第十九話 幽閉された二人
第十九話です。どうぞお読みください。
「どうぞ。早く読むでござる」
楓に急かされ、私は震える指で封を切った。
ゆっくりと便箋を広げ、一文字一文字を見つめる。
「…………」
「スリジエ。何と書いてあるのですか?」
「…………」
「スリジエ?」
肩にそっと手が添えられる。
顔を上げると、心配そうなミュゲ王子と目が合った。
「大丈夫です」
優しく微笑みながら、王子は言う。
「どんな結果であっても、一緒に乗り越えましょう」
「…………」
「まさか、それほど悪い内容だったのですか?」
「い、いえ……そうではなくて……」
私は恐る恐る楓へ視線を向けた。
「日本語が……読めません」
「「あっ」」
楓は目を丸くし、ぽかんと口を開けた。
その様子を少し離れた場所で見ていたジャスマンは、額に手を当てて大きくため息をつく。
「完全に忘れていたでござる……」
楓の呟きと共に、重苦しい空気が、一瞬でどこかへ吹き飛んだ。
◇◇◇
「では、改めて拙者が読ませていただくでござる」
楓は姿勢を正し、便箋を持ち直した。
「親愛なる楓殿。あなたからの文はとても喜ばしいものでありました。是非また文を送ってきてほしいでござる」
「おや」
ミュゲ王子が柔らかく笑う。
「随分と慕われているのですね」
「違うでござる」
楓は真顔で首を横に振った。
「これは暗号でござる」
「暗号?」
「普通に文を送れば、敵に奪われた時に内容が筒抜けになってしまうでござる」
楓は胸を張る。
「拙者たちは、すべて反対の意味で読む約束になっているのでござる」
「つまり……?」
楓は無表情のまま読み上げた。
「憎たらしい楓め。お前からの文など最悪だ。二度と送ってくるな」
「…………」
部屋が静まり返る。
「な、なんと……」
ミュゲ王子は本気で驚いていた。
「なんだか……私のせいで申し訳ありません」
思わず頭を下げると、楓は笑って手を振る。
「気にすることはないでござる」
「でも……」
「これは照れ隠しでござる」
「本当にそうなんですか?」
「もちろんでござる!」
どこまでも前向きだった。
その姿に、私たちも思わず苦笑する。
「では、解読した内容を読むでござる」
その一言で、部屋の空気が一変した。
笑みは消え、全員が楓へ視線を向ける。
「お前が探していた男と女の居場所を突き止めた」
「っ……!」
思わず息を呑む。
遂に──。
ベルフルール様の居場所が。
「しかし、男は城の地下牢に捕らえられ、女は別室で幽閉されている」
「え……?」
鼓動が止まりそうになる。
「二人が引き離されてから、およそ一年。黙って日本を離れようとしたため、男が仕えていた城主の怒りを買ったらしい。男は非常に有能だったようで、城主は手放したくなかったのだろう」
一年……。
そんな長い間。
ベルフルール様が苦しんでいたなんて。
胸が締め付けられる。
「城の場所は教える。しかし、侵入は容易ではない。この情報を得るだけでも苦労した。もう二度と、こんな依頼を押し付けるな」
読み終えた楓は静かに便箋を畳んだ。
「どうやら、お二人とも囚われの身でござる」
「今すぐ助けに行かなければ!」
私は立ち上がり、荷物へ手を伸ばす。
しかし、その手はそっと握られた。
「スリジエ」
ミュゲ王子だった。
「気持ちはよく分かります。でも、まずは落ち着いてください」
「落ち着いてなんていられません!」
思わず声が震える。
「ベルフルール様は一年も閉じ込められているんですよ!」
「ええ」
王子は静かに頷いた。
「だからこそ、慎重にならなければならないのです」
その瞳は真っ直ぐだった。
「感情だけで飛び込めば、助けるどころか、僕たちまで捕らえられてしまいます」
「でも……」
「策を立てましょう」
その言葉には、不思議な安心感があった。
「必ず、お二人を救い出します」
私は唇を噛み締める。
焦る気持ちは消えない。
それでも──。
王子の言うことは正しい。
ゆっくりと息を吸い込み、小さく頷いた。
「……はい」
その返事を聞くと、王子は優しく私を抱き寄せた。
「大丈夫です」
耳元で穏やかな声が響く。
「僕がついています」
その一言だけで、不思議と心が落ち着いていく。
「必ず、一緒に助けましょう」
「……はい」
今度は迷いなく頷くことができた。
「おやおや」
楓が肩をすくめる。
「そんなに仲睦まじい姿を見せられては、拙者まで照れてしまうでござる」
そう言って両手で目を隠す。
……だが、指の隙間はしっかり開いていた。
「楓様、見えてますよ」
「見えてないでござる」
「見えてます」
「見えてないでござる!」
張り詰めていた空気がふっと緩み、部屋には小さな笑い声が広がった。
今回も最後までお読みいただきありがとうございました。




