第二十話 彼女のために、私は───
第二十話です。よろしくお願いいたします。
「た、魂!?」
思わず大きな声が出た。
ベルフルール様は苦笑する。
「驚くのも無理はないわね」
風が彼女の髪を揺らした。
「これは日本に古くから伝わる呪術の一つなの。一時的に魂を交換することができるらしいわ」
「そんなことが、本当に……」
私には到底信じられなかった。
魂を入れ替えるなど、神話や昔話の世界の話だ。
「とても難しい術らしいの。使い手もほとんど残っていないそうよ」
ベルフルール様は遠くを見つめる。
「そして、その数少ない使い手の一人が椿だったの」
恋する人の名前を口にした瞬間。
彼女の表情が少しだけ柔らかくなった。
「もし魂の交換が成功すれば、私は別の人の体でもベルフルールとして生きられる」
彼女は自分の胸元に手を当てた。
「だから私は、交換相手を探したの」
「見つかったのですか?」
「ええ」
しかしベルフルール様は悲しそうに笑った。
「何人も見つかったわ」
「何人も?」
「貴族になりたいという女性は意外と多かったの」
私は返す言葉を失った。
「罪悪感はあったわ」
彼女は静かに続ける。
「でも、一度くらい自分のために生きてみたかったの」
その言葉が胸に刺さる。
いつも誰かのために生きてきた人だ。
そんな人が初めて口にした願いだった。
「それは、わがままなんかではありません」
私は首を振った。
「たまにはご自分のために生きてもいいと思います」
ベルフルール様が目を丸くする。
「向こうも貴族になれるのですから。お互い納得しているなら悪いことではありません」
しばらくして、彼女は小さく笑った。
「ありがとう、スリジエ」
そう言って私の肩へ頭を預ける。
いつもより少しだけ重たく感じた。
「だけど失敗したの」
「失敗?」
「体質が合わなかったのよ」
ベルフルール様は苦笑した。
「私の魂が体に入っても、すぐ追い出されてしまうの」
「そんな……」
「しかも術の代償で、その人の人格の一部が体に残ってしまったわ」
私は思わず息を呑む。
「それでは……先ほどの」
「ええ」
ベルフルール様は頷いた。
「『私のために死んで』と言ったのは私ではないの」
風が吹く。
「焦ったり、感情が大きく揺れたりすると、その人格が表に出てしまうのよ」
「なるほど……」
確かに恐ろしい。
だが──
「その人たちは、相当怖い女性だったのですね」
そう言うとベルフルール様が吹き出した。
「ふふっ。本当にそうね」
その笑顔を見て、少し安心した。
だが、ふと気付く。
「ということは」
私はベルフルール様を見る。
「結局、相応しい体質の持ち主は見つからなかったのですか?」
彼女の笑みが消えた。
「……ええ」
静かな返事だった。
「誰一人として」
そして空を見上げる。
「明日、彼らは帰るの」
「明日……」
「だから今日は最後のお別れをしていたのよ」
私は拳を握った。
今日を逃したら、ベルフルール様は二度と椿に会えないかもしれない。
それはあまりにも残酷だった。
私がお別れに耐えられないように。
ベルフルール様だって同じはずだ。
私は覚悟を決めた。
「ベルフルール様」
「なあに?」
私は彼女の目を見る。
そして言った。
「私の体で試してみませんか」
ベルフルール様が息を呑む。
「スリジエ……」
「私たちは顔も似ています」
私は笑った。
「年齢も近いですし」
「そういう問題じゃないわ」
「駄目だったら元に戻ればいいだけです」
「スリジエ」
「多少人格が残ったとしても構いません」
ベルフルール様は首を振った。
「あなたはそれでいいの?」
私は迷わなかった。
「大丈夫です」
「スリジエ!」
珍しくベルフルール様が声を荒げる。
「あなたの魂が私の体へ入ったら、あなたはベルフルールとして生きることになるのよ!」
その瞳には涙が浮かんでいた。
「貴族の世界は華やかじゃない」
「……」
「今の生活の方がずっと幸せかもしれないのよ」
私は頷いた。
「承知しています」
「どうして……」
「ベルフルール様」
私はそっと彼女の手を握る。
「あなたは私の命の恩人です」
あの日。
死にかけていた私へ手を差し伸べてくれた。
「私は初めてお会いした日から決めていました」
彼女の瞳を見つめる。
「この命、この人生は、あなたのために使うと」
涙がこぼれそうになる。
それでも私は笑った。
「それに」
少しだけ悪戯っぽく続ける。
「もし日本が合わなくて帰りたくなったら、安心して帰って来られるでしょう?」
「……」
「その頃までには絶対にバレないようにしておきますから」
ベルフルール様が泣き笑いのような顔をした。
「あなたって子は……」
「婚約者も出来るだけ椿様に似た美男子を捕まえておきますよ」
「もう」
ベルフルール様が笑う。
「こんな時に変な冗談を」
「こんな時だからですよ」
そうして。
私たちは魂を交換した。
そして――
私の予想通り。
今度は弾かれなかった。
私の魂はベルフルール様の体と一つになったのだった。
いかがでしたか?今回もお読みいただきありがとうございました。




