第十七話
クレーン用の木材を切り出す準備が整った頃、すでに人工林と道中に一つづの砦が築き上げられていた。兵士らは突貫工事で仕上げた砦の防御力に不安を抱いていたが、レイ・ログサリッタが提案した罠を追加することで漸く安眠に就くことが出来た。
あと数日掛ければ歴戦の兵士が満足できるような堅牢な砦になっただろう。
しかし砦の完成度を確かめていたルシウスの下に一人の兵士が転がり込んできた。布を破って走りやすくした足は変色しかかっており、相当無理をして道なき道を走ったのが分かる。
「おぉどうした敵か?!」
「急報です。騎馬を中心に反乱……はぁはぁ、軍が接近しています」
息も絶え絶えに鎧に大量の汗がしたたっている。
「数は?」
「千よりも多いとだけ、それ以外は……申し訳ございません」
「一向に構わん!敵が来た知らせだけでも為せる施策は無数にあるとも、誰か水を!」
ルシウスは伝令に背を向けた。伝令は水を飲んですぐに気絶し、別の兵士に寝床へ運ばれていく。
運悪くリャクサはマリウス将軍とその他数人の将校共に数千人の軍団をどう動かすかの議論に向かっている。砦には二つ合わせて千人と少し、次席の指揮官は事前の決定によりルシウスともう一人の百人隊長と決まっていた。
「美しいサカニカ、これから血みどろの戦になる」
彼の両目は今までになく鋭かった。
「覚悟……する」
(そうだ。もしかしたら)
「ルシウス、火を灯したい」
「それは構わんが」
見上げるとまだ陽の光が絢爛に輝いている。月の影すら見えなほど眩しく、火の必要性などなかった。
「神に捧げよう。戦というものを」
「……松明の火ならすぐにでも」
慌ただしく動く兵士らに混じって松明の火が用意された。
他の人間の邪魔にならない場所が分からず、サカニカは壁の上、弓兵が要るべき要所に松明の明かりを持ち込んだ。
「巫女様、ここはあぶのうございます」
当然、弓兵の一人は内側に戻るように言った。安全とは限らないが内側には弓矢を防げる建物があった。サカニカはその言葉に従って壁を降りようとしたが、火が急に強くなった。
(ごめん)
砦は木造であり火に弱い。松明の火は弱いといえども燃え移る可能性があり、兵士たちは二つの意味で驚いた。不自然に燃え上がった火は壁の上に戻ると元の大きさになった。
「……私は邪魔か?」
「い、いえ!滅相もない」
(ごめんよ)
弓兵は巫女を過大に評価した。
松明の火は風に揺られ、兵士たちの声が不気味なほどに静かになる。大地の稜線、丘と丘の隙間から土煙が流れてきた。
ルシウスが弓と槍を担いで巫女の隣に立つ。
「炎だけで置くのは駄目なのか?」
「試してない。多分、だめ」
もしも火が巨大になれば砦が燃えてしまい、ここにいる兵士らが困難に陥ってしまう。サカニカは無理を承知で壁の上に留まった。
彼は頷き、弓を構える。他の兵士たちも矢をつがえて同じ角度になった。まだ遠いと感じていた土煙、だが騎馬隊はすでに種類形が判別できるまでに近かった。
「放て!」
矢が翔ぶ。
死を願う軌跡は山なりに騎馬隊に向かった。
大半は地面に落ち意味を成さず、数本は鎧に弾かれ、二本が馬の鎧の隙間に突き刺さる。その馬の兵は一瞬恐怖にも似た表情を発露させたが、矢に伸びていた手を懐にまた戻した。
恐らく、痛みで興奮しきった馬は血を流しながら走り続ける。ルシウスたちから次々と放たれる矢はその二本以外、然したる障害にならなかった。
「重騎兵だ。矢は撃つだけ無駄だな」
馬に跨る人間は黒く丸いものを取り出し慣性に任せて馬の上から投げ込んだ。
「罠をだせ!」
投げ込むのとほぼ同時にルシウスの号令に砦の中にいた兵士が装置を起動させた。装置と言っても粗い歯車とロープで作られたもので、地面から木の杭が飛び出すように作られている。
木の杭により人を足止めし馬の接近を乱すのが目的であったが、騎馬隊は木の杭の目前で転換し奇跡的に回避した。サカニカには元からそこで立ち止まる予定だったようにも見えた。
黒い球が砦の壁にぶつり、気を取られている内に騎馬兵が反転して逃げていく。
「追撃は禁止だ!杭を直し——」
「——隊長、火です!壁が燃え始めました!」
命令するまでもなく兵士たちは消化を始めた。
水をかけて弱まったところに濡れた布を被せて完全に鎮火させる。手際の良さはルシウス直属の部下が成し遂げていた。
「威力偵察だろうな……この様子だと向こうの砦も同じ武器を使われていそうだ」
「レイに聞いたらあの黒い球が分かるかも」
「うむ。それと向こう側の被害を見ておこう。怪我人はいるか!」
兵士たちは傷がないか確認し合った。
「火傷が数名です。すぐに治るかと」
「よし、綺麗な水で洗っておけ。今日中に敵の攻撃がまたあるやも知れん。準備は怠るな」
「ははっ」
隣の砦と言っても歩くとかなりの時間が掛かる。互いに援護出来る距離ではあるものの、両者が攻撃されると連絡手段がなかった。
現地民の助命嘆願を叶える代わりに接収した馬は一頭のみ、尚且つサカニカは馬に乗れないためルシウスと二人で跨って時短を図った。
道の最中に作られた砦は黒ずんでおり、まだ慌ただしい兵士たちの様子が遠目からでも分かる。
「……焦げてるな」
「焼け落ちてはないけど」
捨てる機会がなかったためサカニカは未だ明るい中で松明を持っており、慣れていないルシウスが汗ばんでいる。
「こっちに気付かないほど混乱しているな……指揮官不在は不味かったか。臨時のやつはまだ若かったしな」
(ルシウスも若いでしょ)
本来であればナーラムント家の奴隷が伝令係を果たし、リャクサとその義理娘アレッシアが二つの砦を指揮する予定であったが今は軍議の最中で不在である。
ルシウスが名目上の指揮官を引き継ぎ、もう一方の砦にも百人隊長はいる。しかし、混乱した様子からその指揮が粗末なものとサカニカは感じていた。
砦に近付くにつれて被害の全容は明らかになっていく。
焦げていた壁面は一部崩れかかっており、何かの衝撃があれば壊れるのは予想できた。数が多かったのか騎兵の死体はあるものの、圧倒的に砦側の死者が多いように見える。
「巫女?みこー!なんで松明持ってるのー」
「水桶をくれ!」
壁の修復作業を眺めていたログサリッタがサカニカを見つけて声を掛け、応急処置が済んだ兵士たちと共に休息に入った。
サカニカとルシウスは馬から降りて暫く待機しているとログサリッタが手ぶらで近寄って来た。彼女は便利屋として砦のあちこちに出向いていたらしく、足の汚れが目立つ。
「水桶ありがとうね、休んどいて」
代わりに桶を運んできた兵士は軽く百人隊長に向かって敬礼をしてから去った。
「レイが無事でよかった」
「まぁね。砦が燃え始めた時はどうなるかと思ったけど臨時指揮官が飛び出して行ったら退却してくれて」
「その指揮官はどこにいる?情報共有をしておきたい」
「あっち」
ルシウスは再び馬にまただってログサリッタの指さす方向に進んで行った。
「……みこぉ。死ぬかと思ったぁ」
サカニカに抱きつく。
「あれって弓騎兵だよね。やっぱり強いよ」
「弓?」
記憶にはなかった。サカニカのいた砦を襲った兵士は剣や弓の代わりに鎧を着こんでいた。
「……鎧しか着ていなかった気がする」
「じゃあ部族が違ったんだねぇ。うえーん」
「私よりも年上なのに泣くな」
「みこが大人過ぎるの」
ただの泣き真似であった。
「それよりも。私のいたところは騎兵がすぐに退いていったが、こっちはどんな状況だったんだ?」
「んー。弓を持った騎馬が黒い球を打ってきて、燃えて混乱して……ずっと矢を撃たれてた」
罠が発動した跡があるが、騎兵の死体の位置はそれよりも後方にある。接近してきた兵士や馬を留めるための罠であるため、遠距離から攻撃されると手出しできない罠であった。
「……あたしはもっと歩兵で来るって思ってたのに。教本に砦は歩兵で攻略するのが定石って書いてたからさ」
「ルシウスは威力偵察と言っていたが」
「へぇ、偵察」
ログサリッタは土の地面に下半身を降ろした。
「あとで、あの隊長に伝えて欲しいことがあって」
「なんだ?」
「黒い球の解決策。燃えるのは防げないから馬を叩くってね」
すなわち、罠の改良である。
「すぐ用意するから待ってて、あー、あたしを引っ張ってよ」
サカニカが手を掴んで半壊した砦の中へ入っていった。




