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第二話 ベッドの上

第二話です。よろしくお願いします。

「久しぶりだね、ベルフルール。いや――」


男はゆっくりと顔を上げた。


月光に照らされたその顔に、見覚えがある。

だが、その微笑みは以前よりもずっと冷たかった。


「スリジエ……と呼ぶべきかな?」


私は思わず息を呑んだ。



「グリシーヌ王子……」



第一王子は楽しそうに目を細める。


「驚いたな。今まで私の変装を見破った者は一人もいなかったんだが」


まるで褒めるような口調だった。

だが私にとっては恐怖でしかない。


「アドニスはどこですか!」


私は叫んだ。


「彼に何をしたのです!」


「そんなに怒らなくてもいいじゃないか」


グリシーヌは肩をすくめた。


「安心してくれ。少し薬を使っただけだよ」


「薬……?」


「命に関わるものじゃない」


その言葉に少しだけ安堵する。

けれど完全には信じられなかった。


「私について来てくれ」


「断ります」


即答した。

するとグリシーヌは微笑んだまま言った。


「いいのかな?」


一歩近づく。


「アドニスがどうなっても」


その一言で、私の足が止まった。



――卑怯だ。



分かっていて言っている。

私がアドニスを見捨てられないことを。


私は唇を噛み締めた。


「……案内してください」


グリシーヌの笑みが深くなった。




森を抜けた先に、大きな屋敷があった。

月明かりの中に浮かび上がるその建物は、まるで巨大な檻のようだった。


「私の別荘だ」


グリシーヌが言う。


「成人祝いに父上から頂いた」


私は返事をしなかった。

嫌な予感しかしない。


案内された部屋には、ベッド、机、そして椅子だけが置かれていた。


「君にはしばらくここで暮らしてもらう」


「は?」


思わず素の声が出た。


「しばらく?」


「そう」


私は怒りで拳を握る。


「アドニスを返していただければ、私はすぐここを出て行きます!そして旦那様に全てを話し、ベルフルール様に成りすましていた罰を受けます」


「ほう」


グリシーヌは首を傾げた。


「こ、これで分かったでしょ? これ以上私の邪魔をしないで、さっさとアドニスを返して!」


私は腕を組んで睨みつけた。


これで終わりだ。

私がベルフルール様ではなく、ただの庶民だと分かった以上、こいつが執着する理由なんてない。


そう思ったのに。


「君はまだ分かっていないようだ」


その声に背筋がゾクリとした。



次の瞬間───



グイ、と腕を引かれる。


「え――」


視界が反転した。


気づけば私はベッドの上に押し倒されていた。


「なっ……!」


柔らかなシーツに背中が沈む。

逃げようとするが、両腕を押さえられて身動きが取れない。


近いっ…………

近すぎるっ…………


彼の長い睫毛まで見える距離だった。


「離して!」


「それは出来ない」


即答だった。


迷いも躊躇もない。


「私はベルフルール様じゃない!」


「知っている」


「庶民なんだぞ!」


「知っている」


「だったら――」


叫ぼうとした言葉が止まる。


彼の瞳があまりにも真剣だったからだ。


冗談も。

からかいも。

そこには何一つなかった。


「私はベルフルールに惹かれたんじゃない」


静かな声が落ちる。


「君に惹かれたんだ」


心臓が跳ねた。


そんなはずがない。

こんな男の言葉に動揺するなんて。


「じょ、冗談でしょう?」


精一杯笑ってみせる。

だが声が少し震えた。


「冗談に見えるか?」


彼は笑わなかった。

いつも余裕そうなこの男が、今だけは真っ直ぐ私だけを見ている。


「私は庶民です」


「ああ」


「あなたは次期国王です」


「ああ」


「だったら結婚なんて無理でしょう!」


思わず叫んだ。


「無理だ」


その返答に少しだけ安心する。


ほら見ろ。

やっぱり――



「今はな」



安心は一瞬で砕かれた。


「……は?」


「私が王になれば変えられる」


「何を」


「法を」


私は言葉を失った。

グリシーヌは平然と続ける。


「身分差で結婚できない法律など、私が消す」


「馬鹿じゃないの!?」


「君もそう思うか?」


「そんな簡単に国の法律を変えられるわけないでしょう!しかもそんな理由で………」


「君一人のためじゃない」


彼の指が私の髪をすくった。


「好きな相手と結ばれない人間を減らしたいだけだ」


心臓が嫌な音を立てる。


こんなの…………

こんなの反則だ…………


冗談だと笑えればよかった。


不可能な夢を追うべきではないと言えればよかった。


でも。

この男は本気だ。


本気でそんな未来を作ろうとしている。

だからこそ怖い。


「君には待っていてほしい」


「嫌だ」


「私は諦めない」


「私は諦める!」


「それは君が決めることじゃない」


「はあ!?」


「私が決める」


「この最低男!」


「知っている」


そう言いながら彼は少し笑った。

その笑みが妙に優しくて腹が立つ。


「君はどうしても逃げるだろう?」


「当たり前だ!」


「だろうな」


彼は肩をすくめた。


その隙だった。



今だ――!



私は全力で足を振り上げた。



ゴッ!!



鈍い音が響く。


「ぐっ……!」


見事に脇腹に入った。

グリシーヌの体がわずかによろめく。


「やった!」


私は飛び起きた。


扉へ向かって走る。


あと少し。

あと少しで――



ガシャン!



「きゃあっ!?」


左足が引っ張られた。


勢いよく床へ転がる。


何が起きたのか分からない。

慌てて足元を見る。


そこには──


冷たい鉄の輪。

そして床へ伸びる一本の鎖。


「うそ……」


血の気が引く。


背後からため息が聞こえる。


「だから言っただろう」


振り返る。

脇腹を押さえながら立ち上がるグリシーヌの姿があった。



「君は絶対に逃げると」


お読みいただきありがとうございます。

書いているうちに続きをどうしようか迷うことが多くなりました。

私はグリシーヌも結構好きなのですが、皆さんはいかがでしょうか?

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