第二話
朝、久しぶりの朝日にサカニカは目を細めた。
儀礼用の服を着るのには流石に燈明だけでは不安があり、大事な儀式に不備があってはならず明るい部屋で着付けを行う。
寝室よりは大きめに作られた部屋には数人の女官がサカニカの服を調節しアクセサリーを備えた。金の刺繍が施された巫女服、真鍮の腕輪足輪、首から下げているのは神に見立てた飾り、フロントレットなる金属のアクセサリーが首に負荷をかけていく。
「この槍でお選びください」
女官が手渡したのは切先の丸まった槍だ。一度人として死ぬことで巫女として生まれ直す意味があるが、ただの伝統である。サカニカのときは実際に切りつけられ血を流したため、ローバが細工でもしたのだろう。
「……重いな」
「手に入る限りの最も重い槍です。片手で持ってはなりません」
全金属製の槍は勇ましさを表現する刻みがある。どこかの隊長が売り払った槍かもしれない。
服装を整え終えた彼女たちは最終確認として部屋中央の台座にサカニカを立たせた。いつの間にか加わっていた数人の画家が様々な方向からサカニカを描き、満足そうに皆が談笑する。
(広場の石像ってこうやって作ってたんだ)
槍を持つ巫女像、優美さと勇ましさが同居しているためか画家の手は止まらなかった。
解放されたのは儀式の直前で台座から降りると同時に神の広間に向かう。
「火はローバが盛んにしております。近付き過ぎないように、と」
この忠告を頭の片隅にいれて神の炎がある広い空間に入ると、想像以上に炎が激しく燃え盛っており表情を変えないことに必死になった。普段身体を安置する場所に立つと背中が焼ける様に熱く、これに長時間耐えるのは拷問に近しい。
しかし、炎の勢いを弱めて儀式を行うのを神官たちは良しとしなかった。
サカニカは普段と異なる服装でありながら、普段と同じようにかそれ以上に汗ばんだ状態で儀式に挑んだ。
扉の奥から続々と神官や選抜される子らが入る。
「ラグナロ家の末娘が混ざっております。他の貴族様のお子様も数人」
長い服の裾を整えに来た神官は言った。
整えるのはついでの作業だ。
(どうしろってんの)
貴族の子を選ぶように言い含めているのだと想定して、炎に向かって驚いている子らを一人一人確認していく。
明らか汚れている子は買われた子だろう。貴族の子がわざと汚されているならまだしも、そうする理由もない。神官の誰かが跡継ぎとして買ったに違いない。逆に選ぶと恨まれてしまう。
汚い子を避けると当然綺麗な子らから選ぶことになる。しかし、数が多過ぎた。
「神に許された子供よ」
ローバが腹の底から声を出して儀式を開始した。まだ巫女見習いにする子は決まっていない。
神官の祈りの言葉。巫女からの祈祷、子の宣誓などなど、儀式の全貌はローバしか知らず、サカニカはやるべきことだけが教えられている。祈祷、そして子の選ぶ時の口上である。
「ここに、巫女として生まれ変わるもの」
サカニカはそこで炎を維持するために特別に加工された木を投げ込んだ。期待した以上に、想定を超えて炎の壁が迫る。
幸い、サカニカの服に燃え移ることは無かったが、暑さに負けてギリギリで立つことも叶わなくなった。槍に身体を預け、それでも巫女見習いを選ぶために子に突き刺さねばならない。
フラフラと子へ向かう光景に神の憑依だと感動する神官もいたものの、実際サカニカは単に真っすぐ歩けなくなっていただけだ。そうと気付いている神官は儀式の途中で支えるわけにもいかず、心配の眼差しで成り行きを見守るしかない。
「天上へ向かい、二度子として生まれ変わりたまえ。さぁ、死ね」
(重いから……槍が)
その場でもっとも綺麗で決意のある目をした子に向かって槍を突き出したつもりだった。
(そっちじゃ、ない!)
だが、槍は怯えた子の喉に突き刺さった。
儀式が終わり子供らが家に帰された。これから共に過ごす子は、緑色の胃の内容物を逆流させた子はサカニカの膝の上で呼吸している。
「やっちゃった……」
二人は赤と青の刺繍が入った巫女のみが召す服となり、寝室にベッドが追加され華やかになった。
「うう、優しく撫でるだけのつもりだったのに。喉にぶっさすって……私の時より酷い、ひどい」
老神官にめった刺しにされた過去を思い出していたが、それでも喉に異物を入れられたことは無い。
「この子だってあんなことになるとか思ってなかっただろうし、あぁどう謝ればいいの。女官に笑われたって仕方ないじゃん」
「笑いませぬ」
「ろ、ローバ!いつから、ど、どこから聞いてた」
「やっちゃった、とおっしゃっておりました」
「そう、全部か」
サカニカは後ろに倒れて枕に頭を預けた。
「教育は巫女様に一任するよう皇帝陛下のご命令にございます」
「陛下が?」
神殿に干渉する皇帝は歴史上かなりいる。戦の験担ぎに必要だからだ。しかしながら巫女の教育に干渉する皇帝は珍しい。
「御心まで読みとおすことは叶いませぬ」
「それもそうだ」
ローバは手に持っていた化粧道具や替えの服、その一式の籠を机に置いた。リンゴも入っている。
「皇帝陛下の二の妃様より祝いの印としてこの箱を賜り、こちらに」
横たわるサカニカの手に無理やり握らせるとローバは燈明の油だけ継ぎ足して退出した。
(なにこれ)
渡されたものは少し大きな箱だった。片手で持てる程度の厚み、両手で持つ程度の幅がある。蜜蝋で封をしてあるようで割れてもいなければ傷もない。
巫女見習いの子を起こさないように立ち上がり、明かりで温めて蠟を溶かす。
蓋を開けてみるとそこには金で作られた月桂冠があった。
「……みなかったことにしよう」
代々皇帝が祭事につける金の冠は焼失、反乱などで失われその度に作り直されているが基本的に唯一の品物だ。先帝の娘に渡って良いものではない。
多少の政治を習ったサカニカにはその意図が残酷なほどに伝わっている。
現皇帝に反乱を企てている勢力がこれをサカニカに送ったのだ。二の妃とローバは言ったが、本当であった場合、帝国は巨大な反乱勢力を抱えていることになる。
(神殿に干渉する皇帝、反乱したい誰か、神輿に担ぎ上げられそうな私)
華々しい勢力図を誇る帝国に立ち込める暗雲がサカニカの脳裏に浮かび上がった。反乱勢力は外部にないため、まさに病魔として襲い掛かってくる。
(苦労しそうだね。巫女見習い)
自分のことは諦めた。
「私の人生、そんなもんかぁ」
これから何が起こるにせよ、巫女の立場では出来ないことの方が多く受け身の肩になるのは仕方なかった。今まで受け身で生きてきたのだから、これからもそうなると一種の諦観がサカニカの心に蔓延っている。
「……もしかして、起きてる?」
視線を感じた方向には一人しかいない。
「はい。巫女様」
「いつから?」
「やっちゃった……から」
「……全部」
箱を机に置いたサカニカは文字通り頭を抱えた。
「見たよね。この冠」
「見ました」
次は長いため息を吐いた。
「……なるがままに。ごほん。名前はあるな」
「カーニャ。家族の名前は捨てました」
サカニカも同様である。
「聞いた通りだ。私が君に巫女の全てを教える」
「はい」
「まずは年齢を聞いておこう」
(八歳ぐらいかな)
「五歳です」
「なるほ……若いな」
年齢の割には大人びていた。
「そうでしょうか」
「教え易そうだ」
籠の中から服を取り出し、化粧道具を広げた。
「今日は夜に身を捧げる。暑いから飲み物を飲んでおくといい」
火の前で無防備になることは巫女の大事な役割だ。
「巫女様」
「なんだ?」
「その……お腹がすきました」
ぎゅるるる、と二人の胃がここぞとばかりに主張した。
サカニカは籠に入った二つのリンゴを覗きこみ、ローバには敵わないことを再確認した。




