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第三話 見捨てればよかった!

第三話です。よろしくお願いします。

「うそ……」


左足に繋がれた鎖を見て、血の気が引いた。

背後からため息が聞こえる。


「だから言っただろう」


振り返ると、脇腹を押さえながらグリシーヌが立ち上がっていた。


「君は絶対に逃げると」


「この……卑怯者!」


私は床を叩いた。

だが彼は怒るどころか、困ったように笑う。


「褒め言葉として受け取っておくよ」


「返して!アドニスを返して!」


「だから無事だと言っている」


「信じられるわけないでしょう!」


叫びながら立ち上がろうとする。

しかし鎖が邪魔で上手く動けない。


その様子を見たグリシーヌは、小さく息を吐いた。


「全く……」


そして次の瞬間。

ふわりと体が浮いた。


「え?」


気付けば横抱きにされていた。


「なっ!?」


「暴れるな」


「降ろせ!」


「それは出来ない」


即答だった。


「君は隙あらば逃げようとするからね」


「当たり前でしょ!」


「だろうな」


どこか楽しそうに答える。


私は悔しくて彼の胸を叩いた。

だが彼は気にした様子もなく、そのままベッドまで歩いていく。


「離せ!」


「落ち着いたら離す」


「落ち着くわけないでしょう!」


「ははっ、それもそうか」


少し笑った後、彼は私をベッドへ座らせた。

柔らかなマットレスが沈む。


逃げようとするが、足の鎖が邪魔だった。

ガシャン、と虚しく音が鳴る。


グリシーヌはベッドの前にしゃがみ込み、鎖を軽く指で弾く。


「君には申し訳ないと思っている」


「思うだけなら今すぐ外しなさいよ」


「それは無理だ」


「最低っ!」


「分かっている」


彼は肩をすくめた。

それから少しだけ真面目な顔になる。


「だが、君を傷つけるつもりはない」


「信用できるわけないでしょう」


「だろうね」


その返事だけは妙に寂しそうだった。


「どうすれば信じる?」


「会わせて」


即答だった。


「アドニスに直接会わせてくれれば信じる。彼が少しも傷ついていなければ」


しばらく沈黙が流れる。


やがてグリシーヌは深くため息をついた。


「仕方ないな」


「え……?」


「そこまで言うなら連れて行こう」


私は目を瞬いた。


もっと拒否されると思っていた。

それなのに彼はあっさり頷いたのだ。



数分後。


私はグリシーヌに連れられて屋敷の廊下を歩いていた。

森の中の別荘とは思えないほど広い。


だが逃げる気にはなれなかった。

廊下の至る所に人の気配がある。


それに――


左足の鎖は外されたが、代わりに彼が私の手首を握っていた。


逃げればすぐ捕まる。

そう理解できるほど、その手は力強かった。


「ここだ」


一つの部屋の前で足が止まる。


私はごくりと唾を飲み込んだ。


もしかしたら───

アドニスは傷だらけになっているかもしれない。


私のせいで。

私のせいで――


「入るといい」


グリシーヌが扉を開いた。



その瞬間。



「だから俺は赤髪の姉ちゃんがいいって言ってんだろ!」


「まあまあ、こちらのお姉様も美人ですよ?」


「うるせえ!」


「酒のおかわりは?」


「持ってこい!」


「キャ~アドニス様~♥」


「へへへへ」



………………………………



私の思考が停止した。


「は?」


部屋の中央。


豪華なソファ。

山積みの料理。

大量の酒。


そして───

美女に囲まれて鼻の下を伸ばしているアドニス。


「......」


「......」


私とアドニスの視線が合う。


数秒の沈黙。


アドニスの顔色がみるみる青くなった。


「ス、スリジエ」


「アドニス様」


「違うんだ」


「何がですか?」


「これはその」


「何をしているんですか」


声が震えた。

怒りで。


「説明してください」


「いや、だからな」


「説明してください」


「いや」


「説明してください」


「はい」


即答だった。

背後でグリシーヌが笑う。


「彼が目覚めた後、取引を持ちかけたんだ」


「取引?」


「君を人質にする代わりに願いを一つ叶えてやる、とね」


私は嫌な予感がした。

ものすごく嫌な予感がした。


「まさか、彼の願いは――」


グリシーヌは楽しそうに微笑む。


「美女に囲まれて酒を飲みたい、だった」


「......」


「......」


アドニスが目を逸らした。

私は静かに拳を握る。


「アドニス」


「いや、違うぞ!あれは体に薬がまだ残っていて、つい…………」


「アドニス」


「悪かった、悪かったってば!」


「アドニスゥゥ!!」


机を持ち上げた。



「ひぃぃぃ!」



美女たちが悲鳴を上げる。


「待て!全部薬のせいなんだよ!」


「あなたが変な事を考えているからでしょう!!」


「俺だって男なんだよ!」


「知りませんよ!!」


「だって一生に一度くらい夢見たいだろ!?」



「夢を見るなぁぁぁ!!」



今までの怒りが一気に爆発した。


だが次の瞬間――

首筋に鋭い衝撃が走った。


「うっ…………」


息が詰まる。


視界がぐらりと揺れた。

手から机が滑り落ち、鈍い音を立てて床に転がる。


足元から力が抜けていく。

何が起きたのか理解するより早く、膝が崩れた。


床に倒れる――そう思った瞬間。


温かい腕が私の体を支えた。


「おい!スリジエ!」


アドニスの叫び声が聞こえる。


「てめえ、何しやがった!」


「気絶させただけだ」


グリシーヌは落ち着いた声で答えた。


「そうでもしなければ、お前が大怪我を負うことになっただろうからな」


「ふざけんな!」


アドニスが怒鳴る。

だが、その声もどこか遠い。


私の意識は急速に沈んでいった。


「スリジエ! おい、スリジエ!」


アドニスの声が聞こえる。

必死に名前を呼んでいる。


最後に見えたのは、こちらへ駆け寄ろうとするアドニスの姿。

そして私を抱き留めるグリシーヌの腕だった。


世界がゆっくりと闇に溶けていく。



――そして私は、深い眠りへ落ちた。


今回もありがとうございました。

グリシーヌを今後どう描いていこうか非常に迷っていますが、皆さんのご期待に応えられるように頑張ります。

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