第十四話 わびさび
第十四話です。最近は暗めの話ばかりだったので、明るい話を多めにしていこうと思います。
「ここが、日本……」
港へ降り立った私は、目の前に広がる街並みに思わず息をのんだ。
木造の家々が整然と立ち並び、道行く人々は色とりどりの着物を身にまとっている。
「なんと表現すれば良いのでしょう……」
隣で景色を眺めていたミュゲ王子も、興味深そうに辺りを見回した。
「フィザリス王国のような華やかさとは違いますね。どこか落ち着いていて……静かな美しさがあります」
私も頷きながら言葉を探していると──
「それを、日本では『わびさび』と言うのでござる」
突然、背後から声が聞こえた。
「きゃあっ!」
驚いて振り返ると、一人の男が穏やかな笑みを浮かべて立っていた。
短く整えられた黒髪に、動きやすそうな着物姿。
どこか他の人とは違う、不思議な空気をまとっている。
「失礼ですが、あなたは?」
ミュゲ王子が尋ねると、男は胸へ手を当てて一礼した。
「初めまして。拙者は楓と申す者。ジャスマン殿より、お二人の通訳を頼まれたでござる」
「ジャスマン様が?」
そういえば、この旅にはジャスマンも同行している。
私たちの邪魔をしないよう、船では隣の部屋で過ごしていたらしい。
「拙者の家は代々、貿易商をしておりましてな。幼い頃、父と共に海へ出た際、嵐で船が難破してしまったのでござる」
楓は懐かしそうに目を細めた。
「流れ着いた先が、フィザリス王国でござった」
「そんなことが……」
「当時も日本との交流はほとんどなく、歓迎されることは少なかったのでござる。しかし、その時に手を差し伸べてくださったのが、ジャスマン殿のお父上でござった」
「そうだったのですね」
「それが縁で、拙者とジャスマン殿は親友になったのでござる」
楓は楽しそうに笑う。
「執事になると聞いたので、忍の知識を少しばかり教えたこともあるでござる」
「なるほど……」
だからジャスマンは、執事とは思えないほど気配を消したり、身軽に動けたりするのだ。
「その代わり、拙者はフィザリス王国の言葉を教わったのでござるよ」
「ジャスマンに、そんな友人がいたなんて知りませんでした」
ミュゲ王子が感心したように呟く。
「そういえば、今日はジャスマン殿は一緒ではないのでござるか?」
「来てはいるのですが……」
私は辺りを見回した。
けれど、その姿はどこにもない。
「隠形の術でござるな」
「隠形の術?」
「気配を完全に消し、敵に存在を悟らせない忍術でござる」
楓は笑いながら続けた。
「一度身につけると、味方まで見失うことがあるのが難点でござるが」
「まさにその通りです」
ミュゲ王子が苦笑する。
「味方の私たちですら、どこにいるのか分かりませんからね」
三人は思わず笑い合った。
「さて、それでは宿へ案内するでござる」
楓は軽々と荷物を持ち上げ、歩き始める。
案内された宿は、二階建ての木造建築だった。
華さはない。
けれど、どこか温かみがあり、心が落ち着く。
「最近は外国のお客様にも人気でござる。料理も美味しく、庭も自慢なのでござるよ。まさにわびさびですな」
「先ほどから仰っている『わびさび』とは、どのような意味なのですか?」
私が尋ねると、楓は少し考え込んだ。
「難しい問いでござるな」
そう言って庭へ目を向ける。
「例えば、少し欠けた茶碗や、苔むした庭石を見て、美しいと思う心」
「……」
「豪華だから美しいのではない。新しいから美しいのでもない」
楓は静かに続けた。
「質素なもの、不完全なもの、その中にある味わいや美しさを愛する心。それが『わびさび』でござる」
「不完全なものの、美しさ……」
「例えばでござるが」
楓は私だけに聞こえるよう、小さな声で言った。
「婚約者殿が、見た目も性格も何一つ欠点のない完璧な殿方だったとして……」
少しだけ笑う。
「今と同じように、お慕いになっていたでござるか?」
私は考えるまでもなかった。
「……いいえ」
首を横に振る。
「人は、完璧だから美しいのではありません」
胸に手を当てる。
「不完全だからこそ、美しいのだと思います」
その言葉を聞くと、楓は嬉しそうに目を細めた。
「その心こそ、日本人の言う『わびさび』でござる」
遠く離れた異国にも、私と同じ考えを持つ人がいた。
それが嬉しくて、自然と笑みがこぼれる。
「人も、器も、家も……」
楓は庭を眺めながら続けた。
「少し欠けているからこそ、人は愛着を持つのでござる」
「なるほど……」
私は静かに頷いた。
すると。
「二人だけで、何をそんなに真剣に話しているのですか?」
少しだけ頬を膨らませたミュゲ王子が、私たちの間へ割って入ってくる。
「内緒です」
「まさか………浮気、ですか?」
「まあ、そんなところです」
私が冗談を言って笑うと
「ええっ!?」
と王子は本気で驚いた顔をした。
その様子がおかしくて、楓と私は顔を見合わせ、思わず笑ってしまった。
今回も最後までお読みいただきありがとうございました。




