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第九話 教えて下さいまし、スマート王子!―キス編―

第九話です!思わず笑ってしまう作品を意識しました。

「それでさ、ベル。どうだったのよ?」



「え? 何がですの?」


「とぼけないでください。王子とのデートですよ」


イリスがじっとこちらを見つめる。


「一緒にお花を選んだのでしょう?」


「結構いい雰囲気だったんじゃない?」


確かに――先日の一件で、王子との距離は以前より縮まった気がする。


少なくとも、最初の頃のように「顔だけで判断していた相手」ではなくなっていた。


「お花は街で買ったんですか?」


「いいえ。王宮の庭園に咲いていたバラをいただいて、二人で花束にしたのです」



「「王宮のバラ!?」」



二人は勢いよく立ち上がった。


「ちょ、ちょっと待って!? 王宮の花を勝手に取ってきて大丈夫なの!?」


「まさか盗みの罪に問われたりしませんよね……!?」


二人が青ざめながら震え始めたので、私は慌てて説明した。


「お、落ち着きなさい! ミュゲ王子から正式に許可をいただいたのです!」


「私が街へ行く時間がないとお伝えしたら、『ぜひ使ってください』と仰ってくださって……」


「そ、そうだったんですね……」


「びっくりした……流石に王宮のものを無断で持ち出したのかと……」


「そんなことしませんわ!」


二人はようやく安心したように胸を撫で下ろした。



「それで? 庭園ではどんな感じだったの?」


「そうそう。詳しく聞かせてください」


「ええと……特別何かがあった訳ではありませんわ」


私は少し考えながら答える。


「ただ、王子は優しくて……思っていた以上にスマートなお方で……」


「それでそれで?」


「新しい一面を知ることができましたし……それに実は、重大な問題も発覚しましたの」


「おっ、なになに?」


二人が身を乗り出してくる。



「それは――」



「「それは……?」」



「王子の呼び名を“ぽっちゃり弱虫王子”から、“ぽっちゃり弱虫スマート王子”へ変更しようと思いますの!」


「「…………は?」」


「ですから! ただのぽっちゃり弱虫では少々失礼でしょう? ですので“スマート”を付け加えて差し上げようかと!」


「そ、そんなこと……!?」


「はあ……もっとこう、ロマンティックな話かと思ったのに……」


何故か二人はがっくりと肩を落としていた。


「二人とも、どうかしましたの?」


「いや、何でもないよ……」


「私たちが勝手に期待していただけですので……」



「え?」



…………一体、何をそんなに期待していたのでしょうか。


その日は結局よく分からなかった。


だが翌日――イリスが持ってきた“ある物”によって、私は全てを理解することになる。


◇◇◇



「イリス! これは一体なんですの!?」



机いっぱいに積み上げられた本を見て、私は思わず叫んだ。



「恋愛小説、です」



「そんなことは見れば分かりますわ! 問題は、何故これを私に読ませようとしているのかです!」


「ベルは恋愛方面に鈍すぎるので、もっとロマンを学ぶべきなんですよ」


「ロマンを学ぶために、こんな本を!?」


私は震える手で一冊を持ち上げ、タイトルを読み上げる。


「『君を死ぬまで離さない』……」


次。


「『旦那様の夜は甘い』……!?」


次。


「『不倫夫婦』!? 『ワンダフルチュッチュ♡』!? 『浮気のホリデー』!?」


私は顔を真っ赤にして叫ぶ。


「待ってくださいまし! 絶対普通の恋愛小説ではありませんわよね!?」


気になったのか、リラも本を手に取る。


「『ドロドロ政略結婚』、『夫がいない夜に』、『彼女を手に入れるまでの七年間』、『ああ、私のダーリン』……」


リラがゆっくり顔を上げた。



「イリス、普段こんなの読んでるの?」



「ただの恋愛小説ですよ。みんな読んでます」



「絶対嘘ですわ!」



イリスは私の抗議など気にする様子もなく、優雅に紅茶を口へ運ぶ。


そして山の中から一冊を抜き取った。



「私のおすすめはこちらですね。『デブ王子はキスだけ上手い♡』」



「え、ベルにぴったりじゃん」



「どこがですの!?」



イリスは本を開きながら、真面目な顔で説明する。


「普段は情けない王子が、一人の美しい令嬢へ恋をするんです」


「そして唯一の武器――“キスの才能”だけで彼女を堕としていく物語ですね」


「ほぼミュゲ王子じゃん」


「案外、あの王子も才能あるかもしれませんよ」


二人が真顔で話しているせいで、余計に恐ろしい。


「ベル。この本たちはお貸ししますので、ゆっくり全部読んでくださいね」


「だから何故私が読まなければならないのです!」



「それは――」



イリスが紅茶を置き、さらりと言った。


「いつかミュゲ王子と、“あんなこと”や“こんなこと”をする日が来るからですよ」



「あんなこと……?」



――まさか。


……いえ。


まさかとは思いますけれど。


その意味を理解した瞬間、私の顔は一気に熱を持った。



「わ、私があのぽっちゃり王子と……あんなことやこんなことを……!?」



「そうでしょ? 婚約者なんだから」


「花言葉を教わった次は、キスでも教えてもらえばいいんですよ」




「いやああああああああ!」




二人が楽しそうに笑う中、私は盛大な悲鳴を上げた。


――よせばよかったのに。


ほんの一瞬だけ。


本当に、一瞬だけ。


私は王子との“その先”を想像してしまったのだ。


   ✿


薔薇の花びらが舞い散る。


背景は無駄にきらきらと輝き、どこからともなく光が差し込んでいる。


その中心で、王子がやたら格好つけた顔でこちらへ手を伸ばしていた。


しかも妙に爽やかな笑顔。


――落ち着きなさい、私。


相手はあの、ソファで丸まっていた王子ですのよ?


来るな。


来るな。


来るなあああああああ!


   ✿


「キ、キスなんかで! この私が簡単に堕ちるものですかああああ!」


いかがだったでしょうか。少しでも面白いと思っていただけたら幸いです。

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