第九話 真実の愛
第九話です。よろしくお願いいたします。
「ん……」
ゆっくりと瞼を開く。
見慣れた天井が視界に映った。
ここは――
「スリジエ!」
聞き慣れた声がした。
顔を向けると、ベッドの傍らにはミュゲ王子が座っていた。
「気が付きましたか!」
「ミュゲ……王子?」
思わず呟く。
すると彼は安堵したように笑った。
今にも泣き出しそうな顔で。
「良かった……本当に良かった……」
「私は……」
身体を起こそうとした瞬間だった。
ふらりと視界が揺ぐ。
「危ない!」
ミュゲ王子が慌てて支えてくれる。
「まだ起き上がってはいけません。栄養失調だと医師に言われたんですから」
「栄養失調……」
そこでようやく思い出した。
グリシーヌの屋敷。
アドニス。
旦那様。
そして――
私がスリジエだと明かしたことを。
「なぜ……」
思わず周囲を見回す。
ここはベルフルール様の部屋だった。
「なぜ私はここに?」
「なぜって?」
「私はスリジエです」
震える声で言う。
「ベルフルール様ではありません」
「……」
「皆様を騙していた人間です」
ミュゲ王子の表情が曇る。
だが、それは怒りではなかった。
悲しみだった。
「だから私は本来――」
「もうやめてください」
静かな声だった。
けれど有無を言わせない強さがあった。
「え……?」
「これ以上、自分を傷付けないでください」
私は言葉を失う。
「あなたは何も悪くありません」
「違います!」
思わず叫んでいた。
「私は騙していたんです!」
涙が溢れる。
「ベルフルール様のふりをして!」
「知っています」
「あなたまで騙して!」
「知っています」
「それなのに……!」
なぜそんな顔をするのだろう。
なぜそんなに優しいのだろう。
理解できなかった。
するとミュゲ王子はゆっくり床に膝をついた。
そして私の手を取る。
「スリジエ」
本当の名前を呼ばれる。
それだけで胸が苦しくなった。
「あなたは以前、僕に質問しましたね」
私は目を伏せる。
忘れるはずがない。
『今の立場を捨ててでも私と共に逃げてくれますか』
あの日の問い。
そして答えられなかった彼。
「今なら答えられます」
ミュゲ王子は真っ直ぐ私を見つめた。
「私は、王子の立場を捨てることは出来ません」
私は息を呑んだ。
やはりそうだ。
それが当然なのだから。
しかしミュゲ王子は続けた。
「僕には王子として、この国を守る義務があります」
その瞳に迷いはない。
「だから、あなたと逃げることは出来ない」
胸が痛んだ。
だが次の瞬間。
彼は真っ直ぐ私を見つめる。
「ですが」
その声は力強かった。
「王子でありながら、あなたと結婚できる道を探します」
「え……?」
「どんな反対があろうと、どんな困難があろうと」
彼は私の目を見て言った。
「絶対に諦めません」
私は言葉を失う。
「だって」
ミュゲ王子は少しだけ照れたように笑った。
「あなたを失う方が、ずっと怖いですから」
涙が止まらなかった。
「ですが……私は平民です」
「知っています」
「王族に相応しくありません」
「そんなことありません」
「ベルフルール様でもありません」
「最初から僕が好きになったのはあなたです」
息が止まりそうになった。
「あなたが誰であろうと関係ない」
ミュゲ王子は優しく言う。
「あなただから好きなんです」
ずっと欲しかった言葉だった。
ベルフルールとしてではなく。
スリジエとして認めてほしかった。
ただそれだけだった。
「スリジエ」
彼が手を差し出す。
「僕と結婚してくれますか」
手が震える。
幸せになりたい。
そう願ってしまう。
けれど怖い。
そんな資格があるのだろうか。
迷う私に、彼はそっと笑った。
「焦らなくても構いません」
「え?」
「何年でも待ちます」
「何年も?」
「百年でも」
思わず笑ってしまった。
「百年後では私はお婆さんです」
「では九十九年で」
「まったく…………」
久しぶりに声を出して笑った。
するとミュゲ王子も嬉しそうに笑う。
その笑顔を見ていたら。
不思議と答えは決まっていた。
私は彼の手を握る。
「一つだけ約束してください」
「何でしょう」
「必ず私を幸せにしてください」
ミュゲ王子の目が大きく見開かれた。
そして次の瞬間。
誰よりも幸せそうに笑った。
「もちろんです」
彼は私の手を両手で包み込む。
「一生かけて幸せにします」
胸が熱くなる。
涙が止まらない。
それでも私は笑った。
「よろしくお願いします」
その言葉を聞いた瞬間。
ミュゲ王子はそっと私を抱き締めた。
「スリジエ」
優しい声。
温かい腕。
ずっと欲しかった居場所。
「ありがとうございます」
その声は少し震えていた。
泣いているのは私だけではないらしい。
私はそっと彼の背中に手を回した。
もう逃げない。
今度こそ。
自分の幸せを諦めないために。
今回もお読みいただきありがとうございました。




