表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
61/83

第十六話 ドキドキ貸切風呂

第十六話です。よろしくお願いいたします。

ようやく宿中を巻き込んだ大騒ぎが収まった頃には、すっかり夜も更けていた。


「スリジエ……」


「は、はい……」


「夜が明けそうではありませんか」


「ううっ……」

何も言い返せない。

確かに、あの騒動の原因は私が楓さんに飛びついてしまったことなのだから。


「も、申し訳ありません……」


「いえ。無事に誤解が解けたので、それは良かったのですが……」


ミュゲ王子は小さくため息をつく。


「次からは、あまり僕を驚かせないでください」


「はい……気を付けます」


しゅんと肩を落としていると、楓が腕を組みながら笑った。


「これで分かったでござろう?」


「何がですか?」


「この国では、少し目を離した隙に女人が悪い輩に連れて行かれることもあるのでござる」


「そ、そんなに危険な国なのですか?」


ミュゲ王子が目を丸くする。


「ああ、珍しい事ではない。知らない国へ来て、大切な婚約者殿を一人にするとは感心せぬのう」


「確かに……」


王子は真剣な表情で頷いた。

その様子を見て、楓はにやりと笑う。


「だから、お風呂も一緒に入るのが安心でござるな」


「「お、お風呂!?」」


私たちの声が見事に重なった。


「この宿には貸切風呂があるのでござる」


楓は何事もないように続ける。


「他の客がおらぬから、安全でござるよ」


「で、ですが……」


ミュゲ王子は耳まで真っ赤になっている。


「ぼ、僕たちはまだ、そのような関係では……」


「そ、その通りです!」


私も慌てて頷く。

楓は「ふむ」と顎へ手を当てた。


「なるほど」


そして真顔のまま、ミュゲ王子を指差す。


「では、婚約者殿が攫われても構わぬと?」


「えっ」


「い、いや……それは……」


「よろしいのでござるな?」


「よ、よろしくありません!」


王子は勢いよく首を振る。


「何としても守ります!」


「ならば答えは決まりでござる」


楓は満足そうに頷いた。


「貸切風呂を使えば万事解決じゃ」


「うっ……」


反論できない。

確かに安全ではある。 安全ではあるのだが──。


「二人とも、まだ初々しいのう」


楓はくすくす笑いながら立ち上がる。


「では拙者はこれにて失礼するでござる。ゆっくり悩むといい」


そう言い残すと、軽い足取りで部屋を出ていった。

部屋には静寂だけが残る。


「…………」


「…………」


沈黙。

互いに相手を見ようとしては視線が合い、慌てて逸らす。


それを何度も繰り返してしまう。


「「……あの」」


声が重なった。


「ど、どうぞ」


「いえ、ミュゲ王子から……」


「そ、それでは……」


王子は小さく深呼吸をした。


「スリジエが危険な目に遭うくらいなら……僕は、その……」


言葉を選ぶように口ごもる。


「一緒に入った方が良いと思います」


「……はい」


私も、小さく頷いた。

恥ずかしい。 とても恥ずかしい。


それでも、ミュゲ王子なら。

そう思える自分がいた。


◇◇◇


翌日。

各地の忍者から便りが届くのを待っていたが、その日は知らせは一つも届かなかった。

焦っても仕方がない。 結局、私たちはもう一晩、この宿に泊まることになった。


そして夜。

貸切風呂の前まで来た私たちは、扉を前にして立ち尽くしていた。


「…………」


「…………」


さっきまで普通に話していたのに、ここへ来た途端、言葉が出てこない。

静かな廊下に、私たちの緊張だけが伝わってくる。


「……入り、ますか?」


私がおそるおそる尋ねる。


「……入りましょう」


王子も覚悟を決めたように頷いた。

木の引き戸を静かに開ける。


脱衣所は思っていたより小さく、二人で立つと少し窮屈に感じるほどだった。


「わ、私は向こうを向いていますから」


「ぼ、僕も後ろを向いています」


「そ、それでは……」


「はい……」


互いに背を向けたまま、ぎこちない動きで浴衣の帯へ手を伸ばした。


「で、では…………先に湯船に浸かりますね」


私は深呼吸を一つすると、浴衣を脱ぎ、体をタオルで隠しながら湯船に浸かった。


「ミュゲ王子、もう大丈夫ですよ」


脱衣所へ声を掛ける。


「は、はい……」


返事は返ってきたものの、王子はまだ脱衣所から動こうとはしない。


「ぼ、僕はスリジエが出られるまで、こちらで待っていますから」


「え?」


「いくら貸切とはいえ、一緒に入るなんて……僕には、その……」


最後の方は恥ずかしそうに小さくなってしまった。

思わず笑みがこぼれる。


「ありがとうございます」


「い、いえ!」


私はそのまま肩までゆっくりと湯に浸かった。


「ふぅ……」


今日一日の疲れが、じんわりと溶けていく。


日本のお風呂は本当に気持ちがいい。

しばらく温まったあと、体を洗い始める。


「明日こそ……手紙が届くといいな」


忍者たちが探してくれている。

そう思うと、不安だった心が少し軽くなった。


やがて洗い終え、湯船から上がる。


「ミュゲ王子、今出ま――」


その時だった。



「きゃあっ!」



濡れた床に足を取られ、その場に尻もちをついてしまう。


「いたた……」


転んだ音と悲鳴は、静かな脱衣所まで響いた。


「スリジエ!?」


外で待っていたミュゲ王子が、何事かと慌てて扉を開け放つ。


「ミュゲ王子……!」


私は尻もちをついたまま、驚いて王子を見上げる。

幸いタオルは外れていなかったものの、濡れた体を隠せるほど大きくはない。


「お、お怪我はありませんか!」


王子は私の姿よりも先に、怪我の有無を確かめようと駆け寄ろうとした。


けれど、あと一歩というところで動きを止める。

ようやく、自分が浴場へ入ってしまったことに気付いたのだ。


「……っ!」


その瞬間、王子の頬がみるみる赤く染まっていく。


「も、申し訳ありません!」


慌てて勢いよく後ろを向く。


「悲鳴が聞こえたので、何かあったのかと……!決して、覗くつもりでは……!」


声まで震えている。

その様子を見ていると、怒る気持ちなど少しも湧いてこなかった。


「大丈夫です」


私は苦笑しながら答える。


「少し滑ってしまっただけですから」


「そ、そうでしたか……」


王子はほっと息をついた。


「攫われてしまったのかと…………本当に良かった……」


安心したように肩の力を抜いた、その時だった。

不意に、王子の視線がわずかにこちらへ向いてしまう。


「あ……」


タオル一枚で座り込む私と、ほんの一瞬だけ目が合った。


「…………っ!!」


王子はまるで雷に打たれたかのように体を震わせる。


「いや…………その、これは…………………!!」


耳まで真っ赤になり、頭から湯気でも立ち上りそうな勢いで狼狽え始めた。


「ミュゲ王子?」


「も、もう限界……」


ふらり、と体が揺れる。



「ミュゲ王子!」



次の瞬間、王子はその場へ崩れ落ちた。


「しっかりしてください!」


私は急いで近くにあった浴衣を羽織り、王子のもとへ駆け寄る。

だが、肩を揺すっても返事はない。


どうやら純情すぎる婚約者には、刺激が強すぎたらしい。


最近暑いので、皆様もミュゲ王子のように倒れないでくださいね。今回もありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ