第三話 私が選んだ場所
第三話です。投稿時間が一時間遅れてしまいました。すみません…………
「改めて、私とベルフルール様の魂のことなのですが……」
私は五年前、ベルフルール様と別れてから今に至るまでの経緯を、椿様に説明した。
この五年間ベルフルール様として生き、そしてミュゲ王子と出会い、秘密を家族に打ち明けたこと。
そして、私たちの魂はまだ元に戻っていない事。
すべてを話し終えると、椿様は申し訳なさそうに頭を下げた。
「申し訳ない。実は、そのことならもう解決している」
「え?」
私たちは一斉に椿様を見る。
「解決……している?」
「ああ」
椿様は少し言いにくそうにしながら続けた。
「兄上が術を使った時に、すでに大部分の術は解かれている」
「本当ですか!?」
「ただ、最後に残っている簡単な術だけは、俺が解く必要がある」
「では、それを解けば……」
「二人の魂は、完全に元の体へ戻る」
「…………!」
胸が大きく高鳴った。
ようやく。
本当に、ようやく元に戻れる。
けれど椿様は、少しだけ表情を曇らせた。
「兄上はベルフルールが倒れたのを見て、このまま魂を戻すのは危険だと判断したらしい。だから、本人が目を覚ましてから最後の術を解くことにしたんだ」
「えっ……でも、そんなこと一言もおっしゃっていませんでしたよね?」
「兄上は、そういう人間なんだ」
「…………」
あの無愛想な人なら、確かにありそうな話だった。
説明くらいしてくれてもいいのに……。
そんなことを思っていると、隣にいたベルフルール様が、そっと椿様の着物の裾を掴んだ。
「椿様」
「ん?」
「……すぐに、始められるのでしょうか?」
「ああ」
椿様は頷いた。
「兄上のおかげで、俺の今の体力でも術を解くことはできる」
「では……」
期待に胸を膨らませる。
しかし、椿はすぐには術を始めなかった。
代わりに、私とベルフルール様を交互に見つめる。
「その前に、一つだけ聞かせてほしい」
「……?」
「二人とも、本当にそれでいいのか?」
「…………」
その言葉に、私は黙り込んだ。
分かっている。
魂が元の体へ戻れば、私はスリジエになる。
この五年間、私が過ごしてきたベルフルールとしての人生も終わる。
以前の私は、それが怖かった。
せっかく手に入れた貴族としての生活を失うことが。
温かい家族を失うことが。
友人たちと離れることが。
そして何より――ミュゲ王子と離れることが。
怖かった。
けれど。
私は隣にいるミュゲ王子を見る。
彼は何も言わず、ただ私を見つめていた。
その優しい瞳を見た瞬間、私は自然と笑みを浮かべた。
「私は大丈夫です」
「スリジエ……」
「確かに、昔は怖かったです。元の体に戻ることが。でも……」
私は胸に手を当てる。
「今の私には、ミュゲ王子がいます。お父様やお母様も、イリスやリラもいます」
そして、ここまで私を支えてくれた人たちの顔を思い浮かべる。
「だから、もう怖くありません」
「…………」
「私は、私の人生に戻りたいです」
ベルフルール様が、穏やかに微笑んだ。
「……そうね」
そして彼女も、椿に頷く。
「私も大丈夫です。お願いします、椿様」
「……分かった」
椿は静かに頷いた。
「それじゃあ、始めるぞ」
椿様が指を立てる。
そして、聞き慣れない言葉を小さく唱え始めた。
その瞬間――
「…………っ」
身体から、ふっと力が抜けた。
まるで自分の身体が空っぽになっていくような、不思議な感覚。
視界がぼやける。
「スリジエ!」
ミュゲ王子の声が遠くから聞こえた。
大丈夫。
私は大丈夫だから。
そう伝えようとしたけれど、声が出ない。
意識がどんどん遠ざかっていく。
そして――
ぷつり。
そこで私の意識は途切れた。
◇◇◇
「あれ……?」
目を開けると、私は布団の上に座っていた。
何が起こったのか、一瞬分からなかった。
けれど――
「…………あ」
すぐに思い出した。
そして――
「私……戻ったんだ」
そっと自分の手を見る。
懐かしい。
指先も。
腕も。
身体の感覚も。
五年ぶりなのに、まるで昨日まで使っていたかのように自然だった。
間違いない。
これは私の身体だ。
私は――スリジエに戻ったのだ。
「戻ったのでござるか?」
少し離れた場所に座っていた楓が、心配そうにこちらを見ている。
「はい……そうみたいです」
そう答えた瞬間だった。
「スリジエ!」
「え?」
ミュゲ王子が勢いよく駆け寄ってきた。
そして――
「本当に良かったです!」
「きゃっ!?」
ぎゅうっ。
思い切り抱きしめられた。
「ミュ、ミュゲ王子!?」
「本当に……本当に良かった……!」
声が震えている。
その声を聞いて、私はようやく実感した。
この人も、ずっと怖かったのだ。
私が戻れなくなることが。
私を失ってしまうことが。
「ミュゲ王子……」
私もそっと彼の背中に手を回そうとした――その時。
「…………あ」
ふと我に返ったミュゲ王子が、勢いよく私から離れた。
「す、すみません!」
「い、いえ……」
「嬉しくて、つい……」
「…………」
顔が熱い。
たぶん、今の私は真っ赤だ。
ミュゲ王子も耳まで赤くなっている。
そんな私たちを眺めていた楓が、にやりと笑った。
「いやあ、アツアツの夫婦でござるなあ」
「「っ…………!」」
私たちは同時に楓を見る。
「まだ夫婦ではありません!!」
「そうですよ!僕たちはまだ婚約者です!」
「ほほう。では、いずれ夫婦になる予定でござるな?」
「そ、それは……!」
「か、楓さん!」
ミュゲ王子と二人して慌てふためく。
すると――
「ふふっ」
布団の上から、ベルフルール様の笑い声が聞こえた。
「嬉しいわ」
「ベルフルール様……?」
彼女は穏やかな笑顔で私を見る。
「スリジエに、素敵な旦那様ができて」
「なっ……!」
「ま、まだ旦那様ではありません!!」
「ふふふっ」
ベルフルール様は楽しそうに笑う。
その笑顔を見て、私は胸の奥が温かくなった。
五年前。
私は何も持っていなかった。
家族も、友人も、帰る場所も。
だから、ベルフルール様の身体を借りて生きることを選んだ。
けれど今は違う。
私は私の身体に戻った。
そして――私自身の人生を選ぶことができる。
私はミュゲ王子を見る。
彼はまだ恥ずかしそうに顔を赤くしていた。
そんな彼を見て、私は思わず笑ってしまう。
「……私、戻ってこられて良かったです」
「はい」
ミュゲ王子も微笑む。
「僕も、心からそう思います」
こうして私は、五年ぶりに本当の自分へ戻った。
そしてこれからは――
誰かの人生ではなく、私自身の人生を歩んでいくのだ。
今回もお読みいただきありがとうございました。明日もこちらの都合で投稿が遅くなるか、投稿が出来ないかもしれません。ご迷惑をおかけいたします。




