第十五話
「レイは聞いたか?」
港の破壊は誰もが考えていた以上に徹底的に行われており、短期間での再建不可能と建築学を齧った人が首を何度も横に振った。巨石が湾の中に沈み、安全な位置まで桟橋を伸ばすには水に浮遊させるしかなく安定感に欠ける。
上陸した軍勢は湾の中に沈む巨大な岩石を退かさねばならないが、縄で結んだとしても動かないのは必至だった。
「聞いたよお。大変そうだねぇ」
「レイならどうする?」
「素材さえあれば……あたしなら闘技場を作るときに使うクレーンを組み立てる」
船内で最も広い空間、朝は食堂として使用されており船に残る全員の視線が集まった。
不思議なことに大量の酒で二日酔いとなっていないログサリッタはサカニカの問いに明瞭に答える。
されどクレーンの存在をサカニカは知らず、隣にいるルシウスとチラ見している彼の部下たちに視線を移した。
「俺は知らん。土木に機械は使うが……クレーンは聞いたことがない」
部下の複数人が諸手を挙げて答えようとしたところ、ルシウスは最も早く手を掲げた男を指名した。
「はい!巫女様、クレーンってのは少ない男たちでめっちゃでっかい石を持ち上げられる機械です!ルシウス隊長は川に橋を架けるときの機械をおっきくしたものを想像してください!」
「ほう。川底に杭を打つあれか」
「そうです!」
ログサリッタは暫く考えた末にため息を吐いた。
「はぁ。それでいいや」
「素材は?」
「大量の木、それと縄。カラック船を……この船を解体したら作れるかもねぇ」
絶対足りない、と彼女は付け足した。
「それに私が専門なのは化学であって物理じゃないし、習ってないし」
「……学者も種類があるのだな」
「そうだよサカニカ。大砲は直感的だから作ったけどぉ……クレーンはしっかり計算しないと事故る」
「昨日私に無断で酒を飲ませたのは誰だ?」
「あー、はい分かりました巫女様。計算しまぁす。誰か地図持ってない?」
一分後には食事カスは片付けられ机の上に煩雑な地図が載った。
大まかに丘、海、森、平野、山、街や村が書かれており道の存在も確かめられる。今のログサリッタに最も必要なものは木材であり、縄は現地で作ったものと沈んだ敵船から回収したものがある。
「森まで遠いねー」
「奇襲されるかもしれん。小さくとも砦を確保したい」
粗製地図は実際の地形を表現できていないため、砦を立てるにしても現地に赴く必要があった。何より、一隻の船で完結する作戦ではないことに、ルシウスが誰よりも理解していた。
彼は曲がりなにも百人を指揮し、軍団で尊敬されうる立場なのだ。
「お伺いだな」
「おじいちゃんから連絡が来ると思う。大砲の調製のためにあたしはいるのもそうだけど、便利屋としてね。巫女様のためになら少しぃだけやる気が出るけどね!」
ログサリッタはそう言って特別に与えられた自室に帰っていった。
「ログサリッタ家は厳格な家と隊を率いる士官がよく口にしているのを聞いているんだが……あの学者には当てはまらんな」
「自堕落でもない」
酒飲みではあるがホロラムから任された仕事は全うしている。学者らしく実験を繰り返すためなのか、単純に酒のために真面目になっているだけなのか分からなかった。
何より、レイ・ログサリッタは学者として若すぎた。
「小舟が来たそうです。隊長」
「早いな」
ログサリッタが自室に戻りまだ昼となっていない時刻、予想よりも早くホロラム自身が船へと戻り甲板から降りてきた。ホロラムはついに首に骨を加工したものを巻いており、しかしそのおかげでかなり楽そうだった。
部屋から出てきた装備を担いだログサリッタに湾内の岩石除去の依頼をした。報酬は酒ではなく、金であった。
「本土で後払いだが構わんな」
「お金はいいよおじいちゃん。それよりも木材、それも大量に必要。さっきあそこの百人隊長と話してて案があったからさ、聞いてくれない?」
「お前もか」
ルシウスは一歩前に進み出て膝を床に擦らせる。
「その案とやらはなんだ」
「森を切り開くために砦を築き上げたく。場所は視察で決めさせていただきたい」
「ナーラムントと同じことを言うのだな。良かろう、部下も連れていけ。ログサリッタ、お前もだ。儂は船に戻って近隣を制圧する。」
「はぁい」
気の抜けた返事であったものの、すでに現地観察用の装備は整えられている。
「巫女、見習いは儂と共に海に出るが良いな」
(祈祷のため?)
「……構わない」
不服である表情を出来るだけ隠していた。
「教育はしてやる」
「……構わない」
サカニカとカーニャは別れて行動させるのがホロラムの方針であるようで、すでに彼の部下が持ち込まれた荷物を半分だけ小舟に移送していた。
「祈祷師は……他の船に乗っていないのか」
「神殿の巫女は嫌われ者のようだな。皆フィレネか皇帝の下へ向かった」
(信仰が違い過ぎるのかな)
古の信仰は皇帝が庇護しているが一般的ではない。彼らは単に宗教のいざこざが起きないために“遠慮”しているのである。
「体には気を付けよ。いざという時に神託が出来ぬのでは困るぞ」
(優しいおじいちゃん)
「……感謝する。執政官」
「うむ」
できるだけ急がなければならないことは軍単全体の共通認識だった。敵は海で接敵して以降現れていないが、いつ陸から来てもおかしくない。防備は固め始めているものの、橋頭堡としは不安定極まりないものであるのだ。
*
一週間もしくは二週間ぶりの安定した地面はサカニカに言葉にならない高揚を齎した。しかしそれ以上に、五体満足のカーニャが手を振っている姿を見ただけで感極まって小舟から飛び降りた。
「カーニャ!」
膝下まで塩水で濡れても下を見なかった。
「カーニャ!」
白い絹衣が砂浜を擦る。
「ごめんね、はなればなれになって」
「仕方……ないです。また会えるなら私は一人だとは思いません」
「いい子、いい子」
サカニカはいつまでもカーニャを抱きしめていたかったが時間は残酷だ。ログサリッタを含めて百人の兵士が数艘の小舟から降りると、ホロラムと同伴する兵士たちが乗り込んでいく。
しかし彼らも陸地から離れるのは辛いらしく、何らかの理由をつけてカーニャと同じように留まっている。隊長らも多少はお目こぼしを行い、遅延は見逃すようだ。
「やぁ、巫女様」
「リャクサ、カーニャのことは感謝しかない」
「自分は何もしてないさ。連れてきた奴隷に任せたからね」
リャクサが連れてきた奴隷の中には女性もいる。彼の義理娘、アレッシアの身の回りの世話をするためだろう。
「ホロラム執政官にも女奴隷はいるから心配することは少ないと思う。巫女見習いを乱暴にしそうな兵は執政官の護衛に晒し首さ」
サカニカは周囲を見渡したが首は無かった。
「あはは、ナーラムント家に誓って乱暴狼藉は防いだつもりだ。酒もほどほどにしたから厄介事も少なかったし」
「意外に規律が行き届いているな」
「そうだね。かなり」
暇な船の上でも訓練や規律確認を繰り返していたとはいえ、リャクサも乱暴な事態が少ないことに軽く興味を持っていた。この軍勢はホロラムを総指揮として動いているが、全体の管理を担っているのは同年代の軍人だ。
「将軍がかなり出来る人なのは間違いない」
「執政官と仲のよさげな」
「うん。一昔前の時代から職業軍人を続けている歴戦の指揮官、噂なんだけど実際にクディオール帝と最前線で戦ったことがあるらしい」
「……父と」
サカニカはカーニャを抱いていた腕を解いた。
「そっか。巫女様は……皇帝の娘だったっけ」
当ててはならない的を撃ち抜いたリャクサは目を逸らした。逸らした先にカーニャのどす黒い感情を持った両目があったのは偶然である。
「リャクサ様。サカニカ様を傷付けないでください」
「ご、ごめん」
「私は傷ついてない。父が皇帝なのは神殿巫女なら多い」
深く息を吸い上げた。
「ふぅ。リャクサ、機会があればその将軍にクディオール帝、私の父のことを聞きたい」
五歳のときから父の記憶は更新されていない。何をしたのか、何を成し遂げてどうして死んだのかは多くの書体に記録されているものの、より深く知るには情報が不足していた。
「神託にも関わる話だ」
(遠い昔の)
断ろうとしていた表情のリャクサは神託と聞いて真顔になり、そして将軍の陣幕に視線を移したのだった。




