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第二十一話 桜のブローチを胸に

第二十話です。話が上手にまとまっていないかもしれません。読みづらかったらごめんなさい。

魂を交換した直後だった。

私は思わず自分の手を見つめる。


違う。

これは私の手ではない。


細く白い指先。

傷一つない肌。

ベルフルール様の手だった。


「成功……したのか」


思わず呟く。


声も違う。

耳に届く自分の声が、聞き慣れたものではなかった。


「本当に……成功したのね」


向かい側から震える声が聞こえた。


視線を上げる。

そこには私の顔があった。


いや。

正確には、私の体に入ったベルフルール様だ。


不思議な感覚だった。


鏡を見ているようでいて、全く違う。


「体に違和感はないか?」


椿が尋ねる。

私は肩を回し、指を動かしてみた。


「大丈夫です」


「そうか」


椿が安堵したように息を吐く。


「これで当面は問題ないだろう」


当面。

その言葉が少し引っ掛かった。


「当面、ですか」


椿は頷く。


「魂を交換し続けられる期間は五年だ」


五年。

思ったより長い。

そして思ったより短い。


「五年以内に再び術を行う」


椿は真剣な表情で続けた。


「その時、元の体へ戻す」


私は少しだけ眉をひそめた。


「結局、戻すのですね」


我ながら棘のある言い方だった。


だが許してほしい。

私は今、自分の人生を差し出したばかりなのだから。


椿は静かに頷いた。


「日本へ帰った後、使節団を辞める」


その目は真っ直ぐだった。


「俺の両親にも事情を話す。殿にも、部下たちにも」


迷いはないようだった。


「そして全てを整理した上で、この国へ戻る」


私は腕を組む。


「それには五年も?」


「下手をすれば、それ以上かかる」


椿は苦笑した。


「だったら旦那様に話してから向かえばいいじゃないですか」


「そうしたいところだが、時間がない。少しでも帰国が遅れれば我々は処罰される」


周囲にいた黒髪の男たちも神妙な顔をしている。

冗談ではないらしい。


「なるほど」


私はため息をついた。


「でしたら出来るだけ急いでくださいね」


「努力する」


椿が真面目に答える。

その様子に思わず笑ってしまった。


この男なら。

きっと本当に戻ってくるのだろう。


ベルフルール様のために。


「それにしても」


椿が私を見た。


「本当に大丈夫なのか」


「何がです?」


「ベルフルールはそんな話し方をしない」


「あ」


私は固まった。


確かにそうだ。

今の私はベルフルールなのだった。


するとベルフルール様がくすりと笑う。


「確かに」


私は慌てて咳払いした。


「お、お任せくださいまし」


「……」


「ベルフルール様の言動、立ち振る舞いは日々研究しておりましたの」


「研究」


椿が呆れたような顔をする。


「ですからご安心くださいまし」


私は優雅にスカートを摘まみ、淑女らしくお辞儀をしてみせた。


沈黙──


そして。


「ふふっ」


ベルフルール様が吹き出した。


「私、そこまで丁寧な話し方かしら」


「違うのですか?」


「違うと思うわ」


その笑顔を見た瞬間。

胸の奥が少しだけ苦しくなった。


この笑顔を見るのも、今日が最後かもしれない。



「スリジエ」



ベルフルール様が私を呼ぶ。


その声に振り返ると、彼女は小さな包みを取り出した。


「これは?」


「ずっと渡そうと思っていたの」


包みを開く。


中から現れたのは、小さなブローチだった。


「綺麗……」


淡い花びらが重なっている。


「桜よ」


ベルフルール様が微笑む。


私は目を見開いた。



「桜……」



私の名前。

私が生まれて初めてもらった、大切な名前。


「頑張って作ったのだけれど」


ベルフルール様が少し照れたように笑う。


「やっぱり難しかったわ」


「これを……手作りで?」


「ええ」


胸が熱くなる。


嬉しい。

ただそれだけだった。


「気に入ってもらえたかしら」


「もちろんです!」


思わず声が大きくなる。


「毎日つけます!」


「ふふっ」


ベルフルール様は優しく笑った。


そして私の胸元にブローチを留める。

まるで母親が子供を送り出すような手つきだった。


「スリジエ」


彼女が私の手を握る。


「いえ」


ゆっくり首を振った。


「ベルフルール」


その呼び方に胸が締め付けられる。


「あなたはこれからベルフルールとして生きることになる」


私は黙って頷いた。


「でも忘れないで」


彼女の瞳は真っ直ぐだった。


「あなたはスリジエでもあるの」


風が吹く。

桜のブローチが小さく揺れた。


「もし自分を見失いそうになったら」


彼女はブローチに触れる。


「これに手を当てて」


「……」


「あなたという存在を、ここに残しておくのよ」


気付けば涙が滲んでいた。


「はい」


声が震える。


「ベルフルール様」


「スリジエ、元気でね」


その言葉が最後だった。



こうして私は、その日からベルフルールとして生きることになった。



そして。

あれからもうすぐ五年――。



ベルフルール様とは、一度も会っていない。


今回もお読みいただきありがとうございました!

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