか手が出ねぇや」
ログサリッタの酒であり、彼女の持ち込んだ私物の一つでもある。ホロラムから貰ったナーラムント酒と比べても遜色ないものの、入手の難易度は比べ物にならないほど高い。
「巫女様、こいつに祝福をくれねぇか。善行積んで死んだら神の門にいけるってのが、こいつの宗教でよ」
「私の神は祝福を与えるような神ではない。船に祈祷師はいなかったか」
彼は目線を泳がせた。
「最後を看取ってくれた人がいいだろうよ。変に金ばっか欲しがる奴らよりも」
「……祝福ではない。捧げものだ」
「何も祈られないよりも、頼む。」
周囲からの視線が集まった。反乱軍の攻撃は船を目的としたものが多かったが、その余波に当たれば無傷では済まない。当たりどころが悪ければ息つく間もなく死体になるのである。
そして延命したとしても、この救護所で力尽きる兵士もいる。
「わかった。火を……大きな火を傍に」
時間はかかったがサカニカは決意した。それを聞いた兵士たちは海で拾われた死体や、前線帰りのどうすることも出来なかった死体などを持ち込んだ。
一部は腐りかけである。
焚火は切り出した木材だけでなく、使いものにならない木材や故人の所有物を加え炎が思いのほか大きくなり過ぎた。
「小さくなるまで待つか?」
「このまま捧げる」
サカニカは炎に向かう途中、生きている兵士たちへ振り返る。
「本当に良いの?」
兵士は皆、無言で頷いた。
その光景を脳裏に刻んでサカニカは炎へ歩む。
死体の横を通り、腐臭のする積みあがった袋を横目に神の炎に見立てたそれの前に座った。
眼帯を外し、赤く濁った眼でも炎を看る。
「あなたへの捧げる。この人たちの死を、遺していったものを」
火の粉が待っていないにも関わらず死体が燃え上がった。砦のときと同じように兵士たちはそれぞれの信仰に従って祈っているが、畏怖は感じなかった。
灰が降る。
「神様……ネカグリロ、どうして反乱を教えてくださらなかったのですか」
炎が大きく、音を立てる。
「知りたい。それにあなたはどうして、カーニャを、リャクサも、レイまで巻き込んでしまうのです。私一人を……身を捧げるのは私一人じゃ駄目なのはどうして、ですか」
サカニカは唐突に指を噛んだ。傷口から血が滴り、片手を受け皿に溜まったところで炎にかざした。
片手と共に血は蒸発し、サカニカの服を舐め回すように火が焦がす。
(嘘はつかないで、嘘だけは、信じてるから)
焦げていく服を覆い隠すように灰が積もり、サカニカを覆い隠していく。静かに炎は減退し、兵士が近づけ温度になるまで時間はかからなかった。




