第十三話
陸の上では強者と言われてきた帝国も海の上の戦いは苦手だ。矢と投石のみが降り注ぐ戦場では屈強な男たちの槍は役に立たず、その片手に持つ盾で耐えていくのみである。
サカニカはその様子を甲板から見守ることしかできなかった。
海を飛んできた烏、コルが肩に留まる。
「ごめん今ご飯ない」
「ガッ」
変わらず肩に留まるままだ。
「美しいサカニカ。見習いはどうした」
「……踊りの練習だ」
そして戦装束に包まれたルシウスが傍に立つ。烏を一瞥してすぐにペットとして認めた。
「勝てるのか?」
「あの装置が見えるな。船についてるアレを」
船腹に設置されているのは鉤爪のような装置だった。
「あれをくっつけて船に乗り込む。俺たちは弓矢よりも槍と剣で戦うのが向いていてな」
弓矢の応酬も当然行うがそれ以上に剣での殴打を望むのが帝国兵士だ。船同士を固定し、船上で戦えるようにするための装置である。問題点として接近するまでは耐える必要があった。
「この船にはついて無い」
「おう、代わりに大砲を積んでるぞ」
「たいほう?」
「帝都の科学者が軍団に売り込んだ……らしいが俺にもよく分からん。あそこに本人がいる」
「まだ間に合うか」
船が直進ではなく転進し船団の中央から外輪に向かう。
ホロラムも乗船している船であるため、船団内部でやり過ごすことも考えられたが彼は燃えている船の救援を選んだ。
烏を肩に乗せたまま二人は細い大砲の傍らにいる科学者に声を掛けようとしたが、忙しいようで一旦取りやめた。
斑な髪色をしたその科学者はいかにも変人らしく、みだらな服装で大砲の調節を行っていた。助手なのか奴隷なのか判別はつかないものの多くの人がたった一つの大砲に群がっている。
「ログサリッタ!使えるようにしたか!」
船尾の上方からホロラムの大声が響く。
救援と実験を兼ねるらしい。
「したよおじいちゃん!」
ルシウスとサカニカは冷ややかな目でログサリッタを見つめた。執政官を“おじいちゃん”と呼ぶのは家族であってもあり得ないだろう。尊敬と不満を一身に背負う執政官なのだ。
「変わった人だ。科学者は誰だってこんな感じなのか?」
「ガガァ」
「そんなわけあるか」
燃え盛る船に近付きつつある。調整がひと段落したようだ。
「えぇっとごめんなあさい。お三方、いや一羽とお二人。お似合いの」
忙しさから解放されたのか筋肉の塊と銀髪の二人、そして烏に反応した。
「レイ・ログサリッタ。この大砲とやらは何が出来る?」
「レイって呼んでよ。多分私よりも年下の巫女さん」
ログサリッタは大砲を拳で叩く。
「これは火薬を使って遠くに砲弾を飛ばす。帝都から鉄だけのと火薬入りのどっちも持ってきたから美味い実地検証になるんだよお」
「かやく?ほうだん?」
「硝石を使って色々やったら出来るものだよ。砲弾は鉄の塊、中を空洞にして火薬を詰めたりも出来るんだよね」
「ガガガ」
理解できていないサカニカとルシウスよりも烏の方が面白そうに鳴いた。
「可愛い鳥ちゃん。これあげる」
どこからか取りだしたパンを崩して烏に与える。
未だ二人は理解できていなかった。
「百聞は一見に如かず。さぁみてみよう」
「ヒャク、なんて言った?」
まだ火矢を放つ敵の船は遠くにいたため、サカニカとルシウスは油断していた。ドゴンと大砲が空気を震わせると敵船の間近に小さな水柱が立った。
轟雷以上の音に二人は身をかがめる。しかしこれが当然であるかのように動く人々に恥じらいの感情が僅かに生まれた。
「仰角0.5増やしてから撃って」
レイは会話を再開しようと振り返る。
「うるさいけど遠くに物を飛ばせるのが大砲、当たれば死ぬし物は壊れる。ホロラムおじいちゃんが海軍対策に使いたいって買ってくれたんだ。おかげでウチの借金帳消しになりそうっ」
「……ログサリッタ家は金持ちだろう」
「えへっ。小さいころに変なもの作りすぎて家のお金を使用禁止にされちゃって、今までパトロン、ホロラムおじいちゃんから貰えるお金でやりくりしてたんだぁ」
借金と口にしているためパトロンの援助だけでは足りていない。科学者といえども高利貸しが返済を待ってくれる筈はなく、もしかするとログサリッタ家やホロラム家から借りている可能性すらある。
「ものを遠くに、この距離から飛ばせるのは革命だな。俺にだって分かる」
次弾が発射され敵の船が木っ端微塵に吹き飛ぶと様々な方面から歓声が上がった。
「ねっ」
「戦争が変わるぞ」
「ガッ」
「あ痛っ」
「コル、レイの頭を突つくな」
サカニカは烏を掴んで肩に戻した。
「おかしいなぁ。慣れさせないと動物とか逃げるのに」
「コルは頭が良すぎる鳥だ。危険がないと分かっているんだろう」
「ふぅん」
訝しむログサリッタであるが烏に問うことなど行わない。感触と反応で確かめる。
彼女が烏を触り確認しているその間にも実地試験は行われ続け、敵の船は弓矢の届かない遙か遠方からの射撃に恐れおののいたらしく撤退した。
船を沈めたのは第二射だけだったが、一度の砲撃で沈ませる威力にホロラムは満足しているようだ。報酬として渡された酒をすぐに飲みだし溺れるログサリッタ、二人は呆れるしかなかった。
「カァ、ガァ」
「痛いってば」
烏も同様だった。今度はサカニカも止めない。
ログサリッタは烏を捕まえようと手を伸ばすが逃げられ、酒瓶を片手に戦場を駆けずり回る。船の端に逃げ込まないのは彼女が海に落ちないように配慮しているだろう。もはや驚異的だった。
呆れていたのは二人だけではない。
「珍しい組み合わせよの巫女」
港跡地に上陸し始めた軍団を脇目にホロラムが二人の元に降りてくる。
「護衛だ」
ルシウスが胸を張った。
「励め……ところでだ、巫女。見習いのカーニャはどうした」
「下で舞を」
「敵は今のところいない。見習いは上陸し鼓舞するように伝えよ、巫女はここに残れ」
ホロラムの背に向かって理由は聞かないことにした。例え聞いたとしてもサカニカに理解できることではないだろう。戦略ならまだしも、戦術となると五歳児に伝える帝王学ではなかった。
「……政治と戦術でも学ぶか」
過去に詰め込まれ帝王学の記憶も薄れている。再度やり直してもカーニャのためになれば無駄にはならない。
「いい友人がいる。帰ったら紹介しよう!」
(ルシウスの友達かぁ)
「アカデミーにいけば良き師にも出会えるかもしれん。サカニカは何歳なんだ?」
「十四」
「……」
彼はかなり驚いた。
「十六なばかりと。アカデミーに通わないといけない歳だったか」
「友すらいない私に居場所はない」
「友は道の陰から出てくるものではないぞサカニカ。語り合ってそりが合えば友人の第一歩だ。それから酒を飲んで酔いつぶれてだな」
「喧嘩でもするのか?」
「ああ」
サカニカはジト目で男を見つめる。
貴族のように、元老院議員のようにどす黒い感情を抱いていない点が彼の美点であったが、同時に単純でまだ若い子のようでもあった。
「アカデミーといったがルシウスはどうなんだ」
教育機関で筋肉はつかない。
「俺か?俺は……落伍者だからな。アカデミーを放って軍に逃げた」
サカニカはルシウスの腕に残る深い傷跡を優しく撫でた。剣でついた傷であると思われ、横一線に手首から二の腕まで伸びている。どれほどの激闘を潜り抜けたらこの傷を残すのか想像も出来なかった。
「軍に馴染めずに逃げ出して、闘技場で剣闘士をすることになってな。そのときに名前も顔も知らない軍団長から隊長に抜擢された」
神官や女官にも人気がある剣闘士は当然強く、カリスマも含まれている。軍団に招集されてもおかしくなかった。
「それが十六の時、あれから二年経って俺は百人の部下がいる」
帝国の中で百人隊長は無数にいるがそれでも数千人の軍団の中で数十人しかいない。
「……今何歳」
「十八だ」
「もっと……もっと歳をとっているとばかり」
サカニカの目には二十歳過ぎは当然として、さらに十歳の感覚が空いていると考えていた。実際は四歳しか離れていない。貫禄の無さには納得したものの、アカデミーを抜け出し軍を抜け出し剣闘士になる波乱ある人生が凝縮されていることに驚きを隠せなかった。
「色々あった。いつか話すときがくるだろ」
顎に手を擦っている。
「それにあそこを、見習いがきた」
「カーニャだ。それとあの鳥はコル」
「心得た」
口先を尖らせながらずんずんと歩むカーニャは普段誰にも見せない感情が表に噴出していた。
「ルシウス様、そこは私の定位置です」
その第一声にサカニカは微笑み、ルシウスはバツが悪そうに場所を譲るしかなかった。




