第十一話 友人
第十一話です。少しずつまた笑いを入れて行こうと思います。
「それで、これからどうするつもりなんだ」
涙もようやく落ち着き、部屋に穏やかな空気が戻った頃、お父様が静かに口を開いた。
「はい。実は、そのことについて皆様にお話しようと思っていました」
私は隣に立つミュゲ王子を一度見つめ、それからお父様とお母様へ向き直る。
「私は、ベルフルール様を探すため、日本へ向かおうと思っています」
「「日本へ?」」
二人は驚いたように顔を見合わせた。
「はい」
私は胸にそっと手を当てる。
「私の身体は日に日にベルフルール様の魂と馴染み始めています。このままでは、いつか完全に一つになってしまうでしょう」
部屋が静まり返る。
「そうなる前に、ベルフルール様を見つけなければなりません」
お父様は腕を組み、しばらく考え込んだ。
「だが、その前にミュゲ王子との婚姻の話を進めた方が良いのではないか」
「え?」
「お前がこの国を離れている間に、別の縁談が持ち込まれる可能性もある。正式に結婚してから旅立った方が安心ではないか」
「私も最初はそう考えていました」
私は静かに頷く。
「ですが、それでは遅いのです」
「遅い?」
「はい。ベルフルール様が今どんな状況にいるのか分かりません。それに、私の身体にも時間の猶予がありません」
私はミュゲ王子を見る。
王子も小さく頷いた。
「私もスリジエと共に日本へ向かいます」
「「ミュゲ王子も?」」
「はい」
王子は迷いなく答えた。
「彼女を一人で危険な場所へ行かせるつもりはありません」
「しかし、王子のお立場が……」
「だからこそです」
王子は穏やかに微笑んだ。
「私たちが共に旅へ出てしまえば、新たな縁談を持ち込まれることもないでしょう」
「なるほど……」
お父様は感心したように頷く。
「もちろん」
王子の表情が引き締まる。
「帰国するまでは、彼女がベルフルール嬢であることは伏せておかなければなりません」
「ええ」
私も頷いた。
「今この事実が公になれば、その対応だけで何か月もかかってしまいます」
「ベルフルール様を探すどころではなくなってしまいます」
部屋にいた全員が頷いた。
「これまでに分かったことから考えると」
私はゆっくりと言葉を続ける。
「ベルフルール様は、この五年間一度もこちらへ戻って来られていません」
「つまり、日本で何かが起きている可能性が高いということか……」
お父様が苦しそうに呟く。
「まさか牢へ入れられているのでは……」
「お父様」
私は思わず苦笑した。
「考えすぎです」
「しかし……」
「もしかしたら、日本で幸せに暮らしているかもしれません」
「そう……だな」
少しだけお父様の表情が和らぐ。
「それに」
私は微笑んだ。
「椿さんが一緒にいます」
椿。彼女の想い人であり、彼女を連れて日本に帰国した男。
「彼はベルフルール様をとても大切に思っていました」
認めたくはないが、その思いだけは本物だった。
「きっと守ってくれています」
「……そうだな」
お父様の表情が和らいだと思った、次の瞬間。
「椿め!」
お父様が突然立ち上がった。
「帰って来たら、ただでは済まさん!」
拳を強く握り、歯を食いしばる。
「よくも私の大切な娘を外国へ連れ出したな!」
「あなた」
お母様が呆れたようにため息をつく。
「そんなに怒らなくても」
「怒るに決まっている!」
「背が高くて、お顔立ちも整った異国の殿方ですもの」
お母様はくすっと笑った。
「女の子が憧れてしまうのも無理はありませんわ」
「なっ!」
今度はお父様が固まる。
「初めて会った時、お前は『あなたより素敵な殿方なんていません』と言ってくれただろう!」
「あら」
お母様は悪戯っぽく微笑んだ。
「あれは社交辞令ですわ」
「な、なんだと……!」
「殿方なんて、女性の可愛い嘘にすぐ騙されるものですもの」
「……」
お父様は肩を落とした。
その様子に、思わず皆が笑ってしまう。
「ミュゲ王子もお気を付けくださいませ」
お母様が微笑む。
「女性の甘い言葉を全部信じてはいけませんよ」
「は、はい……」
王子は照れたように頬を掻いた。
「僕は……案外すぐ信じてしまうかもしれません」
その一言に、部屋中が笑いに包まれた。
「さて!」
私はパンと手を叩いた。
「旅に出ると決めた以上、準備を始めなければなりません」
「そうだな」
お父様も頷く。
「まずは日本へ向かう船を手配しなくては」
「ですが、どうやって……」
その時だった。
「そのことなら!」
「私たちに任せて下さい!」
勢いよく扉が開く。
聞き慣れた二人の声だった。
振り向いた私は、思わず目を見開く。
「リラ!イリス!」
「久しぶり!」
リラがいつもの笑顔で手を振る。
「ベル……いや」
イリスも優しく笑った。
「スリジエ」
私は思わず二人に駆け寄った。
「どうしてここに?」
「私が呼んだのだ」
お父様が微笑む。
「きっと会いたいだろうと思ってな」
「ええ。まあ、最初は驚いたけど」
リラは肩をすくめる。
「ベルじゃなくても、私たちの友達に変わりないじゃん」
「ええ」
イリスも力強く頷く。
「身分も名前も関係ありません」
そして優しく微笑んだ。
「あなたは私たちの大切な友人です」
思わず胸が熱くなる。
「ありがとう……!」
私は二人をぎゅっと抱きしめた。
「それで、船が必要なんだって?」
「うん」
「だったら任せて!」
リラが胸を張る。
「イリスの親戚が港で働いてるんだよ!」
「大きな商船とも繋がりがあります」
イリスも微笑む。
「きっと力になれると思います」
私は涙ぐみながら笑った。
「ありがとう。本当にありがとう」
「昔のベルフルールより、今のスリジエの方がずっと素敵だよ」
リラが照れくさそうに笑う。
「同感です」
イリスも優しく頷いた。
家族がいる。
友人がいる。
そして、愛する人がいる。
私はもう、一人ではない。
皆となら、どんな困難も乗り越えられる。
そう、信じることができた。
今回も最後までお読みいただきありがとうございました。




