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第四話 桜の名前

第四話です。どうぞよろしくお願いいたします。

出航を控えた港には、大きな船が停泊している。

私は荷物の最終確認を終えると、ふと一人で佇んでいるベルフルール様を見つけた。


「ベルフルール様」


「スリジエ」


声をかけると、ベルフルール様は振り返った。

そして、少し離れた場所に立っている一本の木を指差す。


「スリジエ。あれは何の木か分かるかしら?」


「え?」


ベルフルール様が指差した先には、大きな木が立っていた。


そこには、桃色の花が一面に咲いている。

風が吹くたびに花びらがひらひらと舞い落ちる。


儚くて、それなのにとても美しい。


「この木は……」


「桜よ」


「さく、ら……?」


「ええ」


ベルフルール様は優しく微笑んだ。


「あなたの名前よ」


「…………!」


桜。


これが――私の名前の由来。


私は改めて周囲を見渡した。

今まで気にも留めていなかったが、この国には桜の木がたくさん植えられている。


街にも。

山にも。

そして、この港にも。


話には聞いてはいた。

けれど――


「こんなに……綺麗な花だったんですね」


「ふふふ。そうでしょう?」


ベルフルール様は嬉しそうに笑った。


「改めて、気に入ってくれたかしら?」


私は桜を見上げる。

舞い散る花びらが、まるで私の五年間を見送ってくれているようだった。


「はい」


私は胸元のブローチにそっと触れる。


「今まで以上に、大好きになりました」


「……そう」


ベルフルール様は、どこか安心したように微笑んだ。

私たちはしばらくの間、並んで桜を眺めていた。


やがて出航の時間が近づく。


「そろそろ行きましょうか、スリジエ」


「はい!」


私たちは大きな船へと乗り込んだ。

船がゆっくりと港を離れていく。


「さようなら、楓様!」


「また日本に来るでござるよー!」


港から楓が大きく手を振っている。


「拙者も機会があればフィザリス王国へ遊びに行くでござる!」


「はい!絶対に来てくださいね!」


船が遠ざかる。

小さくなっていく楓の姿を見つめながら、私は少し寂しい気持ちになった。


日本で出会った大切な友人。

短い時間だったけれど、たくさん助けてもらった。


「また……会えるかな」


「きっと会えますよ」


隣からミュゲ王子の声が聞こえた。


「え?」


「縁があれば、またどこかで会えるものです」


「……そうですね」


私は笑って頷いた。


「その時は、楓様にフィザリス王国を案内してあげたいです」


「それは楽しみですね」


こうして私たちは、日本を後にした。



◇◇◇


長い航海の末――


ついに、私たちはフィザリス王国へと帰ってきた。


「ベルフルール!」


「お父様! お母様……!」


港に到着した瞬間、お父様とお母様が駆け寄ってきた。

そして、二人はベルフルール様を強く抱きしめる。


「無事でよかった……!」


「本当に……本当に心配したのよ!」


「お父様、お母様……!」


三人はしばらく抱き合っていた。


その光景を見ていると、こちらまで胸が温かくなる。

そして、落ち着いたところでベルフルール様が椿様を両親の前へ連れていった。


「お父様、お母様。こちらが椿様です」


「……!」


椿様は珍しく緊張した様子で背筋を伸ばす。


「椿と申します」


そして深々と頭を下げた。


「この度は、ご息女を危険な目に遭わせてしまい……なんとお詫びを申し上げればよいか……」


すると、お父様が椿様の肩にぽんと手を置いた。


「顔を上げなさい」


「……?」


「スリジエから話を聞いた時は、正直なところ衝撃を受けた」


「…………」


「だが――」


お父様は静かに続ける。


「そもそもの原因は、私がベルフルールに『家柄など気にせず、自分の好きな人と結ばれていい』と、きちんと伝えてやれなかったことなのだろう」


「お父様……」


お母様も優しく微笑んだ。


「私たちは最初から、ベルフルールには好きな人と幸せになってほしいと思っていたのよ」


「…………!」


ベルフルール様は目を見開いた。


「そう……だったのですか……」


そして、俯いてしまう。


「もっと早く、お父様たちを信じて相談していれば……」


声が震える。


「スリジエや、たくさんの方々に迷惑をかけることもなかったのに……私は……」


「いいえ」


私はベルフルール様の言葉を遮るように、首を横に振った。


「ベルフルール様。そんなふうに思わないでください」


「スリジエ……」


「確かに、あの時は大変でした。でも――」


私はミュゲ王子を見る。


そして、お父様とお母様。

イリスやリラ。


これまで出会ってきたたくさんの人たちを思い浮かべる。


「そのおかげで、私はミュゲ王子と出会えました」


「…………」


「家族も、友人もできました」


そして私は、胸元にあるブローチへそっと触れた。


「それに……」


私は笑う。


「私は今、自分の名前が大好きです」


「…………!」


ベルフルール様の目が少し潤んだ。


「スリジエという名前を、ベルフルール様から頂いたことも含めて――」


私は胸元のブローチを優しく撫でる。


「今の私は、この名前を心から大切に思っています」


「……そう」


ベルフルール様は目元を拭いながら、笑った。


「それなら……よかったわ」


その場にいた全員が、穏やかな笑顔を浮かべていた。


私は空を見上げる。

フィザリス王国の空は、日本で見た空と同じように青かった。


長かった旅が、ようやく終わった。


けれど――


私の物語は、まだ終わらない。



◇◇◇


そして数日後。


「……ここが、ポンセのいる場所」


私とミュゲ王子は、とあるスラム街へ足を踏み入れていた。


日本で出会った、とある少女の魂。

貧しさゆえに苦しみ、それでも誰かを救いたいと願っていた彼女。


私は彼女に、約束した。

必ず助ける、と。


「待っていて、ポンセ」


私はスラム街の奥へと歩いていく。


「あなたを、絶対に助けます!」

今回もお読みいただきありがとうございました。今日も投稿が出来て良かったです。

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