第十九話
「神の名はネカグリロであっているな?」
「そうだ」
「フェルザリンの言っていた敵を打ち滅ぼす力ではないが、実用性は充分にある奇跡だ。次はいつ使える」
救援にやってきたマリウス将軍は灰の山を生み出したのがサカニカと分かると、すぐさま軽い問答、もしくは尋問に入った。
「分からない。私の力ではないから神の気分次第だ」
「気分とは?」
「次があるか分からない」
「なぜ行った」
「そう感じたから」
「意味は?」
「ない」
サカニカはマリウス将軍の質問に正直に答えた。嘘を吐く意味もなく嘘を吐けるほど理解していないためだった。
「……」
将軍は暫く思考に耽る。
その間、サカニカは灰の山に驚愕する援軍に来た兵士たちと巫女に対する畏怖を広める砦の兵士たちの会話を聞いていた。
この中ではルシウスの次にマリウス将軍が落ち着いており、将軍の側近ですら灰の山に畏怖していた。
「巫女サカニカは幕僚に入れ、使えるか試す」
「承る」
「ルシウス百人隊長、よくぞ撃退した。こちら側の砦の裁量はナーラムントより引継ぎ守備せよ」
「必ずや」
ホロラムの軍勢は兵力は一万ほどあっても指揮する将校が圧倒的に不足していた。機動力と突破力に欠けるマリウス将軍は優秀な指揮官を欲しており、卵といえるルシウスに経験を積ませることを決めたのだ。
「して、サカニカよ。このマリウスに話があるとナーラムントが言っていたな。なんぞ」
「……今ここで話すには衆目が多過ぎる」
「機会があれば話してやらんこともない」
幕僚に加わることが決まっているため、陣の中で話し合う時間もでてくるのだろう。サカニカを失望させない言葉を選んでいるようにも感じられ、将軍の目は彼女を見定めていた。
「将軍」
サカニカは不安げに見上げた。
「レイ・ログサリッタは無事か?」
「案ずるな、ログサリッタ嬢は怪我の一つもなかったぞ。ほれ、あそこにおるだろうよ」
マリウス将軍が向いている方向には灰の山があり、ログサリッタは灰を壺のような物の中に入れている最中だった。神の炎によって焼かれた死体の灰はサカニカが被っていたが、ルシウスを除いて誰も近寄っていなかった。
しかし、ログサリッタは全く気にしていないようだ。
「……」
「罠の発案は嬢だとな。策士の素質もあろうよ……奇人でなければ」
将軍はため息を隠せていない。
「ふっ、レイはあれでこそレイだ」
「ログサリッタ家は狭すぎたのだろうよ。ごほん、噂でしかながな。お前たち、問題がないようだ。帰るぞ、巫女もな」
(噂?)
ルシウスが取り纏めることになった砦には兵士が増強された。敵の攻撃を防ぎ続けるのは不可能であり、本土からの増援を受け入れるためにクレーン用の木材を確保することが急務となった。
「ログサリッタ嬢!移動だ!」
*
森の砦から移動し、道の道中に建設された側の砦に移るとそこには多くの死体が転がっていた。ログサリッタは森の砦以上に罠を張り巡らせ、まさしく殲滅していた。
サカニカが緊張した面持ちで眺めていると、罠を提案したログサリッタが静かに抱擁する。
「レイ、疲れてる」
「わかる?」
「なんとなく」
そのままの態勢で小休止になり、砦に入り休む兵士と外で休む兵士に分かれた。二人は砦の外で集めてた死体が山のようになっている箇所を眺めている。
大きな穴を掘って埋める手筈らしく山の隣に大きな穴があった。
「レイはいつからホロラム家をパトロヌスとしてる?」
「ぁあ気になっちゃうか」
「マリウス将軍がログサリッタ家が狭すぎた、と言っていた」
抱擁を解いてログサリッタは小さな背嚢から水の入れ物を取り出した。一口飲み、サカニカにも渡す。
「言ったよね。実家のお金使用禁止になったって」
一拍置いて巫女は答えた。
「言ってたな」
「使えないのは勘当されたから。嘘じゃないよ。もうあたしはログサリッタの名前があるだけの人だから」
縁を切られた人間がどうなるかはサカニカこそ知る。
「……私はレイ以上の“学者”を知らない。神殿にある大理石の部屋の学者だって、レイほどではなかった。罠を知り、金の動きを知って、無類の酒好きを」
「ありがとう巫女様」
死体を埋める穴が足りず、小休止の次は穴掘りとなり兵士たちは愚痴を言っている。
「アカデミーを出る歳にね。お父さんと口喧嘩しちゃって、家を追い出されちゃった」
「喧嘩か」
サカニカは父と喧嘩などしたことがなかった。そうなる歳になる前にサカニカは神殿に入ったのだ。そして父たる皇帝は死んだ。羨ましさはあるものの、ログサリッタの表情から口には出来なかった。
「成績良かったおかげで仕事はあったよ?お酒買えるぐらい貯蓄できないってだけで、買って借金まみれになったって別に後悔してないし。ホロラム家に借金したおかげでホロラムおじいちゃんと会えたんだし」
「変わらないな」
サカニカとログサリッタは軽く笑った。
「マリウス将軍もあたしのこと知ってるってことは結構噂になったんだね。元々平民なのに」
「……そうなのか?」
(武人なら平民でもなれるっけ)
「マリウスでしょ、平民から特例で貴族になった人って意味」
ログサリッタは曖昧な貴族化の制度をサカニカに教えた。
皇帝を含めて元老院が多数決で認めた場合、その平民はマリウスの一族となる。ナーラムント家のように家業を性にすることも多いが、戦功だけでのし上がった平民はそのままマリウスを名乗る。
「例外も沢山あるけどねー」
マリウスはそもそも人名などにも使われやすい人気のある名前だ。
「あたしが子供のときだけどさ、クディオール帝と一緒に凱旋式に出てたよ」
クディオール、という名にサカニカは体が飛び跳ねるほど反応した。
「詳しく、詳しく!」
「えっ、えぇ?」
「私の父だ。クディオール・シャアントニ」
目を何度か閉じたり開けたりを繰り返してログサリッタは神殿の巫女が皇帝の娘であることを思い出した。
「そ、それこそマリウス将軍が一番知ってるって。属州を手に入れたときに一番戦ってたらしいし」
噂でしかないため本人から直接聞く必要があった。
「……すまない。取り乱した」
「いいよさっき慰めてもらったし」
ログサリッタはサカニカの頬を指でつっついた。意味のない行為であったが全てが意味のある行為であるよりも緊張や不安は取り除かれていく。
長い間、肩を寄り添いあう二人であったがマリウス将軍の部下が火を持ち込んだことで休息は終わった。
「試せと将軍のご命令です」
サカニカは火を受け取った。
「ねぇみこ。ネカグリロって火の神様?」
「……気にしたことが無いな」
火を見つめたが動く気配はない。
「よく燃えると思うよ。あの死体にはまだ油が染み込んでるから」
「無理をするなレイ、顔色が悪い」
三千人の死体の山は慣れていない若い兵士が何度か胃の内容物を戻すほどであった。悪臭もあるが、あまりに生々しい。苦悶に満ちた表情で死んでいったことが分かるのも、若い兵士の気分を奈落に突き落とす手助けをしている。
「あたしがしたことだからさ。一緒に、いこ」
マリウスの部下は止めなかった。
松明を投げ入れると死体の山はログサリッタの言葉通り簡単に火がついた。
「燃えるねー」
「……いいのか?」
「あたしが“弔う”べきだって思ってねぇ」
(これが弔いになるのか)
生前の勇ましい様子も、怯えた様子も、灰となってしまっては何も残らない。墓も作られず家族や知人以外はその人が生きていたことすら消え去るだろう。
「火葬、まだ帝国にはないけど神がいるなら安心だよ」
ログサリッタは立ち姿のまま手を合わせた。
巫女は火の前に座り、何と声を掛けるか逡巡した。
「……これであたしの罪が消えるとは思ってないから」
それはサカニカの言葉ではなく、ログサリッタが言葉だった。
死体を焦がす炎は白く変じて急速に灰を生み出す。
(まただ。レイが罠に酒を使ったの?)
「ただお酒が飲みたくて、人を殺して飲んだお酒は……それでも美味しかった」
サカニカは火を直視しないように目を瞑る。
「どうか、あたしが殺した人が平和な世界にいけますように」
熱い灰が体に降り積もっていった。




