第六話 一瞬のときめき
第六話です!どうぞお読み下さい!
「もう一度、僕と婚約していただけませんか?」
その言葉が部屋に落ちた瞬間――
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待ったあ!」
リラが勢いよく立ち上がった。
「なんで一度破棄した婚約を、わざわざ結び直す必要があるのよ!」
「そうですよ。まだ正式に破棄されたわけではないんですから、改めて申し込み直す必要など…………」
「必要があるからです」
王子は、イリスの言葉を静かに遮った。
そして、真っ直ぐに私を見る。
「ベルフルール嬢」
低く落ち着いた声で、名前を呼ばれる。
「あなたに頬を叩かれてから、私の頭からあなたの姿が離れません」
「忘れようとしても、どうしても忘れられなかった」
その表情は真剣で――どこか切なかった。
一瞬。
本当に一瞬だけ。
私はその眼差しに、息を呑んだ。
……あなたは本当に、あの“弱虫ぽっちゃり王子”ですの?
「あなたからではなく、私から縁談を申し込むことで、誠意を示したいのです」
「ですから、どうか…………どうか…………」
これは演技?
それとも、本心……?
「私と、けっ…………結婚………………」
……結婚?
ちょっと待ちなさい。
本当に言うつもりで――
「あああああ! やっぱり無理いいいい! 恥ずかしくて死にそううううう!」
…………え?
「お、王子! 今すごく良い雰囲気だったではありませんか! あと少しだったのに!」
「無理だよお! 僕にはかっこつけるなんてできないよお! やっぱり僕は弱虫なんだあ……!」
そう言うと王子は近くのソファへ飛び込み、そのまま丸くなってしまった。
……その姿が、ふくよかなモルモットみたいに見えるのがまた腹立たしい。
…………は?
「何故です! 昨夜あれほど練習したではありませんか!」
「僕だって頑張ったよ!? でもやっぱり最後までは無理だよお……! うう、恥ずかしい……」
わ、私が今……少しでもときめきかけた王子はどこへ行きましたの!?
「ほら! もう一度です! 昨日の練習を思い出してください!」
「無理無理! 今さらやり直して何になるんだよ! 余計恥ずかしいだけじゃないか!」
「は、恥ずかしいのは今のあなたの姿ですわ!」
思わず立ち上がり、私は顔を真っ赤にして叫んだ。
「っ……ベルフルール嬢…………」
「さっきまでの空気を返しなさい!」
くやしい!
くやしいくやしい!
こんな男に、私は一瞬でも――!
「なんですのその情けない姿は! 一度ご自分を鏡でご覧になったらいかがです!? 話が終わったのなら、さっさと私の部屋から出て行ってくださいまし!」
「ベルフルール様、どうか落ち着いて――」
「聞こえませんでしたの!? 早く出て行って!」
これ以上ここにいるのは危険だと察したのか、二人は慌てて部屋を後にした。
扉が閉まる。
「はあ……っ、はあ…………」
怒鳴ったせいで息が乱れる。
「ベル、大丈夫?」
「珍しいですね。ベルがここまで感情的になるなんて」
「王子との婚約、そんなに嫌だったの?」
「違いますわ」
私は乱れた呼吸を整えながら答えた。
「え? じゃあなんで――」
「腹が立ったのです」
苛立ちを抑えるように額を押さえる。
「あんな王子の演技に……少しでもドキッとしてしまった自分に!」
そのまま勢いよく布団へ潜り込むと、上からクスクスと笑い声が降ってきた。
「何がおかしいのよ……」
「だって、王子の求愛は失敗したと思ってたから」
「結果だけ見れば、大成功ですからね」
「求愛? 成功?」
私は布団から顔だけ出した。
「だって王子は、私のことなんて好きではないでしょう? 婚約を破棄されたくなくて、必死に引き止めようとしていただけで…………」
すると二人は顔を見合わせ、呆れたようにため息を吐く。
「そんなわけないじゃん。あれ、完全にベルに惚れてるよ」
「ベルに叩かれたのが相当効いたのでしょうね。『この人なら自分を変えてくれるかもしれない』とでも思ったのでしょう」
「だから必死に気を引こうとしたんだよ。運命の相手を逃したくなかったんじゃない?」
リラがニヤニヤしながらこちらを見る。
……嫌な予感しかしない。
「よしベル。婚約、受け入れよう」
ほら、やっぱりですわ。
「嫌ですわ。誰があんなぽっちゃり弱虫と婚約なんて」
「でも、一瞬ときめいたんでしょ?」
「それとこれとは話が別です!」
「大丈夫だって。弱虫なんて病気みたいなものだし。ベルが薬になってあげればいいんだよ」
「うまくいけば、ぽっちゃり体型も改善できるかもしれませんね」
「そうそう。ゼロから理想の結婚相手を育てるの。面白そうじゃない?」
「嫌ですわ。そんな面倒なことをするくらいなら、別の方と婚約します」
私をその気にさせようだなんて、百年早いですわ。
すると――イリスがふいに真顔になった。
「…………ベルは、あの人が可哀想だと思わないのですか?」
「え…………?」
「ベルは、困っている人を見捨てる人だったのですか」
静かな声だった。
けれど、その一言は妙に胸へ刺さる。
「ベルは身分に関係なく、誰にでも平等に接する人です。困っている人を放っておけない人だったはずです」
……イリス。
その手には乗りませんわよ。
どうせ私と王子をくっつけたいだけでしょう?
「残念です。あなたがそんな冷たい人だったなんて」
「…………」
「ベル……私は今まで、君を優しい人だと思っていたのに」
動じてはいけませんわ、マルグリット・ド・ベルフルール!
これは罠。
ここで折れたら、私の負けですの!
「ベルを友人だと思っていたのですが…………」
「…………」
「まあ安心してください。この薄っぺらい友情は、これからも続けますので」
「…………」
――翌日。
私は、ミュゲ王子からの婚約の申し込みを受け入れることになった。
もちろん――不本意ながら。
今回もありがとうございます!退屈にならないように、テンポを意識して書くようにしてみました。いかがでしたでしょうか。




