第十六話 叶わぬ初恋
第十六話です。よろしくお願いいたします!
「おい、包帯女。馬に蹴られるとか、本当に馬鹿なのか?」
「馬だけに?」
「あぁ?」
アドニスは箒を動かす手を止め、怪訝そうにこちらを振り返った。
顔に包帯を巻き始めてから数日。
この姿に最も大きな反応を示したのは、案の定アドニスだった。
口は悪い。
態度も悪い。
だが、不思議と悪意は感じない。
「別にお前の顔なんか、どんなに醜くても誰も気にしねぇよ」
その言葉を翻訳すると、こうなる。
――お前は醜くなんかないんだから、自信を持って包帯を外せ。
「ははっ」
「なんだよ」
「いや、別に」
男というものは案外優しい。
過去が過去だけに随分ひねくれているが、こうして不器用な気遣いもできるのだ。
「アドニス」
「アドニス様、だろ」
……前言撤回。
やっぱり面倒な奴だ。
「はいはい。アドニス様」
「おう」
途端に機嫌が良くなる。
単純というか何というか。
やはりまだ子供だ。
「ベルフルール様のこと、好きなんですか?」
「なっ!?」
アドニスの顔が一瞬で真っ赤になった。
耳まで染まり、口をぱくぱくと開閉させている。
図星らしい。
「お、俺みたいなガキとベルフルール様が釣り合うわけねぇだろ!」
「否定しないんですね」
「うるせぇ!」
アドニスは箒を乱暴に地面へ突き立てた。
だが次の瞬間、ふっと視線を落とす。
「なあ……」
珍しく弱々しい声だった。
「俺が騎士団に入ってさ。死ぬ気で頑張って、団長にまでなれたら……」
彼は拳を握る。
「こんな身分でも、貴族と結婚できるのかな」
「ベルフルール様とですか?」
「だから誰がベルフルール様だって言った!」
図星か。
顔がさらに赤くなっている。
だが私は笑わなかった。
いや、笑えなかった。
「無理でしょうね」
「…………え」
アドニスの表情が固まる。
みるみる顔色が失われていった。
私だって、こんなことは言いたくない。
だが無駄な希望を抱かせる方が残酷だ。
「今から騎士団に入って、順調に出世したとしても団長になるまで十年はかかります」
私は静かに続けた。
「その頃にはベルフルール様は、とっくにご結婚されているでしょう」
「……そう、だよな」
小さな声だった。
肩が落ちる。
見ているこちらまで胸が痛くなるほどに。
けれど、それが現実だった。
初恋なんて大抵は実らない。
そのうち別の誰かと出会い、恋をして、家庭を築いて。
そうやって人は前へ進んでいく。
――そう思っていた。
「じゃあ俺、ここで働き続ける」
アドニスがぽつりと言った。
「ん?」
「騎士になっても、ならなくても関係ねぇ」
彼は真っ直ぐ前を見据える。
その目には迷いがなかった。
「死ぬまでお傍にいる」
「……」
「遠くからでもいい。俺はベルフルール様を守る」
「っ…………」
胸の奥が強く締め付けられた。
ああ。
お前もか。
お前も私と同じ道を選ぶというのか。
報われる保証などどこにもない。
それでも、たった一人を想い続ける道を。
「頑張れよ」
思わずそう呟く。
するとアドニスは眉をひそめた。
「頑張ってください、だろ」
「細かいな」
「礼儀だ」
少しだけ笑ってしまった。
私たちの願いは同じだった。
大切な人の幸せを願うこと。
ただ、それだけだった。
その願いが永遠に続くものだと。
これから先も変わらないのだと。
あの頃の私は、本気でそう信じていた。
――運命の歯車が、いつから狂い始めていたのかも知らずに。
それから一年後。
ベルフルール様の様子が、日に日におかしくなっていった。
今回も最後までお読みいただきありがとうございました!次回もよろしくお願いいたします!




