第一話 仮面の下
第一話です!ここまで読んでくださった皆様、第三章もどうぞよろしくお願いします。
アドニスと話してから二日が経った。
相変わらず彼からの連絡はない。
そんなに簡単にベルフルール様の居場所が分かるはずもない。頭ではそう分かっているのに、どうしても落ち着かなかった。
焦りの原因は他にもある。
最近、魂が少しずつ体に沈み込んでいくような感覚が現れ始めていた。
上手く説明は出来ない。
まるで底なし沼に足を取られたような感覚だ。
もがけばもがくほど深く沈み、気付けば元の場所へ戻れなくなっている。
私とベルフルール様の魂は、確実にこの体へ根を張り始めていた。
もし呪術が完全に切れてしまえば――。
私はもう二度とスリジエには戻れない。
「ベルフルール様……」
小さく呟いた、その時だった。
カサッ。
バルコニーの方から微かな音が聞こえた。
私は反射的に振り返る。
しかし誰もいない。
月明かりに照らされた床に、一枚の紙切れが落ちているだけだった。
「まさか……」
嫌な予感と期待が入り混じる。
急いで紙を拾い上げ、内容を確認する。
そこには乱雑な字でこう書かれていた。
『スリジエ、進展があったぜ。
ベルフルール様の居場所が分かった。
詳しい話は直接する。
今夜、地図の場所まで来てくれ。
話が長くなるかもしれねえから、旦那様には置き手紙でも残しておけ』
「ベルフルール様の居場所が……」
胸が高鳴った。
ついに──
ついに見つかったのだろうか。
だが同時に、胸の奥が痛む。
ベルフルール様が見つかるということは、この生活の終わりが近付いているということでもある。
ミュゲ王子も。
イリスも。
リラも。
お父様もお母様も。
全てを失う日が近付いている。
それでも──
私はベルフルール様との約束を守らなければならない。
「行かなきゃ」
机の上に急いで書き置きを残し、寝間着の上からマントを羽織る。
そして誰にも見つからないよう、静かに屋敷を抜け出した。
◇◇◇
指定された場所は、屋敷から少し離れた森の奥だった。
夜の森は不気味だ。
風が吹くたび枝が揺れ、まるで何者かが潜んでいるように見える。
「本当にこんな所に……?」
アドニスの姿は見当たらない。
不安になった、その時。
「ベルフルール嬢!」
聞き慣れた声が響いた。
私は勢いよく振り返る。
木々の隙間から差し込む月明かりの中に、一人の青年が立っていた。
「ミュゲ王子……!?」
思わず声が漏れる。
彼は穏やかな笑みを浮かべながら近付いてきた。
「どうしてここに?」
「アドニスに頼まれたんです」
柔らかな声。
聞き慣れた口調。
だが何だろう、この違和感は。
「あなたを迎えに来てほしいと」
「アドニスが?」
「ええ。彼は今、こちらへ来られない状況に置かれています」
私は胸を押さえた。
「アドニスは無事なんですか?」
「大丈夫ですよ」
そう言うと、彼は私を安心させるように抱き寄せた。
その瞬間だった。
この前抱きしめられた時のように、胸が少しも高鳴らない。
何故だろう。
上手く説明出来ない。
だが…………何かがおかしい。
「今まで一人で頑張りましたね」
耳元で優しい声が響く。
「もう大丈夫です。僕が守りますから」
抱きしめる腕に力が入る。
だがその温もりは、どこか知らない人のもののようだった。
「さあ、行きましょう」
彼が言う。
「アドニスの元へ」
私は彼の背中へ手を伸ばしかけ――止めた。
「いいえ」
静かに彼の腕を振りほどく。
そして一歩後ろへ下がった。
「ベルフルール嬢?」
「あなたは――ミュゲ王子じゃない」
沈黙が落ちた。
夜風だけが森を揺らしている。
「何を言っているのです?」
彼は微笑み続けていた。
「僕はミュゲですよ」
「違うわ」
私は胸元の手紙を握り締める。
「冷静に考えれば分かることだったの」
声が震える。
だが止めない。
「アドニスは文字が書けない」
彼は黙ったままだ。
「幼い頃から働いてきた彼に、読み書きを学ぶ機会なんてなかった」
だからこの手紙は偽物。
最初から罠だったのだ。
「それに」
私はさらに距離を取る。
「ミュゲ王子はアドニスを呼び捨てにしない」
彼の笑みがわずかに揺らぐ。
「必ずアドニス君と呼ぶわ」
ミュゲ王子はそういう人だ。
身分に関係なく、相手を尊重する。
だからこそ私は――。
「そして決定的なのは」
私は彼を真っ直ぐ見つめた。
「ジャスマンがいないことよ」
今度こそ笑みが消えた。
「ミュゲ王子の傍には、いつだってジャスマンがいる」
私は言い切る。
「さあ、証明してみなさい」
静寂。
次の瞬間だった───
「ははははははっ!」
夜の森に高らかな笑い声が響いた。
男は肩を震わせながら笑っている。
「素晴らしい」
そう呟くと、自分の顔へ手を伸ばした。
そして──
皮膚を剥ぐように顔を引き裂いた。
「っ!」
私は息を呑む。
目の前の光景が信じられなかった。
まるで蛇の脱皮のように、偽りの姿が地面へ落ちていく。
そして現れたのは――。
月光を浴びた、美しい青年。
だが、性格にかなりの難がある王子。
「久しぶりだね」
彼は微笑む。
その瞳は獲物を見つけた捕食者のようだった。
「ベルフルール」
そこでわざと間を置く。
そしてゆっくり首を傾げた。
「いや――」
口元の笑みが深くなる。
「スリジエ、と呼ぶべきかな?」
ここからまた私も頑張りますので、スリジエたちを応援よろしくお願いします。




