第十八話 私のために、死んで?
第十八話です。ここから少しだけシリアス要素が入ってきます。ご了承ください。
私は愚かだった。
抑えようと思えば抑えられたはずだ。
それでも、その衝動に勝てなかった。
ベルフルール様を守りたい。
ただ、その一心で――
私はとうとう彼女の後を追ってしまった。
当然ながら、馬であるダフネの足に追いつけるはずがない。
それでも諦められなかった。
毎日の労働で体力だけはついている。
息が切れ、足がもつれそうになりながらも走り続けた。
そして――
ようやくベルフルール様の目的地へ辿り着く。
「はぁ……っ、はぁ……っ……」
肺が焼けるように熱い。
初めてベルフルール様に拾われたあの日を思い出した。
もう二度とこんな真似はしないと誓ったはずなのに。
私は木陰へ身を隠しながら周囲を見回した。
街から遠く離れた草原。
風に揺れる花々が一面に咲き誇り、美しい場所だった。
だが、人の気配はない。
こんな場所へ一体何のために――
「っ……」
誰かが現れた。
ベルフルール様の元へ歩み寄る男。
黒い髪。
黒い瞳。
黒い衣服。
まるで闇そのものを纏っているようだった。
「この国の人間じゃないな……」
私たちの国では珍しい容姿だ。
肌も私たちよりは少し黄色がかっている。
何者だ。
何故ベルフルール様と会っている。
警戒しながら見つめていると――
男がベルフルール様の手を取った。
自然に。
当たり前のように。
「なっ……!」
思わず声が漏れそうになる。
私は思わず口を押さえた。
私ですら触れることを躊躇うその手を。
男は何の迷いもなく握っている。
胸の奥が妙にざわついた。
落ち着け。
今はそんなことを考えている場合じゃない。
私は深呼吸を繰り返し、二人の様子を窺う。
「――――」
何か話している。
だが距離が遠い。
風にかき消されてほとんど聞こえなかった。
もっと近付くか。
いや、危険だ。
もし見つかれば――
その時だった。
「何者だ!」
「ひっ!?」
鋭い怒声が背後から飛ぶ。
同時に首筋へ冷たい感触が当てられた。
恐る恐る振り返る。
そこには見たこともない武器を構えた男たちが立っていた。
細長く反った刃。
刀だ。
彼らもまた黒髪だった。
鋭い眼差しで私を睨みつけている。
「怪しい奴だな」
「大人しく来てもらおう」
「ま、待っ――」
抵抗する暇などなかった。
あっという間に取り押さえられ、草原を引きずられていく。
そして───
私はベルフルール様の前へ跪かされた。
「お頭。草むらでこちらを監視していた者です」
「王宮の追手かもしれません」
「ス、スリジエ…………」
ベルフルール様が目を見開く。
次の瞬間、彼女は私を庇うように前へ出た。
「待ってください!」
男たちの前へ立ち塞がる。
「私のところで働いている者です」
その声は焦っていた。
「恐らく私を心配して追いかけて来てしまったのでしょう」
そして私を見る。
「そうよね、スリジエ?」
「……その通りです」
私は深く頭を下げた。
「申し訳ございません」
情けない。
本当に情けない。
守るつもりで来たのに。
結局守られたのは私の方だった。
「王宮の人間ではないんだな?」
黒髪の男が尋ねる。
「はい」
「事情は知っているのか?」
「いいえ」
事情?
何の話だ。
私が顔を上げると、男は小さく息を吐いた。
「そうか」
そしてベルフルール様へ視線を向ける。
「なら、お前が説明してやれ」
「……はい」
「俺たちは席を外す」
そう言うと、男たちは森の方へ消えていった。
まるで最初から存在しなかったかのように。
静寂が訪れる。
風の音だけが聞こえた。
「スリジエ」
ベルフルール様が口を開く。
その声に私は思わず背筋を伸ばした。
「何故、ついて来たの」
「……申し訳ございません。ただ、心配で」
「放っておいてほしいと言ったわよね」
「っ……」
その一言に息が詰まる。
私は今まで一度も叱られたことがなかった。
怒鳴られたこともない。
冷たい目を向けられたこともない。
だからこそ。
今のベルフルール様が恐ろしかった。
知らない人みたいだった。
「申し訳ございません!」
私は地面へ額がつくほど頭を下げた。
「私が愚かでした!」
何度も何度も頭を下げた。
「どんな罰でも受けます!」
地面に額が打ち付けられ、血が滲んでも、私は許しを得られるまで頭を下げ続ける。
「何でも致します!」
ベルフルール様は私を見下ろす。
「何でも?」
「はい!」
迷いはなかった。
「あなた様のためなら、命だって捨てられます!」
沈黙。
風が吹く。
花が揺れる。
やがてベルフルール様が口を開いた。
「そう」
その瞳が真っ直ぐ私を捉える。
逃げ場などなかった。
「なら――」
彼女は静かに微笑んだ。
けれど、その笑みは私の知る優しいものではなかった。
「私のために、死んで?」
優しいベルフルールが好きだった皆様、申し訳ございません。




