第十七話 勘違い
第十七話です!よろしくお願いいたします。
◇◇◇
「……ん」
ゆっくりと瞼を開ける。
ぼやけていた視界が少しずつ鮮明になり、一番最初に飛び込んできたのは、愛しい婚約者の顔だった。
「スリジエ……?」
「あっ、ミュゲ王子!」
僕が目を覚ましたことに気付くと、スリジエはほっとしたように笑みを浮かべた。
「良かったです。気が付きましたね」
そう言うと、額に乗せられていた濡れた手ぬぐいを取り替えてくれる。
ひんやりとした冷たさが心地よかった。
「気分はいかがですか?」
「ええ……もう、だいぶ落ち着きました」
僕はゆっくりと体を起こす。
どうやら部屋の布団へ寝かされていたらしい。
窓の外を見ると、空はまだ薄暗い。
倒れてから、それほど時間は経っていないようだった。
「本当に驚きました」
スリジエは胸をなで下ろす。
「お風呂場で急に倒れてしまわれたんですもの」
「そう、でしたね……」
あの時のことを思い出そうとする。
悲鳴が聞こえて、慌てて浴場へ飛び込み──
そして───
「っ……」
そこから先の記憶が曖昧だった。
顔が熱くなり、頭が真っ白になって、そのまま意識を失ってしまったような気がする。
「情けないですね……」
思わず苦笑が漏れる。
「婚約者を助けようとして、逆に倒れてしまうなんて」
するとスリジエは、ふるふると首を横に振った。
「そんなことありません」
優しい笑みを浮かべながら言う。
「私を心配して駆けつけてくださったのでしょう?」
「……はい」
「それだけで十分嬉しかったです」
その一言だけで、胸が温かくなった。
「それに」
スリジエは少し照れくさそうに笑う。
「純粋な方なのだなと思いました」
「純粋……ですか?」
「はい」
くすっと笑う。
「私は、女性の扱いに慣れている方よりも、そういう方のほうが安心できます」
「安心……」
「私だけを大切にしてくださる気がしますから」
「っ……!」
思わず息をのむ。
僕なら照れて言えない事を、あまりにも自然に言うものだから。
「どうかなさいましたか?」
「い、いえ……」
僕は慌てて視線を逸らした。
こんなにも真っ直ぐな言葉を向けられると、心臓がもたない。
「ありがとうございます」
それしか言えなかった。
スリジエは嬉しそうに微笑み返す。
部屋の中に、穏やかな沈黙が流れた。
「失礼するでござる」
穏やかな空気を破るように、部屋の戸が開いた。
「おっ、目が覚めたようでござるな」
楓は安心したように笑いながら部屋へ入ってくる。
「ミュゲ殿、気分はどうでござるか?」
「はい。もうすっかり大丈夫です」
僕は布団の上で軽く頭を下げた。
「ここまで運んでくださったそうですね。ありがとうございました」
「気にすることではないでござるよ」
楓はひらひらと手を振る。
「それよりも――」
そう言って、今度はスリジエへ視線を向けた。
「スリジエ殿。昨夜からほとんど休んでおらぬのでござろう?すこし仮眠を取ったらどうじゃ?」
「えっ……」
「今も寝ないで、ずっと看病しておったではないか」
「ですが、まだミュゲ王子が……」
「もう心配はいらぬ。ここからは拙者が見ておくでござる」
スリジエは少し迷うように僕を見る。 僕は微笑んで頷いた。
「僕なら本当に大丈夫ですよ。少し休んでください」
「……分かりました」
安心したように笑うと、部屋の隅へ布団を敷き、横になった。
疲れがたまっていたのだろう。 ほどなくして、穏やかな寝息が聞こえ始める。
「眠ったようでござるな」
楓は小声でそう呟くと、僕のすぐそばまで近寄ってきた。
「で、どうだったでござる?」
「……え?」
「決まっておろう」
楓は肘で僕の腕を軽くつつく。
「初めての混浴でござるよ」
「こ、混浴!?」
思わず大きな声を上げそうになった瞬間。
「しーーーーーっ!」
楓が慌てて僕の口を塞いだ。
「婚約者殿が起きてしまうでござる!」
「も、申し訳ありません……」
楓はほっと胸をなで下ろす。
「それで?」
「それで、と言われましても……」
「貸切風呂、満喫できたでござるか?」
「ま、満喫なんて……!」
僕は首を何度も横に振る。
「悲鳴が聞こえたので助けに入っただけです。本当に何もありませんでした」
「ほほう?」
楓はにやりと笑う。
「では、何故気絶したのでござる?」
「そ、それは……」
言葉に詰まる。
「やはり、見てしまったのでござるな?」
「………………」
見てしまった?
見てしまった………のだろうか?
「若いというのは良いものでござる」
楓はうんうんと何度も頷いた。
「貸切風呂を予約した甲斐があったというものじゃ」
「違います!」
思わず身を乗り出す。
「本当にそんなことではないんです!」
「照れなくてもよいでござる」
「照れているのではなく、本当に違うんです!」
「はいはい」
楓は笑ったまま聞き流す。
「新婚とは、そういうものでござるからのう」
「まだ夫婦ではありません……」
僕が力なく呟くと、楓は肩をぽんと叩いた。
「まあ、あまり無茶は禁物でござるよ。若いとはいえ、気絶するほど頑張っては体がもたぬ」
「だから違いますって……」
僕の必死の否定も虚しく、楓はすっかり誤解したまま笑い続けていた。
楓が部屋を出て行くと、部屋は再び静けさに包まれた。
「はあ……」
僕は小さく息をつく。
結局、最後まで誤解は解けなかった。
思い返そうと目を閉じる。
悲鳴が聞こえ、慌てて浴場へ駆け込んだ。
そこまでははっきり覚えている。
そのあと――
「……あれ?」
僕は首をかしげた。
スリジエの姿を見た……ような気もする。
けれど、その先がまるで思い出せない。
頭の中が真っ白になって、そのまま意識を失ったことだけは覚えている。
「一体、何があったのでしょう……」
思い出そうとするたび、胸がドキドキして落ち着かない。
「思い出せないということは、それほど動揺していたのでしょうか……」
僕は苦笑する。
「情けないですね」
そう呟くと、天井を見上げながら静かに目を閉じた。
◇◇◇
手ぬぐいを濡らすため、楓が廊下を歩いていると、不意に頭上から一つの影が音もなく舞い降りた。
「楓殿」
「おお、ジャスマン殿でござったか」
ジャスマンは一礼すると、静かに口を開く。
「一つ、お聞きしたいことがございます」
「何でござる?」
「昨日、女人は少し目を離しただけで攫われることもある、とおっしゃっていましたが……」
「うむ」
「私の知る日本は、そのような国ではなかったと記憶しております」
その言葉を聞くと、楓は一瞬きょとんとした顔を見せた。
だが次の瞬間には、大きく笑い出す。
「はっはっは! もちろん、あれは方便でござるよ!」
「やはり、そうでしたか」
ジャスマンはどこか呆れたように息をついた。
「二人の距離を縮めるには、少しばかりきっかけが必要だと思ってのう」
楓は得意げに胸を張る。
「貸切風呂なら、自然と仲も深まるでござろう?」
「ですが……」
ジャスマンは苦笑を浮かべた。
「本当に、お二人の距離は縮まっていたのでしょうか」
「む?」
「なんと言えば良いか。いつもあのお二人は、仲が深まりそうで深まらないと申しますか…………」
「そんなに心配することもなかろう……確かに、気絶するとは予想外でござったが」
「ええ」
ジャスマンは小さく頷く。
「気絶するくらい、甘い時間を過ごしたと言う事でござるよ!」
その前向きな言葉に、ジャスマンは「そうでしょうか」と首を傾げる。
「そうでござる!この楓の腕にかかれば、どんなことも万事解決でござるよ!はっはっはっ!」
ジャスマンはそんな彼の様子に穏やかに微笑む。
その頃、部屋では。
純情すぎる一国の王子が、失った記憶を思い出そうと首をかしげていることなど、二人は知る由もなかった。
是非リアクションなどをしてくださると嬉しいです。今回もありがとうございました。




