第二十五話 救われなかった魂
第二十五話です。よろしくお願いします。
「ふふっ……あなたの困った顔、見ていて飽きないわ」
ベルフルール様の姿をした"もう一人"が、クスクスと笑う。
「あなたが羨ましい」
「……羨ましい?」
「ええ」
私が問い返すと、彼女は静かに頷いた。
「だってあなたは、顔と背丈が少し似ていただけで貴族になれた。でも私は違った」
その声には、怒りよりも深い諦めが滲んでいた。
「あなたも……貴族に憧れていたの?」
「もちろんよ」
彼女は空を見上げるように呟く。
「毎日、食べ物を探して歩いた」
その目はどこか遠くを見ていて。
「明日、生きていられる保証なんてなかった。雨風をしのげる家が欲しかった。温かい食事を、お腹いっぱい食べてみたかった」
そしてフッと笑う。
「そんな暮らしを、一度でいいからしてみたかった」
胸が締め付けられる。
その気持ちは、私にも痛いほど分かる。
私もかつては、同じだったのだから。
「そんな時だった。『魂を入れ替えれば貴族になれる』と言われたの」
彼女の表情が一瞬和らいだ。
「夢みたいな話だった。だから喜んで受け入れたわ」
彼女は自嘲するように笑う。
「でも、この体は私を受け入れてくれなかったわ」
「…………」
「結局、私はこの子の中に残ることしかできなかった」
落胆したような表情。
「私の本当の体はどうなったのかしら」
彼女はまた遠くを見つめた。
「餓死したのかもしれない。生きていたとしても、幸せになれたとは思えないけど」
私は何も言えなかった。
「だから私は、この子が憎い」
静かな声だった。
けれど、その一言には長年積み重なった苦しみが詰まっていた。
「何不自由なく育ったお嬢様。好きな人と結ばれたいからって、私に助けを求めてきた」
「…………」
「相性が悪いと分かったら、それで終わり」
「…………」
「そんな勝手、許されると思う?」
私は首を横に振る。
「ベルフルール様は、そんな方じゃない」
これだけは言える。
「貧しい人にも手を差し伸べてくださる方よ。私も、その一人だった」
お願い、分かって。
「きっとあなたのことだって助けたかったはず」
「助けたかった?」
彼女は皮肉っぽく笑う。
「ええ。確かに別れ際に、お金を渡してくれたわ。でもそれだけ」
「…………」
「貴族って本当におめでたいわねえ。お金さえ渡せば、人は救われると思っている」
「……それは違う」
私は静かに答える。
「ええ、違うわ」
彼女は頷いた。
「お金はいつかなくなる」
彼女はうつむく。
「本当に必要なのは、生きていける場所。働ける場所」
その顔は私からは暗くて見えない。
「孤児院でも、仕事でもいい。貧しい人が、自分の力で生きていける環境よ」
彼女はどんな気持ちで言っているのだろうか。
「貴族はいつまで経っても私たちを理解できない。いえ、したくないのかしらね」
私はその言葉を否定できなかった。
確かに、一時の施しだけでは根本的な解決にはならない。
「だから私は決めたの」
彼女は真っ直ぐ私を見る。
「この体に残った魂で、貧しい人を救える国を作ろうって。貧しさを知っている私だからこそ、できることがあると思った」
その瞳に宿るのは狂気ではない。
理想だった。
歪んでしまったけれど、誰かを救いたいという願いだった。
「でも現実は、このざま」
彼女は乾いた笑みを浮かべる。
「日本で監禁されて、何もできない」
天に向かって手を伸ばした。
「だったら、みんな一緒に終わればいい」
「………そんなこと、させない!」
私は思わず叫んだ。
彼女は面白そうに笑う。
「まだ諦めないの?」
「ええ」
私は胸に手を当てる。
「あなたは貧しい人を救いたいんでしょう?だったら、こんなところで諦める人に、人なんて救えないわ!」
彼女の表情がわずかに揺れる。
「私はね…………貧しかった頃も、この五年間も」
声が震える。うまく言えているか分からない。
「何度絶望しても諦めなかった」
一歩前に出る。
「支えてくれる人がいたから。だから今の私がいるの」
彼女は寂しそうに笑った。
「いいわね…………私には、そんな人はいなかったわ」
その一言が胸に刺さる。
だからこの人は、ずっと一人で苦しんできたのだ。
私はゆっくりと彼女へ歩み寄った。
そして、その手を両手で包む。
「だったら」
彼女が目を見開く。
「え……?」
私は力強く微笑んだ。
「私があなたを支える」
「っ…………!?」
「私が、あなたを助けるわ!」
その言葉に、彼女の瞳が大きく揺れた。
今回もお読みいただきありがとうございました。




