第十九話 魂の交換
第十九話です。どうぞお読み下さい!
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「ふざけんな!」
アドニスの怒鳴り声で我に返った。
彼は勢いよく立ち上がると、髪を乱暴にかきむしる。
「ベルフルール様が……ベルフルール様が、そんなこと言う訳ねぇだろ!」
その目は真っ赤だった。
怒っているのか。
泣きそうなのか。
本人ですら分かっていないように見えた。
「アドニス……」
「どうせ全部でっち上げなんだろ!」
彼は私を指差した。
「本当はベルフルール様を脅したんだ!」
「違う…………」
「顔のそっくりなお前が成り代わったんだろ!」
声が震えている。
信じたくないのだ。
「貴族の暮らしに憧れてよぉ!」
「アドニス、聞いてください」
「黙れ!」
机を叩く。
木が軋む音が庭中に響いた。
「その顔で!」
アドニスが叫ぶ。
「その声で!」
さらに一歩近付く。
「ベルフルール様みたいに話すな!」
胸が痛んだ。
私だって好きでこうなった訳ではない。
けれど彼にとっては許せることではないのだろう。
「どれだけ姿形が同じでも、中身はベルフルール様じゃねぇ!」
私は唇を噛んだ。
「昔のお前はもっとガサツだったろうが!」
「……」
「貴族でもねぇくせに貴族みたいな顔しやがって!」
そう吐き捨てると、彼は背を向けた。
「どこへ行くのです!」
「帰る」
吐き捨てるように言う。
「話にならねぇ」
「待ってください!」
「真実を話してもらうまで何度でも来る!」
ふらつきながらも歩いていく。
私は慌てて立ち上がった。
「待って!」
「お前の顔を見るだけで腹が立つんだよ!」
「違うのです!」
「その鼻をへし折ってやりてぇくらいだ!」
「違う!」
気付けば叫んでいた。
「この体はベルフルール様なのです!」
アドニスの足が止まる。
沈黙。
ゆっくりと振り返る。
「……は?」
低い声だった。
「どういう意味だよ」
私は大きく息を吸う。
もう逃げられない。
ここまで来たら全てを話すしかない。
「私の全てがスリジエではないのです」
アドニスが眉をひそめる。
「この体はベルフルール様のものです」
そして静かに続けた。
「ですが――」
心臓が激しく脈打つ。
「中に宿る魂は、スリジエのものなのです」
時が止まったようだった。
アドニスは瞬きすらしない。
理解できないだろう。
私でも同じ立場なら信じない。
それでも伝えなければならない。
私は小さく微笑んだ。
「私の昔話、最後まで聞く気になりましたか?」
懐かしい、昔の口調で。
「アドニス様」
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「私のために、死んで?」
その言葉を聞いた瞬間──
全身から血の気が引いた。
「そ、それは……どういう意味ですか」
声が震える。
ベルフルール様は何も答えなかった。
ただ静かに私を見つめている。
すると突然――
「うっ……」
ベルフルール様が頭を押さえた。
「ベルフルール様!?」
彼女は苦しそうに膝をつく。
私は慌てて駆け寄った。
「大丈夫ですか!」
背中に手を添える。
すると彼女はその手を優しく握った。
「ごめんなさい……スリジエ」
顔を上げた彼女は、いつものベルフルール様だった。
「怖かったわよね」
「ベルフルール様……?」
「今の人格は私じゃないの」
そう言って悲しそうに微笑む。
「驚かせてしまってごめんなさい」
「人格……?」
私には意味が分からなかった。
「落ち着いて」
彼女は静かに言う。
「最後まで話を聞いてほしいの」
私たちは草原に腰を下ろした。
風が花を揺らしている。
ベルフルール様は遠くを見つめながら話し始めた。
「彼らと出会ったのは一か月ほど前よ」
その表情はどこか懐かしそうだった。
「怪我をしていた彼を助けたのが始まりだったわ」
「彼というのは……」
私は少しだけ声を低くする。
「あの手を握っていた男ですか?」
ベルフルール様が目を丸くした。
「あら」
そして小さく笑う。
「見ていたのね」
どこか恥ずかしそうだった。
「彼らは日本から来た使節団なの」
「日本?」
「東の海の向こうにある国よ」
ベルフルール様の目が柔らかくなる。
「春になると桜が咲き誇る、とても綺麗な国」
桜。
私の名前の由来になった花だ。
どれほど美しい場所なのだろう。
「彼らは王様に謁見するために来たの」
だが彼女の表情は曇った。
「けれど日本との貿易は認められなかった」
「何故ですか」
「日本人は呪いを使う民族だと書かれた本があったから」
「呪い……」
思わず身を縮める。
「王様は恐れたのでしょうね」
ベルフルール様は首を振った。
「でも彼らは優しい人たちだった」
そして少しだけ笑う。
「少なくとも、椿は」
その名前を口にした瞬間。
彼女の頬がわずかに染まった。
私は気付いてしまう。
「あの方を好きになったのですね」
ベルフルール様は答えなかった。
ただ視線を落とし、そっと微笑む。
それだけで十分だった。
「彼はね」
優しい声だった。
「私を貴族だから好きになった訳じゃないの」
「……」
「ベルフルールだから好きだと言ってくれたわ」
その言葉には嘘がなかった。
恋をしている少女の顔だった。
そしてベルフルール様は照れたように笑う。
「一緒に日本で暮らさないか、と」
私は言葉を失った。
「旦那様は……」
「話していないわ」
彼女は首を振る。
「貴族でもない外国人との結婚なんて、許してもらえる訳がないもの」
だから泣いていたのか。
私はようやく理解した。
「何もかも捨てて日本へ逃げようと思ったわ」
彼女は空を見上げる。
「でも彼が言ったの」
苦しそうに笑った。
「今の私では日本まで辿り着けないって。体力がないまま旅に出ても途中で倒れてしまうかも、って」
「だからダフネに乗って体力をつけようと?」
「ええ」
ベルフルール様は頷く。
「でも本当は……」
少しだけ照れたように笑う。
「彼に会いたかったの」
瞳には涙が浮かんでいた。
「彼らはもうすぐ帰国するの」
その声は震えていた。
「滞在費も限界で、これ以上は滞在できない」
そして彼女は私を見つめた。
「私は悲しくて彼に縋りついたわ。どうしても連れて行ってほしいって。そんな時、椿がある方法を教えてくれたの」
風が吹く。
草原がざわめく。
「体力のある女性と――」
彼女の唇がゆっくり動く。
「私の魂を交換する方法を」
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