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第十七話 真夜中の涙

第十七話です!よろしくお願いいたします!

ベルフルール様の異変に最初に気付いたのは、彼女が頻繁にダフネへ乗って出かけるようになった頃だった。


「ベルフルール様、本日もお出かけですか」


「ええ。ダフネを借りるわね」


「借りるも何も、ダフネはベルフルール様のお馬ですよ」


「ふふっ、そうだったわね」


彼女は楽しそうに笑った。


ダフネへ乗る時、ベルフルール様は決まって白い乗馬ズボンを身に着ける。

長い脚の線が際立ち、白馬に跨るその姿は、まるで絵本から飛び出してきた王子様のようだった。


「少し走らせてくるわ。この子も私も、最近運動不足なのよ」


「旦那様にはお話を?」


「ええ。少し出かけてくると伝えてあるわ」


私はダフネの手綱を引き、正門まで見送る。


「行ってらっしゃいませ」


「行ってくるわね。留守番お願い」


軽く手を振ると、彼女は風のように駆けていった。

その背中を見送りながら、私は小さく眉をひそめる。


最近ずっとだ。

毎日のように出かけている。

しかも従者を一人も連れずに。


何故だろう。

今までそんなことはなかったのに。


旦那様も旦那様だ。

万が一、人さらいにでも遭ったらどうするのだろう。


もし襲われたら。

もし怪我をしたら。

もし帰って来なかったら。


考え始めると、嫌な想像ばかりが次々と頭に浮かんできた。



数日後の夜だった。


トイレへ向かう途中、何気なく窓の外を見る。


その瞬間、私は足を止めた。

庭園の片隅に、人影が見えたのだ。


雲の切れ間から月光が差し込む。

そこでようやく、その人物が誰なのか分かった。



「ベルフルール様……?」



こんな夜更けに何をしているのだろう。


眠れないのか。

何か悩み事でもあるのか。


気付けば私は走り出していた。



庭園へ降りると、彼女は花壇の脇で膝を抱えていた。

まるで草花に溶け込むように、小さくうずくまっている。


「ベルフルール様」


私がそっと呼びかける。

すると彼女はゆっくり顔を上げた。


「……っ」


胸が締め付けられた。

月明かりに照らされた瞳の中で、涙が静かに光っていたからだ。


「どうされたのですか」


「スリジエ……?」


ベルフルール様は少し驚いたように目を見開く。


「あなたこそ、こんな所にいては風邪をひくわ」


「それはベルフルール様の台詞です。一体何が――」


「いいの」


彼女は小さく首を振った。


「今だけは、放っておいてほしいの」


「ですが……」


「お願い」


その声は静かだった。

だが、拒絶の意思だけははっきり伝わってくる。


今の私にできることは何もない。



「……承知しました」



立ち上がる。

後ろ髪を引かれる思いだった。


それでも私は、その場を去ることしかできなかった。



翌日。


ベルフルール様は何事もなかったかのようにダフネを借りに来た。


「いつも、どちらへ行かれているのですか」


正門で、私はとうとう尋ねてしまう。


「ふふっ。内緒」


やはり教えてはくれない。

そう思った時だった。


「スリジエ」


ダフネへ跨ったベルフルール様が振り返る。


「昨夜のことは、二人だけの秘密よ」


柔らかく微笑む。

けれどその笑顔は、どこか無理をしているように見えた。


「……分かりました」


「ありがとう」


そう言い残し、彼女は走り去っていく。

私はその背中を見つめることしかできなかった。



それからさらに数日が過ぎた。


最近、夜中に何度も目が覚める。


トイレに行きたい訳ではない。

理由は分かっていた。


ベルフルール様が、また泣いているのではないか。

それが気になって眠れないのだ。


私は今夜も廊下を歩く。

目的地は決まっている。

あの窓だ。


窓辺に立ち、庭園へ目を向ける。


そして――



「……っ」



やはりいた。

ベルフルール様が。


毎晩同じ場所で。

一人きりで。


誰にも見つからないように泣いている。


胸が苦しい。

駆け寄りたい。

話を聞きたい。

力になりたい。


けれど私が近付けば、きっと彼女は困らせてしまう。


だから私は窓に手を添えたまま見守る。


彼女が部屋へ戻るまで。

ただ静かに。


それが、いつしか私の日課になっていた。



そして――



ついに私は知ることになる。


ベルフルール様が夜毎涙を流す、その理由を。


次回、ついに涙の理由が分かります。是非お読みいただけると嬉しいです。

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