第十五話 ついに浮気か!?
第十五話です。今回はコメディ強めでいきました。
「ス、スリジエ!?そのお姿は……!」
宿で先に湯をいただいた私は、女将から借りた浴衣に袖を通し、部屋へ戻ってきた。
慣れない服装に何度も帯を締め直したせいで、少し着崩れてしまっている気もする。
「す、すみません。異国の服など初めて着たものですから……。教えていただいた通りに着たつもりなのですが、変ではありませんか?」
恐る恐る尋ねると、ミュゲ王子は目を丸くしたまま固まっていた。
「い、いえ!決して変なんかでは……!」
そう言いながらも、私と目が合うたびに慌てて視線を逸らしてしまう。
やがて耳まで真っ赤に染め、小さな声で呟いた。
「……とても、お綺麗です」
「っ……!」
その一言だけで、胸が熱くなる。
まったく、この王子は。
どうして、こんなにも自然に私を照れさせるのだろう。
「み、ミュゲ王子も、お風呂へ入ってこられたらどうですか?」
これ以上顔を見ていたら私まで真っ赤になってしまう。
慌てて話題を変えると、王子も同じことを考えていたらしい。
「そ、そうですね!では、行ってきます!」
どこかぎこちない足取りで部屋を出ていった。
扉が閉まると、私は大きく息を吐く。
「ふぅ……」
お風呂で温まった身体が、さっきの一言でもっと熱くなってしまった。
窓を開けると、春風がそっと頬を撫でる。
楓によれば、日本は今ちょうど春。
夜風は心地よく、桜の香りがどこからともなく漂ってきた。
けれど、穏やかな気持ちは長く続かなかった。
「……ここから、どう探せばいいのでしょう」
ベルフルール様。
そして、椿。
日本へ来ることはできた。
でも、この広い国で二人を探す方法が分からない。
日に日に、不安だけが募っていく。
「おやおや。お悩み中でござるか?」
「ひゃあっ!」
頭上から聞こえた声に驚いて見上げる。
窓枠に逆さまの状態でぶら下がっていたのは楓だった。
「な、何をしているんですか!?」
「忍びたる者、高い所から登場するのがお約束でござる」
「そんなお約束、初めて聞きました!」
楓は軽やかに部屋へ飛び降りる。
「それで、こんな夜更けに何のご用ですか?」
「男が夜に女人の部屋を訪ねる理由など、一つしかないでござろう」
楓は真顔で腕を組んだ。
「夜這いでござる」
「よ、夜這いぃ!?」
「しーっ!」
楓は慌てて私の口を押さえる。
「そんな大声で叫ぶと、本当に誤解されるでござる!」
「だ、だって!」
「冗談でござるよ。本気で人妻を襲うほど命知らずではない」
「ま、まだ妻ではありません!」
「婚約までしておれば、半分は夫婦みたいなものでござる」
「半分って何ですか!」
思わず頬が熱くなる。
楓は楽しそうに笑った。
「それより、何を悩んでいたのでござるか?」
私はベルフルール様たちを探しに来たことを説明した。
楓は静かに頷く。
「その件なら心配はいらぬ」
「え?」
「拙者には、忍びの修行時代の仲間が日本各地におる」
「ということは……」
「すでにジャスマン殿から事情を聞いた日に、各地へ文を飛ばしてあるでござるよ」
「ほ、本当ですか!?」
「もちろんでござる。忍びの情報網を侮ってはいかん」
胸につかえていた重石が、一気に軽くなる。
「ありがとうございます!」
嬉しさのあまり、私は思わず楓へ飛びついた。
「おっと」
楓は驚きながらも受け止める。
その瞬間──。
「スリジエ、戻りまし……」
襖がゆっくりと開いた。
湯上がりのミュゲ王子が、固まる。
私が楓へ抱きつき、その楓も私を支えている。
まさに、誤解されても仕方のない光景だった。
「……え?」
王子の口がぽかんと開く。
「ミ、ミュゲ王子!これは違うんです!」
「違うのでござる!」
二人同時に否定する。
しかし。
「う、浮気だなんてひどいですよぉぉぉぉぉ!」
王子は涙目になって叫んだ。
「僕という婚約者がいながら、そんな、そんなぁぁぁ!」
「だから違いますって!」
「話を聞いてくだされ!」
だが、時すでに遅し。
王子の悲痛な叫びは宿中へ響き渡り、
「何事だ!?」
「浮気だって!?」
「若いっていいわねぇ!」
あっという間に部屋の外は野次馬でいっぱいになってしまった。
こうして、日本に着いた初日の夜は、とんでもない大騒ぎで幕を開けたのである。
いかがだったでしょうか。少しでも笑って頂けたら幸いです。




