第十八話 照れ隠しの朝食
第十八話です。よろしくお願いいたします。
「ん! このお魚、とても美味しいですね」
「ええ。日本食の素晴らしさがよく分かります」
私たちは朝食に並んだ和食を味わいながら、穏やかな時間を過ごしていた。
焼き魚に味噌汁、炊き立ての白米。
どれも初めて口にするものばかりだが、不思議と心が落ち着く味だった。
「フィザリス王国も、日本との貿易がもっと盛んになれば良いのですが……」
「日本のことをもっと知れば、王様もきっと前向きに考えてくださると思うのですが」
――王様。
実の父であるはずなのに、「父上」とは呼ばないのですね。
その呼び方に、私は思わず胸の奥が引っ掛かった。
「王様とは、あまりお話をなさらないのですか?」
「…………ええ、まあ」
ミュゲ王子は湯呑みを持つ手を止め、静かに視線を落とした。
「王様はお忙しい方ですし……それに」
「それに?」
少しの沈黙の後、王子は小さく笑った。
「……僕のことを、あまり快く思っていないんです」
「え……」
その笑顔は、どこか寂しげだった。
「ご存じだとは思いますが、僕の母は正室ではありません。権力を求めた祖父が、母を半ば強引に王家へ嫁がせたのです」
私は言葉を失った。
政略結婚は貴族の世界では珍しくない。
けれど相手は国王。
しかも、王妃様は国一番の美貌を持つとまで言われた方だ。
「母は本当に優しい人でした。でも……容姿には恵まれず、王様からもほとんど相手にされなかったそうです」
「なんて酷い王様なんでしょう!」
思わず声が出てしまい、私は慌てて両手で口を押さえた。
「す、すみません! とんだ失言を……!」
「ふふっ」
ミュゲ王子は肩を震わせる。
「ありがとうございます」
「え?」
「代わりに言っていただけて、少しだけ胸が軽くなりました」
そう微笑む王子を見て、私もほっと息をついた。
「使用人たちは表向きは母にも僕にも親切でした。でも、陰では悪口ばかりで……」
王子は遠くを見るような目をする。
「母も気付いていたのでしょう。だんだん部屋から出なくなってしまいました」
「そんな……」
胸が締め付けられる。
「ですが、数年前に転機が訪れました」
王子の表情が少し明るくなる。
「王様のご慈悲で、母は離宮へ移ることになったんです。母を大切に思ってくれる使用人たちと一緒に」
「それは……良かったことなのですか?」
「はい」
その返事は迷いがなかった。
「離宮は自然しかありません。でも母は、ようやくあの鳥かごから解放されたんです」
優しい笑顔が浮かぶ。
「今では庭を散歩したり、花を育てたりして、穏やかに暮らしています。僕とは離れてしまいましたが、時々会いに行ったり、手紙を送り合ったりしていて」
その笑顔を見ているだけで、こちらまで嬉しくなる。
「お母様のことを、本当に大切に思っていらっしゃるのですね」
「もちろんです」
王子は照れもなく頷いた。
「僕にとって家族と呼べる存在は、母だけのようなものですから」
その言葉に、私はわざと唇を尖らせる。
「まあ。つまり私は家族ではないということですね?」
「スリジエ、それは……」
「そうですよね。私は他人ですもの」
「も、もう……意地悪しないでください」
王子は困ったように笑う。
「あなたは家族というより……その……」
「その?」
王子の顔がみるみる赤く染まっていく。
「…………あ、愛する存在……です」
「っ……!」
胸が、ぎゅっと締め付けられた。
な、何なんですの、この可愛い生き物は……!
そんな顔でそんなことを言われたら、心臓がもちません!
私の婚約者、可愛すぎませんか!?
「…………」
王子も恥ずかしかったのか、真っ赤な顔のまま湯呑みに口を付け――
「げほっ、ごほっ!」
「あっ、大丈夫ですか!?」
「だ、大丈夫です……」
むせてしまった王子に思わず笑ってしまう。
「ふふっ」
「笑わないでください……」
「ご、ごめんなさい。でも……」
笑いを堪えきれない。
「からかいすぎました。すみません」
「まったく。僕の婚約者は、本当に意地悪なお人ですね」
ふたりとも少しだけ頬を赤く染めたまま、黙って朝食を口へ運ぶ。
その沈黙さえ、不思議と心地良かった。
やがて目が合う。
「「ふふっ……」」
次の瞬間。
「「あははははっ!」」
堪えきれず、二人同時に笑い出した。
その時だった。
「スリジエ殿ー! ミュゲ殿ー!」
廊下の向こうから、慌ただしい足音が近付いてくる。
「文が届いたでござるよー!」
勢いよく障子が開き、楓が息を切らせながら飛び込んできた。
その手には、一通の封筒が握られている。
私は思わず息を呑んだ。
まさか……。
遂に。
遂に、ベルフルール様の居場所が分かるのだろうか。
胸の鼓動が早まる。
震えそうになる指先で、私は静かにその文を受け取った。
今回もお読みいただきありがとうございました。




