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第二十七話 日本とフィザリスの契約

第二十七話です。これで第三章は終わりです。

ようやく村へたどり着いた頃には、東の空が白み始めていた。


夜通し走り続けた足はもう限界だった。


「はぁ……はぁ……」


私はその場へ座り込み、大きく息を吐く。


「疲れた……」


「まったくでござる……」


楓も地面へ大の字になって倒れ込み、ぐったりと空を見上げた。


「この村は別の城主の領地でござる。梅之助も、そう簡単には手を出せぬはずでござるよ」


「そうなのですね……」


それを聞いて、ようやく張りつめていた心が少しだけほどけた。

少なくとも今すぐ追っ手が来ることはないだろう。


私はベルフルール様へ視線を向ける。


「それで、ベルフルール様……ではなく」


「ポンセよ」


ぶっきらぼうに答えた彼女は腕を組み、ふいと顔を背けた。


「ポンセ。約束したでしょう?ちゃんと逃げ切れたわ」


「……ふん。本当に逃げ切るなんて思わなかっただけよ」


そう言いながらも、その表情には先ほどまでの険しさはなかった。


「それで?本当に魂を元の体へ戻せるの?」


「ええ。もちろん。そのためにも――」


 私は椿の方へ向き直った。


「椿様。まずは教えていただけませんか?」


椿と目が合う。


「この国で何があったのか。そして、なぜ帰れなくなってしまったのかを」


しばらく沈黙が流れる。

やがて椿は静かに口を開いた。


「……全部、俺のせいだ」


ジャスマンの背から降りると、その場へ腰を下ろす。


「上様は俺を手放そうとしなかった。だから俺は牢へ入れられ、ベルフルールは幽閉された」


楓の仲間から聞いた話と同じだった。


「椿様は、それほど優秀なお方だったのですね」


「いや」


 椿は首を横に振る。


「上様が欲しかったのは俺じゃない」


「え?」


「俺の家系だ」


「家系……?」


「ああ。俺の一族は代々陰陽師なんだ。俺はまだ半人前だが、父や兄は国でも指折りの術者だ。俺がいなくなれば、その縁も切れてしまう」


「……!」


私は思わず身を乗り出した。


「それでしたら!」


皆の視線が私へ集まる。


「そのお父様やお兄様なら、ポンセの魂を元の体へ戻せるのではありませんか?」


椿は困ったように眉を下げた。


「俺も最初はそう考えた」


「では!」


「だが難しい」


その一言で胸が締めつけられる。


「お前とベルフルールの魂を元へ戻すだけでも高度な術だ。そのうえ、一部だけ残った魂まで戻すとなると、兄でなければ難しい」


「では、そのお兄様にお願いしましょう!」


「……行っても簡単には引き受けてくれない」


「どうしてですか?」


「兄は金しか信じない男だ」


椿は苦笑する。


「莫大な報酬を要求されるだろう。そんな金、俺には用意できない」


重い沈黙が流れた。

誰も言葉を返せない。


その静寂を破ったのは、ミュゲ王子だった。


「でしたら」


全員が一斉に顔を上げる。


「僕がお支払いしましょう」


「……え?」


 椿が目を見開く。


「僕はフィザリス王国の第三王子です。それくらいのお金なら用意できます」


「ですが、それではあまりにも……」


「もちろん」


ミュゲ王子は穏やかに微笑んだ。


「一つだけ条件があります」


「条件……ですか?」


「はい」


王子は椿の前まで歩み寄る。


「あなたはこれから、どうしたいですか?」


「俺が……?」


「日本へ残りますか。それともベルフルール嬢と共に、フィザリス王国で生きますか」


椿はしばらく考えたあと、まっすぐ王子を見つめた。


「俺は……」


その瞳には迷いがなかった。



「ベルフルールと一緒に、フィザリス王国で生きたい。そちらが受け入れてくださるなら、俺はどんな仕事でもします」



その答えを聞き、ミュゲ王子は満足そうに頷いた。


「でしたら決まりですね」


そう言って、ゆっくりと右手を差し出す。


「椿さん」


「はい」


「僕のもとで働いてください」


「……それだけで、いいのですか?」


「ええ」


 ミュゲ王子は柔らかく笑った。


「日本へ来て、僕は確信しました。フィザリス王国は日本と正式に国交を結ぶべきです。そのためには、この国を知るあなたの力が必要なのです」


椿はしばらく差し出された手を見つめていた。

その時の表情はまるで、過去の私のようだった。


椿は静かに立ち上がると、その手を力強く握る。


「お任せください」


その声には迷いがなかった。


「この命ある限り、必ずお力になります」


「ありがとうございます」


固く交わされた握手を見つめながら、私は思わず笑みをこぼした。

きっとこれが、フィザリス王国と日本をつなぐ、新たな一歩になるのだろう。

第四章もお楽しみに。今章もお読みいただきありがとうございました。

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