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第一話 陰陽師

第四章第一話です。よろしくお願いします。

私たちは翌日、椿様の案内で、とある山奥の神社へ足を踏み入れていた。

人里から遠く離れた山道をしばらく歩いた先に、その神社はひっそりと佇んでいる。


古びた鳥居をくぐった瞬間、空気が変わったような気がした。


静かすぎる。

風が吹いているはずなのに、木々のざわめきすら聞こえない。


「兄上。いらっしゃいますか」


椿様が声をかける。

すると、神社の奥から男の声が返ってきた。


「ん?その声は……椿か?」


しばらくして姿を現したのは、無精ひげを生やした男だった。

着物は少し着崩されており、いかにも面倒くさそうな顔をしている。


「なんだなんだ。こんなに大勢で。何かあったのか?」


「お願いがあって参りました」


「術の話か?」


「はい。例の……あの術です」


椿様がそう言った瞬間、男の表情がわずかに変わった。


「……ああ、あれか」


 そして、開口一番。


「金は?」


「……」


思わず沈黙してしまう。


兄弟の再会だというのに、最初に聞くのがお金なのか……。

するとミュゲ王子が一歩前へ出た。


「僕が支払います。必要な金額を教えてください」


楓さんが通訳すると、男は一度ミュゲ王子を見つめ、それから頷いた。


「そういうことなら構わん。入れ」


あまりにもあっさりしていて拍子抜けしてしまう。

私たちは男の後について、神社の奥へと進んでいった。


やがて案内された部屋に入った瞬間――


「……っ」


私は思わず息を呑んだ。

部屋の中には、大小様々な石像が並べられていた。


どれも何かの神や妖怪を模したものなのだろうが、薄暗い部屋の中でこちらを見つめているように感じる。

何とも言えない寒気が背中を走った。


「ここに座れ」


男はポンセに向かって指示する。

ポンセは言われた通り、一段高くなった場所へ腰を下ろした。


すると男は、私たちの方へ振り返る。


「お前らは、ここから一歩も上へ来るな」


「え……?」


「この女がどれだけ苦しんでもだ」


その言葉に、私たちは思わず顔を見合わせた。


「術の途中で近づけば、魂が混ざる。そうなったら俺でもどうなるか分からん」


「……分かりました」


私は頷いた。


そして――儀式が始まった。


男はポンセの周囲をゆっくりと歩きながら、聞き取れない言葉を呟いていく。


低く、一定の声。


その声が部屋の中に響き渡る。


最初、ポンセはじっと耐えていた。



しかし――



「……っ」



 次第に、その顔が歪み始めた。



「うっ……」



「ポンセ……?」



ポンセは胸元を押さえる。



「う……あ……」



その場に倒れ込み、必死に口元を押さえた。



「ポンセ!」



私は思わず立ち上がりかける。

しかし、男の言葉を思い出して踏みとどまった。


 ――ここから上へ来るな。



「うっ……うぅ……!」



苦しそうな声が響く。

見ているだけで胸が締めつけられる。


「頑張って、ポンセ……!」


私は祈るように手を握りしめた。


「もう少し……きっと、もう少し……!」



「うああああああああああっ!」



「っ……!」


その絶叫に、私は思わず目を逸らした。

ミュゲ王子も楓も、同じように顔を背けている。


見てしまえば、きっと駆け寄ってしまう。

だから今は、ただ信じるしかなかった。


そして――


「…………う」


突然、部屋が静かになった。


「は……ぁ……」


ポンセの荒い呼吸だけが聞こえる。


次の瞬間。


「……っ!?」


ポンセの口から、いくつもの黒い塊が吐き出された。

床へ落ちたそれは、まるで血の塊のようだった。



「ポンセ……!」



私は思わず身を乗り出す。

しかし男は何事もなかったかのように、その塊を一つずつ拾い上げていく。


「……これで終わりだ」


そう言って、男は私たちの前まで歩いてきた。


「ほら」


手のひらに乗せられていたのは、先ほどの黒い塊だった。


「大切に持ってろ」


「これは……?」


「こいつの中に残っていた魂だ」


「魂……!?」


思わず手を引っ込めそうになる。

しかし、落としてはいけないと思い、恐る恐る受け取った。


「一つ一つ分けてある」


「これが……」


私は手の中の塊を見つめる。


これまでベルフルール様の身体の中に残っていた、いくつもの人格。

その魂なのだ。


「これを元の身体に戻せばいいんですか?」


「ああ」


男は頷く。


「元々の身体に口から戻せばいい。そうすれば魂は元の身体へ戻る」


「……食べさせる、ということですか?」


「ああ」


「…………」


私は何とも言えない気持ちになった。

しかし、これでポンセを救える。


そう思うと、迷っている暇はなかった。

私は黒い塊を大切に布へ包み込む。


そして、すぐにベルフルール様の元へ駆け寄った。


「ベルフルール様!」


肩をそっと揺らす。


「大丈夫ですか?」


「…………」


返事はない。


「ベルフルール様……?」


「眠ってるだけだ」


後ろから男の声がした。


「もう、その身体に別の魂は残っていない」


「……!」


私はほっと胸を撫で下ろした。


「よかった……」


ポンセはもう、ベルフルール様の中にはいない。

これで、元の身体へ戻す準備は整った。


私は男へ向き直った。


「あの……」


深く頭を下げる。


「本当にありがとうございました」


「こっちは金をもらってるんだ。礼なんていらん」


「それでもです」


私はもう一度頭を下げた。


「ありがとうございました」


男は少しだけ気まずそうに目を逸らした。


「……そうかよ」


すると今度は、ミュゲ王子の前まで歩いていく。


「で、金だ」


そう言って、一枚の紙を差し出した。

そこには、かなりの金額が書かれていた。


しかしミュゲ王子は驚くことなく頷く。


「分かりました。お支払いします」


どうやら、事前に換金しておいたお金を楓さんに預けていたらしい。

楓さんが袋を取り出し、男へ手渡す。


「……確かに受け取った」


男は中身を確認すると、満足そうに頷いた。


「用は済んだだろ。もう帰れ」


そう言って、男はさっさと部屋を出ていってしまった。


「……随分とあっさりしていますね」


「兄上は昔からああいう人だ」


椿が苦笑する。


私たちも神社を後にすることにした。

そして、初めに泊まっていた宿へ戻る。


長い旅も、ようやく終わりが見えてきた。

すぐにベルフルール様もお目覚めになるだろう。


あとは――


この魂を、元の身体へ返すだけ。


私は布に包まれた黒い塊を、ぎゅっと握りしめた。


ベルフルール様。


もうすぐです。

もうすぐ、すべてが元に戻ります。

もうすぐ日本から帰国できますね。これからどうなるのでしょうか。

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